君と僕⑥
「セカンド・メリアというのは、言葉の意味そのまま、メリア王家の2番目という意味です。王位継承権二位、次男、そのような意味なのですが、彼に与えられた名はそれだけ、セカンド・メリア、それがそのまま彼が幼い頃に呼ばれていた名なのですよ」
「それって名前? ただの称号だよね? もしくは俗名?」
「メリア王家の人間に名はないのです、だから先代の王にも名はなかった、だから彼はファースト・メリアと呼ばれていました。現在の王はサード・メリア、対外的にレオンと名乗っているその名は王家として認められた名ではない、その名を付けたのは彼の母親である王妃とその不倫相手である一介の兵士です」
「今のメリアの王様って、王家の人じゃないの? 不倫? じゃあツキノも本当は王家の人間じゃない?」
「いいえ、それは違います。レオン様は正統な王位継承者、彼等の父親であるはずの先々代の王こそが正統な後継者ではなかった、正統な血を引いていたのは王妃様の方で、そしてレオン王の父親である、一介の兵士、その人の方が血統的には由緒正しい王族だった」
「よく分からない……どういう事? 王妃様とその不倫相手の人には血縁があったって事?」
「メリア王家には血塗られた歴史があります、先代までの王家は王家に成り代わった亜流の血統、王妃はそちらの正統な血を引き、そして不倫相手の兵士の方はメリア王国成立時におけるメリア王家の正統な血筋の生まれだった、と言えば分かってもらえるでしょうか?」
「それまでの王家の人間の方が偽者だったってこと?」
「言ってしまえばその通りです。レオン王が国を継ぐことでメリア王家の血筋は正された、王妃は亜流側の正統な血を引き継いでいた為、そちら側からも文句は出なかった。いえ、文句は出たのでしょうが、押さえ込む事ができたのです。グノーは次男、父親がどちらなのかはっきりしていません、そのせいで彼の立場はとても微妙な物だった。他にも色々な要因はあったのですが、幼い頃の彼は王家では必要とされない子供だった。そんな時に彼に優しくしてくれたのが、唯一彼の兄であるファースト・メリアだったのです」
ファースト・メリア、先代の王様。僕が生まれた時にはもう代替わりをしていたし、そのメリアの王様の事を僕は知らない。現国王が先代の王の悪政を嘆いて彼を討ったのだと聞いているけれど、グノーさんにとっては大事な人だったという事だろうか?
「ファーストは幼い頃は彼にとても優しかった、グノーも兄を好いていました、ですがその愛情は過剰で際限を知らなかった」
「え……?」
「グノーはΩです、年頃になれば定期的な発情期がくる、そのヒートに合わせて彼の兄は彼を犯し、監禁し束縛した」
僕はおじさんのその言葉に目を見開いた。
「過剰な束縛は彼を孤独に追いやりました、王家にいながら王子として扱われもせず、まるでファーストの愛妾のような生活を彼はお前達くらいの歳の頃から強いられていたのですよ。そしてそんな兄の束縛から逃げ出したのが18の時、逃げても逃げても追っ手はかかり、彼はやむを得ず人に手をかける事が何度もあった。彼は思い出してしまうのですよ、その頃の辛い記憶を……思い出してしまえば、頭では違うと分かっていても自己防衛本能で体が勝手に動いてしまう。ツキノが襲われているのを見て彼は思い出してしまったのです、兄に監禁され虐げられた生活をね。ツキノはグノーの若い頃によく似ている、ツキノと自分を重ねてしまったのだと、そう……思います」
それは俄かには想像できない彼の過去だった。
彼は子供達に囲まれていつでも笑っていた。そんな抱え切れないほどの闇を抱いて生きていた事を知らなかった。そして、そんな過去と直結した『セカンド・メリア』という名が、どれほど彼にとって耐え難い名であるのかを思い知る。
「あの人は……僕の自称父親はその話を知らないの……?」
「いいえ、知っていると思いますよ。グノーがセカンドである事で起こった事件に彼も巻き込まれた事がありますので、一通りの事情は彼にも伝わっているはずです」
「知っていて、あの人はその名前を呼んだの?! あの人馬鹿なの!?」
「王子は王家の人間として生まれて、周りに気遣われる事に慣れてはいても、自分が気遣うという概念は欠落しているのですよ。他人に媚を売るような王はいない、それは王家にとっては大事な資質かもしれませんが、無神経であると言ってしまえば、それまでです。普段のグノーだったら彼にその名を呼ばれても怒る程度で聞き流せたでしょうが、何分タイミングが悪かった、武闘会の際私が暴漢に刺された事もあって、ここ最近の彼はとても気を張った生活をしていました。そして、ツキノの件で混乱した所に王子の出現、完全に追い討ちをかけた形でしたね……グノーは王子を親友であるアジェ君と見間違えた、そしてそのアジェ君に『セカンド・メリア』などと呼ばれてしまえば、あぁなるのはもう仕方がなかった」
「あの人やっぱり最低だ……」
僕の言葉にナダールおじさんは少しだけ困ったような表情を見せた。
「それでも彼はカイルにはとても優しかったのですよ。好きな人には優しい方なのです。王子は人の好き嫌いがはっきりし過ぎているだけなのですよ」
あんな酷い事になっていて尚、おじさんはあんな最低な僕の父親に理解を示してくれる、それ程までに優しい人達を傷付けたあの人を僕は本当に許せない。
「おじさんはもっと怒っていいと思うよ!」
僕のその言葉に彼は更に困ったような表情を見せた。
「やはり怒りはありますよ。どうしてあんな事が平気でできるのか? とあの時は私も周りも構わず激昂してしまいましたしね。ですが、他人を恨んで憎んでも何も解決はしません。そんな他人に向ける労力は無意味です、だったら私はその想いを慈しみに変えて愛する人に使います」
あぁ、この人はこういう人なんだ、と改めて目の覚める思いだった。
確かにただ怒っていても何も変わらない、そんな怒りを抱えていても疲れるばかりで事態は何も解決などしやしない。
「僕……やっぱりおじさんがお父さんだったら良かったのにって、本気で思うよ」
「私はカイトもツキノも二人とも私の息子だと思っていますよ。私の所に縁あってやって来た子供達は、皆等しく私の子供です。それはお前達も例外ではなく、皆愛しい我が子です」
人としての器がエリオットとは違いすぎる。彼の愛情はとても深い、僕はおじさんが好きで、彼を父親と信じてここまで生きてきた。彼の背を見て育ってきた僕は、彼の真似をするように笑顔をふりまき生きてきたが、それはなんと薄っぺらな上辺だけの真似事だったのかと痛感せずにはいられない。
「ありがとう、おじさん。ツキノの事は僕に任せて。ツキノの事を誰よりも分かっているのは僕だから、僕がツキノを支えるよ」
「そういえば、カイルから聞きました。お前達は『運命の番』だというのは本当ですか? 仲が良いのは分かっていましたが、今までそんな素振りは見せていませんでしたよね?」
「言わなくても僕達には分かってたから……」
「まだ番にはなってない?」
「ツキノが僕の項を噛もうとしなかったからね。どうしてツキノがそういう態度だったのか、僕には分からない。だけど、僕達はもっとちゃんと向き合わなきゃいけないんだと思う」
「そうですか」とおじさんは静かに頷いた。
「番契約に慎重になるのは悪い事ではない。特にΩであるお前にかかる負担は大きい。よく話し合って2人で決めるんだよ」
おじさんの言葉に僕は頷く。だけど今はまだその時じゃない、まだもう少し……いまだツキノの心は闇の中だ。




