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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第一章:運命の子供達

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解け始めた糸③

「ここは?」


 ブラック国王陛下の指さした先を見やり、じいちゃんは首を傾げる。


「ある商人の屋敷だ、ここ最近急に力を付けてきた奴でな、黒い噂はなかったが、裏の仕事はロイヤーにやらせていたって事か、あるいはそれの手配をする代わりに今回の人攫いを手伝わせたか……」

「そうか! 犯人がイリヤを壊滅にまで追い込む気があるのなら、貴重なΩを早々に逃がして余所で売り払おうって魂胆か!」


 グノーさんの言葉にブラックさんはひとつ頷く。


「この場所には実はこう裏に細い路地があってな、ここをこう家沿いに進んで行くと……」

「屋敷に繋がる……」

「そういう事だ、人を集めろ! こいつが大黒星だ! 犯人はこいつから爆薬を買うつもりだったんだろう、クロウも捕まり、Ω狩りの計画も失敗となったら、こいつは既に逃げの算段に入ってる、早急に確保だ!」


 俄かに周りが慌しくなった、なんだか凄い。分からなかった事がするすると繋がっていく。


「それにしても、全く厄介なこった。こいつは今、拠点をイリヤに置いてはいるが、元はランティスの商人なんだ、メリア絡みかと思いきやどうにも胡散臭い」

「ほう、ランティスの商人……それはまた不思議な話ですね、仕入先はメリアなんでしょう?」

「あぁ、これはどういう事だ……闇商人なんて奴等は国境なんて気にしやしないが、それでも基盤は本国にあるのが基本だ。ましてやメリアとランティスは昔からの敵同士、それが仲良く手を組んでるってのもどうにも引っかかる」

「悪い奴等は敵同士でも利害の一致がある内は平気で手だって組みますよ」

「だとしたら、今うちの国はメリアとランティス両方から狙われているって話になるんだが? 現在我が国は両国とも関係は悪くないんだがな」


 ブラック国王陛下は苦虫を噛み潰したような表情でそんな言葉を零す。


「国同士の関係ではなく、国民感情が悪化しているという事でしょか」

「国民感情、か……確かに我が国ファルスは少しばかり他国の人間を受け入れ過ぎたのかもしれんな……」

「……俺達のせいか……」


 グノーさんが、険しい表情でぽつりと呟く。


「お前達のせいだなんて言ってやしねぇよ、俺自身も良かれと思って受け入れていたんだ。ファルスは大きいが競争心に欠ける呑気な国で、国の発展の為には他国の知識も必要だった、そのついでに食うに困ってる奴等を多少なりと食わせる事くらいできると思っていたんだがな……」

「ここ数年ファルスの国民人口は爆発的に増えていますよね」

「副団長、そういう情報どこから仕入れてんだ? 情報早いな」

「情報は大切ですよ、いざという時の判断は情報量が多い方に勝機があるのは当然です。ファルスの人口増加、ファルス人が増えているのならともかく現在増えているのはメリア人2割、ランティス人1割、残りの7割がファルス人、このままの勢いではファルスを移民に乗っ取られるのではと考える人間が出てもおかしくはない」

「メリア人には国が落ち着いたら帰ってもらう手筈になってる」

「生活の基盤がここファルスに出来てしまった人間を自国へと戻すのは難しいですよ、特に生まれも育ちもファルスの子供達は籍が自国にあったとしても戻りたいとは思わないでしょう」

「そこはそれ、自国で受け入れ態勢を取ってもらってだな……」

「どこの国でも、お荷物を抱えるのは嫌がります」


 じいちゃんの言葉にブラックさんは黙り込んでしまう。


「あなたのしてきた事を否定するつもりはありませんが、元々ファルス人は内向的な性格の人間が多い。この急な環境の変化に付いていけていない人間が少なからず存在するのではないでしょうかね。そういう人間は他者を退けようとする、そこに軋轢が生まれ、それを利用しようとする人間まで現われてくる。全く国政というのは難しい物ですよ」

「だったら俺はどうすれば良かった……?」

「そこを考えるのが国王であるあなたの仕事ですよ」


 ブラックさんの表情はますます渋い物へと変わり、大きく溜息を吐いた。


「今はそんな議論をしている場合じゃない。まずは目先の事件の解決だ。この事件が解決したら、副団長にはもう少し話を聞かせて欲しいものだ。というか、じいさん、そろそろイリヤに帰ってくる気はないのか?」

「意味が分かりません。隠居をするつもりで田舎に引っ込んだ人間を引っ張り出すのは止めてください」

「兄貴といい、あんたといい、言うだけ言って放りっぱなしか……」

「年寄りの戯言などいちいち真に受けていてはまつりごとなどできませんよ、小言は話半分に聞いておくことです」

「俺も早く隠居したい……」

「こんな状態の国を放り出したら、あなたの事軽蔑しますよ。後身はちゃんと育ててから引退は考えてください」

「じいさんの言葉はいちいち抉ってくるな……くそっ! 報告はまだか!! って言うか、俺も行ってくるか、その方が話も早い」

「国の頭脳がいちいち動かない、入れ違いになったら面倒だと言ったのは貴方ですよ」


 じいちゃんと(たぶん)国王様のやり取りは軽快で、じいちゃんは近所の子供を叱るような気軽さでずけずけと言葉を吐く、こんなあけすけな事物言いで国王の逆鱗に触れて処刑とかされない? 本当に大丈夫?


「こういうのは昔から得意じゃねぇんだよ……」

「あなたもいい歳なんですから、いい加減実動部隊からは外れて指示する側に回るのは当然でしょう」

「それもちゃんとやってるじゃねぇか……」


 頭を引っ掻き回すようにして、そう零すブラックさんの傍らで、第一騎士団長の奥さんはずっと浮かない顔で地図を睨み付けていて、なんだか怖い。

 綺麗な顔の人がそういう顔してると、不思議と凄みが増すよね。


「なぁ、ブラック、もし万が一もうすでに爆薬が奴等の手に渡ってたとしたら、あんたならどうする?」

「どうするもこうするも使われる前に止めるしかないわな。現在イリヤは祭りの最中、もし止められなかったら被害は甚大だぞ、だからと言って街に爆薬が仕掛けられた可能性があるから全員退避? できる訳がない、イリヤにどれだけの数の人間が暮らしているか……観光客だって大勢来てるんだぞ」

「それは、そうだよな……」


 奥さんと国王様は2人揃って黙り込む。


「犯人の目星は付いている、狙われているのはメリア人を筆頭とした移民達……」

「ん?」

「違いますか? その目星を付けた団体が嫌っているのはファルス人以外の人間でしょう?」

「だが、持ち込まれた爆薬はイリヤを壊滅させるほどの量……」

「脅しのつもりじゃないでしょうか? もし移民を追い出さなければそこまでの事をする覚悟がある、とね。けれど彼等だとて馬鹿じゃない、自分達の生活する土地まで全て火の海にしてしまっては本末転倒……いや、この計画を立てたのはイリヤの人間とは限らないという事でしょうか……? その団体のトップは分かっていないのでしたか」

「あぁ、まだ調査中だ」


 じいちゃんはまた腕を組んで考え込む。


「ランティスの商人、メリアから持ち込まれた爆薬、ファルス至上主義の団体……どうにも矛盾が多すぎる、移民を嫌っている団体が何故わざわざ他国から商品を仕入れるのです? しかも彼等のもっとも嫌っているメリア人から……彼等は何も知らない貧窮しているメリア人を駒のようにも扱っている、何故わざわざ仲間に引き入れるような事をするのでしょう? 罪を擦り付ける為? それも勿論あるのでしょうが、それにしても……」

「ファルス至上主義の奴等は利用されてるだけ……?」


 奥さんの言葉に皆が顔を上げる。


「この諍いで得をするのは誰だ? 犯人がメリア人とされれば、メリア人の立場はますます弱くなる、それはファルス至上主義の奴等にとったらしてやったりだろう、だけど、ここイリヤを火の海にする、国を混乱させる事にメリットがない。そんな中で一番得をするのは……ランティスの商人……?」

「金を手に入れて、自分達は依頼された物を調達しただけだと言い張れる傍観者。仕入先もメリアだ、メリアに罪を擦り付けるのも簡単だろうな」

「けれど、ランティスの商人が何故……? 我が国ファルスは今までランティスと仲違いをした事はなかったはずでは? 商人が個人的にやっている? そこに金の種があるから……?」

「それにしても大規模だが、無い事じゃねぇかもな……最近ランティスとメリア間の諍いが収束を見せ始めている、そこで金を稼いでいた武器商人、闇の売人、そういう輩は平和じゃ飯も食えないからな」


 気付いてしまった事柄に沈黙が落ちる。そんな事って本当にあるの? 難しすぎて俺にはさっぱりなんだけど、この事件には争いを飯の種にしてる人達が暗躍してるって事?


「これはあくまで仮説に過ぎません。先程の商人を確保できればいいのですが、もしかして、こういう駆け引きに手慣れた人間だとしたら、証拠も残さず逃走済みかもしれませんね……」

「ファルス国民は平和に慣れきっている、そんな百戦錬磨の商人に焚き付けられたら、簡単に騙されただろうな……」

「そう思うと金は既に商人の手に渡っていると思って間違いないですね、クロウはいい金蔓だったという事ですか、だとしたら爆薬はすでに……」

「でも! だけど、あの人達そのロイヤーのお金がなければ計画は終わるって言ってたんだよ!」


『あぁ、お前もいたんだったな……』みたいな顔するの止めてくれる!? 難しすぎてほとんど口挟めないけど、ずっと居たから!


「こういう取引きの場合商品代金は前払いでしょうね、商人はすでに金を受け取っている。けれどファルス至上主義の方々はそれを知らない……クロウはこの国は滅びると言っていたのですよ、それもまたファルス至上主義の方々と利害の一致が見えない。これはどういう事でしょう、クロウはクロウでまた別の思惑で動いていた……? あぁ……」

「どうした、じいさん?」


 じいちゃんは少しだけ困ったような表情を見せる。


「少し考えにくい事ではあるのですが、あの馬鹿なら考えそうな事に思い当たりがなくはないというか……本気だとしたら全くもって身の程知らずも甚だしいのですけど……」

「なんだ? 言ってみろ」

「クロウは恐らくメリアの簒奪を狙っていたのですよ……」


 メリアのサンダツ……? 簒奪ってなんだっけ? えっと、確か国の王様の位を奪う事……?


「なんでまたそんな結論に辿り着いた?」


 国王陛下も怪訝な顔でじいちゃんを見ている。そりゃそうだよ、俺だってそんな顔になっちゃうよ。


「ずっと引っかかっていたのですよ、クロウがナダール騎士団長のお嬢さんを攫った理由。確かにお嬢さんはお綺麗に育たれましたけど、奥さんの気性を引き継いだ気の強い娘さんです、クロウの手に負える訳が無い。にも関わらず、クロウの狙いはお嬢さんお一人で傍らに居たローズ様、マイラー様のお嬢さんには気付いている様子もなかった。容姿的にはどちらも絶世の美女ですよ、それもおかしな話です。だとしたら、クロウは何故ルイさんに拘ったのか、答えを考えれば自ずと導かれる回答はお嬢さんがメリア王家の血を継いでいるから、という話になる」


 奥さんの顔が目に見えて青褪めた。


「現在メリア王国はレオン国王が統治しているという形になっていますが、いまだそれに反発する勢力は幾つもあります。先々代の国王もまだ存命ですし、先代の国王のお嬢さんはレオン国王を相当憎んでいるという話も聞きます。メリア国内はまだ纏まりきってはいない、そこにメリア王家の血を引く第三者として参画する、上手くすればメリアという国を乗っ取る事すら出来るかもしれない。その為に必要な物は誰にも引けを取らない肩書きです。メリア王家の血筋の娘を嫁にする事で、その肩書きを手にする。ファルスの首都イリヤを壊滅させる事で自分の力を誇示する……まぁ、そんな所かと……」

「そいつは馬鹿か……」

「馬鹿だからこんな計画も平気で立てる事ができるのですよ、身の程知らずだと先程も言いましたよ。上手い具合に手駒にちょうどいい人間がいて、商売仲間には幾らも悪知恵の働く人間もいた。上手く相手を騙し、騙し合いした結果が今のこの混乱状態なのではないでしょうか」


 国王様は眉間に皺を寄せて「頭の痛くなる話だな……」と溜息を零した。


「どこまでいってもメリア、メリアと……俺はもう、王家とはとっくに縁を切っている!」

「それでも血筋だけはどうにもなりはしませんよ。私がどれだけ憎んでも私の身体の中にはあいつらと同じロイヤーの血が流れている、それはもう、どうにもならないのです……」


 ……そういえば、物凄く普通に聞き流したけど、奥さんってメリア王家の人なの……? メリア人だって事は分かってたけど、まさかの王族……でも、目の前にいるこの真っ黒な人もこの国の王様みたいだし、王家の人ってもっと特別な人達かと思ってたんだけど、意外と普通なんだなぁ。

 そんな事を考えている時、どこかで大きな爆音が聞こえ、城が揺れた。


「え? 何!?」

「爆発?! どこだ!」


 皆に動揺が走る、その音はそこまで遠くはなかった、恐らく城下街ではない。


「陛下! 資材置き場に火の手が上がっています!」

「くっ、奴等直接城を攻めてきやがった……余程俺が気に入らないとみえる……大至急消火にあたれ、いや……ある程度でいい、女子供は城外退避、どこに爆薬が仕込まれているか分からん、不審物には近寄らないように避難を……!」


 言いかけた所で、また爆音が響いた。

 音はあちこちで上がり続け、城の中は上へ下への大騒ぎになった。俺もどうしていいか分からない、自分達がいる場所も安全なのかどうかも分からない。


「これ俺達の時と同じだ。事件を起して目を外に向けさせる、人が減った所で一気に畳みかけ、目標を討つ。この場合、そのターゲットはお前だ」


 奥さんは苦々しげに国王陛下にそう呟いた。


「それならそれで好都合、相手になってやる! と、言いたい所だが、ヤバイ、今リンが表で俺の影武者演じてる、狙われてるのはむしろ向こうだ!」

「影武者がいるのなら、あなたが出て行くのは愚の骨頂!」

「馬鹿言え、あいつは俺の兄弟みたいなもんだ、見殺しにできるか!!」


 じいちゃんが止めるのも聞かず、国王陛下は駆けて行ってしまう。城のどこかからまだ爆音は響いてきて、城ががたがたと揺れた。


「ここも危険かもしれませんね、私達も一時退避です。ノエル、行きますよ! 奥さんも何を呆けているのです!」

「……なんでだ……」

「奥さん!」

「まるであの時をそのままなぞってる、どういう事だ……」


 あの時? あの時ってどの時?

 じいちゃんは奥さんの腕を引っ掴み「行きますよ」と俺を促した。



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