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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第一章:運命の子供達

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祭りの終焉③

 城に戻り、じいちゃんの顔を見て安堵したものか、俺はその日から高熱を出してぶっ倒れた。

 両手の火傷も軽いものではなく、両手を包帯でぐるぐる巻きにされた俺はそれからしばらく生活の全てがままならない状態になっていた。


「はい、あ~んなのですよ」

「え、や……自分で食べるから……」

「そんな手でどうやって食べるのですか、ヒナが面倒見るので、ど~んとお任せなのです」


 ヒナノの父親ナダール騎士団長は数日休養を取っただけで、すぐに仕事に復帰した。

 そこまで傷が酷くなかったと思っていいのか、無理をしていると考えた方がいいのかよく分からないのだが、それでもヒナノは安堵したのだろう、父親の復帰後はなんやかやと俺の面倒をみてくれるようになった。


「遠慮しなくていいですよ、ヒナはやりたくてやっているのですから」

「そうなのですよ。そしてユリ君は遠慮してくれてもいいのですよ?」

「なんで私が遠慮しないといけないのですか? 私だってノエル君の事は心配だし、ヒナ同様お世話したいと思っていますよ。譲ってあげてるだけ妹思いだと思いまませんか?」


 ヒナノとユリウスの攻防戦は相変わらず続いていて、俺はその兄妹のやりとりを眺めて笑ってしまう。本当に仲良いよね。自分は兄弟がいないからちょっと羨ましいよ。


 事件はまだ現在色々調査中で終わったと言ってしまっていいのかどうか分からないのだけど、イリヤの町は祭りも終わり日常を取り戻している。

 騎士団員の人達は祭りが終わると部署変えやら引継ぎやらで大変らしいんだけど、ユリ兄は出世も降格もしなかったので特に何もする事がないと、のほほんとしていた。


 花火の一件や誘拐事件に関わっていた騎士団員達が軒並み第4騎士団だったので、一時第4騎士団長スコット・ミラーさんが色々と矢面に立たされていたのだけど、どうやら一連の事件に彼は何も関わっておらず、それは第4騎士団の末端であの変な宗教団体のような人達が勢力を伸ばしていただけのようで、スコット団長はそんな隊員の洗い出しと対応に追われていると教えてもらった。

 他にもユリ兄のお母さんが語っていた過去の事件とかも教えてもらって、実はユリ兄やヒナちゃんがメリア王家の血を引いている事まで知る事になったのだけど、それは完全に極秘の話らしく「内緒だよ」とユリ兄は笑った。

 俺が生まれるより前の事件、メリアの現国王が立った頃にメリア王家では身内で色々あったんだって。ユリ兄のお母さんは完全に王家とは離反しているらしいのだけど、色々と難しい大人の事情もあるらしい。

 さすがにそこまでは俺には教えて貰えなかったけれど、王家の人間って大変なんだなってしみじみ考えさせられたよ。


「そういえば、ユリ兄はなんで花火職人のおじさんと知り合いだったんですか?」

「ん? 昔から自分もそうだけど、母がああいう職人仕事が好きでね、あちこち見学に連れて行ってもらった事があるんだよ。物を作る人達っていうのはパワーがあって、とても好きなんだ。父は母や私達子供に甘いので、見たいといえば何でも見せてくれたからね、職権乱用って言われると困るんだけど、興味のある事はなんでも知る事が大事だって、ね。だから、私は意外とこの街では顔が売れているんだよ」


 そうなんだ、意外。でも、彼はやはりどこに行っても「坊、坊」と色々な人に声をかけられる、きっとそれはそうやってたくさんの人脈を作ってきた結果だったのだろう。


「それよりもヒナは気になっているのですが、ノエル君はルーンに戻るのですか?」

「じいちゃん次第ですけど、今週末くらいってじいちゃん言ってました」


 祖父コリーはこの一連の事件の真相を追ってはいたが、結局ランティスの商人には逃げられ、宗教団体のトップも分からない。その宗教団体の勧誘をして回っていたのがあのジミー・コーエンだったようなのだが、彼は何も口を割る事なく黙秘を続けている。

 クロウ・ロイヤーは本当にランティスの商人にいいように使われていただけだったようで、口ばかりは饒舌に色々な事を語るらしいのだが、どの話も夢物語のような話しで、まったくお話にならないとじいちゃんは嘆いていた。

 しかし、一連の事件は一応の収束をみせているので、騎士団員でもましてや国の要人でもない自分がいつまでも国王の周りをうろついているのもどうか……と、祖父は帰郷を決めたのだ。


「ノエル君はやはり帰ってしまうのですね……」

「家出だしね。2人は? ザガに戻るんですか?」

「いえ、それなんですけど、しばらくここイリヤに滞在が決まりました。国王が移民の受け入れの制限も決めたし、父さんの怪我がよくなるまではゆっくりしろという事みたいですね」

「そうなんですか……」


 あんな事件があっても日々は淡々と過ぎていく、それはなんだかとても不思議な感覚だ。


「あれ、今日もまた勢揃いだねぇ」


 軽快な部屋のノックと共に現われたのはカイトの父親カイル先生だ。彼は王家の専属医も務めているらしく、こうして俺の怪我の具合も診に来てくれる。

 けれど、ユリウスとヒナノの表情は彼の顔を見るとやはり少しばかり不審顔で、本当に信用ないんだなと思う。王家の専属医がそんなに信用なくていいのかな?

 カイル先生の塗ってくれる火傷の薬はとてもよく効いているのだけど、それでもやっぱり駄目なんだね。


「これ、新しい薬。包帯を替える時は必ずちゃんと塗るんだよ」


 手渡された軟膏は今まで貰っていた物と同じに見えるけど、どこか違うのかな? よく分からないまま俺は「ありがとうございます」とそれを受け取った。

 そこにまたこんこんと部屋のノック。誰だろう? 今日は千客万来だ。

「どうぞ」の声をかける間もなく部屋の扉が開く。


「ノエル!」

「え……母さん? え? え? なんで?」


 現われたのは俺の母親メリッサ・カーティスで、うろたえている俺を尻目につかつかと目の前まで寄って来た母は「この馬鹿!」と涙目で俺の頬に平手を打った。


「どれだけ心配したと思ってるの! 家出なんて、私がどれだけ……」


 母はぼろぼろと泣き崩れながら俺の身体を抱き締めてくれて、ものすごく心配かけたんだな……と俺も少しだけ泣いてしまいそうだった。


「ごめん、母さん。ごめんなさい」

「もう、なんなのこの怪我?! 何があったの!? しかもなんであんたお城なんかにいるの?! 探すのすごく大変だったのよっ!」

「あぁ、えっと……話すと長くなるんだけど……」

「時間はあるんだ、ゆっくり話せ」


 声に顔を上げると、何故かそこにはスタール団長が立っていて、驚いた。


「スタール団長?」

「お前の母ちゃんが血相変えてうちに飛び込んできたから連れてきた。お前、家出して来てたんだってな、母ちゃんに心配なんてさせるもんじゃないぞ」


 なんで母さんは血相変えてスタール団長の所に行ったのかな? やっぱり俺の父親だから? それにしてもスタール団長はそんな感じ全然ないけど……


「感動のご対面……ではないのかな?」

「カイル!? なんでここに?!」


 母がカイル先生の言葉にがばっと顔を上げて叫び声を上げた。


「やっほ~メリッサ、久しぶり」

「ちょっと、カイル! ノエルにあの事、話してないでしょうね!?」

「話してないよぉ、僕はちゃんと約束は守る男だよ?」

「そう、なら良いけど……」


 あからさまに安堵の顔を見せる母、涙は完全に引いている。


「って、待って! 良くないから! あの事って何!? 母さん何を隠してるの!? ってか、それ絶対父親の事だよね!?」

「あんたは知らなくていい話よ」

「なんで!? 子供が自分の親の事知りたいと思うのは当然の権利だろ!」

「今はまだ話せないわ……この話しは帰ってからしましょう」

「どうして!?」

「どうしてもよ」


 母は完全に口を噤む。


「坊主がここまで言ってるんだ、教えてやったらどうだ? そうすれば俺もすっきりするしな……」

「すっきりって何? まさか、覚えて……」


 そこまで言いかけて、母は慌てたように口を押さえた。


「覚えて……ってなんだよ? 俺に心当たりはねぇぞ? っていうか、お前なんでこいつにノエルなんて名前を付けた? 偶然ならいいけども、その名前を聞いてからうちの副団長が俺の事を疑ってきやがる、こっちも困ってんだよ」

「副団長って誰よ!? 私が自分の子にどんな名前を付けようが勝手でしょう!」

「まぁ、そうなんだがな……」


 スタール団長は少しだけ困ったような表情を見せた。


「スタール団長にはノエルって名前の知り合いでもいるんですか?」

「あ? ノエルはうちの母親の名前だ」


 それを聞いた母は「母親!?」と声を上げて、また口を押さえた。


「なんか母さん滅茶苦茶怪しい……やっぱりスタール団長が俺の父さんだったりするんじゃないの?」

「ちょ……なんでそれを……」

「じいちゃんがその可能性は高いって言ってた」

「くっ、あのクソ親父……言わんでもいい事を」


 母が悪態を吐く横で狼狽するのはスタール団長「待て! 俺に心当たりは無いって言っただろう!!」と声を上げる。


「メリッサ、もう観念したら? バレるの時間の問題だと思うけどなぁ」

「カイル! 共犯者がそういう事言うのは卑怯よっ!」


 共犯者? カイル先生が? ってか、何? なんかますます意味が分からない事になってるんだけど……


「母さんどういう事!?」

「おい、お前、俺に黙って何かしたんじゃねぇだろうな!」


 俺が母に詰め寄る傍ら、スタール団長はカイル先生の胸倉を掴む。


「僕は何もしてないよ、僕はメリッサに薬を売っただけ。あの頃まだカイトが生まれたばかりで生活に貧窮しててさ、背に腹は変えられなかったんだよねぇ」


 カイル先生は悪びれる様子もなく笑っている。そして、その言葉に母は「あぁああぁぁ……」と悲鳴にも似た声を上げて掌で顔を覆った。


「母さん?」

「一生言わないつもりだったのに、墓まで持っていこうと思ってたのにぃぃ……」

「おい、どういう事だよ?」


 しばらく眺める沈黙、誰も言葉を発する事ができない。


「ノエルは、あなたの子です……」


 沈黙を破るように母がぽつりとそう言った。

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