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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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来訪④

 家に帰り着き、玄関を開けたら腕を取られてカイトに抱き締められた。


「なに? 当然どうした?」

「僕はツキノを好きでいてもいいのかな……?」


 少し心細そうな、不安が前面に出た声でカイトは言う。


「ん? それをお前が言うのか? ずっと俺の傍に居てくれるって言ったのはお前の方なのに……それとも俺が嫌になった?」

「そんな訳ないだろ! 僕がツキノを嫌う事なんて絶対無いよ!」

「だったらなんで?」

「ツキノがメリアの王子で、僕がランティスの王子の子、だから」

「カイトはそんな理由で俺を嫌うのか?」

「だから、僕は絶対ツキノを嫌いになったりしないって言ってるだろ! そういうんじゃないんだ、僕はずっとツキノを好きでツキノと一緒に居たいと思ってる、だけど、もし僕がツキノと一緒にメリアに行ったとして、メリアの人達は僕を受け入れてくれるのかなって、そう思ったら急に怖くなった」


 ランティスの人間であるカイトの父親はメリアを憎んでいた、だったら逆にメリアの人間はランティスの事をどう思っているのだろうか? そんな事は全く考えていなかった俺は言葉に窮する。


「やっぱり僕の父親みたいに、メリアの人は僕の事を憎むのかな? ツキノの両親は? それこそツキノの両親はメリア王家の人間でランティスには人一倍の憎しみを持ってるかもしれない、そう思ったら怖くなったんだ……」


 縋るようにカイトは俺を抱き締めるので、俺もその背に腕を回す。


「誰が何を言おうと関係ないよ、俺達は俺達だ、誰にも俺達の仲を邪魔する権利なんてない」

「本当に? ツキノは本当にそう思ってくれる?」

「もう決めたから。お前は俺のただ1人の運命の番だよ」


 カイトは俺の言葉に華が綻ぶようにぱあっと笑みを零し、俺に口付けてくる。優しいキスだ、何度も何度も啄ばむように繰り返されるキスに応えていると、カイトがひとつ吐息を零して俺の顔を両手で挟むようにして深く口付けられた。


「んっ……んふっ……」


 口内に舌が忍び込んでくる、逃げれば何度も追いかけられて、顔の角度を変えるようにして深く深くと貪るように追いかけてくる。

 そしてそれと同時に辺りに広がる甘い匂い。カイトの顔を覗き込んだら頬が紅潮して瞳が潤んでいる。そして噎せ返るような甘い甘い匂い。

 唇が離れると唾液が糸を引いて、どうにも恥ずかしく、俺は自分の唇を腕で隠した。


「ごめんツキノ、僕、さっきからちょっとおかしくて……もしかして、これ、発情期ヒートかもしれない」


 カイトの息遣いが荒くなり、戸惑うように潤んだ瞳がこちらを見返す。

 フラッシュバックするようにあの時の光景が目の端をちらついた。甘い匂いと興奮したような息遣い、目の前にいるのは自分の運命の番のはずなのに、その甘い匂いに興奮するより先に鳥肌が立った。

 俺が青褪めたのが分かったのだろう、カイトは少し悲しそうな表情を見せながらも俺の拘束を解いて、壁を背にずるりと座り込んだ。


「カイト……」

「分かってる、ごめんね。薬、ちゃんと持ってるから、ツキノは部屋に戻って。ご飯、作れなくてごめん」

「そんなのいいから、水持ってくるから待ってて」

「いらない、これキツイ……っはぁ……ねぇ、ツキノのその上着貸してくれる……?」

「え? 上着?」

「なるべく汚さないようにするから」


 カイトの呼吸が荒い。俺の上着をどうするのかなんて聞けなかった、聞かなくても分かったし、こんな状態のカイトを慰められない自分に腹が立つ。

 カイトは持ち歩いていたのだろう薬を口の中に放り込み、ぼりぼりと歯で噛み砕いた。


「カイト、ごめん」

「分かってるから、大丈夫。それより、今は部屋に行ってて。ちゃんと鍵もかけてね、万が一があるといけないから」


 着ていた上着を脱いでカイトに手渡し、俺はカイトの言う通りに部屋へと籠り鍵をかけた。本来なら部屋に籠るのはオメガの方で、アルファはオメガを気遣う役目が普通だというのに、俺は逆に気遣われ逃げ出して部屋に籠っている、もう本当に自分が情けない。

 オメガのヒートは大体3ヵ月に一度1週間ほど続く。俺の知る限りカイトがヒートを起している姿を見たのは初めてで、もしかしたらこれがカイトの初めての発情期だったのかもしれない。なのに、俺はカイトを怖がり逃げ出した……

 カイトは俺の運命だ、本当だったらこんな状況、アルファの側から押し倒しているのが定石だろうに、俺はカイトに我慢を強いている。

 心は彼を求めている、なのに身体がそれを拒絶する。好きな人と抱き合えない、こんな馬鹿らしい事はない。


「……っ、くそっ」


 どこかで扉の閉まる音がした、カイトはカイルの寝室に籠ったのだろう。まだ俺の身体にはカイトの発していた甘い匂いが纏わりついている。カイトの匂いは心地良いはずなのに、この興奮した甘ったるい匂いがどうしてもあの事件を思い出させる。

 俺は窓を全開にして、その匂いを外へと逃がした。カイトの匂いが消えてゆき、俺は悲しくなった。



※ ※ ※



 息が上がる、身体が熱い。ツキノに貸してもらった上着の匂いを嗅いでベッドの上で丸くなる。僕にとっては初めての発情期ヒートまさか、こんなに急にくるとは思っていなかった。

 もしかしたら自分は母と同じでヒートのこない特異体質なのかもと思っていたのに、やっぱり僕はオメガなんだ。

 部屋に籠った事で部屋中に充満する甘い薫り。自分のフェロモンがこんな風に制御が効かなくなるというのは本当に怖い。今回は家の中だったから良かったが、これが外出先だったりしたらと思うとぞっとする。

 この僕の甘い匂いは無差別にアルファを誘惑するだろう、誰でもいい訳じゃない、欲しいのはただ一人だけなのに、制御が効かないこんな身体が恨めしい。

 先程までツキノに触れていた唇が寂しい、彼の上着を抱きこんでその匂いを吸い込むのだけれど、やはり本物の匂いよりはどうしても薄くて身悶える。

 ツキノが欲しい。身体の疼きは止まらない。すぐそこに彼がいるのに、この疼きを鎮めてもらえないなんて、あまりにも酷すぎる。

 でも、分かってる。ツキノ自身が僕を嫌がってる訳じゃない、あの事件のせいでオメガという存在が彼の中でトラウマになっているのだ。それでもオメガである僕を傍らに置いてくれているツキノは僕を拒絶している訳ではない。頭では分かっているけど、やはり辛い。

 意識に霞がかかる、自身は触れればすぐにでも達ってしまいそうなほど屹立していて苦しいし、下着の中がどうにも湿っぽいのは下肢がツキノを求めて自ら蜜を零しているせいだ。

 自分の身体の変化が本当に怖いと思う。

 子供が作れる大人になったと喜ぶべき所なのかもしれないが、こんなにあからさまな欲望には戸惑うばかりだ。

 自分自身がここまで戸惑っているのだから、無理矢理性的欲求をぶつけられるアルファ側なんて余計にだろう。ツキノは怯えていないだろうか? 『大丈夫?』と寄り添えない自分が悔しい。

 ツキノの上着を抱えて更に丸くなる、こんなの早く終われば良いのにと僕は瞳を閉じた。



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