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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第一章:運命の子供達
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嵐はなんの前触れもなく②

「とりあえずツキノは一般参加にカイトと一緒に参加してるんだね?」

「うん、いるよ」

「ノエル君、悪いんだけど一般参加の参加不参加は置いておいて一緒に来てもらってもいいかな? ツキノを捕まえて説教しないと」


 眉をハの字に困ったような顔でそう言う彼に、俺は「別に構わない」と頷いた。

 どのみち行くあてもなし、食事もご馳走になって否を言う理由もない。

 俺達は食堂を後にして3人で連れ立って歩き出した。


「なぁなぁ、ノエルはどこに住んでんの? うち近い?」

「え……家はカルネ領ルーンだよ」

「カルネ領? どこそれ?」


 ウィルが首を傾げるのに、ユリウスが丁寧に場所の説明をするとウィルは分かったのか分かっていないのか「遠いんだね……」と頷いた。


「せっかく遊び相手増えたと思ったのに、いつまでいるの?」

「えっと……決めてない」


 勢いのままに家を飛び出して来てしまったので、期間も何も決めてはいない。

 路銀が尽きたら帰らざるを得ないと思っているが、どのみち長くは持たないと思う。


「ノエル君はしっかり者だけど、計画性はないよね」

「来ればなんとかなると思ったんですよ」


 笑顔でずばりと指摘され、不貞腐れたようにそう応えた。

 何とはなしに世間話をしながら歩いていると、向こうから歩いてくる女性にウィルが反応して手を振った。それを見やってユリウスも頭を下げたのでたぶん知り合いなのだろう。

 背は自分達より低い可愛らしい女性だ、歳はそれこそ20そこそこだろうか。

 突然ウィルは俺の手を取り、その手を上げてぶんぶんと振り回す。


「母ちゃ~ん、見付けたよぉ~!」


 へ……? 母ちゃん?

 その女性はつかつかとこちらへ歩み寄ってきて、俺の顔を覗き込んだ。

 その顔はやはり若々しく、こんな大きな子供がいるようには見えない幼さで、俺はどぎまぎしてしまう。


「君、どこの子だい?」

「え……」

「お久しぶりです、おばさん。この子はうちの新しい兄弟ですよ」


 にっこり笑って言ったユリウスの言葉に、女性はユリウスを見て「誰かと思ったら坊か。なんだ、お前の両親はまた子供を引き取ったのか? 一体何人目だ?」と呆れたようにそう言った。

 小柄な女性はユリウスを見上げ「それにしても育ちおって、親子揃って憎々しい」と眉を寄せるので、ユリウスはそれに苦笑いを零す。


「彼女はウィルのお母さんで、うちの第3騎士団の副騎士団長だよ」

「副騎士団長!?」


 彼女の見た目の若さもさる事ながらその役職に驚くと、彼女は少しばかり機嫌を損ねたように眉を寄せた。


「そんなに驚くような事ではないだろう?我が国の騎士団は実力主義だ、力こそ全て、私には実力が有る、だから私はここに立っている」

「え……あ、そうですよね、すみません」

「分かれば宜しい。我が名はメグ・レイトナー。先ほど紹介されたようにウィルの母親で現在我が国、第3騎士団の副騎士団長である。だが、今年こそは第3騎士団長の座、奪ってみせるのでしかと見ておれ」

「え……? え……?」


 そんな下から偉そうに宣言されても、どういう態度で接していいか分からない。


「ちなみに第3騎士団長のアイン・シグ団長がウィルのお父さんだよ」


 第3騎士団長、騎士団長ってたくさんいるんだ……ユリウスの父親も騎士団長だと言っていたが、実はそこまで偉い訳ではないのか? と俺は首を傾げた。

 ついでにウィルの両親は夫婦で姓も違うようだが、離婚でもしているのだろうか……? いや、最近都会では夫婦別性というのも増えていると聞く、決めつけるのは良くないな。


「ふむ、こちらは名乗りを上げているのだ、小僧も名乗りくらい上げるものだぞ」

「え……あ、すいません。ノエルです。ノエル・カーティスと言います」

「カーティス? どこぞで聞いた名だな、どこだったか……」


 首を傾げるメグだったが、結局分からなかったようで「まぁ、いい」と、ひとつ頷き「うちの息子と一緒に参加してくれると言うなら願ってもない。受付はすぐそこだから行くといい」と彼女は顎をしゃくった。

 自分はまだ、参加するとは一言も言っていないのだが、これはもう参加は決定事項なのだろうか……

「ノエル行こっ」と、ウィルは繋いだ手を笑顔でぶんぶん振るし、母親を名乗る彼女も「うむ」と腕を組んで頷いているし、なんか俺に拒否権ってあるのかな?

 ユリウスを見上げると、彼も困ったような顔で苦笑していて、この親子のこの押しの強さを彼も分かっているのだな、と俺は諦めた。


「そういえば坊、今回お前の母親は参加しないのか?」

「母は父と一緒に来るので、たぶんイリヤに着くのは3日後ですよ」

「なんだ、つまらぬ。あやつが来たらイリヤにいる間に一度は私の前に顔を出せと言っておいてくれ」

「はは、伝えておきます」


 彼女はそれだけ言うと颯爽と去って行った。


「ウィルの母ちゃんって……何て言うか、個性的だな。なんか凄く若いし」

「それ母ちゃんの前で絶対言っちゃダメだよ、怒られるから」

「若く見られて怒るのか……?」


 うちの母なら喜んで上機嫌になるだろうに、そんな事もあるのか? と首を傾げる。


「あの若作り、わざとやってる訳じゃないから。本人は童顔気にしてるんだよ。威厳が出ないってずっとぶつぶつ零してる。もう今更なんだから諦めればいいのに」

「ちなみに歳幾つなんだ?」

「えぇ? 幾つだっけ? この間『40はとうに超えておるわっ!』って怒ってたから、そのくらいじゃないかな?」


 20代後半からせめて30代かと思ったら、意外と歳を重ねていてそれはそれで驚いてしまった。どうもここイリヤに来てから出合う人間ことごとく年齢不詳で困る。


「ところでノエル君、どうする? 一般参加、出る?」

「え……あぁ」


 ウィルの方を見れば、にこにこ満面の笑顔でこちらを見上げてくるし「別にいいですよ」と頷いた。もうここまできたら乗りかかった船だ。


「だったらこっち!」


 と俺はウィルに腕を引かれる。ユリウスは「慌てなくても時間はあるよ」と笑って付いてきた。

 そういえばここに来た目的、『ツキノ』は本当にここにいるのだろうか?

 顔も分からないので俺には探しようもない。

 その一般参加の会場には子供達とそれを見守る保護者と観客で溢れかえっていた。

 ウィルは「オレ、受付してくるっ」と駆けていってしまう。


「ごめんね、なんだか変に巻き込んだみたいで申し訳ない。ウィル坊はいい子なんだけど、少しばかり押しが強くてね。こういうお祭り騒ぎは大好きだし、怪我しない程度にやってくれればいいから」

「怪我する事もあるんですか? よく見れば皆が使ってるの子供用のおもちゃの剣ですよね? ふにゃふにゃしてて柔らかそうだし、当たっても大して痛くないんじゃないですか?」

「それでも本気で叩かれれば痛いよ。あんまり無理しないで、ウィルの後ろにいれば大概大丈夫だから」


 きょろきょろ周りを見渡している間にさっさと受付を済ませてしまったウィルがぴょこぴょこ跳ねるように俺達の元へ戻ってくる。


「行く? もう行っちゃう? まだ時間あるけどどうする?」

「ウィルはどうしたいんだ?」

「駆け引き的には最後の一時間まで待ってもいいと思ってるけど、ノエル兄ちゃんは初めてだし、今回は優勝狙わずに適当な所で上がってもいいかな、と思ってる。ツキ兄とカイ兄とはやりたいけど、まだ来てないみたいだし。2人は最後ギリギリかなぁ」


 捲し立てるようなウィルの言葉、意味が理解できずに首を傾げた。


「駆け引きってどういう意味?」

「一般参加は飛び込みOKの勝ち抜き戦なんだよ。その時居合わせたメンツで戦っていって、最後に残ってる2人が勝ち。だから体力的にも最終時間ぎりぎりで出た方が優勝確率が上がるんだよね」

「そうなんだ……でもそれってずるくない? 体力温存? そんなんじゃあ、早々やろうって人いないんじゃないか?」


 それでもその場で戦っている者達は何組かいるので、それを知らずにいるのか、別に優勝は狙っていないだけなのか? と首を傾げた。

 その疑問が顔に出ていたのかウィルは「あぁ」とひとつ頷く。


「今やってる人達は本当に祭りの余興として楽しんでるだけだよ、この一般参加って騎士団員の勧誘目的もあってさ、筋がいいって認められれば騎士団に勧誘されるし、入った時に少しだけ待遇良くしてもらえるんだよねぇ。騎士団の入隊って15歳からなんだけど、今13・14歳の人達は次にこの祭りがあるのは16・17歳の時じゃん? そこまでは問答無用で一番下っ端だから、それが嫌だと思ったらここでアピールするしかないんだよ」

「……?」

「だからね、騎士団に入るつもりがあるなら、ここで優勝しておけば入団した時に少しだけ特別扱いしてもらえるってこと。だから最後になればなるほどガチな輩が参戦してくる、今やってる人達は本当に純粋にお祭りの余興を楽しんでる人達だよ、そのうち強いのが集まってくるから、それまでに今やってる人達は全員退散すると思うよ」


 ようやく話に合点がいった、そもそも余興を楽しんでいる人達は優勝など狙っていないのだ、それがどういう意味合いを持っているのかも分かっているのだろう。


「それでウィルはどうせならガチな人達とやりたい訳か……」

「うん、そう」


 ウィルの友達が「怖いから」と彼の相棒になってくれなかった理由もなんとなく理解できた。

 実際今戦っている子供達はたぶん恐らくウィルの同年代だが、そこまで真剣にやっている子供は見かけない、みんな楽しそうに剣を振るって笑っている。


「ウィル坊は同年代の子と比べて飛び抜けて腕が立つから、そりゃあ、組むのもやるのも嫌がるのは分からなくもないねぇ」

「まぁ、そういう事。仕方ないよね、うちは両親揃って武闘派で、スプーンより先におもちゃの剣握らされてたんだよ? こうなるのは必然だと思わない?」


 ウィルは屈託もなくケラケラと笑った。


「でもウィルは3年後もまだ13歳だよね? 別に優勝しなくてもいいんじゃん」

「まぁ、それはね。でも、やるからには優勝したいと思わない? ユリ兄だってルイ姉だってそうだっただろ?」

「え……自分は別に……姉さんと母さんに引っ張られて出てただけで、戦うのはそう好きじゃないかなぁ……」

「そんな事言いながら毎回優勝攫ってく家族が何言ってんの? 前回はツキ兄でしょ、その前がユリ兄、その前はルイ姉だったってオレ知ってるんだぞっ、オレだって一度くらい勝ってみたい!」


『ルイ姉』もうここまできたらそれが誰なのか何となく分かってしまった。それはきっとはぐれてしまったとユリウスが言っていた姉の名前なのだろう。

 ユリウスも思いのほか強いのか、姉共々その優勝者の中に名前を連ねられている事にも驚きだ。


「自分の時はたまたまそこまで強い相手がいなかっただけだよ、実際騎士団に入って初めての前回の武闘会はたいした戦績じゃなかったし……」

「それでもユリ兄分団長じゃん、15でそれなら充分だろ」


 ウィルの言葉に驚いて俺はユリウスをまじまじと見上げてしまった。

 へにゃりと笑ったその笑みは、正直に言おう、そこまで強そうには全く見えない。


「運が良かっただけだよ、私は父の足元にも及ばない」

「おじさんは別格って父ちゃん言ってた。それでも今回は父ちゃん勝つって息巻いてたけどね。おじさん前回出場しないんだもん、オレも父ちゃんもがっかりしたんだから。でも今回は来るんだよな?!」

「さっきも言ったけど、3日後にはイリヤに着くと思うよ、さすがにやらないまま第1騎士団長の椅子に座っているのは申し訳ないって言ってたからね」


 第1騎士団長……第1……え?

 そういえば、ユリウスが頼って行った騎士団詰め所も第1騎士団だった、父親って第1騎士団長? もしかして騎士団で一番偉い人……?

 点と線が繋がって、少し混乱する。騎士団長が何人かいると聞いて、それならそこまで地位の高い人間ではないのかと、少し安堵していたのに、まさかの第1騎士団長……完全に偉い人じゃんか! ユリウスが肩身が狭いと嘆くのにも得心がいく。


 そんな人が俺の父親? 本当にそんな事があるのだろうか……?

 最初は確信していた自分だったが、なんだか自信が揺らいでくる。


「今回の試合は第2騎士団長も出るし、楽しみだなぁ。父ちゃん優勝して第1騎士団長になったら、母ちゃん第3騎士団長になれるかな?」

「それはどうだろうねぇ……順番が入れ替わるだけかもしれないし、やってみない事には分からないんじゃないかい? そういえば、ウィル坊の両親、まだ籍入れてないんだね? 本気でおばさんが勝つまで入れないつもり?」

「そうみたいだね。母ちゃん頑固だし、父ちゃん笑ってるし、家族仲は悪くないからどうでもいいよ」


 また謎な会話に俺が首を傾げるとユリウスは笑って事情を説明してくれた。

 曰く、ウィルの母親は昔からウィルの父親を倒して第3騎士団を奪うと公言していたらしい。父親はそんな彼女の勇ましさに惚れ求婚したのだが、母親であるメグは「自分が勝つまで結婚はしない!」と宣言したのだそうだ。

 そうして何度も何度も挑んでは負けを繰り返し、年齢も重ねた頃「子供だけは先に作らないか?」との父親の提案に、孫の顔が見たかったメグの父親も賛同して「結婚なんかいつでもいい、子供は作れるうちに作っておけ」と説得の末に生まれたのがウィルなのだそうだ。


「それはまた……」


 別に離婚した訳でも、仲が悪い訳でもないようなので、家族としては成立しているのだろうが、なんともコメントに困る家族形態だ。


「皆知ってる話だから、誰も気にしないよ」


 ウィルはけろりと笑っている。

 まぁ、本人達が納得しているのなら……といった所だろうか。


「で、どうする? 行く? 行っちゃう?」


 ウィルはうずうずしているのか、ぴょんぴょん跳ねながらそんな事を言う。

 俺は傍らのユリウスを見上げると彼はまたにっこり笑った。


「えっと……ユリウスさんは?」

「見てるからいいよ。ツキノが来たら捕まえなきゃいけないしね。ウィル坊とノエル君は楽しんでおいで。でもノエル君は無理しないように、ウィル坊もちゃんと彼を守ってね」


「合点承知!」とウィルは笑って、俺の手を掴んで駆け出した。

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