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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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大人の事情⑧

「闇商人……」

「その時見てきた物をブラックさんは僕達にも教えてくれた。幼いメリアの子供達を家畜のように扱うランティスの人達、その子達は国境近くで攫われてきたり、親に売られたりした子達だったそうだよ。違法な薬物も蔓延している、大人達は快楽の為にその薬を求め、中毒になって薬を買う金欲しさに犯罪を犯す。その薬を売っているのも闇商人だ」


 何故か父さんが気まずげに顔を背けた。


「ねぇ、カイル先生、あの薬には解毒剤のような物はないの?」

「元々あれはそこまで中毒性の強い物ではなかった、誰かが勝手に調合を変えているんだ、僕だって解毒薬を作ろうとしたんだよ、でも薬は調合ひとつで中身が変わる、あれはもう僕の手には負えない代物に変わってしまっている」


 え? 何? どういう事?


「やっぱり、そうなんだ」

「ちょっと父さん、どういう事!?」


 僕が母を見やると母はやはり気まずげに瞳を逸らした。


「その薬ってね、最初はちょっとした媚薬みたいな物だったんだよ。ノエル君の事は知ってるよね? カイト君はノエル君の父親が誰だったかも知ってる?」

「え……スタール騎士団長、ですよね?」

「うん、そう。じゃあノエル君のお母さんがどうやって子供を作ったか聞いた?」

「え……? え? そりゃ普通にやる事やればできますよね?」

「やっぱりそこまでは聞いてないか……あのね、スタールさんはもう何年も前からずっと男性機能が役に立たないんだよ。あんまり大っぴらに言う事じゃないけどアレが勃たないんだ。それでもノエル君ができた、それはどうしてか? その理由がカイル先生が作った『媚薬』だよ。ノエル君のお母さんはスタールさんに薬を盛って子供を作った、その媚薬が現在各地で問題を引き起こしている薬物なんだよ」


 僕はまじまじと母を見やった。


「なんで……」

「言っておくが、アレは元々そういう物じゃなかった! ただ少し性的興奮を起させるだけの簡単な薬だった。勿論中毒性もないし、後に後遺症や副作用が残るような物ではなかったんだ! 僕が作ったその媚薬を誰かが悪用して、悪い薬物に変えてしまった! 僕がその事に気付いた時にはもう、それは僕の手には負えなくなってた!」


 母は悲しげな、それでいて少し苛立ったような表情でそう僕に告げた。


「薬って言うのは本来人の役に立つものでなきゃ駄目なんだ! 僕は常にそういう物を作ろうと努めてきたし、実際そうしてきたつもりだ! なのに、僕のその可愛い子供達を悪用しようとする輩はいくらもいて、僕はそれに辟易していたのにまたこれだ! 僕は失望しているんだよ、ランティスという国はもう腐りきっている!」

「どういう事?」

「その媚薬を先生が作ったのは、もう10年以上前の話で、君との生活を維持する為に先生はその薬の調合レシピを売ったんだよ。そのレシピを元にその媚薬を麻薬に変えてしまったのは、やっぱりランティスの商人だったんだ」


 沈黙が落ちる。まさかそんな事が実際に起こっているだなんて知らなかったし、僕には理解できない事ばかりだ。


「エリィはそんな事実を知って、今大慌てで事の次第を調査しているはずだよ。何だかんだでエリィはランティスという国が大好きで、口で何を言った所で祖国を捨てられる人間じゃないからね」

「そう、なんだ」


 まさか、この一連の事件に自分の親が関わっているとは思わなかった。そして今、僕の父親はその事件の真相を掴むべく奔走しているという訳だ。


「でも、それでも、それは僕には関係ない事だ」


 僕の言葉にアジェさんは少し表情を翳らせた。


「確かに君には関係のない事かもしれない、だけどその薬によって困っている人はたくさんいるし、ランティスという国が内部から崩壊しようとしている、それを僕は黙って見てはいられない。僕は僕にできる事をしなければいけないと思っている。そしてそれにカイト君も協力してくれたら、と思うんだよ」

「アジェ!」


 エドワードおじさんが、少し険しい顔でアジェ叔父さんを見やる。


「確かにカイト君には関係の無い話なんだよ、これは僕達大人が撒いた種で、それに君達子供を巻き込むのは間違っている。だけどツキノ君がメリアの王子で、カイト君がランティスの王子である事は間違いようのない事実なんだ。君達はもっと世界を見る必要があると僕は思っている。今の君達は2人だけの世界に引きこもっている、それはこれからの君達の未来を考えると、少しだけ僕は不安に感じるんだよ」

「一体、僕に何ができるって言うんですか! 僕はただのファルスの騎士団員で、しかも一番下っ端のペーペーですよ。そんな僕に一体何ができるって言うんですか?!」


 叔父さんは真っ直ぐ僕を見やり「カイト君はランティスという国を見てきたらいいと思う」と僕に告げる。


「本当はツキノ君と一緒にと思ってた、メリアに比べればまだランティスはツキノ君にとっては安全だし、ツキノ君はメリアを知りたいと思っているようだったからね。メリアを知るにはランティスを知るのが一番だ。何せメリアとランティスは兄弟国みたいなものだからね」


 それは僕だって知っている。それは歴史の授業で必ず習う事柄だから。メリアとランティスは、大昔はひとつの大国だった、それをある時兄弟で分けて統治し、そこから二つの国は仲違いして現在の有様なのだ。


「カイトはともかくツキノをランティスに送るのは、どうかと思うわね」


 ツキノを連れて行ったルイ姉さんが静かに部屋へと戻ってきた。


「何の話か分からないけど、ランティスは差別の酷い国よ。私みたいな赤髪ほどじゃなくても、黒髪のツキノはあまり歓迎されないと思う」

「うん、そうかもしれないね」

「だったら僕はそんな所にツキノを連れて行くのは嫌だ!」

「うん、だから僕はカイト君がランティスを見てきたらいいと思っているよ。君の両親が生まれ育った国をカイト君は見てきたらいい」

「アジェ君、君は一体何を……?」


 母が戸惑ったような様子で叔父を見やる。アジェ叔父さんは小さく息を吐いて、微かに笑みを見せた。


「ここからは僕の都合で、僕の我が儘。弟のマリオをファルスに連れて来たいんだ、だけどマリオはどう足掻いても王子だから、何か理由を付けなきゃファルスに呼ぶ事ができない」

「? 意味が分からない、別に普通に呼べばよくない?」

「マリオは体が弱いんだ、ここ最近はますます体調を崩している、その理由が分からない。そんな状態の王子をランティス王家が無闇に外に出すと思う? 僕は一応王家には認められた王子だけど公には公表されていない王子だよ、弟が心配だからって簡単に弟を呼び寄せる事はできないんだよ」


 叔父が何故突然そんな話を始めたのか分からなくて皆一様に首を傾げる。


「だから僕はマリオに交換留学の話を持ちかけたんだ、ランティスに何人か人を送る代わりにマリオをファルスに呼び寄せたい」

「交換留学……?」

「マリオをこちらに呼び寄せる為には、やっぱりそこそこの身分の人間を代わりに向こうに送らなければならなくなると思う、カイト君ならそれにうってつけだ」

「アジェ君! 君は!」

「先生が怒るの分かるよ、だからこれは僕の我が儘だって言ったんだ。だけど、僕はこのまま弟が衰弱していく様子をただ手をこまねいて見ていたくないんだ!」


 母とアジェ叔父さんの間で無言の睨み合いが続いているのだけど、僕にはそれが何故なのかさっぱり分からない。


「僕はカイトを人質になんて出せない! 僕の大事な一人息子だ、そんな事は絶対に許せない!」


 母の言葉に僕は首を傾げる。人質ってなんだ?


「カイト君は人質にはならないよ、だってカイト君はエリィの子だもの、ランティス王家にとっても大事な子だ」

「カイトは僕だけの子だと何度も言っている! 王家は関係ない!」

「それでもカイト君はエリオット王子の子なんだよ」


 母と叔父の睨み合いは続く。


「もし、カイル先生がランティスに行ってくれるって言うなら、僕はそれでもいいんだ」

「僕は、もう二度とランティスの地は踏まないと何度も言っています!」

「マリオは毒を盛られている可能性があるんですよ、それが何の毒物か分からない、先生ならそれが分かるはずだ」

「な……!」

「僕は先生にマリオを診て欲しいんだ、これは薬のエキスパートである先生にしかできない事で、それを考えた時僕に残された選択肢はそう多くは無かった。先生がランティスにもう足を踏み入れないと言う以上、僕はマリオをファルスに連れてくるしかない、だけどその為には誰かをランティスに差し出さなければ無理なんだ。そんな中で送り出して、一番安全だと思えるのがカイト君なんですよ」


 母は言葉を失ったのだろう、息をひとつ吐いて「貴方はずるい人だ」と、叔父に向かって呟いた。


「そうです、僕はずるい。自分の目的の為にカイト君を利用しようとしている、だけど、カイト君にランティスを見てきて欲しいって言うのも僕の本音。カイト君の世界はとても狭い、だから僕はもっとたくさんの世界をカイト君にもツキノ君にも知って欲しいと思っているんだ」


 僕を完全に置き去りにして叔父と母は何かを分かりあったように複雑な表情を見せているのだけど、僕にはいまいち何の話し合いがもたれているのかさっぱり分からない。

 そもそも僕、ランティスに行くなんてまだ一言も言ってないし。


「僕、そんな敵の本拠地に乗り込むようなマネ、したくないです」

「敵って……ランティスは君の敵にはならないよ。むしろ君にとってはランティスという国は大きな後ろ盾だ」

「アジェ、無理を通すのは止めろ。本人達にその気がないのに無理にやらせようとするのは傲慢な所業だ」

「分かってる」


 エドワードおじさんの言葉に叔父さんは僅かに瞳を伏せた。


「だったら私、カイトの護衛に付いて行きましょうか?」

「え……?」

「あぁ、でも私のこの髪と瞳じゃ、逆に変に睨まれるかしら。だったらうちのユリウスでもいいわ。あの子もやればできる子だから、カイトの護衛くらい務まるはずよ」



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