大人の事情④
ツキノを脱衣所に連れ込んで、僕は震えるツキノの服を脱がせた。
昨晩、ソファーで寝てしまったツキノをベッドまで運んで着替えさせたのは自分なのに、その着せた服を脱がせる事にドキドキしてしまう。
心臓はむやみやたらに鳴っている、まさかこんな事が起こるなんて予想もしていなかった。
ツキノが女の子だなんて今まで一度だって想像した事もない、ツキノは今までずっと僕と同じ男の子で、女性を匂わせるような所なんて何ひとつなかったのだ。
「立ってられる? 無理なら座ってて」
風呂の壁を背にしてツキノはぼんやりしている。その肌の白さに僕は戦慄する。
幼い頃は一緒に風呂に入る事だってあったけれど、ある程度歳を重ねて一緒に入る事はなくなった。それにしてもツキノはこんなに華奢な体付きをしていただろうか? 確かに痩せたとは思っていたが、こんな儚い風体を彼はしていただろうか……
白い肌、内腿にこびり付く真っ赤な血に僕は目を逸らした。
一緒に入ってこいと言われはしたけれど、僕は本当にこのツキノと裸で一緒に風呂に入っていいものか物凄く迷う。
「カイト、寒い……」
風呂場に裸で放置されたツキノは僅かに震えていて、僕は自分の頬を叩いた。
さっき叔父さんに変な気を起こすなと釘を刺されたばかりだ、僕はツキノの体を支えるように抱き上げ、浴槽の淵へと座らせた。
まずはシャワーでざっと流すと粗方の血は水と一緒に流れていく、その流れていく血を眺めてツキノはまた泣いていた。
かける言葉が見当たらない。ツキノの動揺は手に取るように伝わってくる。それもそうだろう自分が突然女として大人になったなどと告げられてもこの14年間ずっと男として暮らしてきているのだ、そんな簡単に受け入れられるわけがない。
「俺……どうなっちゃうのかな……」
「どうもならないよ、ツキノはツキノだもん」
「だけど、こんな体……両性具有ってなんだよ……気持ち悪い」
「気持ち悪くなんかないよ、ツキノの身体はどこもかしこも綺麗だよ」
こびり付いて固まっていた太腿に付いた血液を撫でるようにして洗い流す。ツキノの太腿は柔らかい、僕はやはり少しドキドキしてしまう。
「ツキノはこの奥に女性器もあったんだね……全然知らなかったよ」
発情期の時にまぐわっていればもしかしたら気付いたかもしれない、けれど僕達はまだ一線を越えていなかった。
どこまで湯を当てていいのかも分からずに、見える範囲の血を洗い流して僕はツキノを抱き上げ湯船に入れた。
「ツキノはたぶん貧血だね、最近あんまり肉も食べてなかったし、少し血が足りないのかな」
「貧血……」
ツキノが自身の腹を撫でる。
「まだお腹痛い?」
「ぐるぐるはしてる、けど、温かいの気持ちいい」
叔父さんが生理は温めた方がいいと言っていたのはあながち間違いではないのだろう、ツキノは疲れたような表情で瞳を閉じた。
「ツキノ……少しだけ、触ってもいい?」
「何……?」
僕の視線がツキノの下肢に向けられている事に気付いたのか、怯えたようにツキノはふるふると首を横に振った、そうだよね、駄目だよね。ちゃんと釘を刺されていたのにそんな気を起した僕が悪い。
ツキノの身体はまた小さく震えていて、怖がらせたかと青褪めた。
「ごめん、ツキノ。もうしない」
ぱっと手を上げ、謝ると、ツキノは困ったような顔をしている。
「もしかしてカイト、俺としたいの……?」
「それは、まぁ……うん、否定しない」
「俺を……抱きたいのか?」
いや、え? どうなんだろう? オメガとして自分が抱かれる側なのは決定事項だ、けれど僕自身の身体は男性体で勿論抱く事だってできてしまう。今までツキノを抱こうだなんて考えた事もなかったけれど、こうなってくるとよく分からない。
だってツキノのそこには男を受け入れる器官が備わっているのだ、だったら抱いてみたいと思うのは男の性というものだろう。
黙ってしまった僕の態度を肯定と取ったのか、慌てたようにツキノは僕の視線から身を隠した。
「俺もう一人で大丈夫だから先に出とけ!」
「え……ちょっと、ツキノ!」
「あと、お前は俺が出てくまでに股間のソレ、どうにかしとけ!」
そう言うと僕は風呂場から叩き出された。身体が温まって多少体調が良くなったのか、その動きには澱みがなかったのだけど、あんまり急に動くとまた貧血で倒れるよ!
それにしても僕の身体は正直すぎる。だけどこれは仕方ないよね、だってツキノからめっちゃいい匂いするんだもん!
「あぁ……どうしよう、これ……」
いや、自分で抜くしかないんだろうけど、ホント予想外……
僕は自分でもツキノを抱きたいのか抱かれたいのかよく分からなくなってきた。
もうどっちでもいいけど、先程のツキノの白い裸体を思い出して、僕はまた顔に朱を昇らせた。
※ ※ ※
俺は風呂場で十分に身体を温めてから、よろりと風呂場から出ると用意されていたタオルにばふっと顔を埋めた。
だって、驚いたんだ、一緒に風呂に入っていたカイトのアレが目に見えて自己主張を始めたのを目の当たりにしてしまった。
俺はアルファ、カイトはオメガ、その関係は絶対で逆転する事はありえない。アルファは抱く側、オメガは抱かれる側、これはもう絶対のはずなのに、カイトは俺の「俺を抱きたいのか」という質問に否定も肯定もしなかった。戸惑ったような表情でこちらを見ていたカイト、けれど出てこなかった否定の言葉とその身体の変化で俺は嫌でも悟るしかなかったんだ。
脱衣所にある鏡に映る俺の姿は決して男らしいとは言えない体形だ。少年体形と言ってしまえばそれまでだが、まさか自分が半分女だったなんて全く寝耳に水の出来事でただでさえ動揺が隠せないのに、こんな事ってあるだろうか。
またしても俺の腹はぐるぐると鈍い痛みを訴えてくる。せっかく流した血がまた零れてくる前に俺はやはり用意されていた下着を身に付けた。その下着と一緒に当て布のような物が一緒に置かれていて、これも着けろという事なのだろうと溜息を吐いた。
色々な事が次々起こって理解が追いつかない。
綺麗な服に着替えてリビングに向かうと、そこではアジェさんが温かいお茶を入れて待っていてくれた。俺が歩いた後には血痕も残っていたはずなのだが、それも綺麗に掃除がされている。アジェさんの傍にはもちろんエドワード伯父さん、そして、そこには何故かルイ姉さんもいて、俺は首を傾げた。
「姉さん?」
「まずは、おめでとう、ツキノ」
俺に寄ってきたルイ姉さんはそう言って俺の頭を撫でた。何がおめでたいのかも分からない俺は混乱するばかりだが、それはきっと俺に生理がきた事を言っているのだろう。
俺にとっては全く少しもおめでたくないけどなっ!
「不満そうな顔ね、まぁ、仕方がないけど、それでも貴方の身体が大人になった事はお祝いしないと駄目なのよ」
「こんなの少しも嬉しくないっ!」
「それは分かるわよ、私だってそうだった。だけどツキノはいいじゃない、両親に喜び勇んで御馳走並べられたりしてないんだから」
何故かルイ姉さんが遠い目をしている。もしかして過去にそんな事があったんだ? そういえば、昔誰かの誕生日でもないのにお祝いだと宴が開かれた事もあったっけ? アレって、もしかしてそういう事か……?
「ツキノ、ちょっとこっちにいらっしゃい」
ルイ姉さんはそう言って俺を別室に連れて行き、生理の仕組みと処理の仕方を一通り俺に教えてくれた。
「なんでアルファなのに、こんなのあるんだろう……アルファは子供なんて生まないだろう?」
「何言ってるの? アルファだって女性体なら子供は生めるわよ、ただ限りなく妊娠できる確立が低いだけ。それに生まれる子供のほとんどはベータになるって聞いてる。時折アルファ同士で子作りしたらさぞ優秀な子ができるんじゃないかって話題になるけど、アルファ同士で子供ができる確立は1%未満だって聞いてるわ。やっぱりアルファの子を生むのはオメガなのよね」
「アルファでも生めるんだ……」
女性アルファは男性オメガと同じで数が少ない。そんな中で女性アルファはやはり女性オメガと番になっている事が多くて、まさか子供を生む事ができるだなんて思っていなかった。
「ツキノは両性具有、どっちも目に見える形で付いてるけど、私みたいな女性アルファも似たようなものなのよね、隠れていて目に見えないだけ。性交時には男性器に似たもので性交するの。ツキノの場合はその男性器が目に付く形で付いていたから男の子扱いだけど、私も体質的には似たり寄ったりなのよ」
「そう、なんだ」
「そうなのよ、だから生理がきたくらいであまり落ち込まないの」
「な……」
さらりと言われてしまってなんだかとても理不尽だ。ずっと男として育ってきたのに女性アルファと同じような身体なだけだから落ち込むなと言われても、それとこれとは話が違う。
怒りたいのか泣きたいのか、複雑な感情で言葉が出てこない。
「あなたの身体が女性として成長するかどうかは生まれた時には分からなかったのよ、だってあなたにはちゃんと立派な男の子の証が付いていたんですもの。このまま男の子として育つかもしれない、だけどもしかしたら自認として女の子として育つかもしれない、それは誰にも分からなくてね、だからあなたはうちに預けられたのよ、あなたの両親はあなたの意思を尊重したくて生まれた子が王子なのか姫なのか公表できなかった、だからあなたは隠されるみたいにうちに預けられたの」
「俺は、男だ!」
「そうね、ツキノは男の子、私もそう思うわ。だけどあなたの身体は女の子としても成長してしまった。男性器の方も普通に機能してるのよね?」
「え……?」
「私も一応嫁入り前の娘だから、あんまりこういうのは聞きたくはないんだけど、精通はしてる? って聞いてるの」
意味を理解した俺は真っ赤になって「してるよっ!」と思わず叫んでしまった。
「じゃあやっぱりどっちもいけるのね……自認は男の子、まぁ、時々生理がくるちょっと変わった男の子って事でいいんじゃない?」
「よくない! 人事だと思って!」
「そうは言ってもツキノの身体の成長は私達には止められないもの、現実なんだから受け止めなきゃ」
昨日、カイトに言った理不尽な言葉がそのまま自分に返ってきた。成長は止められない、そんな事は分かってるんだよ!
「俺は自分を男だと思ってる、だけどもしかしたら今後身体は女として成長する可能性もあるって事なのか!? そんなの、嘘だろ!?」
「その可能性もなくはないわね、こればっかりは私にも分からないわ」
ルイ姉さんの言葉に愕然と言葉を失った。カイトはどんどん大人びて大人の男に変貌を遂げようとしているのに、その傍らで彼の番である俺は女に変わる?! そんな馬鹿な話があるか!
「ねぇ、これどうにかならないの?! 俺嫌だよ! 女になんかなりたくない!」
「私に言われてもねぇ……」
ルイ姉さんは困惑顔だ、無理を言っているのは分かっている、俺がこういう身体で生まれついたのも女性としての機能が発育してしまったのだって誰のせいでもない、だけど俺はそれに納得がいかない。
その時こんこんと部屋をノックする音、続いて「少しお話ししない?」とアジェさんから声がかけられた。
「行きましょう」と姉さんが俺を促す。確かにここで2人で言い争っていても仕方がない。
俺達がリビングに戻るとそこには更に人が増えていた。アジェさん、エドワードおじさん、カイトともう1人そこにいたのはカイトの母親カイルだった。




