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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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試練の始まり③

 カイトに家を追い出された俺は苛立っていた。

 カイトは時々こうやって訳も分からず怒り出す時がある、大概少し時間をおけば冷静さを取り戻すのか、けろっと何事も無かったような顔をしてまた俺の傍らに戻ってくるのだけど、今回の喧嘩は少しいつもと違う気がしなくもない。

 というか、今回は言われてる事が全部正論で俺も反論ができず苛立ってはいるが、俺自身が悪いという事も分かっている。

 確かに俺のやっている事はカイトにとっては意味が分からないと思う。

 カイトと離れるつもりでいるのに、そんなカイトに依存するようにしてこの一ヶ月を暮らしてきた。カイトはなんだかんだで面倒見がいい、そんな彼に甘えている自覚はある。

 カイトの口から出てきた『恋人』という単語にも驚いた。

 カイトは今までも周りに女の子達を侍らせて生活をしていたが、特定の彼女を作った事は一度も無かったのだ。言ってしまえば彼女達は女友達で彼女では無い、でももしかしたらあの女の子の中にカイトの彼女はいたのだろうか?

 俺がカイトと離れていたわずか半年ほどの間に彼は恋人を作っていたのか?

 それでもカイトはそんな素振り今まで一度も見せてはこなかった、なのに何故、今それを俺に言うのだろう?

 カイトの人生を縛る権利は俺には無い、俺がカイトの番になれない以上、カイトが自分に見合った番相手を探すのは当然の話で、そんな事は知っていたし分かっていたはずなのに、口に出された事で現実味を増したのだ。

 自分がメリアに戻ってしまえば、もうカイトの動向は分からない、だからそれまでは傍に居るつもりで彼の家に転がり込んだのだけれど、カイトにとってみたらそれも迷惑だったという事か……


「くそっ……」


 苛立ちが募る。もう、全て感情の整理は付けたと思っていたのに、こんな風に拒絶される事は俺の中で想定されていなかった。カイトは無条件で俺の横に居るなんて思い上がりも甚だしい、けれど俺はそれを信じて疑ってもいなかったのだ。

 自分はカイトを置いて行く気だったくせに、置いて行かれる事は考えていなかった。


「っ、はぁ……でも、これでいいんだな」


 そう、これでいいんだ。これでもう俺の人生にカイトを巻き込むことは無い、けれどあともう少しだけ傍にいたかったと思うのは俺の未練なのだろう。

 前を向くカイトの判断は正しい、女々しくもそれにショックを受けている自分の見通しが甘かったのだ。

 カイトの笑顔が瞼の裏をチラつく。


『ツキノ、好きだよ』


 幼い頃には何度も言われた、俺はそれに答えなかった。恥ずかしかったのもある、でも言わずとも分かっていると思っていた。

 カイトの拒絶は予想以上にショックが大きかった、自分がここまで彼に依存していた事にも驚きだ。

 カイトが自分の元を離れてここイリヤに戻ると言った一年前もずいぶん驚いたのだが、カイトはもしかしたらもうその時には俺との決別を決めていたのかもしれない。

 それでも半年前イリヤに彼を追いかけてきた時も、一ヶ月前彼の家に転がり込んだ時も、彼の態度は以前と何も変わらず安堵と共に傍にいたのに……

 カイトが俺達家族の家を出てから急激に俺と家族の仲は悪化していた。

 反抗期というのもあったのだろうが、家族のやる事なす事言動ひとつひとつ腹が立って仕方がなかったのだ。

 悪態を吐き、家を飛び出すまでの半年間、それは人生で一番最悪の時期だった。別に誰も俺の事を悪く言ったりする訳ではない、ただ俺が一方的に苛立っていた。その苛立ちがどこから来るのか分かっていなかったのだが、こうなってくるともしかするとそれはカイト不在の喪失感から来ていたのかも……と考えざるを得ない。


 情けない。


 偉そうな事を言って、養い親からの自立を喚き家を飛び出してきたけれど、その中身はただカイトに会いたかっただけなのかもしれない。

 今更そんな事に気付いても手遅れだけれど……いや、本当に手遅れなのか?

 もしかして、まだ間に合うかもしれない。カイトは恋人がいると言いはしたが、その存在をまだ誰も知らない、という事はまだそこまで公にする程の仲ではないという事だ。

 もし、俺が今からでも手を伸ばせば……けれどそれはカイトを自分の人生に巻き込むという事でもある。

 現実感は薄くとも自分がメリア王の息子である事は間違いようのない事実で、ただ平穏な生活を送るだけの人生を彼に送らせてやる事はきっとできない。

 もしそんな俺の心の内を彼が理解してくれるのならば、もし、それでも俺の傍らにいてくれると言うのならば……

 俺は踵を返し追い出された家へと足を向ける、まだ間に合うのならば俺はやはり彼を手離したくはないのだと、今はっきりと自覚した。

 きっとカイトならば全部話せば理解してくれる、そしていつもの笑顔で俺を許してくれる、俺はその時そう思っていた。


 カイトとカイトの母が暮らす家は小さいながらも一軒家だ。

 カイトの母はカイトを自宅に迎え入れる為に昨年この家を購入したのだと聞く。ずっと放置しっ放しの息子でも、やはり手元に戻って来ると思えば可愛いかったのだろう、カイルは自宅にいる間はひたすらにカイトを猫可愛がりに撫で回していた。

 けれど、やはり一端研究の方に熱が入れば家に帰って来なくなるのはいつもの事で『あの人はそういう人だから……』とカイトも苦笑していた。

 遠目に彼の家の玄関先が見えた、だがそこに見知らぬ男が立っている事に俺は気が付いた。

 歳は20代後半くらいだろうか? 茶色い髪のどこにでもいそうな平凡な顔立ちの男だ、けれどそれに対応しているカイトの顔は少し紅潮し目元は潤んでいるようにすら見える。


 あれは、誰だ…?


 まるで見た事もない男だ、そんな知り合いがカイトにいるというのも聞いた事がない。

 呆然と立ち尽くし、その様子を見ていると男は晴れやかな笑顔でカイトの肩を抱くようにして家の中へと消えて行った。

 カイトは少し俯きがちでその表情は見えなかったのだけど、もしかして、今のあいつがカイトの言う恋人……なのか?


 聞いていない、そんな奴は知らない。俺の知らないカイトがそこにいる。

 幼い頃からずっと一緒に育ってきたのだ、知らない事なんて今まで何ひとつなかった、それこそ体のどこにホクロがあるのか空で言える程に2人の間に距離はなかった。

 けれど、俺はあんなカイトは知らない……


『ツキノがいたら恋人も連れ込めない』


 俺を追い出したから、早速番候補を連れ込んだとそういう事なのか?

 そして、お前達は……


 吐き気がする、いや、こうなる事を最初に望んだのは自分だろう? 掌を返したように今更彼に縋ろうとして、拒絶されたからと言って怒るのは間違っている。悲しむのですら、おこがましい。

 これでいい、と理性の部分は冷静になれと俺の思考にシグナルを出してくるのだが、本能の部分がそれを拒絶する。そいつは俺のΩだ! と叫んでいる。


「……っっ!」


 拳を握りしめて再び踵を返した。

 カイトの事を思うなら、俺は身を引くべきなのだと分かっている、自分の傍では彼を幸せにできるとは思えない。

 鼓動が速い、落ち着け自分。カイトを想うなら、今が彼を手離す時だ。

 俺達の運命は別たれた、これでいい、これでいいはずなのに……

 俺はふらふらと街を彷徨い、辿り着いた公園でついに糸が切れたように座り込んだ。

 運命の番、魂の片割れ、引き裂かれる事がこんなに辛い事だとは思っていなかった、もっと簡単に別れられると思っていた。思い上がりもいい所だ。

 それでも俺はきっと心のどこかでカイトはどこまでも俺に付いてくると勝手にそう思っていたのかもしれない。


『ツキノは口では偉そうな事ばっかり言ってるけど、計画性は何も無いよね』


 あぁ、全くその通りだ、思慮が足りない考えが甘い。

 カイトも似たようなものだと思っていたが、それでもやはりカイトの方が俺より大人だったという事だ。

 掌で顔を覆う。そうでもしないと子供のように泣きじゃくってしまいそうだ。


「君、大丈夫? 具合悪い?」


 ふいにかけられた声に顔を上げると、見知らぬ男が立っていた。騎士団員の制服を着ているので、街の見回りか何かをしていたのだろう。


「病院行く? 大丈夫?」

「いえ、何でもないんで……」


 言葉少なに首を振るのだが「でも、顔色悪いよ?」と更に彼は心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


「あれ? 君、もしかしてナダール騎士団長のとこの……?」

「え……? あぁ……」


 俺の養い親であるナダール・デルクマンはこの街イリヤでは顔も名前も売れている。なにせ国のトップ第一騎士団長様だ。

 彼ももしかしたら第一騎士団の団員なのかもしれない。


「何でもないんで、大丈夫です」


 立ち上がろうとして、ふいの貧血に足元がふらついた。全くもって情けない、自分はどれだけ動揺してるんだ、と自嘲の笑みが零れる。


「もし良かったら送るよ? どこに行くの?」


 どこ? 自分は何処に向かおうとしているのだろう? カイトの家にはもう戻れない、養い親の家に戻るのか? それとも祖父のいる城へ? どこにも俺の居場所なんてない、俺の居場所はずっとカイトの隣だけだった……

 黙り込んでしまった俺の顔を覗き込むようにして彼は「行く場所ないの? 家族と喧嘩でもした?」と首を傾げた。

 もう放っておいてくれたらいいのに、目の前の男は心配そうな瞳で俺を見てくる。

 俺は言うべき言葉が見付からず俯くと、彼はおずおずと「もし良かったら、うち来る?」と言葉を続けた。


「僕の家すぐそこなんだ、体調悪いなら少し休んでいけばいいよ」

「でも……」

「遠慮はいらないよ。君のお父さんにはいつもお世話になってるからね」


 やはりこの人は養父の配下の人間なのだと納得する。養父は優しい人だ、そして彼の纏める第一騎士団の団員達も皆、毛色の違う俺にすら優しかった。

「おいで」と差し伸べられた手を俺は取る。

 寂しかった、1人でいるのが辛かった、ただそれだけだった。



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