祭りの終焉④
「待て! 俺は記憶にないと何度も……!」
「私が一服盛りました、あなたは完全に酩酊していたので覚えていないのは当然です」
棒読みで母はそう言い切って、また手で顔を覆った。
「ちょ……マジか……嘘だろ……」
「全部本当」
「うわっ……えぇ……?」
「意識朦朧としてるくせになんかもうノエル、ノエルってずっと呟いてるから、過去の女なのかと思って悔しくて、息子にノエルって名付けたのよ!」
「俺の名前の由来ってそんななの?!」
悔しくて……って、もう意味が分からないよ……
「産後ハイだったの! しばらくしてから後悔したけど、もう今更変えるなんて言えなかった……」
まぁ、そりゃそうだよね……
俺は呆然と母を見て、そして完全に父親だと判明したスタール団長を見上げる。
スタール団長もやはり同じように呆然とした表情でこちらを見やって、心底困ったという表情をこちらへと向けた。
そりゃ、身に覚えもないのに突然「息子だ」なんて言われても困るよねぇ……
「うぁ……マジなのか? お前俺の、息子なのか……?」
「なんか、そうみたいですね」
そうかも、とは言われていたけど本当に父親だと言われると、こちらも何を言っていいか分からない。
「子供なんて一生持てないと思っていたんだがな……そうか、息子か……はは、こりゃおかしい、ははは……」
スタール団長は何かが壊れたように笑い出した。その反応もどうなの? 俺どういう顔すればいいの?
「話しは聞かせてもらいましたよ」
そんな混沌とした俺の部屋に現われたのはじいちゃんだ。ってか、じいちゃん現われちゃったらもう面倒くさい事になる予感しかしないんだけど!
「まさかお前がそんな事をしていたとは、全く……お前という娘は……」
「だってしょうがないじゃない! 私が連れてく人、連れてく人全員追い払ったのお父さんでしょう!」
「それはお前に見る目がないからで……」
「だったらお父さんが選んで連れてくれば良かったじゃない! お父さんはあいつも駄目、こいつも駄目の駄目出しばかり、この人なら安心だ……なんて一度だって言った事ないじゃない!」
「む……」
「こっちだって、お父さんの目に適う人間が居ればその人選んだわよ! でもお父さんは一度だって、私に男の人の紹介のひとつもしなかったじゃない! 年齢ばっかりどんどん重ねて、男の人はいいわよ、何歳でも子供はできるもの、だけど女の子供を生める期間っていうのは決まってるのよ! 私は子供が欲しかった、だからこうするしかなかったんじゃない!」
母はもう完全に開き直った様子で一気に喚き上げる。
「私はどうしても子供が欲しかったのよ! 私の周りは出産ラッシュで皆幸せそうに子供を抱いてるのにまるで私1人だけ取り残されるみたいに独り身で、それがどれだけ惨めだったかお父さんに分かる!? 自分勝手な理由だっていうのは分かるけど、それでも私は子供が欲しかったのよ!」
「それでも他人に迷惑をかけてまでする事ではない」
「そこは反省してるわよ。あの頃自分が少しおかしくなってた自覚はあるもの……気になってた人は私に全然なびいてくれなかったしね」
母がちらりとスタール団長を見やり彼は「俺か?」と困ったように頭を掻いた。
「一服盛ってこっちから襲ってしまえって囁く悪魔の誘惑に負けたのよ……」
「やだなぁ、まるで僕が悪魔みたいな言い方はさすがに心外だよ」
でもこの場合の悪魔ってたぶん間違いなく薬を売ったカイル先生だよね。
まるで他人事みたいに笑ってるけど、そもそも事の元凶この人じゃん!
「話しは分かりました、私にも反省しなければならない点が多々あったようだ」
じいちゃんは怒るでもなく、やはり少し困ったようにそう言った。
「ですが、それはそれで、スタール、君はこれからどうする? ノエルは君の子供だと判明した訳だけれど、父親としてやっていく気はあるのか、無いのか? ひいてはうちに婿入りする気があるのか、どうか……」
じいちゃん、あくまで母さんを嫁に出す気ないんだね……それもそれでどうかと思うんだけど。
「悪い、それは無理だ」
「まぁ、でしょうね」
スタール団長の言葉に答えを知っていたかのように祖父は頷く。
「こんな無理矢理子供を作っておいて結婚を迫るなんて虫が良すぎるのなんて分かっていたわよ、だから何も言わなかったんじゃない」
「まぁ、別に俺はあんたの事嫌いじゃなかったがな。気の強い女は嫌いじゃない、ただ女はどうしても駄目だっただけで……」
「男に鞍替えしたんですか?」
「な……言い方!」
え? ……えぇ?!
「別に鞍替えした訳じゃない! 俺の事情も全部知った上で、それでも傍に居るって言ったのがたまたま男だっただけだっつうの!」
「やはりそうでしたか……なんとなく察しは付いていましたけどね」
「あ、この野郎、カマかけやがったな!」
「良いんです良いんです、下手にノエルの親権を主張されたらどうしようかとも思っていたのですが、そちらはそちらで平和にやっているのでしたら、どうぞお好きにしてください」
「今更親権なんざ主張するつもりはねぇよ、そもそも子供が居た事すら知ったのはたった今だからな、だが、こいつが俺の息子だって言うなら何か困った事がある時には世話する気概くらいは持っている」
「本当にあなたはそういう所は男前ですよねぇ……これで不能でさえなければ……」
え? 不能?
「今、それを言うのか! 仕方ないだろう、勃たないもんはどうしようもない!」
「薬盛られてちゃんとできたんじゃないですか」
「そんなの俺だって今始めて知ったって言ってるだろうが!」
「スタールの勃起不全は心因性だからね、薬で無理矢理ならいけるって証明されたよね。なんなら薬いる?」
カイル先生のその無責任な言葉にスタール団長は「いらねぇ!」と一言斬り捨てた。
って言うか、何? スタール団長ってもしかして、男のアレが立たない病気? なの? そりゃあ、心当たりが無いって言うわけだよ。
「ちょっと待って……私、そんな話、初耳なんだけど……」
「こんな話、世間話でする話じゃねぇだろう、知ってるのは一部の人間だけだ。その一部の中にそこの男も入ってたって事で、どのみち俺は薬の実験台だったって事だな」
皆の視線がカイル先生に集まるのだけど、彼はやはりそ知らぬ顔で笑っている。
「やだなぁ、ちょっとした知的好奇心じゃないか。できないって言ってる人間が本当にできないのか確認してみたかっただけだよ。ちゃんとできて良かったね。で、薬いる?」
「だから、いらねぇって言ってるわ! この悪徳薬学者!!」
「怒らないでよ」と彼は悪びれる様子もなくて、皆が渋い顔をする理由がもうはっきり分かっちゃったよね。この人トラブルメーカー過ぎる……
でも、この人がいなかったら俺は生まれてなかったと思ったら少しは感謝もしないといけないのかな……? う~ん、でもやっぱり正直微妙。
「ノエル君はお父さんが分かって嬉しいですか?」
隣でずっと黙って話を聞いていたユリウスが俺に耳打ちする。
「嬉しいって言うか、不思議な感じ。俺にもちゃんと父親は居たんだって分かって、そこは凄く嬉しいかな」
「父親らしい事は何もしていないし、これからできるかも分からねぇがな」
スタール団長の瞳は穏やかで、妙に心の中はくすぐったい。
「あの、スタール団長、これからは『お父さん』って呼んでも大丈夫ですか?」
「え? あ……あぁ……まぁ、父親なのは事実らしいからな」
今まで呼びたくても呼べなかった呼称『お父さん』そう呼んでいいと言ってくれる人がいる事が嬉しくて仕方がない。だって、俺の父さんめっちゃ格好良くない? この国の騎士団長なんだよ? 今まで見てきた彼だって、真っ直ぐ過ぎる所はあるけれど、やっぱり全部格好良かった。
「ん? なんだよ?」
笑い顔が漏れてしまう俺の顔を見て彼もまた困ったように苦笑して頬を指で掻く。
「俺、15になったら騎士団入るんで、入ったらお父さんの下で働かせてください」
「……え?」
父さんだけでなく母も祖父までも驚いたような表情をこちらへと向ける。
「何を言っているんだ、ノエル。騎士団員の仕事は大変だぞ」
「そうよノエル、しかもあなたそんな簡単に言うけど、騎士団の仕事は各地を回る場合だってあるのよ、戦う事だってある、あなた1人で、そんなの……」
「でも、じいちゃんだって元騎士団員でしょ? 父さんもそうなんだったら、俺だってできると思うんだよ」
「ノエル、これからファルスは混迷の時期を迎える可能性があります、危険は常に隣り合わせの生活になりますよ」
「うん、それは今回嫌ってほど思い知ったよ。ルーンに籠ってるだけじゃ分からなかった事、知らなかった事たくさんあった。だから俺はもっと外の世界を見てみたい。この赤髪の差別とかも、ただ黙っているのは嫌なんだ、だから俺、世界と戦う騎士団員になる」
俺がそう言い切ると、祖父は諦めたように溜息を吐いた。
「今まで、田舎で暮らすのならと大して剣技も教えてはきませんでしたが、これは一から剣技も体術も戦闘戦略も叩き込まないといけなくなりましたね……」
「え、ちょっと、お父さん!?」
「あと3年、どこまで教え込めるものか。そして、自分の体力がどこまで持つか、いやはや困った事だ」
「そんな事を言っている割にはじいさん嬉しそうな顔してんな」
「ふふ、ノエルは筋がいいですよ、頭だって悪くない。3年後、貴方だって正念場でしょう? 続けて騎士団長になれるかどうか、それは誰にも分かりません。せいぜい頑張って格好いい父親で在り続けてください。ノエルを失望させる事のないようにね」
「こりゃ困ったな……」と父さんは苦笑して頭を掻いた。
「ノエル君も騎士団員ですか、ふふ、そうしたら私と同僚ですね」
ユリウスは嬉しそうに笑う。
「同僚というか上司ですよね?」
「ファルス騎士団員の上下関係なんてそんなに重要な物ではありませんよ、その立場はあくまで一過性で上に行くのか下になるのかその時の運次第ですからね」
「おいおい坊、そんな風に言うもんじゃない。皆上に立つ為に日々努力を重ねてるんだ、全てが運任せって訳じゃない」
「あはは、すみません」
にこにこと笑顔を見せるユリウスに「お前は本当父親に瓜二つだな、呑気が過ぎる……」と父さんは溜息を吐いた。
こうして俺の父親探しも終焉を迎え、俺とじいちゃん、そして母さんはルーンへと戻る事になった。
やはり日々は淡々と過ぎていき、俺がここイリヤの地をもう一度踏む事になるのは3年後、3年という月日は長いようで短くて、祖父の言った激動の時代という言葉はあながち間違いではなかったのだけど、俺はその歴史の傍観者としてここからの3年間を過す事になる。
その時ファルス王国とここカサバラ大陸がどうやって変わっていたかはまた別の話。
本作「運命の子供達」最後までお読みいただきありがとうございました!
ラストの文言「別の話」も実はあったりするのですが、こっから先は年齢制限があるので、転載する為には改稿が必要となるので迷い中です。
もし、続きが気になるぞという方おられましたら、感想……は敷居が高いと思うので、ブクマかお星さまか付けてくれたら頑張れる! と調子の良い事だけ言って締めさせていただきます。
最後まで、お付き合いありがとうございました!




