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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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君と僕①

 人の叫び声が聞こえた。それは途切れる事もなく続いていて、尋常ではない事件が起こっている事は見なくとも想像ができた。

 父親を名乗るエリオットを引き連れて僕はその叫び声の聞こえる方へと向かう、きっとツキノはそこにいる。叫び声はツキノじゃない、たぶん違う、でも僕はどこかでその声に聞き覚えがある気がした。


「ちょっと、あんた達! 俺、来るなって言ったよね!」


 声と同時にスタン! と目の前に突然黒髪の男が降ってきた。年の頃は30代半ばくらいだろうか、見た目は若いが段々におじさんと呼ばれるような年齢だと思われるのだが、その身体能力はそんな老いを感じさせない。


「お前がルークか、何があった? この叫び声はなんだ?」


 ルークの言葉を無視して叫び声の聞こえる建物の一室を覗き込もうとしたエリオットは彼にそれを止められた。


「見ない方がいい、人が死んでる」

「死んで……ツキノは!? ツキノは無事なの!?」


 思わず叫んだ僕に「ツキノは無事だよ」と男は言うのだが、その表情は険しいまま、叫び声も途切れる事はない。


「無事ならツキノに会わせて! あの部屋にいるんだろ!」

「いるけど、もう少し待って。今は駄目だ」

「あの叫び声はなんだ? 中で何が起こってる?」


 エリオットも険しい顔でルークに詰め寄るのだが、彼は首を横に振る。


「よく分からないけど、久しぶりに大きな地雷を踏み抜いたみたいで、混乱してる。俺達にはどうにもできないから、旦那が今介抱してる所だよ。もう少し待って」

「地雷? 混乱? この叫び声はそのツキノという子供の声じゃないのか?」

「違うよ、ツキノは無事だって言っただろ」

「ルーク喋りすぎ。それになんでカイトがここにいる? しかもなんで王子まで……」


 ルークと呼ばれる男の後ろからまた知らない黒髪の男の人が現れて、微かに眉を顰める。


「なんか王子廃業して先生を迎えに来たらしいよ」

「それもそれでどうかと思うが、それより何より俺が聞きたいのはここにこの人達がいる理由だ、お前まさか連れて来たんじゃないだろうな?」

「そんな事する訳ないだろ! 勝手に来ちゃったんだから、俺にはどうしようもないよ」

「お前達、20年前のあのランティスの事件に関わってた奴等だろう? どういう事だ? 黒の騎士団? あれはファルスの正規部隊だったって事か!?」

「あれ? 王子は全然知らないんですね? もうとっくにアジェ様から聞いてるかと思ってた」

「アジェは俺には何も言わない、それこそ先生の行方も知っていて教えてはくれなかった……」


 悔しげな表情の僕の自称父親、なんだか僕には分からない事ばかりだよ。20年前の事件? 20年前何かあったの? でも、今はそんな事どうでもいいからツキノに会わせてよ!

 エリオットとルーク、そしてもう1人の黒髪の男が押し問答を続ける横で、僕が部屋の扉を見詰めていたら、いつの間にか叫び声は止み扉が開いて、騎士団員と思しき男の人に肩を抱かれたツキノがふらりと部屋から出てきた。


「ツキノっ!」


 僕が思わず叫んでツキノに駆け寄ると、その声に一瞬びくっと身を竦ませた彼は、僕の顔を見てぼろりと涙を零した。


「カイトぉ……怖かった、怖かったぁぁ……」


 いつでも傲慢不遜、高飛車で強気な彼の姿はそこにはなかった。怯えたように泣き出したツキノに駆け寄って、僕はその身体を抱き寄せる。

 近くに寄って初めて気付く、彼の纏った甘い匂い。そして肉の腐ったような生臭い薫り。

 騎士団員の物と思われる上着を羽織らされていたツキノだったが、その顔は赤黒く薄汚れていて、それが血の跡なのだとようやく気付いた。


「ごめん、ツキノ。僕がツキノを追い出したりしたから……ちゃんと一緒にいれば良かった、ごめん、ごめんね」


 ツキノの方からも僕に抱きついてきて、羽織らされた上着が落ちる。

 下はズボンを履いていたけれど、上はそのまま上着を羽織っていただけだったツキノの身体には無数の赤い斑点が残されていた。

 縛り上げられていたのだろ、腕には青痣が残り、そこから微かに血が滲んでいるのが見て取れる。

 何が起こったのか分かっていなかったが、こんな痛々しい姿のツキノの姿を見れば、彼がそこで何をされていたのか一目瞭然で分かってしまう。


「……殺してやる」


 僕の呟きに「もう、死んでる」とツキノは泣き腫らした瞳で首を振った。


「ツキノが、殺したの?」

「違う、母さんが……」


 ツキノがグノーさんの事を母さんと呼ぶのをずいぶん久しぶりに聞いた気がする。幼い頃は何の疑問も持たずにグノーさんの事を「母さん」と呼んでいたツキノだったが、ある時から急に「あの人・おばさん」と彼の事を呼び始めたのだ。それは反抗期もあっての事だと思っていたが、ツキノはずっと頑なだった。


「おばさんが……殺したの?」

「そう、…うぐっ」


 何かを思い出したように、ツキノは口を押さえてしゃがみ込む。慌てて僕がその背中を撫でると、やはり彼は涙目で震えていた。


「おばさんは……?」

「まだ部屋の中。父さんが宥めてる。どうしよう、母さん、おかしくなっちゃった、カイトどうしよう……俺のせい?」


 がたがた震えているツキノの身体を抱いて「ツキノのせいなんかじゃない」と僕はその背を撫でた。何が起こっているのか分からない現状、僕にはそのくらいしかかける言葉が出てこなかったのだ。

 だが、少なくともどんな事件に巻き込まれているのだとしてもそれは決してツキノのせいではあり得ない。


「母さんが元に戻らなかったら、俺、どうずればいい? 怖い、カイト……」

「大丈夫、大丈夫だよ、ツキノ。とりあえず落ち着こう、落ち着いて怪我の手当てしよう?」


 縋り付くような弱々しいツキノの姿には痛々しさしかなくて、いつも勝気なツキノの動揺が伝わってくる。けれど僕はそんなツキノの姿から目を逸らしては駄目だと思った。だって、こんな事になった責任の所在は僕にもある。

 僕がツキノを家から追い出さなければこんな事にはならなかったはずなんだ……


「カイト、これがツキノか?」


 男の声にツキノの肩がびくりと震え、更に体が震えだした。


「ツキノを怖がらせないで! あんた、無神経過ぎる!」


 そんな風に言われるとは思わなかったのだろう、エリオットは不満顔だが知った事ではない。ツキノは今、傷付いて怖がっている。そんな彼に優しい言葉をかける事もないこの男に僕は正直苛立っていた。


「俺はただ、こいつがツキノかと聞いただけじゃないか、何も怖がらせるような事は言っていない」


 ツキノの縋り付く手の力が強くなり、怯えたように「この人、誰?」とツキノが僕に問うてきた。


「一応、僕の父親、らしいよ」

「父……親?」


 ツキノはやはり僕に縋り付いたまま、エリオットを怯えた顔で見やるので「見なくていい」と僕はそのツキノの頭を抱え込んだ。


「あぁ、他の奴等も出てきたみたいだな、酷い有り様だな」


 エリオットの言葉に、そちらを見やれば、グノーさんがナダールおじさんに抱えられるようにして部屋から出てくる所だった。

 エリオットの言う通り、グノーさんの身体は血だらけで見るに耐えない惨状だ。いつでも笑顔を絶やさずに楽しそうにしている人が俯きがちに歩いていて、そんな姿に胸が締め付けられ苦しくなる。

 ふと、グノーさんが顔を上げ、こちらを見やった。その瞳はどこか虚ろで焦点が定まらないのだが、こちらを見た彼の口が何かを呟き、弾かれたように彼はこちらへと歩み寄って来た。


「どうしよう、アジェ……俺はまた、人を殺した……アジェ、助けて、俺は、どうすれば……」

「あんた、誰だ?」


 僕の自称父親がグノーさんを冷たく見下し言い放つ。瞬間、グノーさんの表情が凍りついたように固まって、一気に血の気が失せたのが分かった。


「ア……ジェ……?」

「あぁ、すっかり容姿が変わってるから気付かなかった、あんた、セカンド・メリアか」


 エリオットのその言葉に、グノーさんは頭を抱え叫び声を上げると、糸が切れたようにふつりと崩れ落ちた。それは一瞬の出来事で、誰も止める事ができなかった。


「なんて事を!」


 崩れ落ちるグノーさんの細い体を抱きとめて、ナダールおじさんは僕の父親を睨み付ける。


「何故貴方がこんな場所にいるのですか! どうしてこの人をその名で呼ぶのですか!!」


 それは激しい怒り。この国の第一騎士団長としていつも凛とした佇まいながらも穏やかに笑っているおじさんがこんなに激しく激昂しているのを初めて見た。

 辺りには恐ろしい程のフェロモンの匂いが立ち込める、それに気付いた者も気付かなかった者も、その怒りに誰もが声も出せず怯えたように立ち竦んだ。

 僕も、恐らくツキノもこんなに怒り狂ったおじさんを見た事はなく、その怒りに僕達は言葉を失った。


「なっ、何だ! 俺は何もしていないだろう!? セカンド・メリアはそいつの名だ! その名を呼んで何が悪い!」

「あんた、やっぱり最低だ。さっきその名を呼ぶなって父さんに言われてただろう。そんな事も忘れて何もしてないなんて、あんたは本気で馬鹿なのか!?」

「父親に向かってその口のきき方は何だ!」

「父親!? 父親らしい事何ひとつした事もないくせに父親面するな!」

「知らなかったのだから仕方がないだろう! 知ってたら俺だって……」

「こんな人もう放っておこう、それよりグノーさんの方が心配だよ。グノーさん大丈夫?」

「気を失っているだけです……私はまた、この人の心を守りきれなかった……」


 悔しそうにおじさんはおばさんを抱き締める。

 おじさんは『また』という言葉を使ったが、以前にもこんな事があったのだろうか? もしそれが、やはりこんな風に僕の父親絡みだったりしたのなら、僕は一生この人を許せない気がする。


「母……さん……」


 ツキノが倒れたグノーさんにそう呼びかけ、伸ばしかけたその手をナダールおじさんが払い除けた。


「おじさん!?」


 僕の叫びにはっとしたような表情を見せたおじさんは「すまない……」とツキノを見やるのだが、ツキノは動揺を隠しきれない顔でその払われた己の手を凝視していた。


「お前のせいじゃないのに……」


 そう言って、今度はおじさんの方からツキノに手を伸ばしたのだが、その手から逃げるようにツキノは飛び退いた。


「ごめん……なさい」


 ツキノは涙を零して謝ると、弾かれるように駆け出した。僕も慌ててそのツキノの背中を追う。


「ツキノ! カイト!!」


 背中をおじさんの声が追いかけてきたが、僕達は振り向く事はしなかった。



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