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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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観光③

「これ、どうしたの?」


 僕はどうにか体調も落ち着き、ふらりと自室からリビングに向かうとリビングの机の上には食べきれないような量の料理が並べられていて戸惑った。

 そこにはツキノがいて、最近ではとんと見ない笑顔をこちらに向け「もう大丈夫?」と僕に問いかける。


「うん、体調はもう大丈夫だと思う。変にフェロモン出てないよね?」


 確認するようにそう言うと、ツキノはすんと辺りの匂いを嗅いで、こくんとひとつ頷いた。


「それにしても、これ何? ちょっと量多すぎじゃない?」

「カイト昨日から食べてないだろ? お腹空いてたら食べて。まだ、たくさんあるんだ」


 僕は椅子に掛け、料理を前にもう一度「これ、どうしたの?」とツキノに尋ねた。


「おじさん達がくれたんだ。カイトにも食べさせたいって、でもこの量2人でも食べきれないよな」


 心底可笑しいという表情でツキノが笑う。こんな笑顔を見るのは何時以来だろうか、あまりにもここしばらくのツキノとは違いすぎて僕は戸惑いが隠せない。


「おじさん達って昨日の? えっと、アジェさんとエドワードさん?」

「そう、アジェ叔父さんとエディ伯父さん、俺、あの2人好きかも」


 人の好き嫌いの激しいツキノの口からそんな言葉が出てきて僕は更に驚きを隠せない。少なくとも今までのツキノならば、あの愛想のないツキノの伯父、エドワードにここまで懐く事はなかったはずだ。


「今日はあの人達と一緒にいたの?」

「うん、メリアの事とか両親の事とか聞こうと思って……って、あぁ! 俺今日何にも聞いてないじゃん! ひたすら食べて歩き回って1日終わった……何してんだよ、俺……」


 気付いてがくっと肩を落としたそんなツキノの姿に僕は思わず吹き出してしまう。

 僕は改めて机の上の大量の料理を眺めやり、その中の一品に目を留めた。


「コレ……」

「あぁ、ローストビーフ、凄く美味しいからカイトも食べな」

「ツキノ、食べたの……? 食べれたの!?」


 僕のその叫びにツキノは一瞬驚いたような表情を見せたのだが、何かに納得したようにひとつ頷き「うん、食べられたよ」と笑みを見せた。


「凄く美味しいから、カイトも食べて」


 この3ヵ月どうしても肉に手を付けられなかったツキノがその肉を食べたと言うのだから本当に驚きだ。

 ツキノが肉を食べられなくなっていた理由を僕は知っていたから無理強いなんてできなくて、僕はただ見守る事しかできなかったというのに一体彼等はどんな魔法を使ったのかと戸惑いを隠せない。

 しかもツキノが笑っている、最近はずっと沈みがちで感情があまり表に出なくなっていたツキノの顔に表情が現われている。


「叔父さん達とのお出かけは楽しかった?」

「え? うん、楽しかった……よ?」


 僕が真面目な顔でそんな質問を投げたので、ツキノは僕の機嫌を損ねたとでも思ったのか不安そうな表情を見せる。


「……ズルイ!」

「え?」

「ツキノばっかりズルイ!! 僕だって叔父さん達と食べ歩きしたい!」

「えっ……や、来ればいいんじゃないか? 明日も一緒に出かける約束してるし」

「僕、仕事だよ! そんなに何日も休めないよっ! 明日もお土産持ってきてくれなきゃ許さないから!」

「えっ? えっと……うん、分かった」

「よっし、じゃあ食べよ! 僕本当にお腹空いてたんだ、ヒートってめっちゃお腹空くね! 体力勝負だね! これはちゃんと体力付けとかないと大変だよ」


 僕は目の前の大量の料理を腹に収める。それでもその料理は2人がかりでも多すぎて「買い込み過ぎだよ」と笑ってしまった。


※ ※ ※


 こんな感じに俺が伯父さん達と観光と称した食い歩きを続けていた数日後、カイトの仕事休みの日に俺達はようやく2人で伯父さん達と出かける事ができた。アジェおじさんはいつも以上の満面の笑みだ。


「今日はね、カイト君もいるから2人がよく行く場所に連れてって」


 アジェさんは今日も今日とて上機嫌だ。


「よく行く……? 何処だろう?」

「2人でよく遊んでた場所とかないの?」

「僕がイリヤに越して来たのって一年くらい前で、そこまで遊び場って感じの場所はイリヤにはないんですよね、しいて言うなら……」

「「騎士団の詰所?」」


 俺とカイトは声を揃える。義父であるナダール・デルクマンは第一騎士団長だ。当然部下も大勢いて第一騎士団の詰所にはたくさんの知り合いがいる。幼い頃から仕事の合い間に彼等に遊んでもらっていた俺達はここイリヤでも彼等の元をたびたび訪ねていたので、あながち間違っていない。


「えぇ……そんな所で遊んでて大丈夫だったの?」

「ここではそこまで遊び倒してないけど、詰所には大体いつも父さんも母さんもいたし、団員の人達は手が空くと遊んでくれたり、剣の稽古付けてくれたりして怒られた事はなかったかな」

「ふむ、それは城から東へ行った場所か?」


 伯父の言葉に俺は首を振る。


「東だったら第三騎士団の詰所じゃないですか? 俺達は父さんの第一騎士団の詰所にいる事が多かったです」

「あぁ、そういえば騎士団は幾つもあるんだったな、忘れてた」

「エディは第三騎士団の詰所なら行った事あるんだ?」

「昔、親父にしばらく騎士団に放り込まれた事があるんだが、確かそれが第三騎士団だった。そういえばあの人、第三騎士団長だったな。もうずいぶん会っていないが、まだ騎士団長をやってるのかな?」


 まさか伯父がここイリヤで騎士団員をやっていた事があったというのは驚きだ。しかも武闘派揃いの第三騎士団。そこに入れるという事は、相当腕に覚えがないと無理なはずなのだが、一体いつの話なのだろう?


「誰? 僕も知ってる人?」

「第三騎士団長ならアイン団長ですね、知り合いですか?」

「そうそう、アイン・シグ騎士団長。アジェも名前だけは聞いてるんじゃないか? クロードの嫁の兄」

「あぁ! マリアさんの大好きなお兄さま!」


 アイン団長に心当たりがあったのだろうアジェさんは両手を合わせるようにしてそう言うのだが、アジェさんの言葉に何故か伯父さんが怪訝な表情で「なんだ、それは?」と首を傾げた。


「あれ? 聞いた事ない? マリアさん昔は凄くお兄ちゃん子だったみたいで、大好きなお兄さまの話になると、いつもの三割り増しでお喋りしてくれるんだよ」

「そんな話しは聞いた事もない。そもそも俺はあの嫁が話している所を見た事がほとんどないんだが、一体何処でそんな話をしてるんだ?」

「え~メリッサさんの所だよ。僕『騎士の宿』の常連客だからね」


 なんだか知らない名前と、知っている名前と、聞いた事があるようなないような単語がぽんぽんと出てきて俺とカイトは首を傾げた。


「なんか最近どっかで聞いたような気がするんだよね『騎士の宿』と『メリッサ』さん。誰だっけ? ツキノ覚えてる?」

「カルネ領ルーンの町……騎士の宿、あぁ! あれだ! スタール団長の!」

「ノエルか!」


 何ヶ月か前にあった騎士団員のお祭り『武闘会』に合わせるように現われた年下の少年。とても大人びた少年で年下のくせに体格もよくコンプレックスを刺激されまくって、俺はあまり好きにはなれなかった。

 父親探しをしにこのイリヤにやってきた彼の見付けた父親は、第五騎士団長のスタール・ダントン騎士団長で、昔から顔馴染みのスタール団長にあんな大きな息子がいた事にも驚いたのだ。

 料理上手なその腕はユリウス兄さんの胃袋を掴み、漢気のあるその性格は義妹のヒナノの心も掴んでいった。兄さんとヒナノは一時「ノエル君、ノエル君」と二人揃って彼の話をしていたので、その中の話題のどこかにその2つの単語は入っていたのだろう。

 確かに彼の住まいは伯父達の住む町ルーンで間違いないはずだ。


「あれ? 2人はノエル君の事を知ってるの?」

「武闘会の時に知り合って、少し話した程度ですけど」

「あぁ、そういえばノエル君色々事件に巻き込まれて大変だったって言ってたっけ。でも無事にお父さんに会えて良かったよねぇ。メリッサさんとは毎日喧嘩してるけど」


 そう言ってアジェさんは可笑しそうにころころ笑う。


「なんでそんなに喧嘩を? 反抗期か? あの子はじーさんに似て物静かな大人しい子だっただろう?」

「あれ? エディは聞いてないんだね。ノエル君ね、お父さんのいる騎士団に入りたいんだって、だけどメリッサさんはそれに反対してるんだよ。コリーさんは好きにしろってスタンスだけど、ノエル君には英才教育で色んな事叩き込んでいて、メリッサさんはそれも気に入らないみたい。でもさ、コリーさんの孫でスタールさんの子だろ? しかも剣の指導してるのがエディとクロードさんだもん、ある意味最強布陣じゃない? 僕、ちょっと彼の将来には興味があるんだよね」

「ノエルは筋がいいからな。そうか、それは聞いていなかった。最近急にやる気が増したと思っていたのだがそういう事だったか。うちのロディにも見習わせたい所だな、将来の展望がきっちりしていていい事だ」


 うんうんと納得したように頷く伯父、「次の武闘会には参加するって言ってたから、カイト君もうかうかしてられないかもね」とアジェさんも笑みを零し「僕、アインさんに会いたいです」と手を上げた。


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