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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第二章:二人の王子

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試練の始まり②

 僕の名前はカイト・リングス。そして目の前で、僕の作った料理を作った人間そっちのけで食べ続けているのが僕の幼馴染で恐らく『運命の番』であるツキノ・デルクマン。


「ツキノ、最近ちょっと食べすぎじゃない?」

「ん? そうか?」

「そうだよ、そんなに食べてたら太るよ?」

「別に太るなら太ったで別に構わない」


 そう言ってツキノはまたもりもりと食事を再開する。

 確かにツキノの体は細い、ある程度食べているにも関わらずそう太る事がない。育ち盛りだという事を鑑みても少しばかり痩せすぎな気がするので、太る分には問題ないのかもしれないのだが、それにしてもよく食べる。

 食費も馬鹿にならないんだけどなぁ……なんて事はとりあえず口には出さないけれど、本当は今少し困っている。

 ツキノが我が家に転がり込んで来たのは一ヶ月前、僕がここイリヤに戻って来てからちょうど一年目くらいの頃だった。

 僕はツキノの養い親であるナダール・デルクマン騎士団長夫妻の元で一年前までは暮らしていた。けれど、僕の親であるカイル・リングスがお城の専属医として勤めだしたのと同時に僕は養い親の元を離れてここイリヤへと戻ってきたのだ。

 デルクマン夫妻は「せめて成人するまでは居てくれて構わない」とそう言ったのだが、それでも何となく世話になり続けるのには抵抗があったのと、自分は早く自立しなければいけないという焦りから来る決断だった。

 僕の身内は僕を生んでくれたカイルだけだ、他にも親戚はいるのかもしれないけど、聞いた事も見た事もない。

 因みに僕を生んでくれたカイルは僕と同じ男性Ωだ。姿形はどこからどう見ても男性なので、対外的には父で通しているが、実際には母になる。

 母の出身はランティス王国だと言うのだから、そちらに身内は居そうなものだが、母はそちらと連絡を取っている様子はないので、実際本当に身内は誰も居ないのかもしれないが僕にはよく分からない。

 そもそも僕は自分の出自が分からない。母は母だと思っている、なんだかんだで自分と母の目鼻立ちはよく似ているから。けれど自分の父親が誰なのかを教えて貰ったことは無い。

 Ωは男性でも子供が生める、父親とは言っているが、α女性である可能性も否定はできない、自分の中に流れているこの血の半分が誰の物なのか僕には知る術もない。

 けれど、僕の中にはある確信があった。

 僕の面倒を見てくれていたナダール騎士団長、彼は母の幼馴染なのだと聞いた。

 彼もまたランティス出身で結婚と同時にファルスに越して来たのだそうだ。そして母はそんな彼を追いかけるようにしてここファルスへと越してきている。

 僕の髪は彼によく似た金髪だ。ランティス人は金髪が多いのだそうで、母も勿論金髪なのだが、それでも彼のその色は僕によく似ていると思ったのだ。

 それを母に告げたら一笑に付され、ついでにナダールおじさんには困惑されてしまったのだけど、僕はその考えを変える気はない。だって、僕は彼等家族が大好きなのだ。

 僕を家族のように受け入れてくれた彼等が好きで、もしそこに入れるのなら……と考えてしまう。ううん、本当はちゃんと分かってる、ナダールおじさんが浮気なんてする訳ないというのは夫婦の様子を見ていれば一目瞭然だから。

 でも、それでも僕はそんな妄想を簡単に捨てる事ができなかったのだ。

 幸せな家庭その一員になりたい、それはそんなに贅沢な事だろうか? 妄想の中でくらいそんな幸せな家族の一員でいたかった、それは僕のあくまでも希望でしかない。


 これは全部夢、そんな事は分かっているんだよ……


「……イト、カイト!」

「え? 何?」

「話、聞いてなかったな。どうしたんだよ、ぼんやりして」

「え……あぁ、うん。何でもない」

「調子でも悪いのか……?」


 ツキノが少しだけ心配そうな顔でこちらを見やった。そういう顔も出来るくせに、そんな優しげな顔はほとんど見せてくれない僕の運命の番。

 幼い頃はそれが嬉しくて仕方がなかった、ツキノと番になる事で僕もあの家族の一員になれると単純に信じていたから。

 けれど、ツキノはあの家の本当の子供ではなかった。少し考えればすぐに分かる事だった、だってツキノの髪は黒いのだ。暗闇に溶ける漆黒の黒。

 養い親のおじさんは金色の髪の持ち主で、その妻は赤髪の持ち主だった。それでもツキノはおばさんや兄妹ともよく似た顔立ちをしていたので、ずっと不思議だったのだが、ツキノはおばさんの血の繋がった甥に当たるのだとようやく最近教えてもらえた。聞いたのは本当につい先日だ。

 ツキノは僕に何も話してくれない、それこそツキノ自身の出自も結局僕はツキノからではなくツキノの義兄ユリウスから聞いたのだ。


『ツキノはね、メリアの王子なんだよ』


 ツキノの祖父がファルスの国王陛下だった事にも驚いたが、その母がまさかメリアに嫁いだ彼の娘だなんてまるで寝耳に水の話だった。そんな重要な話、番である僕に話さないなんて事ある?

 いや、現在僕達は番ですらない、それでも一緒に暮らしているくらいの仲の人間にそんな重要な事実を話さないってどうなの?

 しかもツキノはその話をしている最中ですら「カイトには関係ない」の一点張りだ。

 確かに関係ないよ、僕達は家族でもなんでもないし、言ってしまえば赤の他人だよ、だけどそれでも言って欲しかったと思うのは僕の我が儘なのかな?

 自立をする為にツキノの家族と離れて、どうにかこうにか自分に折り合いを付けて生活をしていた僕のテリトリーに土足で転がり込んできた挙句に言った言葉が「関係ない」だよ? どう考えてもおかしいだろ?

 ツキノは本当に僕の『運命』なのかすら、それすら分からなくなってきた今日この頃だけど、それでもツキノから薫るフェロモンの香りは僕の不安定な心を安定させる。

 1人で居る事に慣れなければと思う心にさりげなく寄り添ってくる。

 酷い人。本当に大嫌い、だけど、それでも僕はツキノが隣にいてくれている間は自分から彼と離れる事などできないのだ。

 Ωの立場は弱い、僕はΩを公言している訳では無いけど、それでも同じΩの人間やαの人間には僕がΩだという事はすぐに分かってしまう。

 薬やフェロモンコントロールである程度は隠せても、やはりバレてしまえば男性Ωは奇異の目で見られる事が多かった。

 男性Ω、僕の母もそうだしツキノの養い親であるグノーも男性Ωだ、全くいない訳ではない、けれど数は限りなく少ない。

 Ωである事を恥じる事は無いと言い聞かされて育ってきたが、それでも向けられる視線は好意的な物ばかりではなかった。

 男性Ωはα男性やβ男性より一般的に線が細い。そんな優男ぶりが女子には安心感を呼ぶのか僕の周りには常に女の子達がいる。

 何故そうなるのかβの人間にはまるで分からない事だろうけど、αの人間にはそれが分かる。だから女の子達に囲まれている僕をあいつ等は蔑んだ目で見る事も少なくない。


『お前は男のクセに抱かれる側の人間だもんな』


 にやにやとそんな風に言ってくるような奴等は本当に嫌いだ。単純に虐められていると認識してくれるβの女の子達は僕を庇ってくれて居心地がいい、だから僕はツキノが居ない時には彼女達と一緒に過す事が多かった。

 それは傍目からは女子にちやほやされているようにも見えて、やっかみの視線も受けるのだけど、女の子達は優しくすれば全員僕の味方になってくれるから、僕は女の子達を周りに侍らせるような生活を送っている。侍らせるとは言っても本当に一緒に過しているだけで、彼女達も男っぽくない僕を好いてくれているだけだから、変にやっかむ必要ないのにね。

 男性Ω、抱かれて孕む性……そんな事は知っている。だけど、僕はまだそれがどういうモノかはっきりとは理解していない。何故なら僕にはまだ発情期ヒートが来た事はないから。

 ヒートが来たらΩは生殖の事しか考えられなくなるらしい、それがどういう状態なのか今の僕にはまだよく分かっていない。

 母には発情期がない、どうやらそういう特異体質なのだと聞いている。もしかしたら僕もそんな特異体質を引き継いでいる可能性も無くはないけど、それでも番が見付かるまでは危ないからと僕の首には項を噛まれない為のチョーカーが嵌っている。

 発情期が来たらツキノに項を噛んでもらって番になればいいと簡単に考えていた僕には少しだけそれは重かったのだけど、今の現状を考えるとその大人達の判断は正しかったのかもとも思う。


『運命の番』


 ツキノをずっとそれだと信じて疑いもしてこなかったけれど、もしかしたらツキノは僕の運命ではないのかもしれない、なんて最近は思い始めている。

 そもそも僕だって一応男だし? よく考えたらなんでツキノに無条件に抱かれなきゃいけないのかも分からない。相手がαなら別に女の子だっていい訳で、あの家の子になりたいなら僕の番は長女のルイ姉さんでもいい訳だ。

 ただ、ルイ姉さんは非常にモテルし、歳もずいぶん上だから難しい気もしなくもない。

 だったらユリウス兄さん? 今、ユリウス兄さんノエル(の料理)に夢中だもんなぁ、僕だって料理の腕には自信があるんだけど、まさかあんなに短期間で簡単にノエルが兄さんの胃袋を掴んでいったのは予想外。

 まるで恋焦がれるみたいに「ノエル君に会いたい」とか言ってるだけならまだしも「ノエル君の事を思い出すとお腹が減る……」って呟きながら食事してるのどうなの? 兄さん完全に色気より食い気じゃん。エンゲル係数高すぎるんだよ! 生活考えるとちょっと食費的にどうなの?! って思っちゃうんだよね。

 まぁ、それで言ったら、今目の前で料理をがっついてるツキノも同じなんだけどさ……


「カイトは食わないの?」

「食べるけど、これ一応二人前なの分かってる?」


 驚いたようにツキノは自分が食べていた料理を見やり「少ないだろ」と一言呟いた。


「少なくない! っていうか、ツキノ食べすぎ! 居候の分際で少しは遠慮とかしてくれてもいいと思うんだけど!?」

「腹が減るんだよ……」

「それは分かるよ、僕だってお腹は空くよ! だけどツキノは食費も何も入れてくれないじゃん、うちは親1人子1人で生活かつかつなんだよ!? 節約生活当たり前! お金なかったら食材買うことすらできない事くらいツキノだって分かるだろ!」


 なんか驚いたような顔してるけどどういう事!? まさか本気で今まで何も考えずに1ヵ月我が家で飲み食いしてたの? 馬鹿なの!?

 生活してくのにお金がかかってないなんて思ってるなら、本気でちょっと神経疑うんだけど! そりゃあ、この間ユリウス兄さんが訪ねて来てくれた時「申し訳ない」って幾らか包んで渡してくれたけど、それツキノの1ヵ月分の生活費としては全然足りてないからね! もしかしてそれすら気付いてなかった訳?!


「呆れた……ツキノってホント根っからの王子様なんだね、生活費なんてどこかから湯水みたいに湧いてくるとでも思ってたの?」

「俺は別に自分を王子だなんて思った事はない」

「そう? その割にはいつも態度も偉そうだし、自分の面倒は誰かが見てくれると思ってるような所あるよね」

「そんな事は思ってない」

「本当かな? 僕にはそう見えるけど」


 母は僕が彼等の家に世話になっている間、やはりそれなりの金額をデルクマン夫妻に渡していた。彼等は別にいらないと言っていたけれど、そんなやり取りを何度か見ていて、自分にもお金はかかっている、迷惑をかけている事を自覚していた僕は彼等の家では極力我が儘も言わず、欲しい物も我慢して生活してきた。

 けれどツキノはそんな事にはまるで気付いてもいないというのがとても腹立たしい。


『カイトは少し物分りが良すぎるな』


 そう言って僕の頭を撫でてくれたのはツキノの養い親のグノーだった。

 もっと我が儘を言ってもいいし、好きなようにしていてもいいと言ってくれたのだけど、僕にはそれができなかった。自分の存在が彼等の負担になっていると思ったらそれもできなかったからだ。


「生活費くらいどうにか用立てる」

「おじさんを頼るの? それともおじいさん? いいよね、ツキノには頼れる人がたくさんいてさ。おじさん達もしばらくイリヤに暮らす事になったらしいじゃん、もういっそ帰ったら?」

「……俺は帰らない」

「何をそんな意固地になってるか知らないけど、だったらツキノは何がしたいの? 15になったらメリアに帰るとか行ってるけど、どうやってメリアまで行くの? そのお金も用立ててもらうの?」


 現在ツキノは僕の家でごろごろしているだけで特に何もしていない。一応僕達は学校に通っている学生だ。ツキノがイリヤに来たのは半年前「親戚の家に世話になる事になった」と目の前に現れたツキノには驚いたけど、嬉しかったんだ。

 もしかして僕を追いかけて来てくれたの? と、思いもしたんだよ? だけど、僕達の関係はそれ以前とやはり何も変わらないまま。

 それならそれで「友達、親友」そういう間柄に収まるのかな? となんとなく思っていたら、一ヶ月前突然ツキノが我が家に転がり込んできて、いよいよプロポーズでもしてくれるのかと思ったら、やっぱりそれもなしの礫でツキノはただ僕の家にいるだけだった。

 僕は生活の為もあるし、15になったら学校を卒業して騎士団に入るつもりでいた。だから、ツキノもそのつもりなのかと思っていたら、騎士団には入らない宣言、しかもメリアに帰るとか言い出すし、ホントもう訳が分からなかったよね。

『付いて来るか?』って言われたらちょっと考えるなぁ……と思ったけど、それも何もないし、一体僕ってツキノの何なの? お母さん? ただの飯炊き? こういうの何て言うか知ってる? こういうの『ヒモ』って言うんだよ? 自覚ないとかちょっとやばくない?

 まぁ、そんな風にツキノを甘やかし倒した責任の一端は僕にもあるんだけどね。

 僕はそれでもツキノに傍にいて欲しくて、ツキノのする事を全部許容してきたんだから。僕の家は僕と母の家だけど、母は研究室に籠りがちでほとんど家には帰ってこない。だから誰にも干渉されないこの家はツキノにはずいぶん居心地がいいんだろうって事は分かっていたんだ。

 ツキノは僕がいなければ生活もできないし、他の誰を選ぶ事もない。僕はツキノの出自を知るまではそう思っていた。

 だけど、違った、僕はただツキノにいいように利用されてるだけだった、生活なんてどうにでもなるよね、だって王子なんだもん。

 先の事考えてないの当たり前だよね、だって国に戻れば生活に困る事なんて何もないんだろ? 可愛いお嫁さんだって選り取りみどりじゃん、僕なんて選ぶ必要どこにもないんだ。

 っていうか、王子の嫁、お妃が男性Ωなんてありえないよね、はは。

 もっと早くに言ってくれたら良かったのに、そうしたらもっと早くから覚悟が出来た、もっと別の人を好きになる事だってできたのに、本当に酷い。


『カイトには関係ない』


 その言葉がどれだけ僕の胸に刺さったかなんて、ツキノはきっとそんなに深く考えてもいないんだ。僕なんて所詮ツキノにとってその程度の人間だったって事。本当にツキノなんて嫌い。そんなツキノから離れられない自分も大嫌い。


「ツキノは口では偉そうな事ばっかり言ってるけど、計画性は何もないよね。別に僕に迷惑かからなきゃどうでもいいけど、そろそろ食費がやばいんだよ、このままうちで暮らすつもりなら自分の食い扶持くらい自分で稼いできてよね」

「な……お前だってまだ親に食わせて貰ってる身だろ!」

「僕はバイトして自分の小遣いは稼いでる。年少の子達に勉強教えてあげてるんだよ、知らなかった?」


 自分で言うのもなんだけど頭の出来は悪くないんだよ。僕の教え方、分かりやすいって評判いいんだから。そういう所、学者肌の母さんに似たのかもね。


「ちっ」

「舌打ちしないでよ、ツキノのその短気な所もどうにかした方がいいと思うけど? 王・子・様?」

「王子って言うな!」

「だってツキノは正真正銘王子様じゃん、ごめんね、こんな庶民の食事しか出せなくて」

「それは嫌味か?」

「嫌味だよ、当たり前じゃん。そんな食事だって用意するの大変なんだからね。王子様には分からないかもしれないけど」


 ツキノがあからさまに不機嫌を隠さない顔をしているけど、もうそんなの知った事じゃないよ。だって僕なんてツキノにとったらただの空気なんでしょ?

 口さがない同級生が教えてくれたよ、本当に僕って馬鹿みたい、そんな風にツキノに思われてた事すら知らなかったんだもん。

 空気が口答えしたから怒ったの? だったら僕の目の前から消えてくれたらいいんだ。

 もう僕は引き止めないよ。

 苛立ったようにツキノが席を立ち、上着を掴んで玄関へと向かった。


「せめて使った食器くらい片付けてくのが礼儀だよ」


 更に苛立った様子のツキノは戻って来て手荒に食器を流しに放り込んだ。そんな風に扱ったら食器が割れちゃうよ。そのくらいの事も分からないの?


「また戻ってくるつもりがあるなら、今後ちゃんとそれなりに生活費入れてよね」

「あぁ!?」

「それが出来ないなら僕の家でツキノの世話をするのはもう無理だよ、おじさんの家に帰りなよ。僕だっていつまでもツキノの面倒は見ていられない。僕もちゃんと自分の番を探さないといけないしね」

「はぁ!?」

「はぁって何? ツキノは僕を番にする気ないんだろ?! だったら僕は僕だけを見てくれる恋人を探すよ! 当たり前だろう! Ωの立場は弱いんだ、今はいい薬がたくさん出回って、昔よりはΩの差別も減ったけど、それでも無闇やたらにフェロモン撒き散らしながら生活なんてできやしない。その為に僕には番が絶対必要なんだ、だけどツキノにその気はないんだろ!」

「それは……」


 ツキノが何故か言いよどむ。知ってるよ、僕だって馬鹿じゃない誘惑するように家の中ではチョーカーを外して生活していたって、ツキノは僕に触れようともしなかった。

 それは僕に魅力を感じないって事で、その気にもならない僕を番にする気も全く無いって事だろう?


「僕はそれなりにモテるんだよ? でもツキノがいたら恋人も連れ込めない、だからもう出て行って」

「な……恋人って……俺は聞いてない」

「ツキノ聞かなかったじゃん、ツキノ僕に言ったよね? 家族の事、聞かれなかったから言わなかったってさ、僕も同じ、聞かれなかったから言わなかっただけ」

「は、何の冗談……」

「冗談じゃないよ、本当の事だ」


 ツキノは怒ったような戸惑ったような顔をしているけど、そんな事知った事じゃない。

 ツキノだって少しくらい僕の気持ちを思い知ればいいんだ、無条件で愛されるなんて思い上がり、全部粉々に砕いてやるよ。

 僕はにっこり笑みを作る。僕、作り笑い得意なんだよね、笑っていれば皆優しくしてくれる、これは僕の処世術。


「バイバイ、ツキノ。ちゃんとお別れはしたいから、メリアに行く時には声掛けてね。それまでに僕も番相手捕まえるように頑張るよ」


 言って、僕は笑顔のまま玄関からツキノを追い出し、扉を閉めて鍵をかけた。


「バイバイ、ツキノ……」


 本当はもっと早くにこうするべきだった、こんなに傷口が広がる前に自分の気持ちにケリを付けるべきだった。それでも「もしかしたら」という可能性に縋ってツキノの傍らに居た事が全ての間違いだった。

 玄関にもたれるようにして、ずるずると座り込む。もう笑顔なんて作れない、精一杯の虚勢を張って、ようやくツキノを手離せた。


「っく……ふ……」


 ぼろぼろと零れ落ちる涙、なんでこんなに苦しいんだろう。ツキノは僕に全然優しくなかった、僕の事なんてこれっぽっちも想ってくれなかった、それなのに、僕はこんなにも彼が愛おしい。

 大嫌いなのに、離れられないこの感情はもう『運命』以外の何物でもないと思うのに、ツキノは結局僕を好きだとは一度も言ってくれなかった……


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