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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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観光①

 翌日俺、ツキノはアジェさんに貰ったメモを頼りに彼の宿泊先を訪ねていた。

 部屋から出てこないカイトに声をかけると、発情ヒートはだいぶ落ち着いているが今日は家で休むと言うので、体調の悪いカイトに家の中でくらい自由に過して欲しかった俺は家を出てきたのだ。

 俺が伯父達の部屋を訪ねると、彼等は最初少し驚いたような表情を見せたが、アジェさんはすぐに満面の笑みで俺を招き入れてくれた。


「僕ね、今日君達の家を訪ねて行こうと思っていたんだ、凄いね、以心伝心だね!」

「え……あ、いや……カイトがヒート起こしたんで、何となく……家に居るとあいつ、俺に気を遣うから……」

「カイト君が? 大丈夫?」

「本人は大丈夫だって言ってましたけど、俺もよく分からないです」


 アジェさんは少しだけ心配そうな表情を見せる。そりゃそうだよな、自分の甥っ子だし。


「カイト君のヒートっていつもどんな感じ? 酷いの?」


 彼の問いに俺は首を横に振る、俺はカイトがヒートを起したのを見る事自体が初めてなのだから答えようがない。


「声掛けたら普通に返答は返ってきましたけど、俺、あんまりオメガのヒートの事は分からなくて……近くにいたオメガって言えば母さんとカイト、あとヒナくらいですけど、母さんの時は父さんが完全にシャットアウトしてしまうからよく分からないし、カイトのヒートは初めて見たんで、酷いとかそういうの全然分からないです」

「返事は普通に返ってきたんだな?」


 伯父のエドワードが問うてくるのに俺が頷くと「だったらそこまで酷くないかな」とアジェさんはそう言った。


「カイルさんは発情期ヒートのない特異体質だし、僕も発情ヒート自体は一日で終わっちゃう体質だから、血筋的に軽い可能性は高いのかな。本当に酷い人になると1週間完全に意識が飛んじゃうって聞くし、普通に会話ができるなら、本当にもう落ち着いてる可能性は高いのかも」

「そういうものなんですか?」

「こういう話しはあんまりオメガ同士でもしないからね。言ってしまえば自分の性生活暴露するようなものだし、そういうのってなかなか話題にはしづらいんだよ」


 アジェさんは「そっか、そっか」と頷いて「じゃあ大丈夫かな」とぽそりと呟くので、俺は首を傾げた。


「本当は2人一緒にと思ってたんだけど」

「何がですか?」

「ツキノ君、今日は僕達と一緒に遊びに行かない?」


 アジェさんが満面の笑みで、子供のような事を言い出したので俺は驚いてしまう。


「遊びに……?」

「そう! 僕イリヤにはほとんど知り合いいないし、滞在するの初めてなんだよ! 君達だったらきっと楽しい場所知ってるんじゃないかと思ったんだけど、駄目?」

「え……観光、ですか?」


 「そう!」と、やはりアジェさんは心底楽しそうな笑みで頷いた。

 俺は彼が母さんのお見舞いにここイリヤを訪ねて来たものだとばかり思っていたので少々戸惑いを隠せない。


「うん、僕凄く楽しみだったんだよ!」


 母さんへの見舞いはただの旅行のおまけだったのかと思ったら、勝手な話だが失望した。この人は俺達の理解者だと期待していた分だけ失望が大きい。


「そんな顔をするな、ツキノ。アジェはルーンからほとんど出ない、今回のこれだって10年ぶりの遠出なんだ、少しくらい浮かれても仕方がないだろう」


 伯父の言葉に俺は『それはそうかもしれないけど』と心の中で溜息を吐いた。勝手に期待して勝手に失望する、それが身勝手な想いだと分かっていても、やはりがっかりした気持ちは否めない。


「旅行とか、あんまり行かないんですか?」

「これでいて仕事が多くてね。旦那さん放って放蕩もできないし、本当に久しぶりなんだよ」


 悪びれる様子もなく彼は笑うので、俺はもうそれにとやかく言う立場ではないと諦めた。


「俺、色々聞きたい事あったんですけど、お邪魔ですかね」

「え? なになに? いいよ、何でも聞いて」

「でも、観光行くんですよね?」

「うん、だから一緒に行こうよ、観光しながらだって話しはできるよ」

「でも、俺の親の事とか、あんまり大きな声で言えないんじゃ……?」

「レオンさんやルネちゃんの事聞きたいの? いいよ、全然平気。親の話を聞くのに遠慮する必要なんてないよ、一緒に行こう。ツキノ君の聞きたい事、なんでも答えるよ」

「でもルーンからほとんど出ないんですよね? そんなに知ってる事もなかったりするんじゃないですか?」


 どこまでも楽しげに食い下がってくるアジェさんは「ん~確かに僕はルーンからあまり外に出る事はないけど、知ってる事は結構あると思うよ。僕、メリアやランティスには行った事あるし、ルネちゃんやエリィとは文通してるから!」と、にっこり笑った。

 アジェさんはその言葉をさらりと言ったが、よく考えたらランティスの王子とメリアの王妃が文通相手というのもどうなのかと俺は複雑な気持ちになった。


「他にもユマちゃんとか、ナディアさんとか、あとギマール伯父さん!」


 聞いた事のない名前もぽこぽこ出てくるが、それは一体誰なのだろうか? まさか全員王族関係者という事もないだろうが……


「ちょっと待て、アジェ! ユマ? お前は今あいつが何処に居るのか知ってるのか?!」

「うん、大体の場所はねぇ。でもお兄ちゃんにはナイショって言われてるから言わないよ。なんだかんだでエディ、居場所が分かったら連れ戻しに行っちゃうでしょ? ユマちゃん、帰りたくな~いってさ」


 『ユマ』それは俺の叔母にあたる人物で母ルネーシャの妹なのだと聞いている。何故俺がそんな伝聞のような言い方をするのかと言えば、実際俺はその叔母に会った事がないからだ。

 俺が自分の出自を知り親戚達と顔合わせした頃には彼女はもう城にはいなかった。誰もその居場所は知らないらしく『放蕩娘』の名を欲しいままにしていたが「便りがないのは無事な証拠」と祖父は笑っていた。

 城には2人の叔父が居て、上がジャン、下がジャックという名前でそれぞれこの国の第一・第二王子だ。

 第二王子のジャックはルイ姉さんにご執心な為、デルクマン家でもよく顔を見かけたが、第一王子のジャン叔父さんとは城で世話になるまであまり交流はなかった。けれど、寡黙で真面目な性格なこの叔父を、俺はあの自由奔放な王家の中で唯一まともな人間だと思っている。

 だって、ファルス王国の王家の人間は王族のくせに誰も彼もが自由過ぎるのだ、一人くらい王族らしい人間がいないと困るだろ! 主にこの国が!


「まぁそんな感じだからさ、僕、意外と皆の知らない事とかも知ってたりするんだよ。大事な話しは秘密厳守だけど、分かる事なら教えるよ」


 彼が自由気ままな叔母の所在まで把握している事に驚いた俺は、言葉を失う。


「だ・か・ら、変わりに僕の我が儘にも少し付き合ってよ。僕、見たい物も食べたい物もたくさんあるんだ。駄目?」


 小首を傾げる彼はずいぶん年上のはずなのに、なんだかとても幼く見えた。しかし、その笑顔にはどうにも断りづらい力がある。


「駄目では……ないですよ」

「やった! じゃあ、行こ行こ! エディも早く! 時間は無限じゃないんだから、さぁ出発だよ!」


 彼が飛び跳ねるように身支度を整えていくのを、俺は少し呆れて眺めてしまった。


「アジェさんって、いつもあんな感じなんですか?」

「ん? まぁ、今日はいつもよりはしゃいでいるな。なにせ本当に久しぶりの遠出だから」


 伯父はやはり少し気難しげな表情だったのだが、跳ねるように楽しげな伴侶を見やって「ふっ」と笑みを見せた。あぁ、この人こんな顔もできるんだ……


「こんなアジェは久しぶりで、これはこれでなかなか楽しい」


 これでいてこの人も楽しいんだ……?

 伯父は微かに見せた笑顔を引っ込め、仏頂面で言っている事は表情と真逆過ぎてなんだか変な感じ。


「アジェ、あまりはしゃぎすぎると体力が持たないぞ」

「あぁ! 今馬鹿にした! 僕のこと馬鹿にしたでしょう! いくら普段そこまで体力作りしてなくても、一応それなりに体力はあるんだからね!」

「分かった、分かったから! 忘れ物はないか?」

「えっと……うん、大丈夫!」


 ぽんぽんと自分の服や鞄を確認してアジェさんは笑い、伯父さんは黙って頷く。その姿は夫婦というよりは親子か、まるで手のかかる弟の世話でもしているようで、こっちもつられて笑ってしまった。


「あ! ツキノ君、笑ったね! その顔いいと思うよ。もっといつもそんな顔で笑ってようね」


 そんな事を言って彼はやはりにっこり笑みを見せた。彼を見ているとどうにも笑顔が移る。そんな彼の傍らでは仏頂面だった伯父も笑顔を見せていて、この人は不思議な人だな、とそう思った。




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