王城襲撃③
奥さんとヒナノさんはある程度騒動が治まったからと、王妃様と共に城の奥へと戻って行った。ウィルは自分の無事を父親に知らせる為に城の外に向かい、カイトもそれに付いて行った。
今日一日でずいぶんたくさんの人が捕まったようで、お城の中は騒然としたままだ。
王妃様の警護の中にも敵は居たのだが、王様の方にも何人も刺客は現われたらしい、そのうちの何人かは王様の傍近くの警護をしていた人達もいたようで、この国の闇は深いと思わざるを得ない。
だが、そんな深刻な思いと裏腹に隣を歩く人の腹の虫がさっきからずっと鳴いている。
「ユリウス君、さっきからその腹の虫はどうにかならないのかい!」
じいちゃんがその腹の虫の音についに切れた。
「どうにかできるものならとっくにしています。お腹が空いているんですよ……」
ユリウスさんはへにょりと情けない笑みで腹を撫でながらじいちゃんに答えるのだけど、答えると同時にまた腹の虫が鳴いてじいちゃんは脱力したように肩を落とした。
「あなたの父親もそうでしたが、本当にあなた方には緊張感という物がないのですか……」
「緊張していてもお腹は空きます。むしろ緊張するほどお腹は空きます」
「全く困った人だ……ノエル、腹ごしらえにしましょう、そんな腹の音を聞いていたら集中する物もできやしない」
「え……でもそんな事言われてもどこで?」
現在自分達がいるのは城の中、買いに出るにしても一端城の外に出なければならないが、城の前は未だに混乱する人達で溢れている。どうにかそれに収集を付けようと頑張ってる人は何人もいるけれど、まだ騒動は治まりそうにない。
「厨房に行きましょう、ここなら何かあるはずです。万が一なかったとしてもある程度食材も揃っているでしょうから、ノエル君ならきっと何か作れます」
ぱっと笑顔を見せたユリウスが俺の手を引くようにしてずんずんと城の中を歩いて行く、じいちゃんは呆れたようにそれについて来た。向かった先はキッチンで、そこはお城の厨房だろうか? それにしてはずいぶんこじんまりしているけれど……
「ここ、お城の厨房にしては小さくないですか?」
「ここは城全体の厨房ではないですよ、陛下が奥様の要望に応えて作った言わば家族用のキッチンです。お城に泊まる際にはうちの家族も使わせてもらっています」
「知ってはいましたけれど、本当にずいぶん庶民的な王族家族ですね……」
じいちゃんはやはり呆れたようにそう言って、そこにあった椅子に腰掛けた。
「ふふふ、パン発見」
戸棚を開けてユリウスは見付けたパンをひとつ口に放り込んだ。
「行儀の悪い事をするものではありません。その食い意地は父親譲りでしょうけれど、お父様はもう少し品よく食事はしていましたよ」
「すみません、食欲に目が眩みました……」
「もう、じいちゃん! ユリウスさん凄く頑張ってたんだよ、少しくらいいいじゃん。それ、食べてていいからユリウスさんも座ってて、俺何か作ります」
ユリウスの食事の量は知っている、そんな少量のパンではその腹の虫を抑えられないであろう事も既に理解していた。
腕をまくって食材を漁る、昨日よりも食材は豊富で、調味料も揃っている、作ろうと思えば何でも作れる。食堂の息子の本領発揮とばかりに次々と料理を作っていくと、その端から彼は次々とそれを平らげていく、ホントいっそ清々しいよね、その食欲。
じいちゃんも彼の横で一緒に食べていたけど、さすがにその食いっぷりに胸焼けがしたのか、呆れたようにその食事風景を眺めていた。
「昨夜もよく食べるとは思いましたけど、何なんですか? どこにそんなに入ってるんですか? 意味が分からない」
「どこにですかねぇ、自分でもよく分かりません。ノエル君これ凄く美味しい」
「まだ、おかわりありますよ」
満面の笑みで彼が皿を差し出すので、それにまた大盛りに盛り付けて次の料理に取り掛かる。この人きっとエンゲル係数半端ない、節約しないと食費だけで生活破綻する気がするんだけど、どうやって生活してるんだろう? 首を傾げつつ俺は料理を作り続ける、そしてユリウスが満足気に手を合わせた時にはやはり妙な達成感に自分も笑ってしまっていた。
「ノエル君もちゃんと食べてくださいね?」
「ユリウスさんが食べてるの見てるだけでお腹一杯ですよ」
「全くです。本当に胸焼けしますよ、ありえない」
じいちゃんは完全に呆れている。それでも、自分は何も食べないという選択肢はないので、少しづつ取り分けたその食事を食べるのだけど、自分はもうそれだけで充分お腹一杯だった。
俺が食事を始めたのとは交代で、ユリウスさんは食器や鍋の片付けをしてくれて、俺が食べ終わる頃にはキッチンは綺麗に片付いていた。
食事を終えて、俺達は王様の元へと向う。王様の私室には王様ともう一人、豪華な服に身を包んだ初老の男性が立っていた。
俺はすでに国王は軽装の男の人の方だと分かっているので、間違える事はないのだけど、ぱっと見ただけだとどちらが王様か分からない。その人は国王陛下の影武者なのだとそう教えて貰った。
そしてその同じ部屋の隅に、何故かツキノ君が佇んでいる。
「ツキノ、まだ居たのか」
「カイトは?」
「ウィルと一足先に帰ったよ」
「そう」と頷きツキノは踵を返し、部屋を出て行こうとする。
「なんだツキノ、戻るのか?」
「もう大丈夫そうだから。じいちゃんはあんまり無茶すんな。いい歳なんだから」
「言われんでも分かってる」
じいちゃん? 国王陛下がツキノ君のおじいさん……?
そう言えばおじいさんの家でお世話になってるって言ってたっけ? え? ツキノ君って王子様だったの!?
困惑したようにユリウスを見上げると彼は「ツキノのお母さんが陛下の娘さんなんだよ」とこっそり教えてくれた。
「そういえばツキノ、お前カイトに自分の事まだ何も言ってないんだってな。カイトが色々聞いていないと拗ねていたよ」
「それに関しては吹聴して回るなって言ったのあんた達だ」
「カイトは兄弟みたいなもんだろう、せめて必要最低限の事くらい伝えておくのが礼儀だよ。一緒に暮らしているんだろう」
「言わなくていい。カイトには関係ない……」
「そういう訳にはいかないだろう……一緒にいるからにはカイトにもある程度の心構えは……」
「カイトには関係ない。それに俺は15になったらメリアに帰る。カイトとはもうそこでお別れだ」
「ツキノ!」
「自分の事は自分で決める! 放っておいてくれ!」
そう叫んでツキノは部屋を飛び出して行った。その後姿をユリウスさんはやはり困ったような複雑な表情で見送っていた。
「何か事情があるんですか……?」
「ん? まぁ、色々とね」
「ツキノも難しい年頃だわな。だけど、メリアに帰るなんて話し、俺は聞いてねぇぞ?」
王様は「どういう事だ?」とユリウスさんを見やる。
「私に言われても分かりませんよ。それこそツキノが1人で決めて、そう言っているだけです。たぶん母さんも知らないと思います」
「そうか」と呟き王様は溜息を吐く。
「息子の時もそうだったが、こうと決めたら一直線なのは良いんだか悪いんだか分からねぇな。子供はどんどん大きくなって、勝手に手を離れていく、俺も歳を取るわけだよ……」
「しみじみ老け込んでいる場合ではありませんよ、まだ事件は全て終わった訳ではないのですからね」
じいちゃんの言葉に「あぁ、分かってる」と頷きながらも、王様は少し疲れたような表情をしていた。
「さて、残りの爆薬はあとどれくらいだ? 大方は見付かったんだよな?」
「そのようですね。ただはっきりした数が分かっている訳ではないので、全部かどうかまでは……」
「ふむ、商人は逃げちまったし、今日捕まえた奴等からおいおい事情は聞いていくとして、城の内部にまで奴等ずいぶん入り込んでいたみたいだな。昔のランティスの事件を笑えない展開になってきやがった」
昔の事件ってなんだろう? 聞いた事ないけど、俺が知らないくらい昔の話なのかな?
じいちゃんが「昨日の友は今日の敵という所ですか」と苦笑して、国王様は「全くもって笑えねぇ……」とため息を吐いた。
「ですが、爆発が城内だけでまだ良かった、被害者はほとんどいないのでしょう?」
「あぁ、軽傷者が多少いるだけだ。奴等の狙いは俺の命だしな、そういう意味では今回のこのテロは完全に失敗だ、ざまぁみろ!」
国王陛下は馬鹿にしたように笑っているが、自分の命がいつ何処で誰に狙われるか分からないというこの状況は決して楽観視できるものではない。
「今はこのお祭りが無事に終わるのを祈るばかりですね」
じいちゃんの言葉に王様は厳しい顔付きでひとつ頷いた。




