事件解決の糸口は……③
俺は踵を返し第3騎士団詰所を出た。ジークは少し心許なげに俺をちゃんと待っていた。
「大丈夫だった?」
「うん、でもまだ色々やらないといけない事がある。付き合ってもらっていいですか?」
「いいけど、本当に大丈夫? あいつ等を敵に回したら君も何をされるか分からないよ?」
不安気な顔でジークは俺を見やる。それに笑みを返してもう一度「大丈夫」と頷いた。
「次は第1騎士団の詰所です。一緒に行きましょう」
俺は足早に走るように歩く、ジークはあまりノリ気のしないような不安顔だ。
「ねぇ、ノエル、詰所に行ってどうするんだ? 君は何をしようとしてるんだ」
「悪いようにはしないつもりです。悪事は明るみに出なければ駄目だから……」
「あいつ等の事、裏切る気? 呼び出されても行かなきゃいいだけの話だ、下手な事したら自分の命が危なくなる。騎士団員なんて全員身元が割れてるんだ、復讐される」
「平気です。俺、騎士団員じゃないんで」
瞬間ジークは驚いたような顔を見せた。
「え……だって、その制服。それにさっきだって……」
「上着、借り物です」
「君は一体……」
そうこうしている内に俺達は第一騎士団の詰所に辿り着く、俺はジークの腕を引いて、躊躇いもなくその扉を潜った。
「じいちゃん、いますか?!」
「え? ……あぁ、奥にいるよ、どうしたの?」
もう、何度も訪れている詰所だ、俺の事を認識してくれている騎士団員が奥の扉を指差してそう言った。俺はやはり躊躇いもなくジークの腕を引いて奥の扉を目指す。
「ねぇ、ノエル。じいちゃんって誰? 僕を誰に会わせる気?」
「じいちゃんは俺のじいちゃんです」
扉を叩いて、返事も待たずにその扉を開けた。そこは第3騎士団で通された応接室のような場所だ。そこで祖父は難しい顔で何やら書類と向き合っている。
そして、そこにはキース副団長と何故かスタール・ダントン第五騎士団長がそこにいた。
「ノエル、騒々しい。今大事な話し合いをしている所です、静かになさい」
顔を上げたじいちゃんに開口一番叱られたけど、そんな事はどうでもいい。
「何の話し合いか知らないけど、第五からあのジミーって人連れ出した人、連れて来た!」
「……え?」
「んん? お前……確か15班のジーク・ライト?」
キース副団長は彼を知っていたのだろう、眉根を寄せるようにそう言った。
「え、あ……はい」
「なんでお前が……どういう権限で?」
険しい顔でスタール団長はこちらを睨みつける。
「権限……とういうか、指示されたので……」
ジークは訳が分からないのだろう、うろたえたようにそう答える。
「キースさん、第一騎士団にはユリウスって名前の人が何人かいるって言ってましたよね。その中にもしかして赤髪のユリウスって人いませんか!?」
「え……あ、あぁ……いる、分団長のユリウス・デクスター。でも、それがどうした?」
やっぱりだ、騎士団に勤めていて自分の素性を隠すのは難しい。けれど、ユリウスさんはお父さんが有名人であまり苗字で呼ばれたくないと言っていた。自分が騎士団長の息子である事をあまり知られたくなくて基本的には隠していたのだ。
元々騎士団長もユリウスさん自身も地方に出ていてここイリヤではユリウスの容姿を知る人間は少なかった、知っている人は彼を「坊」と呼び、そもそも名前を呼ばれる事すらほとんどない。そこに騎士団長の息子と同じ名前、同じ分団長のユリウスがいたからジークはそれを騎士団長の息子と誤認したのだろう。
いや、もしかしたらその赤髪のユリウスがわざと彼を騙したのか……?
「その人、捕まえてください! あの男、ジミー・コーエンを逃がしたのはその人です!」
「え……待って、僕に指示を出したのは同じユリウスでも騎士団長の息子のデルクマンさんだよ」
「だから、それがそもそも間違ってるんですよ。騎士団長の息子のユリウスさんは母親似の赤髪じゃない、父親そっくりの金髪です」
「え……そんな、だって確かに……」
ジークはおろおろとうろたえているのだが、俺はここまであった事、自分が知っている事全てを彼等に語って聞かせた。
その話を一通り聞いて祖父はうろたえ続けるジークを見据える。
「詳しい話を聞かせて貰えますかな?」
ジークの顔色はますます青褪めていく。キースさんは部屋の外にいた部下にユリウス・デクスターの確保を命じ、そんな中スタール団長だけが憮然とした表情で、無言でこちらを見詰めていた。
俺がそんな感じに1人孤軍奮闘している頃、ユリウスさんはあのジミー・コーエンを追い詰めていた。
彼の剣の腕は相当なもので、仲間数人でようやく取り押さえた時にはユリウスの仲間も数人が負傷し、呻き声を上げていた。それでもどうにか袋小路に追い込んで、男を取り囲むように包囲する。
「さぁ、観念してください。もう逃げられはしませんよ」
「逃げる? 俺は逃げも隠れもしないさ、もう既に種は撒いた、あとはその種が芽吹くのを待つだけでいい」
「どういう事ですか? あなたは一体……」
「昔、あんたの親父に一矢報いるつもりで襲った時に言われたんだ、ナダール・デルクマンを倒すつもりなら国王を倒すつもりで来い、とな。お前を理解してくれる仲間もいるはずと上から説教もされてな、はは、確かに仲間は存外多かった」
男は心底おかしいという風に嘲るような笑みを見せた。
「だから、俺はやってやったのさ、俺は俺を受け入れなかったこの国を、あの国王を、そしてお前の親父ナダール・デルクマンを破滅に導く使者となった。もうこの計画は止まらない、全てお前の親父が引き起こした結果だ。お前はそれをその目に焼きつけろ」
男は狂ったように高笑う、それはまるで狂人で、相手にしてはいけないと分かるのだが、その言葉は胸の奥の柔らかい部分を傷付ける。
父を信じている、けれどその一方で父の存在がこの狂人を生み出したのかと恐ろしくもなるのだ。
「言いたい事はそれだけですか」
そう言って冷静を装い彼に剣を向ける、もう逃げ場はない。彼は観念した風でもなく狂ったように笑い続け、その笑い声が癇に障る。
踏み込み、押さえつけるように身体を押さえ込んでも彼は何ほどでもないという表情で、それに腹が立って仕方がなかった。
仲間が彼を縛り上げ、これで事件の一端は解決した、けれど心の澱は消えはしない。そして事件の全てが解決した訳でもない。
「ユリウス、頭のおかしな人間の言い分は気にするな」
「……分かっている……」
イグサルにそんな風に声をかけられ、気持ちを切り替えるように息を吐く。ここイリヤに来てから父の中傷を立て続けに聞いている。ザガでもそういう事はなくはなかった、けれど、こんな風に畳み掛けられるように言われ続けると心は少し重くなる。
少し考え込んでいると「ちょっといいか?」とミヅキに声をかけられた。
「なんですか?」
「うむ、お前の王子様が行方不明だ、代わりに別の王子様2名が何故か仲間に加わっているのだが、どうする?」
「……え?」
仲間を見やれば確かにノエルが見当たらない、そしている筈のないカイトとツキノが何故か違和感もなく仲間に加わっている。
「え? ノエル君は?!」
「ノエルなら途中遅れてたから、そのまま置いてきちゃった」
カイトがさらりとそんな言葉を返して寄こす。自分も前しか見えていなくて、完全に彼の存在を失念していた。余程の事はないと思うが、彼は事件に巻き込まれがちで散々に怪我もしている、イリヤの地理にも疎い彼がどこかで迷子になっていると思ったら一気に血の気が引いた。
見た目はともかく中身は子供で、こんな知らない場所で1人きりではきっと心細い思いをしているはずだ。
「置いてきたって、どの辺に!?」
「そんなに遠くじゃないよ、その辺にいるんじゃない?」
「セイさん!」
「いや、さすがにそんな子供の行方までは分からんぞ。俺達だって万能じゃない、ターゲットは常に1人、今はあいつで、それ以外の人間まで監視はできない。そもそも何で連れて来た?」
「連れて来たんじゃないです、付いて来ちゃったんですよ!」
「ユリ、俺ルイの所戻っていい?」
「ユリウス兄さん、捕り物もうこれで終わりなの? あの人何やった人?」
「ユリウス、こいつどうする?」
一度にあちこちから声をかけられ頭はパンク寸前だ。ただでさえ、あの男ジミー・コーエンの言葉に気も立っている、ユリウスは苛々と辺りを見回した。
「なぁ、ユリ……」
「今度は一体なんですか!?」
「ユリ、お前、今絶対腹減ってるだろ、腹が減ると機嫌が悪くなるの、どうかと思うぞ」
ツキノに図星をさされて、言葉に詰まった。確かに腹は減っている、普段使わない『威圧』を使ってそのまま腹ごしらえもせずに飛び出したので、空腹感はかなり酷い。
「腹の足しにはならないだろうけど、これでも食っとけ」
口の中に放り込まれたのは飴玉で、口内に甘さが広がる。
口の中でもごもごと「ありがと」と答えるとツキノは一言「ん」と頷いて、周りを見回し「さっきから変な匂いがするんだけど、ユリは感じない?」と問うてくる。
「変な匂い?」
腹が減ると機嫌が悪くなるのもそうなのだが、途端に注意力散漫になるのも自分の悪い癖で、言われて周りの匂いを嗅いでみると、確かに微かに風に乗って何か草のような物を燻したような匂いがする。
「どこかで落ち葉でも燃やしてるんですかね」
「近くのどこからも煙が上がってないんだ、香みたいなもんかとも思うんだけど、こんな匂いの香は知らない」
確かにその匂いは香にしては人が好むような匂いではない。
「何の匂いなんでしょう……ちょっと気になりますね」
「どうした、ユリウス」
「イグサルはとりあえず、その人連行してください。詰所に行けば副団長が対応してくれます。シキさんは姉さんにこの事報告して、次の指示は姉さんに貰ってください。怪我をした方はすぐに怪我の手当てを。それとカイト、これは遊びじゃない、つまらなそうな顔してるんじゃない!」
「え~だって、せっかく楽しそうだったのにあっという間に終わっちゃうから。昨日もそうだし、もっと活躍させてくれてもよくない?」
「お前は騎士団員ですらないだろう、事件に首を突っ込むもんじゃない」
「ノエルを連れ回してる兄さんに言われたくない。ノエルだって騎士団員じゃないし、僕より年下だろ、なのに騎士団員の制服着せて連れ回してるのずるくない?」
「あれは、そういう意味では……」
カイトは不機嫌顔だが、ノエルを事件に巻き込んでいる半分は自分のせいか、と反省しきりだ。
何故かノエルには最初に会った時から親しみを感じていて、ノエルの祖父コリーに言わせればそれは「マザコンの延長線」らしいのだが、別に自分はそこまでマザコンではない……はずだ。
そもそもマザコンならば年上のお姉さんを好きになりそうなものだが、ノエルはだいぶ年下だし、母に似ているのは髪の色と料理の腕前くらいで……いや、自分の中で料理の腕前は最重要、なんせ食事は生活の基本、そこの価値観を共有できない人間とは絶対お付き合いできない自信がある。
好き嫌いなんて論外だし、食べ物を粗末にする人間は許せない。その点ノエルは残り物で美味しい料理を作り出す魔法の手の持ち主だ。
最初は弟なのかもしれないという所から始まって、それが違うと分かった途端に胃袋を掴まれた、気にならない訳がない。
しかも「そういう目で見るな」と保護者にきっちり釘を刺されては、更に一層気にかかるというものだ。
「そういえば、結局あいつはユリの何なの?」
「何なんでしょうねぇ、今の所は守るべき王子様ですかね」
「意味分かんねぇ……」
ツキノは機嫌の悪そうな顔でこちらを見るが、自分の感情もはっきりしない今、それ以上の言葉は出てこない。
「彼はコリー副団長からの大事な預かり者です、見付けてちゃんと返さないと。私、その辺探してきます」
あぁ、それにしても腹が減った。ノエル君を見付けたら、一緒に何か食べたいなぁ。
いつも拙作お読みいただき、ありがとうございます。
なんだかんだでポイント0のまま完結まで突っ走りそうだなと思っていたのですが(笑)昨日お一人ブクマしてくださり、無事に2ポイント入りました。ありがとうございます♡
物語も後半戦、最後までお楽しみいただけたら幸いです。




