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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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観光⑤

 俺達は何がどうしてそうなっているのか分からなかったのだが、相手にしている騎士団員も周りで囃し立てている者達も一様に楽しそうな顔をしているので、伯父は問答無用で連れ込まれ、戦わされているのではないかと予想された。

 武闘派揃いの第三騎士団らしい歓迎の仕方だが、そんな事はまるで分かっていないのだろうアジェさんは戸惑ったように「何? どうなってるの?」とうろたえる。

 そんなうろたえた様子の彼に気付いたのだろう、伯父は騎士団員を一人薙ぎ倒しながら「お前は近付くな!」と声を上げた。


「何? 何なの? ツキノ君、カイト君、どうしよう。僕どうすればいい!?」


 アジェさんは顔を青褪めさせているが、実際の所はそれほど動揺するような事ではないのではないかと思った俺は「えっと……とりあえず、こっちで見てましょうか」とアジェさんの手を引く。

 伯父達が暴れている場所から少し離れた観客席のような場所にはわくわく顔のウィルがいて、伯父にやられた騎士団員達もそれは楽しそうに笑っていた。


「いいなぁ、僕も参加してこようかな」


 傍らでぼそりと呟いたカイトに周りの男達は笑顔で「行ってこい」と囃し立てた。


「え、ズルイ。だったらオレも行く!」

「坊は駄目だ、お前はまだ騎士団員じゃないからな」

「そんなのズルイっ! オレだって闘いたい!」


 そんな周りの声を聞いていて、ようやく事態を理解したのだろうアジェさんは「もしかしてこれ、エディ稽古に巻き込まれてるの?」と首を傾げた。


「どうやらそのようですね。あの一番大きい人がアインさん、第三騎士団の団長でウィルのお父さん」


 アジェさんは俺の指差す先を見やって「あれ? 女の人もいる?」と首を傾げた。


「女の人も勿論いますよ。ファルスの騎士団はそういうの問わないんで、だからこそ僕みたいなオメガでも騎士団に入れる。彼女みたいな先人のおかげでもあるんだけど」


 カイトの言葉に「あの人オメガなの!?」と更にアジェさんは驚きを隠せない様子だ。

 大きな男達に囲まれて人一倍小さい彼女はとても目立っていて、余計に驚きが隠せないのだろう。


「因みに彼女はウィル坊のお母さん。第三騎士団の副団長ですよ」

「え? 女の人でオメガで副団長!? 凄いね! 格好いい! しかも若い!」

「オメガ騎士団員にとっても女性騎士団員にとっても希望の星ですよ。本人はまだ今の地位に満足していなくて、騎士団長の座を狙い続けているみたいですけど」

「凄いねぇ。僕も見習わなきゃ」


 一般的にオメガは一番人数が多いベータより劣る人間と言われる事が多い。確かにオメガは元来そう強くはない。男性オメガですら、大体は細身で女性的な外見をしていて筋骨隆々なオメガなど見た事がない。

 実際今目の前で戦っているウィルの母親も見た目は普通の少女にしか見えないし、大男達に囲まれてその姿はより一層小さく儚く見えるのだが、その戦いぶりは男顔負けだ。

 彼女はある意味オメガの固定観念を覆す存在と言っても過言ではない。


「グノーも凄いと思ったけど、彼女も凄いね、負けてられないなぁ」


 そんな事を話しながら観戦を続けていると、最後には伯父さんとアイン団長の2人だけがその場に取り残された。アイン団長はとても楽しそうだが、伯父さんはただでさえ地の顔が仏頂面なのに更に険しい顔になっていて、ちょっと怖い。

 勝敗が完全に着くまで続けるつもりなのだろうアイン団長は、全く引く様子を見せないし、伯父は伯父で、なんとなく分かっていたけれど負けず嫌い全開でそれに立ち向かっていてそこには妙な殺気すら漂い始めた。


「アインさんって強いんだねぇ、エディがてこずるなんて珍しい」

「そりゃあ騎士団長ですよ、うちの騎士団は強さが正義の実力主義ですから弱い訳がない。むしろ伯父さんがここまでアイン団長と対等に戦ってる事の方が驚きですよ」

「エディは僕だけの騎士様だからね」


 アジェさんは「うふふ」と笑みを零す。もうそれだけで2人の仲の良さが窺えて羨ましい限りだ。


「でも僕、そろそろ飽きてきちゃったな。これいつまで続くと思う?」

「どうでしょうね、どっちも負けず嫌いっぽいですからねぇ」


 見守る騎士団員達は皆一様に楽しそうだが、確かに興味のない人間にしてみたら他人の戦いを観ていて何が楽しいのか分からないというのも分からなくはない。アジェさんはすうっと息を吸い込んで伯父さんへと声をかける。


「エディ! 負けたら今晩お預けだからぁぁ!」


 瞬間、伯父がその言葉にぴくりと反応したのが見て取れた。


「おじさん、お預けって……?」

「え? 晩御飯だよ?」


 にっこり笑ったアジェさんだが、絶対それ嘘だよね?

 険しい表情を更に険しくさせる伯父もなんだかな……仲良いのはいいけど伯父の表情が必死過ぎて、ちょっと可哀相。もしかしていつもお預け喰らってるのかな?

 そのうち伯父の剣がアイン団長の剣を弾き飛ばし、決着が着く。


「はぁ……くそっ、キッついわ。俺も歳だな」

「何言ってんだか」


 2人は笑って拳を合わせる、こっちもこっちで仲良かったんだな。意外。


「父ちゃん、また負けたぁ! そんなんだから万年三位のアインとか言われるんだぞ」

「なっ! 言っておくがナダールとの試合では勝敗は五分五分だぞ、今回の武闘会は不戦勝だったが、やってたとしても父ちゃん絶対勝ってたからな!」

「本当かなぁ? 今だって負けてんじゃん、父ちゃん実はそんなに強くないんじゃない?」


 実子だからこそ言えるウィルの辛辣な言葉に、アイン団長はショックを隠せない様子で「そんな事はない!」と言い募るのだがウィルは聞く耳を持たず伯父へと「格好良かった」と懐いていく。


「こら坊主、父ちゃんにそんな事を言うもんじゃない。お前の父ちゃんはちゃんと強いぞ、そうでなかったら俺がここまでてこずる事は有り得ないからな」

「あぁ、そういえば、おっちゃんエドワード・ラングだった!」

「こら、ウィル! 失礼だろう! 『エドワードさん』だぞ」


 叱る父親を軽く無視して「ねぇ、エドワードさんは本当に凄い人なんですか?」とウィルは満面の笑みで質問を投げるのだが、伯父は戸惑い顔だ。


「何をもって凄いと言うのかはよく分からないが、名前は売れているようだな」

「伝説の剣豪の息子なんですよね?」

「まぁ、それはそうらしい」

「じゃあさ、じゃあさ、伝説のひとつ、壁をロープも使わずに登れるって本当?」

「壁? あぁ、そこの壁とかか? 別にいけるだろうけど……」

「本当に?」

「これくらいならまぁ、見たいのか?」


 満面の笑みで頷かれて伯父は仕方がないなという表情を見せたあと、するすると詰所の壁を何の道具も使わず登って行って、屋根の上からこちらを見下ろす。

 「うわっ、凄い!」とウィルは歓声を上げ、周囲にいた騎士団員からもどよめきが起こる。


「ねぇ、ツキノあれってさ」

「あぁ、黒の騎士団と一緒だな」


 黒の騎士団は王直属の隠密部隊だ。その組織は養父ナダールの下に付いていて、その活躍を目にする事もたびたびあった俺達は、彼等以外にもこんな事ができる人間がいる事に驚いた。黒の騎士団は全員が黒髪黒目で、それは彼等だけの特別な能力だと思っていたから尚更だ。

 伯父は上を見上げて寄って来た、見物客にちょっと退けという身振りをして、そのまま屋根の上からすたん! と飛び降り「こんなのでよかったか?」とウィルを見やると、彼は興奮気味の笑顔で頷いた。


「凄い! 格好良い! 俺、おっちゃんに弟子入りする!」

「こら、ウィル! 無茶を言うな。すまんなエディ、うちの坊主はまだまだ子供で」

「はは、うちの子もそう変わらない、気にしないでください」


 アイン団長と談笑する伯父を、ウィルを筆頭に周りを取り囲む男達も羨望の瞳で見始めていて、俺の傍らに居たアジェさんはそれに少しだけ不満顔を覗かせ「エディは僕のなのに」と呟いていて、なんだか笑ってしまった。


 しばらくすると伯父がアイン団長を連れて人垣を掻き分けてこちらへとやって来た。


「すまんアジェ、待たせた」

「別に大丈夫だよぉ、エディは有名人だもん、僕の事なんか気にしなくていいよ」


 少し拗ね気味のアジェさんの態度に伯父は困惑顔だ。


「これは申し訳ない、連れがいるとは聞いていなくて時間を取らせてしまいました。えっと……エディ、こちらは?」

「うちの伴侶でアジェと言います。アインさんに会いたいと言うので連れてきたのですけど……」

「あぁ! 貴方が噂の『アジェ様』ですか。お噂はかねがね」


 アイン団長は笑みを浮かべて大きな掌を差し出し、アジェさんもその手を握り返しはしたのだが「噂って何ですか?」と、戸惑った表情だ。


「あぁ、妹からの手紙に貴方の名前はよく上がるので。それにエディからも話しは聞いていたので一度会ってみたいと思っていたのです。お会いできて光栄です」


 アイン団長が握手した手をぶんぶんと振り回すので、アジェさんは少し振り回されていて、それにも俺は笑ってしまう。


「僕もマリアさんの大好きなお兄様に会えて光栄です。まさかこんなに大きな方だとは思っていませんでした、身長おいくつですか? ナダールさんと同じくらいですか?」

「そうですね、大体同じです。大き過ぎて肩が凝ると妻にはいつも怒られていますよ」


 確かに彼等と話す時には必ず上を向かなければならず、ずっとその姿勢でいるのは正直キツイ。アインの妻メグは小柄なので尚更だろう。


「それにしても、そうですか、アジェ様でしたか。正直少し意外です」

「意外? 何がですか?」

「悪く取らないで欲しいのですが、素朴でほっとしたという感じです。エディの周りにはクロードやグノーがいて、そんな彼の入れ込んでいるアジェ様はそれはもう美しい方なのだと勝手に想像していましたので、逆に安堵しました」

「それは……あの2人と並べられたら僕なんて完全に道端の雑草ですよ……比べる相手が悪すぎます」


 どよんと表情を曇らせたアジェさんにアイン団長は「変な意味ではないですよ!」と弁明するのだが、そんな言い訳するくらいなら言わなきゃいいのにと思わなくもない。

 だがそんな中、2人の会話を聞いていた伯父は「アジェは可愛いから問題ない」ときっぱりはっきり言い切ってむしろ清々しい。


「エディ、そういうのはあんまり大きな声で言う事じゃないよ。ただでさえ男性オメガの妻なんて体裁悪いのに」

「体裁? そんな物は関係ない。俺にとってはお前が一番で、それを隠し立てする必要などどこにもない」

「だけどね、エディは有名人なんだから……」

「知った事じゃないな」


 養父母もとても仲が良かったが、どうやらこちらも大概の熱々夫婦っぽい。養母グノーはやはりアジェさんと同じ男性オメガだったが、彼等もそれを隠し立てする必要はないというスタンスだったので、伯父さんの言い分もよく分かる。養母は女顔で普通に女性だと思われている事も多かったのだが、同じオメガでもカイトの母やアジェさんのように完全に見た目は男性だと遠慮する部分もあるのだろう、アジェさんは「あんまり大きな声で言わないで!」と伯父さんの口を手で塞いだ。

 彼等のやりとりを見ていた俺の傍らでカイトはぽつりと零す。


「僕も見た目『可愛いお嫁さん』にはなれなさそうなんだけど、ツキノもあんな風に思ってくれる?」

「俺はお前にそんな物を望んでないよ」

「ツキノ、男前、好き」


 そうは言ってみたものの、さすがに嫁より小さい旦那のままではどうにも自分の体裁が悪すぎる。早く成長期こないかな……と、思わずにはいられない俺は溜息を吐いた。


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