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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
運命に祝福を

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そして……⑤

 翌日、ユリウスは息子ノーアを連れて、すぐにでも出て行こうとしていたのだが、俺はそれを引き止めた。


「お前は一体何がしたい? 私は今となっては三国が血眼で捜している凶悪犯だと分かっているのか? お前自身こんな事までされて、なのに何故引きとめる? お前は私に一体何を求める?」

「俺は何も求めていないし、追われているのも勿論分かってる。大丈夫、ここにいれば安全だよ、だってユリ兄は俺が守るから」


 俺の言葉に、ユリ兄はまたなんとも言えない表情で瞳を逸らし「馬鹿な男だ」とそう言った。

 本来ならば俺は彼を捕らえて罪を償わせなければいけない立場なのは分かっている。今まで彼を見付けたら説得して罪を償わせようずっと考えてもいた、けれど現在の彼の姿を見てしまったら、そんな気持ちは吹き飛んで、俺がこの人を守らなければとそんな気持ちが湧いて仕方がないのだ。

 彼の言う通り俺は「馬鹿な男」なのだろう、けれど今の彼はもう世界を相手に戦う気力もなさそうで、これ以上罪を重ねるつもりがないのならそれでいいと思ってしまったのだ。

 狭い部屋での共同生活、彼の子ノーアは戸惑っている様子だったが、俺はそんな彼の頭を撫でて「大丈夫だよ」と繰り返す。ノーアは不安気な表情を浮かべて俺を見上げるのだが、瞳を合わせるように屈みこんで「もう心配しなくていいよ」と告げると、彼はやはり困ったような表情なのだが、小さく小さく頷いた。


 ユリウスの異変にはその日のうちに気が付いた。彼は常時忙しなく辺りを窺っている。それは長い逃亡生活の習慣のようなものであるのか、小さな物音にも過敏な反応を見せた。

 そして、寛いでいるように見えても、身体は常時貧乏揺すりのように小刻みに震えている。それが何故なのか、俺には最初分からなかったのだが、それが薬物の禁断症状なのだと知るのに、そう時間はかからなかった。

 窓を全開にして彼はその煙草のようなモノを燻らせる。すると、その禁断症状は治まるのだろう、しばらくの間はその身体の震えも止まって落ち着きを取り戻すのだ。


「それ、止めた方がいいんじゃないかな……?」


 いつものように窓際でそれを燻らす彼に、俺がかけた言葉を聞いた彼は無言で何処かへ行けとばかりに手を振った。


「それ、良くないモノなんだろう?」


 煙をふっと、顔に吹きかけられた。それは燻った草の薫りで、俺はむせ込む。


「放っておけ」

「でも……」

「私の身体はもうコレ無しでは生きていかれない。きっとコレは私の命をも削るだろうが、もうそれならそれで構わない」

「俺は嫌だよ」


俺の言葉に彼は瞳を細める。


「だったらお前はコレの代わりになれるのか?」

「え……」


 彼に後ろ頭を掴まれて、深く深く口付けられた。彼の呼気からは、やはりその草の苦い匂いが薫って、頭がくらくらする。


「私は、今はまだコレがあるから理性を保っていられる。無くなったら、自分自身どうなるか分からない」

「そんな……」

「それに、私にとってコレは番相手との逢瀬のようなものだからな、止めようと思っても止められない」


 瞳を逸らしそれを咥えて、彼はまた窓の外へと煙を吐き出した。

 彼の言っている意味がよく分からないのだが、それでもそこに得も言われぬ嫉妬心が燃え上がった。彼は俺の知らない番相手を想って、その煙を燻らせるのだ。それが自身の身体に害を及ぼすと分かっていて尚、その番相手を求めてそれを吸うのかと思ったら、猛烈に怒りが込み上げた。

 俺は彼の胸元を掴んで彼が口に咥えたその煙草を奪い取ると、今度はこちらから彼へと口付けた。舌を絡めて、その呼気の中に残る煙全てを飲み込むように深く深く口付ける。


「んっふ……いいよ、俺がコレの代わりになる、だからもうこれは吸わないで」


 掌でそれを握り潰すと、彼は少しだけ困ったような表情だ。


「どうなっても知らないぞ」

「望む所だよ」


 彼は俺の言葉に困ったように、また微かに瞳を逸らした。

 その後の彼は口寂しくそれが切れると、貪るように俺を求めるようになった。それは時も場所も選ばず、身体が求めれば子供の前でも平気で俺を押し倒し、抱き潰した。

 けれど俺は彼が番相手ではなく俺を求めてくれる事が嬉しくて仕方がないのだ。だが、それは俺の自己満足でしかなく、こんな醜態を子供の前に晒すのはやはり良くない事だと分かっていた。



 荒い息遣い、俺の上で俺を執拗に攻め立てる彼の瞳の色は深い夕暮れのバイオレット。

 その瞳を初めて見た時、その不思議な色合いに綺麗な色だと見惚れてしまったのだが、今の彼の瞳の色はどこかくすんで、まるで水の底から空を見上げているようだと思う。


「んっ、ふっ……あっ、あぁ……」


 自身の口から漏れる声は自分の声とは思えない程甘い。身体を重ねれば、勝手に身体は彼を求める、最初のうちこそ抵抗を感じていたが、何度も何度も抱かれているうちに、そんな感覚もすっかり麻痺して、今では自分から彼に腰をすりつけ、求めてしまうように俺の身体は彼の都合のいいように変わっていった。

 浅ましいと思うが、止められない、彼の本当に求めている者が俺なのかどうかも分からないのに、自分はもうそんな事はどうでもいいと、彼に抱かれている。

 腰を打ち付けられて、身体が跳ねる。ぶつかり合う肉体は決して色気があるとは言い難い、俺の身体は成長し大きく逞しく柔らかさの欠片もなくなっている、本来なら男に性的に求められるような肉体ではないと思う、それでも執拗に彼は俺を抱き続ける。それは何かに縋るように、まるで捨てられる事を恐れる子供のように、何度も何度も繰り返し俺に楔を打ち込むのだ。

 逃げる気はない、むしろ嬉しいのだと、何度言っても彼は信じてくれないから、俺は彼のやりたいようにやらせている、けれど、それは彼の子にとってはある意味虐待なのだという事にも俺は気付いていた。

 部屋の隅にはまだ幼い子供、膝を抱えて俺達の醜態をただ黙って眺めている。

 こんなモノを子供に見せるものではない、けれど彼はそれを子供に強制する。俺は何度か子供に言ったのだ「事が始まったら部屋を出ていて大丈夫」だと、父親から暴力を受けて育った子供は彼の暴力に怯えている、けれどそんな事は決してさせないから、と何度も言ったのだけど、幼い子供は小さく首をふって、俺の首に抱きついた。

 この幼い子供は俺が彼に暴力を振るわれる事をも恐れているのだ、優しい子供。彼の子なのだから、それは当たり前だ。なのに何故? という疑問ばかりが頭を巡る、けれどその時俺は彼を引き留める事だけに必死で、彼の子供にまで気を回してやる余裕はなかった。


「だいじょうぶ……?」


 ぐったりとベッドに身を預けている俺に、小さな手が伸びてきて額に手を当てる。その手は少しひんやりしていて気持ちがいい。


「大丈夫だよ、ノーア。それよりも、お父さんが戻ってくる前に向こうの部屋に行ってな」

「でも……」

「俺は大丈夫だから、あの人も俺に酷い事はしないから」


 それでも不安気な表情のノーア、分かっている、この行為自体も父親の暴力だと彼はそう思っているのだ。確かに俺の意思とは関係なしに押し倒されて、身勝手に揺さぶられ、自分が終わればさっさと身を清めに行ってしまう、これは暴力だ、それを俺が望んでいなければ。

 俺自身がして欲しい訳じゃない、けれど俺はそれを受け入れている、彼の心がそれで休まるのなら俺はそれでいいと思っている。

 彼は俺を殴りつけたりする訳ではない、ただひたすら肉欲をぶつけてくるだけだ、だから俺はそれに応えているだけ、だからノーア、お前はそんなに不安そうな顔をする事はないんだよ。

 部屋のドアががちゃりと開き、戻ってきた彼がぎらりとこちらを睨む。幼いノーアが竦みあがって硬直したのが分かった。


「ノーア、そいつに触れるな。触れていいのは私だけだ」


 容赦のない威圧、すくんで怯えたノーアは半泣きで壁にへばりついた。


「止めて、ノーアは何もしていない」

「私のモノに手を触れた、それはもうそれだけで罪なのだよ」

「ノーア、いいから行きな」


 壁にへばりついた子供は青褪めた表情で、父親の脇を抜けて逃げていった。


「ノーアにあたるのは止めてって、何度も言ってるのに……」

「お前は私の物だ、お前だけは誰にも渡さない。アレは私に似ている、油断がならない」

「貴方の子供だよ」

「だから余計に、だ」

「俺はずっと貴方のモノだよ、よそ見もしないって、何度も言ったよ。ノーアだって分かってる、だからノーアにあたらないで」


 俺はゆるりと身体を起して、彼に向かって手を伸ばす。寄ってきた男からは風呂上りのいい匂いがした。

 散々に抱かれ、今日はもう終わりかと思っていたのだが、先程のノーアの行動がまた彼に火を点けた。彼は、今はもうこうする事でしか愛情の表現ができないのだ、過剰な執着、俺はそれを受け止める。そう、これは俺が望んだ事、だけれど……



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