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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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君と僕④

「な……! いや、望むところだっ! 別に私は来たくてここへ来た訳ではない! 妻と息子は連れて行く! あれは私の家族だ、そこに文句は言わさんぞ!」

「2人がそう望むのであればどうぞご自由に。だが、あの2人はきっとそれを望みはしないだろうがな」

「そんな訳、あるか!」


 だが、エリオットの脳裏を掠めるのは、先程までカイルとしていた話し合いだ。カイルは絶対に研究を止める気はないと言う。その研究に費やした時間と労力を考えるに、ランティスに戻ると彼に言わせるのは相当に骨が折れる作業であると予想される。


「それにしてもランティス王家は選択を誤ったな、これが次代の王では話にならん。アジェ様の方がよほど王の器に相応しい」

「王家は継がない、全部弟に置いてきた」

「あぁ、そういえば王子は廃業したとか言っていたな。下の弟の名はマリオ王子だったか? あの弟も少々頼りないが、貴殿よりはマシと言ったところか」

「っ……ぐっ! 何故私がそこまで貴殿に愚弄されねばならん! 不愉快だ!」

「それはお互い様と言うものだ。あんたは何も見ていない、自分の事しか考えていない。ランティス王家がいつまでもそんなだから、いつまでも経っても争いが終わらんのだ。今のあんたを見ている限り、メリア王家の方がよほどマシだと思わざるを得ん」

「メリアの方がマシだと? あの年中争いばかりの国がか!?」

「数年以内に収束する。メリア王はよくやったよ、我が子に会うのも我慢して、国の事だけを考えて10年以上、ようやく収束の糸口を掴めた。これをランティスが邪魔するようなら、俺は全力でランティスを叩き潰す」

「それは宣戦布告か!」

「それはランティス次第だな」


 どちらも譲らず睨み合いが続く、先に目を逸らしたのはエリオットの方だった。


「……帰る、話にならん」

「カイルの家に行くのなら止めておけ、今、あそこにはツキノがいる」

「あぁ!? 知った事か! 俺が俺の家族の元へ帰って何が悪い! そんな奴、追い出せばいいだけの事だ!」

「追い出されるのはお前の方だと思うがなぁ……」

「そんな訳あるか!」

「それにツキノは俺の可愛い大事な孫だ。会わせたくねぇなぁ……ツキノが歪んだ大人になると困る」

「それはこっちの台詞だ! カイトを完全に洗脳しやがって! うちの息子がメリア王家の人間と仲良くしてるだなんて、それだけで吐き気がする!」

「洗脳? 俺達は何もしていない、つい先だってまでカイトはツキノの素性すら知らなかったんだ、2人が一緒にいるのは2人が自分達で選んだ選択だ、誰に強制されたものでもない」

「2人纏めて育てれば、そりゃ仲良くだってなるだろうよ!」

「仲良くならない場合だってある。実際一緒に暮らす兄弟間のいざこざだって珍しい話ではないはずだ。もしツキノとカイトがそうやって仲違いをしたとしても、俺達は特に手出しをするつもりはなかった。むしろ仲が良すぎて引き離しさえしたのに、それでも結局一緒に暮らし始めたのはあの2人が自分達で決めた事だ」

「俺は許さない」

「大人が口を挟む問題じゃない」

「メリアの人間となんかうまくいく訳がない、親には子を守る義務がある」

「干渉は子の為にならない」

「だからあんたの所はどいつもこいつも身勝手な子供に育つんだ!」


 エリオットの弟アジェを連れ去ったのは、このファルス国王の養い子だった。王子であるエリオットに対して少しの敬意も払わない傲慢な男で、エリオットはそいつがいまだに気に入らない。

 そいつは弟であるアジェには盲目的な程の忠誠を誓っていて、弟が愛されている事、不幸にはならないだろう事だけは確信しているので黙っているが、やはり気に入らないものは気に入らないのだ。


「身勝手……ふむ、それは否定できないが、俺の子に道理に合わないような事をする者は1人もおらん!」

「俺が道理に合わないとでも言いたいのか?」

「責任も義務も全部放り投げてきた奴が道理に合っているとは思えない。俺だって国王なんてやりたくもないのに、20年も王様やってんだ! それが王家に生まれちまった者の責務だろう!」

「陛下、本音が漏れてます。それに口調、戻ってますよ」


 ファルス国王の脇に控えた家臣から冷静なツッコミが入る。


「ん? うむ……私はな、この世の中が平和になるのを望んでいるだけなのだ。メリアだ、ランティスだファルスだと争うのはもう止めにしようや」

「世界はそんな綺麗事で片付けられるほど簡単なものじゃない」

「綺麗事か……確かに綺麗事かも知れないが、今、子供世代にまで憎しみを伝承してどうなる? 争いなど終わらせる事ができるのなら、その方がいいではないか」

「それはメリア王に言ってやれ、メリアがランティスに手を出すからいつまでも争いは終わらんのだ。ランティスは好きで争いを望んでいるのではない」


エリオットの言葉に、ファルス国王はまた目を細め「あんたは何も知らないのだな……」とぼそりと呟いた。


「何のことだ?」

「メリアが好き好んで争いを起している訳ではない、という事をだ。あんたの嫁はそれを分かっているのに、あんたは何も知らないし分かろうともしていない。そりゃあ、愛想も尽かされるってなもんだな」

「俺は愛想を尽かされてなどいない!」

「じゃあ、そのうち尽かされる。そうか、知らないのか……よし、分かった」

「……?」


 何かに納得したような顔をするファルス国王に、エリオットは不審顔でその顔を見やるのだが、彼は何も気にする様子も見せず、纏ったマントを外して傍らの家臣に渡す。


「旅の仕度を。政務は任せた、各自己の責務を全うし、指示はリンに一任する」

「まぁ、そんな予感はしましたけど……期間はどのくらいで?」

「1週間……いや、2週間くらいかな……何をぼさっとしている、あんたも行くぞ!」

「は!? 何を言って……」


 エリオットは何を言われているのかも分からないのに、ファルス国王の家臣団は速やかにその意を察して動いていく。一体何が起こっている?


「あんたに世界を見せてやる、付いて来い。っていうか、問答無用」

「は!? 嫌だ! なんで俺が!?」

「悪い事は言いません、行っておいでなさい。貴方は世界を知らなさすぎる」


 ブラックの傍らに立ち、そのマントを受け取った黒髪の男は静かにそのマントを羽織ってエリオットにそう告げた。


「きっと世界を見る目が変わりますよ、王子」


 マントを羽織った男は、よく見ればファルス国王によく似ている。一方で豪奢な服を脱ぎ捨てた国王は既に一般市民と変わらない質素さだ。


「どういう事だ! 王がこんなに軽々しく旅に出ていいとでも思っているのか!?」

「我が国では日常茶飯事です」

「政務に支障が出るだろう!」

「問題ありません。我が国は国王に頼りきった、そんな脆弱な国ではありませんので」

「それにしたって、国王が出かけるというのなら準備とか、そういう……」

「身ひとつあれば、さして問題はないかと」

「王が王なら、家臣も家臣だな!」

「褒め言葉だと受け止めておきます。それでは王子、よい旅を……」


 王に成り代わった男がひとつ礼をすると同時にエリオットはその首根っこを掴まれた。


「さぁ、行くとしよう」


 いつの間にか、完全に庶民に擬態した冒険者風の男はにやりと笑う。


「な……なんで俺が!」


 そんな叫びも虚しく、引き摺られるようにしてエリオットは馬上の人となり、イリヤを離れる事になる。それはちょうどツキノとカイトが家に帰りついたのと同じくらいの時刻の事だった。


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