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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第一章:運命の子供達

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王城襲撃②

 ユリウスは城に向かって一直線に駆ける、そしてそれに並走するように駆けて来る人影。


「なんでお前達まで付いてくる……」


 ユリウスの言葉に「面白そうだからに決まってるよね」と笑みを見せるのはカイトだ。

 ツキノは答えずただ並走している。


「さっきの現場とは規模が違う、守ってやる事はできませんよ!」


「そんなの無くても平気だ」とやはり同じように追いかけて来るウィルに溜息しか出てこない。

 城門前は押し合いへし合いの大騒ぎだった。それもそうだろう、まだ祭りの真っ最中で、試合参加の騎士団員のゴールは城の前庭、ただでさえ人が溢れているのに城の中から逃げ出してきた使用人達も入り乱れての大混乱だ。


「何があったんですか!?」


 逃げ惑う人を一人捕まえ事情を聞けば、城のどこかで爆発があったらしい。しかも一箇所ではなく複数だ。

 ユリウス達が城に到着した時には既に爆発音は収まっていたが、城の至る所から細い煙が上がっていた。

 逃げて来る人波に逆らうようにして城の中へと駆けて行く、そんな中やはり同じように中へと駆けて行く何人かの騎士団員がいて、城の中にはまだ陛下もいるだろうし、緊急を察しての行動だと思ったのだが、どうにも少しの違和感にユリウスは彼等の後を追いかけた。

 予想通りと言うか、彼等の向かった先は国王陛下の元で、国王は何人もの臣下に守られるようにしてそこに居た。


「陛下、ご無事でしたか」


 駆け寄った男達は国王の前に膝を折る。


「うむ、大事無い。それよりも、この混乱を治めるのが先だ。悪いがそちらに手を貸してやってくれ」


 国王の言葉に頷くようにして立ち上がった男達だったのだが、剣に手をかけ何故か国王陛下に突進していく。

 だが、ユリウスが止めに入る前にその男達の前に飛び出したラフな格好の黒髪の男「やっぱりこういうのも湧いて出たか……」と呟きながら剣を一振りその男達を退けた。


「悪いがお前達にくれてやる命はない、非常事態だ手加減はできねぇ、覚悟しろ」


 そう言うが早いか、初老のその黒い男性は歳を感じさせない動きで次々とその男達を斬り捨てていく。それは見ているこっちが驚くほどの早業だった。


「お前が出てどうするんだ……」


 そう呟いたのは誰だったか、国王の臣下がその男達を捕まえるとツキノがほっとしたように息を吐き、そんなユリウス達に気付いたのか、その人は少し瞳を細めた。


「おう、坊、久しいな。それにツキノ、珍しく帰ってきたのか」

「じいちゃん、やってる事おかしくね?」

「何がだ? ちゃんと刺客は取り押さえただろ? どこがおかしい?」

「私も何かがおかしい気がしなくもないのですけど……お久しぶりです、おじさん」


 ユリウスがぺこりと頭を下げると「ユリ兄とツキ兄の知り合い?」とウィルが首を傾げた。


「あの人、俺のじいちゃん」


 ツキノの言葉にウィルが「マジで? 格好良くね!? 何者!?」と大興奮だ。


「その子は? 今、城の中は大混乱だ、子供連れはいただけないな」

「あ、すみません。すぐ連れて行きます。うちの母と妹達は奥ですか?」

「もう避難したかもしれないがな、もしまだなようならうちのと纏めて面倒見てやってくれ、お前ならできるだろ」

「大任ですね、分かりました」


 男の言葉に頷いて、ユリウスは踵を返す。それにウィルとカイトは付いて来たが、ツキノは付いて来なかった。


「あれ? ツキ兄は?」

「おじいさんの事が心配なんでしょう、ツキノにとって城は庭みたいなものです、放っておいても大丈夫、行きましょう」

「ユリウス兄さん、僕何も聞いてないんだけど、どういう事? どっかで見た事ある気もするけど、あの人がツキノのおじいさん? 城が庭みたいなものってどういう事?」

「カイトはツキノから何も聞いていないですか?」

「全然! ツキノは僕には何も教えてくれない!」


 ユリウスは少し困ったような表情を見せる。


「説明してやりたいけど、今は時間が無い。この事件がすべて片付いたら説明するよ」


 ユリウスの言葉にカイトは憮然とした表情のまま頷いた。


「ユリ!」


 前方から聞こえた声に顔を上げると、そこには母とノエル、そしてノエルの祖父のコリーがいた。


「母さん! ヒナ達は!?」

「部屋に居ないんだ、王妃様も居なくて、一緒に避難してるならいいんだけど、姿が見当たらなくて探してる!」

「王妃様もいないんですか?」

「あぁ、奥は完全にもぬけの殻だ」


 母はうろたえたように周りを見回す。


「こんな事になるなら、ヒナ達の傍を離れるんじゃなかった」


 母はどうやら1人だけ別の場所にいたようで、その表情は泣き出しそうな涙目だ。

 普段気の強い母のこんな表情は珍しい、それほどに自体は切羽詰っているという事なのだろう。


「これはやはり持ち込まれたという爆薬なのですか?」

「たぶんそう、城の中を混乱させて狙っているのはたぶんブラックだ。だけど、犯人はファルス至上主義者の可能性が高くて、王妃様はランティス人だし、うちの子達の半分はメリア人だ、奴等に見付かってたら何をされるか分からない!」


 母の言葉に青褪めた。国王陛下に皆の護衛を命じられた以上、これは自分の任務で、完全に急を要する。

 避難しているのならばそれで良し、だが万が一敵の手の内に落ちていたら……恐ろしい考えに頭を振った。


「母さん、皆が避難するとしたら何処ですか!」

「前庭か、そこまでまだ行ってないなら中庭で一時退避してるかもしれない」


 前庭にはそれらしき人物はいなかった、王妃が避難しているのならばそれなりの警護も付いているはずだが、そんな様子も見られなかったし、前庭は混乱が酷すぎてあそこに王妃を連れ出すのは警護の人間も躊躇うであろう事は想像に難くない。

 爆発のあった場所は城の外壁沿いで煙を確認するに内側ではない。さすがに犯人もそんな城内奥にまで爆薬を持ち込めなかったと考えると、妥当な退避先は……


「きっと王妃様達は中庭です! 行きましょう!」


 そう何度も足を運んだ事がある場所ではないのだが、城の中は小さな頃には遊び場で、ユリウスは中庭を目指して駆ける。

 そして、そこには確かに王妃様と妹達が警護の人達に囲まれるようにして、庭の隅で震えていた。


「良かった、無事だった……」


 母は安堵したのかその場にへたり込むのだが、ユリウスは険しい顔でそこにいた人物達を眺め回した。


「どうした、ユリ」

「匂いが……」

「匂い?」

「ウィルを誘拐した奴等の仲間の匂いがします。ウィル……この中に君を攫った人間が居るはず、それは誰ですか!」


 ユリウスの言葉にウィルが驚いたように全員を見回し「あ……あいつ!」と1人の男を指差した。その男はウィルの父親にも勝るとも劣らない巨漢の男だった。

 男の方もそこにウィルが居るのは想定外だったのだろう、驚いたような表情でこちらを見ていたのだが、相好を険しくさせると、おもむろに一番手近にいた子供の腕を掴んだ。


「ヒナ!」


 腕を掴まれたのはユリウスの妹ヒナノだ。他の警護の人間は何が起こったのか分からないという表情で、それでも王妃様と子供達を庇うように後ずさった。


「くそっ、どういう事だ! 何でお前がここにいる!」


 男はヒナノの首を腕で抱えるようにして、ぎりぎりとこちらを睨み付けた。


「悪い奴は全員ぶっ倒したからね! お前の仲間はもう全員捕まってるぞ」


 ウィルの言葉に男は多少の戸惑いを見せたのだが、それでも諦めるような事はせずに、じりじりと間合いを取っている。


「そんな事をしても罪状は増えるだけです、大人しくその子を解放してください」

「俺は捕まる気はない! 俺は、俺達はこの国を救う救世主になるんだ! お前達ランティス人やメリア人からこの国を守る! こんな国の中枢にまで入り込んでいる悪の芽を摘む為に俺は送り込まれたんだ、こんな所で諦める訳には……!」

「悪の芽って何だよ!」


 すぐ脇から怒りの声が上がる。

 王城に戻り、ようやく再会できたノエル君が拳を握って男を睨み付ける。それは怒りと悲しみのないまぜになったような表情で彼はきっ! と男を見据えた。





「髪の色が赤いからってメリア人とはかぎらないし、メリア人だからって犯罪者だともかぎらない! なのになんで、あんた達は誰もかれも一括りに悪者扱いするのさ! ファルスを守るって言いながら、この国を混乱させようとしてるの、お前達の方じゃないか!」


 男の放った身勝手な言葉に俺は思わず叫んでいた。

 それはここイリヤにきてから何度も受けた赤髪差別。俺は何もしていないのに、ただ髪が赤いというだけで何度も何度も理不尽な扱いを受けたのだ。

 それはどう考えてもこういう考えを持った奴等の勝手な憶測だけで俺は差別を受けたのだという事に俺は怒りが治まらない。


「うるさい! ファルスの事はファルス国民が決める! メリア人が口を出すな!」

「俺はファルス人だよ! メリアには行った事もないし、家族は全員ファルス人だ!」

「だったらお前のその髪は……」

「知らないよ! そういう風に生まれついたんだからしょうがないだろ!」


 こいつ等ファルス至上主義の人間の考える事は短絡的で、見ているのは外見ばかり、見た目が少し違うからと言ってそれが一体どうしたと言うのか。

 同じファルス人の中でまで騙し合いをして、こんな事件を引き起こしながら自分は正義だと叫べる神経が分からない。

 ここイリヤに来て優しくもされたけど、嫌な事もたくさんあった、それがこういう人間がいるせいだと思うと腹が立って仕方がない。


「あんた自分が正義だと思うなら、そんなか弱い女の子人質にして恥ずかしく思わないの?」

「こいつはメリア人だ、そんな人権は存在しない!」

「……ヒナはこれでもファルス人なのですよぅ……」

「うるさい! メリアの血が流れている奴等は全員等しく悪なんだよ!」


 男の叫びに「だったら俺を人質に取ればいい、その子は離せ」と奥さんが一歩前に出た。


「俺は正真正銘100%メリア人の血を引いている、だけどその子は違う!」

「あんたなんか人質に取れる訳ないだろう、騎士団長の嫁、微笑みの鬼神の嫁は同じ鬼だと言われている。そんな殊勝な事言って俺を捕まえようなんて腹は見えてるんだよ、近寄るな!」


 微笑みの鬼神? 鬼? 意味が分からない。ここには我が子を案じる母がいるだけなのに……


「……だったら、俺とその子を交換でどうだ」

「ノエル君!?」

「俺は男だし、こんな赤髪だし、それでも半分はメリアの血が入ってるんだと思う。父親が誰だかは分からないけど。だけど、これだけは分かる、女子供に手を上げる奴は何人だろうと皆等しく人間のクズだ!」


 俺は男の方へ一歩踏み出す。


「その子を解放してくれたら、俺は何もしない。そもそも俺は一般人で何もできないから」

「お前も騎士団員なんじゃないのか!?」

「あぁ、この制服借り物です。これお祭りの目印」


 腕に結ばれた鈴をちりんと鳴らす。


「要人役だったんで、着せられてただけ。俺のこの体格なら騎士団員に紛れられる、これでも俺まだ12歳です、騎士団員にはなれません」

「来るな! そんな話信用できるか!」

「本当の話ですよ。俺は3日前にイリヤに来たばかりだし、お祭りだってどんな物なのか知らなかった程度に何の知識も無い田舎の子供です。そんな俺があなたは怖いんですか? とんだ腰抜けですね、正義の味方が聞いて呆れる」


 男はぎりりとこちらを睨むのだが、俺はじりじりと男ににじり寄って行く。


「ノエル君、危ないです! 君がそんな事をする必要はない!」

「嫌なんですよ、何にもできないの。外見はこんなでも俺はまだまだ子供で何もできない、だったら人質役くらいやっておかないと」

「寄るな! この娘がどうなってもいいのか!」

「だから……!」


 にじり寄った俺は男の顔を見上げる。


「女子供に手を出すなって言ってる!」


 そして俺は男の腕を掴みヒナノを解放して「行って」と促し、ヒナノが護衛の背後に回るのを見届けてからまた男を見上げた。


「抵抗はしない、あとは好きにすればいい」


 俺はひたすら男の顔を見上げていた。

 男の視線はどこかうろたえていて、何にそんなに動揺しているのかも分からない。


「さぁ、どうするの? いいんだよ? 俺を盾にここから逃げる? それとも、まだ何かする事があるの?」

「このガキが!」


 乱暴に腕で首を絞められた。宣言通り抵抗はしない。


「悪態を吐いても状況は変わらない」

「黙れガキ!」

「ガキの言葉にいちいち反応するとかみっともないですよね」

「黙れと言っている!」

「抵抗しないとは言いましたけど、口を慎む約束はしていませんよ」


 男の腕が更に俺の首を締め上げた。


「命が惜しかったら黙るんだ、ガキ!」

「……グッ、言いたい事は、全部言う……出来る事は全部やれって! 家訓だからっ! ファルス人だとかメリア人だとか、そんな括りでしか人を見られない短絡的な人に慎む口なんてもってないっ!」


 あぁ、そろそろもういいかな……ヒナノさんももう安全だよね?

 俺は男の腕を掴んで逆上がりの要領で身体を持ち上げ全体重をかけて男の身体を蹴倒した。

 さすがに男は大きすぎて自分1人で倒せるなんて思っていなかった、だから様子を見ていた。眼前にいたユリウス、左右に分かれたウィルとカイト、そして静かに背後に回っている祖父コリー。

 蹴倒された男はそれでもすぐに立ち上がろうとしたのだが、左右からウィルとカイトが飛び掛る。それもすぐに振り払われてはしまったのだけど、男が完全に立ち上がる前にその目の前にはすでにユリウスとユリウスの母親が剣を構えて立っていた。

 そして、背後には俺達を守るように剣を構え、じいちゃんが怒り心頭という顔で男を静かに睨み付けている。

 というか、じいちゃん怒りが天を突くと何故か笑うんだよね、目だけは笑ってないのが物凄く怖い。


「大人しく縛に付け!」


 奥さんが凄むように宣言する。男は悔しそうに膝を折ったのだが、その内小さく笑い出した。


「何がおかしい!」

「今回はここまでだが、俺達の仲間はまだ大勢いる。俺達のこの意思は既にファルス中に届いている、俺達は決して負けはしない!」


 男はそう言って笑い続け、縛られ連行されてなお表情は清々しい顔をしていた。

 一方で逆にユリウスさんとその母親はずっと苦い顔をし続けている。


「ユリウスさん?」

「あぁ、ノエル君。無事で良かったよ。1人で前に出て行った時にはどうしようかと思ったけど、怪我はない?」

「全然平気、それよりも眉間に皺が寄ってますよ」


 俺がその眉間を指で突くと「止めて」とユリウスは苦笑する。そしてそのうち彼の腹がぐうぅ~と鳴った。


「お腹空いてるんですね」

「今日は1日走り回ってるからね。もうこれで終わりならいいんだけど……」

「爆薬のいくらかは見付かったようですよ、それで全部かどうかは分かりませんけど、大方片付いたと思っていいのではないでしょうかね。どうやら大黒星には逃げられたようですけど……」

「大黒星って、ランティスの商人?」

「そうですね。どうにも得体の知れない人間です」


 そう言ってじいちゃんは、難しい表情で腕を組んだ。この騒々しい一日はこれで終わるのかな? だったらいいのだけど……


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