家族と父親②
部屋に通してお茶を出すと、彼は興味深げに部屋の中を見回した。
「ありあわせの物しかありませんけど」と茶菓子を差し出し、僕も椅子に掛けると彼は少しだけ瞳を細めて「君はアジェに似ているな」とそう言った。
「アジェ?誰ですか?」
「俺の双子の弟。顔は全く同じなんだが、俺と違って気遣いのできる優しい奴なんだ。いつも笑顔の頑張り屋でね、辛い事があっても綺麗に笑顔で隠してしまう、だから俺はそんな隠し事を暴くのが少しだけ得意でね、何か辛い事でもあったのかな?」
僕の瞳を覗き込むようにして彼はそんな事を言い出すので、先程まで泣いていたのがバレたのかと、僕は目を擦り「何でもないです」と呟いた。
「そう? それならいいけど、力になれる事なら相談に乗るよ? 父親らしい事もさせて欲しい」
「僕はまだ貴方を父親だとは認めてません」
「頑なだな、どうしたら信用して貰えるだろうか?」
「そもそも貴方が本当に父親だというなら、なんでこんな15年間も僕達をほったらかしにしていたんですか?」
「別にほったらかしにしていた訳じゃない、さっきも言ったように何も告げずに行方を眩ましたのは先生の方だ。俺はずっと探していた! それこそ行方を眩ました15年と135日前からずっとだ!」
15年と135日前って……毎日指折り数えてたって事? それはそれでちょっとどん引きなんだけど。
「家のしがらみも全部捨ててようやくここまで辿り着いた、長かった、本当に……」
「家のしがらみって、貴方はそんな良い家柄の人なんですか?」
「うん? まぁ、少しね」
彼は曖昧に言葉を濁す。
「そんな家柄の人が父とどうやって知り合って、なんで番になったんですか?」
「先生は俺の家庭教師だったんだ、俺が先生に惚れてβだったあの人をΩに変えた」
「? Ωに変えた? どういう事ですか?」
「後天性Ω、先生は元々βだった。稀に強いαが気に入ったβをΩに変える事がある、そういう話しは聞いたこと無い?」
「そんな話、聞いたこと無いです!」
「でも事実だ、そうやって先生はΩになって、そして君が生まれた」
そんなふざけた話、俄かには信じられない。本当にそんな事ってあるのだろうか?
確かに母は発情期の無い特異体質のΩだ、けれどそんな話しは一度も聞いた事がない。
「まだ信じられないって顔だな」
「当たり前です。信じられないような話ばかりで納得できる話しがひとつも無い。それに、僕まだ聞いてないですよ、父が貴方を拒んだ理由」
「それは、たぶん間違いなく俺の家のせいだと思う」
「家? さっきも言ってましたけど、本当に良い家柄なんですね。まさか貴族とか?」
「貴族ではないんだがな……」
やはり彼は少しだけ口籠り、言葉を選ぶように視線を宙に彷徨わせた。その時、家の扉が開く音と賑やかな声が玄関先から聞こえてきた。
「たっだいま~カイトお腹減ったぁ。ご飯食べよ、ちゃんと3人分買ってきたからツキノの分もあるよぉ」
賑やかな足音、久しぶりの帰宅だ。まさかこんなタイミングで帰ってくると思わなかったが、それは間違えようもなく母、カイルの声だった。
その声を聞くと同時に目の前の自称僕の父親は椅子を蹴るように立ち上がり、座っていた椅子が後ろへと倒れ派手な音を鳴らす。
「何を暴れてるんだい? 大きな音がしたけど……」
リビングの扉が開く、それと同時にそこに駆け寄った彼は母を思い切り抱き締めていた。
「へ……? え? 何? え……?」
状況が理解できなかったのだろう母は呆然と立ち尽くし、されるがままに抱き締められている。僕も驚いてそれを見守る事しかできない。
「やっと会えた、先生!」
「な……王子!? え? 何でここに!?」
「探した、ずっと探してた! ようやく見付けた!」
初めは驚いた顔をしていた母だったのだが、その自分を抱き締める男が誰なのか認識した途端に、母はさぁっと顔を青褪めさせた。
王子? 今、王子って言った? どこの王子様だよ? ってか、まさかランティスの……?
いやいや、さすがにそれは無い……無いよねぇ?
「帰ってください! ここは貴方のいる場所じゃない!」
母はそう言って男を突き飛ばそうとするのだが、その突き飛ばそうとした腕を掴んで、男は更に母を抱きすくめた。
「自分の居場所は自分で決める! あんたに指図されるいわれはない!」
「なんという傲慢……貴方は自分の立場が分かっていない! 貴方は何も変わらない、いつまでも子供の我が儘は通用しませんよ、王子」
「変わらない訳がないだろう! どれだけ年月が経ったと思っている! それにこれは我が儘なんかじゃない! もう王子も廃業だ、全部捨ててきた、国も家も名前も全部!」
「なんて事をっっ!」
悲鳴のような声を上げて、母は男の胸を叩く。
ただでさえ血の気の失せたような顔をしていた母の顔が更に青褪めた。というか、いつでも傍若無人な母がこんなに動揺している姿を見るのは初めてだ。
他人を振り回すことには長けている母だけど、他人に振り回されている母の姿など初めて見た。
「いらないんだよっ、そんな物は! 何もいらない、欲しいのはあんただけだっ!」
「それは愚か者の言う事です! 私は貴方をそんな思慮の浅い人間に育てた覚えはない!」
「俺はあんたに育てられた覚えはない! 愚か者で結構だ、自分で考え自分で決めた、誰にも俺の人生に口出しをする事は許さない!」
「貴方という人は……」
「馬鹿な子ほど可愛いって言うだろ……お願いだから、もう俺から逃げないでくれ。あんたしか要らないんだ、俺には先生しかいないんだ」
高飛車な言動をしていたかと思えば、今度は縋るように母にそんな言葉を投げる男。そんな男に戸惑った様子の母なのだが、それでもその拒絶は彼を嫌ってのモノではないとなんとなく分かってしまう。
「あんたが俺から逃げ出したのは子供ができたからだったのか?」
「子供に気が付いたのは城を出た後でしたけど、概ね間違ってはいませんよ。この子は王家には関係のない、私の子です」
「でも、俺の子だ」
僕の目の前でラブシーンでもおっぱじめそうな2人は、見つめ合いながらそんな話をし始める。なんだか、席外した方がいいような気もしなくもないんだけど、自分の事は知りたいしすごく迷う!
しかも、やっぱりこの人僕の父親で確定か、本当に父親だったんだ……若いな、父さん。
僕の理想の父親像はナダールおじさんだったんだけど、まぁ、これはこれで悪くはないかな? いつも傍若無人な母さんが押し負けてるのもなんか笑える。
「カイトには何も話していません。今後もそちらに関わらせるつもりはありません」
「それでいい、全部捨ててきたと言っただろう? もう俺も王家には関わりのない人間だ」
王家……王子……この人本当にもしかしてランティス王家の人だったりするのかな? 俄かには信じられないけど……
あれ? でもちょっと待って? だとしたら、もしかして僕の中にも王家の血が流れてるって事? なんかそれってちょっと凄くない?
「本当にそれでいいんですか、王子?」
「もう王子じゃない、エリオットだ。敬語も禁止」
「もう今更変えられませんよ、王子は王子です」
「困ったな、俺達はこれから家族になろうって話しのはずなんだがな、なぁ、カイト?」
母を抱きこんだまま、くるりとこちらを向いたエリオットに言われて、僕は俄かに動揺する。そんな急に言われても、僕だって実感なんてそんなすぐに湧かないよ。
母は、そこで僕の存在にようやく気付いたようで、慌てたように彼を引き剥がした。
「カイト、いたんだ」
「最初からいたよ、驚いた。本当にこの人、僕の父さんなんだ?」
「まぁ、うん、そうだね」
男は満面の笑みでにこにこしているのだが、母はまだ動揺しているようで視線を彷徨わせる。
「王子様なの?」
「本人は廃業したと言っているけど……」
「ランティスの?」
「そうだよ、カイト。出会いは王子である俺の元に家庭教師である先生がやって来た所から始まる。馴れ初めを聞きたいかい?」
機嫌良くそう語るエリオットの言葉に、好奇心に負けた僕は頷く。っていうか、母さん王子様の家庭教師って、結構凄い人だったんだね。




