運命の番②
「それで、さっきの剣の振りですけど、こっちからこうで……っ、ごほ、んんっ」
喉に引っかかりを覚えて咳き込んだ僕の顔を、ツキノの伯父エドワードさんが、仏頂面で覗き込んでくる。
どうにも取っ付き難いこの仏頂面は、端から見たら怖くも見えるのだが、ツキノに言わせるとそれは地顔だから気にする必要はないという事だったので、僕も変に萎縮はせずにこの人はこういう顔の人なのだと思ってしまえば、彼は存外普通のおじさんだった。
「どうした? 風邪か?」
「んっ、んん……いえ、風邪じゃないです、最近喉の調子が悪くて、声が出づらいんですよね……あぁ~! んんっ」
僕が喉に手を当てて「なんでかな?」と首を傾げていると「あぁ」と、エドワードさんはひとつ頷いた。
「カイトは声変わりだな、体調が悪い訳じゃないんだよな?」
「え? 声変わり? あぁ……そうなんだ、変な声になったら嫌だな。最近それでなくても僕、どんどん可愛げなくなってるのに」
「ん? どういう意味だ?」
「オメガとして可愛くないって意味ですよ。身長伸びてツキノより大きくなっちゃったし、最近ツキノ痩せてるから、体格も僕の方が良くて、なんかもう申し訳ないっていうか、こんなんで本当にお嫁さんにして貰えるのか、凄く不安です」
元来オメガというのは線が細く儚いイメージの者が多いのだ、例外的にウィルの母親メグや、グノーさんのような人もいるが、それでもその2人も端から見るだけならとても線の細い華奢なイメージである。だが、自分はどうにもすくすくと成長していて見た目がだんだん男らしくなってきているので、実は少し戸惑っている。
オメガは男性オメガでも中性的なイメージなのに、自分は完璧な男性寄りで、それは母カイルからの遺伝だとしか思えない。母も確かに華奢ではあるのだが見た目は完全な男性で、それを思うと自分もそっち寄りなのかなと思わずにはいられないのだ。
「別に気にする必要ないだろう? 何か困る事があるか? ツキノが何か言うようだったら、伯父として一言物申すくらいの事はできるぞ?」
「ツキノは僕にそういうのは求めてないって言ってたんで、ビジュアル的には何も言わないと思いますけど、自分が気になるんですよ。旦那さんより大きいお嫁さんって、絶対可愛げないですよね!?」
「いや……うむ、どうなんだろうな? って言うか、気になるなら本人に直接聞けばよくないか? 相手が気にしないと言うなら、悩む必要もないだろう? なぁ、ツキノ?」
エドワードさんが、そんな事を言いながら振り返るので、僕も後ろを振り返ったのだが、そこにツキノの姿がなくて視線が彷徨う。
「あれ? ツキノは?」
僕がツキノを目線で探す傍ら、エドワードさんも自分の伴侶である叔父さんを見付けられないのだろう、体ごと振り返り「アジェ! どこだ!」と声を上げる。だが、それに返ってくる返答はなく、僕とエドワードさんの顔からさーっと血の気が引いた。
「カイト、戻ろう。どこか途中ではぐれたのかもしれん」
「え……でもツキノが一緒にいるのにそんな事、まさか誘拐……?」
武闘会で起こったオメガ狩りの記憶はまだ新しい、アジェ叔父さんはオメガだし、全く無いとは言えない事態に僕は動揺する。
「いや、さすがにそれはないだろう。この人の数だ、どこかで人波に流されている可能性の方が高い。アジェは人波に慣れていない、そっちの方が現実的だ」
「そっか、そうだね!」
僕達は踵を返して来た道を戻り、叔父さんが興味を持ちそうな店の中も覗きながら探し回るのだが、2人の姿はまるで見当たらない。
「いない、なんで!? やっぱり誘拐!?」
武闘会からこっち自分の周りは事件続きで、ただでさえツキノの調子は本調子ではないのだ、何かあった時に対処できているかと考えた時、そこに不安しかない僕は嫌な想像しかできない。
うろたえる僕の傍らで仏頂面のままのエドワードさんは、腕を組み何事か考え込んでいる。
「カイト、落ち着け。誘拐だったら既に何かしらの合図が上がっているはずだ」
「合図? あ……!」
エドワードさんの言葉に僕は思い出した、確かに母は言っていたのだ、僕とツキノには監視が付いている。だったら、あの事件の時のように今も僕達を見守っている人間がいてもおかしくない。
「名前、確かルークさん! どっかその辺にいるかも!」
「あぁ、やっぱりあいつ等か。さっき詰所の上で見かけたんだが、やはりお前等に付いてたんだな。ここじゃ、あいつ等出てこない、場所変えるぞ」
そう言ってエドワードさんは脇道にそれて人通りのない道を選んで進んで行く、回りに誰もいないのを確認して「出てこいルーク! 居るんだろ!」と、空へ向かって声をかけた。
しばらくすると、建物の上の方からひょこっと覗く人影。
「あ! あの人!」
僕が声を上げると、その人は口の前に指を立て身振りで声を上げるなと指示するので、僕は慌てて口を噤む。彼は困ったような表情で髪を掻き回すと、仕方がないなという表情で辺りを見回し、すたん! と屋根から飛び降りてきた。
「もう! 皆してほいほい呼び出してくれちゃって! いいんですけどね! 仕事ですからね! でも時と場所は考えてくださいよ、これでも俺達隠密なんですよ! 見付かったら仕事にならない」
目の前に降ってきた男はそう言って、僕とエドワードさんを叱るのだが、エドワードさんはまるで知らん顔で「アジェは?」と一言彼に告げた。
「さてね、どこに行ったのかまでは分かりませんよ。途中で脇道にそれて行ったのは見てましたけど、その後どこに向かったのかまでは分かりません」
「脇道に? 何故だ?」
「知りませんよ、奥さんが楽しそうに王子様を引っ張って行ったので、変な事件に巻き込まれたんじゃない事だけは確かです。そっちはうちの相棒が追っているんですが、特に何の信号も上がらないんで、変な事にはなってないはずですよ。何かあれば緊急信号が上がるはずなんで、今の所はなんの問題もない」
「そうか……それなら、まぁ、そこまで焦って探す必要もないか」
エドワードさんは少しだけ安堵の表情を見せて息を吐く。
「そういえば坊ちゃん、さっきは自分が見付かるとアレなんで言いませんでしたけど、詰所での壁登り、ああいうの止めてくださいね。危ないし、真似する輩が出てきて俺達の仕事に支障が出ると困るんですよ」
「あ? そうなのか? それは悪かったな。だがその『坊ちゃん』呼びは止めろ、俺のこと今幾つだと思ってるんだ」
「いやぁ、幾つになっても坊ちゃんは坊ちゃんでしょう? ボスの息子に変わりはないし、それに愛称の方がいいんですよ、他人に聞かれた場合でも身元が割れ難いんでね」
「それならそれでもいいが、せめて坊ちゃんは止めてくれ」
「それじゃあ『大将』にしときましょうかね。よっ! 大将!」
ルークさんの軽口に渋い顔のエドワードさんの顔が更に渋くなるのが分かって、僕は少しはらはらしてしまう。
しかし、エドワードさんはしばらく無言で考え込み、そのうち大きな溜息を吐いて「好きにしろ」と吐き捨てた。
「とりあえず、2人がどっちに行ったのかだけ教えてくれ」
「脇道にそれたのは大通り沿い西側ですよ」
「分かった、そっちを探してみる。何かあったら報告してくれ」
「いやいや、余程危険な事が起こらない限り知らせませんよ。それは任務外なんでね」
「融通が利かん奴だな」
ただでさえ仏頂面のエドワードさんの機嫌が傾くのが目に見えて、僕は少し後ずさる。なんだかやっぱりこの人ちょっと怖い。
「だって大将だって嫌でしょう? 俺達が本気になれば大体誰でもどこにいても見付けられますけど、その追われてる人、完全にプライベートがない状態ですよ? 俺達だって好きで出歯亀している訳じゃないんです、こういう通常任務の時はよっぽど手も口も出しませんよ。保護する者のプライベートを守るのは仕事の内です」
「う……む、まぁ、それは一理あるな」
「じゃあ、仮に僕とツキノがそういう雰囲気になってた場合、何も言わなくても目を瞑っててくれるって事?」
ルークさんの言葉につい、今まで疑問に思っていた問いをするりと投げてしまい、エドワードさんが驚いたような表情をこちらへと向ける。
「そこを邪魔するのは無粋で野暮ってもんでしょう? 基本的には私室にだって入ったりしない、何か重要な案件が発生しそうな時は別ですけどね。最近は王子様の様子が少し不安定なんで見張ってますけど、本来そこまで厳重に見張っている訳じゃない。俺達にだって休息は必要だし、少しくらい君達がいちゃいちゃしてたって、見ないし、報告もしないですよ」
「そうなんだ」と僕は頷いた。実を言えば母に僕達には見張りが付いていると聞かされてから一体どこまで見られているのだろうか? と、少し考えていたのだ。
あの時、母は家の中から彼を呼び出した、という事は家の中でのあれやこれやも全部見られているのかと思うと、あまりツキノにべたべたもできず、それでもそれなりにキスなどしていたが「抱いて」とは言い出せなかった。
ツキノがそれに躊躇いを持っているのも分かっていたし、急ぐつもりもなかったが、それが言えていたら、ヒートの時に拒絶されてあそこまで苦しむ必要もなかったのにと思わなくもないのだ。
別に項を噛んでもらう必要はない、ただ抱いてもらうのも駄目なのか? その提案をツキノにする事ができていなかった、見られているかもと思うと少し恥ずかしかったのだが、そこまで見られている訳ではないのだったらと安心した。
「もしかして、お前達が番になっていないのはこいつ等のせいだったのか?」
「え? いえ、別にそれは違いますよ。それとこれとは話しが別なんですけど、他人に見られながらする趣味はないんで、ちょっと聞いとかなきゃと思って……」
「俺達は覗き魔じゃないんでね、そこまで干渉はしないので安心してください」
そっか、と僕はまたひとつ頷いた。僕達は今も変わらず同じベッドで一緒に寝ている。抱き合ってお互いの体温を確認しながら寝るのはとても落ち着くのだ。
ヒート時の抑えきれない僕のフェロモンはツキノに拒絶されてしまったが、普段のツキノには一切の拒絶はない、だったら僕達はもう少し先まで進む事もできるかもしれない。
「それで、話しはそれだけですよね。俺、通常任務に戻りたいんですがいいですか? 相棒からの信号見逃すと怒られるし、大将達だってそれは都合が悪いでしょう?」
「あぁ、まぁ確かにその通りだな。危険があるようなら報告はくれるんだろうな?」
「こっちの手に負えない危険だったらそれは当然。戦闘は得意じゃないんでね、大将がいるんなら勿論それに頼りますよ」
「分かった、それならいい」
エドワードさんがそう頷くと、ルークさんは「それじゃ!」と一言残して壁をするすると登ってまた姿を消してしまった。もしかして屋根の上には、ああやって任務をこなしている黒の騎士団の人達が何人もいるのだろうか? これからは、自分の周りだけではなく頭上にも気を付けて見てみようとそう思った。




