そして……⑥
「ねぇ、貴方は何故そんなにノーアに辛くあたるの?」
素朴な疑問、彼は子供嫌いではなかったはずだ。弟妹の多い彼はいつでも良き兄であろうとしていた。そんな彼が自分の子供が可愛くない訳はないと思うのだ、だから俺はそれが不思議で仕方がない。
「……アレは化け物の子だからな」
「……? 化け物?」
やはり意味が分からず俺が首を傾げると、多くを語りたくないのであろう彼はまた俺を押し倒した。「化け物」その言葉は最後にユリウスがランティス、メルクードで起こした事件の際に何度も皆に言われていた言葉だ。
確かにあの時の彼は常軌を逸していて、まるで化け物のようにも見えたが、今の彼からはそんな恐れは感じない。もし彼が自分の事を化け物であると思っているのなら、それは違うと言ってあげたいのだが、きっと彼は俺の言葉など求めてはいない。
「知らなくてもいい事だ。語った所でどうせ理解も出来ない」
「俺は貴方の言う事ならなんでも信じるよ?」
「私はお前にそれ程信頼される人間ではないのにな……」
自嘲の笑みを浮かべて、彼は俺の胸に顔を埋める。それは本当にまるで縋るように、彼は俺に抱き付いてくる。
俺は彼がしたいようにさせて、その柔らかい金色の髪を撫でる。彼は何に怯えているのだろう? それが何なのか俺には分からないのだが、きっと問うた所で彼も答えはしないだろう。
一方で、彼に無下に扱われているノーアの方も多くを語らない。彼はいつでも黙ってそこにいる。とても大人しい子供、年相応な子供らしさはまるで感じられない。
ユリウスの言う『化け物の子』という言葉を額面どおりに受け止めはしないが、それでも彼は普通の子供ではないのだと思う。
ある時寝ている彼の身体の上に掌を乗せて、ノーアが何かを呟いていた事があった。俺はノーアが何をしているのか全く分からなかったのだが、その気配に気が付いたユリウスは飛び起きてノーアを打ち据えた。その時激昂のままに怒鳴りつけた彼の言葉……
『私から全ての力を取り返し、一人のうのうと逃げ出す算段か! 私の人生を狂わせておいて、お前の好き勝手になど決してさせない!』
俺にはその言葉の意味も、何故それほどまで彼が怒るのかも分からず、殴られ続けるノーアを庇って、彼に打ち据えられる事くらいしかできなかった。
そんな事が何度か続き、俺はノーアを家から連れ出し、施設に預けようと試みたりしたのだが、ノーアは父親が見えない所に行くのをとても嫌がり、決してそれは叶わなかった。
ノーアは父親を好いている様子でもないのに、彼から離れようとしない。それはどういった心境なのか、ノーアはずっと部屋の隅から父親を眺めているのだ。ユリウスとノーア、一度離して生活させた方がいいと思うのだが、彼の息子はそれを拒む。
「ノーア、俺はね、お前のお父さんが大好きなんだ。だからもし万が一俺がお前かあの人を選ばなければならなくなった時、きっと俺はお前の父親を選んでしまう。俺もお前に辛く当たるようになる日が来るかもしれない、だから一度、お父さんと離れて生活をしてみる気はないか?」
そんな俺の言葉に、彼はやはりふるふると首を横に振って、俺の首へと抱き付いた。
幼い子供に酷な事を言っているのは分かっている、だが、今のままの生活を続けるよりは、孤児としてちゃんとした施設で生活をさせてもらった方が、彼の成長の為には有益だと思うのだ。
何も二度と会うなと言っている訳ではない、今のユリウスは父親として不適任だと思うからそう言っているだけなのだが、幼い彼にはそんな事も分かりはしないのだろう。
「ノーアは本当にお父さんが好きなんだな」
「……の、せいだから……」
「ん?」
ノーアは自身の胸の上に手を置いた。これは、父親がこうなってしまったのは、自分のせいだとそう言っているのだろう。
「違うよ、これはノーアのせいなんかじゃない。全ては、変えられない運命の流れだったんだ」
小さな子供はまたふるふると小さく首を横に振った。
ノーア自身も苦しんでいる、このままでは駄目だとそう思うのに、俺には打開策が思い浮かばない。
「ノーア……」
俺が彼の頭を撫でると、彼が俺の背後を見やってびくりと身を震わせたのが分かった。
「ノーア、何度も言っているはずだ、そいつに触れるな。そいつは私のモノだ」
怯えたように子供は俺の腕から飛び出して、壁際へと逃げて行く。
「また……それは止めてって言っているのに」
「何度も言わせるお前達が悪い、こちらも何度も言っているはずだ、その言いつけを守らないのはお前達の方だろう」
俺は立ち上がって彼の首へと腕を回す。
「それって嫉妬? もし俺が貴方を妬かせたくてわざとやってる、って言ったらどうするの?」
無表情に睨まれたのだが、それに怯む事なく彼にキスを贈る。
「俺がノーアに構っている時、貴方は一番俺を必要としてくれる」
耳元で囁くようにそう言うと、彼は険しい表情で俺の身体を抱え上げるとソファーの上へと放り投げた。
「私の知っているお前はそんな風に色目を使うような人間じゃなかった、お前もあいつの毒に侵されたのか?」
「毒? 何のこと?」
「私の嗜虐心を煽った所で、お前になんの得もありはしないのに……それともお前は被虐趣味でもあるのか? もしそうだとしたら、もっと激しくいたぶってやらなければならないがな」
「被虐……? あはは、そうかもね。貴方に酷くされると身体が疼くよ、怒りで俺しか見えなくなる貴方に、俺の心は満足している」
彼が俺の上で小さく舌打ちするのが聞こえた。
「貴方が俺をこんな風に作り変えたんだ」
「人のせいにするな」
「だったら俺の隠れた性癖を、貴方が引きずり出したんだ」
苦々しい表情でユリウスは俺を抱く。実際俺は本当にそんな風に彼が俺だけを求めてくれるのが嬉しくて仕方がないのだから、目も当てられない。
こんな関係は間違っている、そう思っても俺はこんな3人の関係に終止符を打つ事ができずに季節は移り変わろうとしていた。




