そして……④
食事を片付け始めると腹が膨れてノーアは眠くなってしまったのか、うつらうつらと船をこぎ始めた。
「可愛い子だね」
「何も……聞かないのか」
「聞いて楽しい話でもなさそうだし、生きていたならそれでいい」
俺がノーアの頭を撫でると「そいつに触るな」と腕を掴まれた。
「別に悪さなんてしないよ」
「そうじゃない」
男はそのまま俺の腕を引き「私以外の男に触れるな」と、そう言った。
「どういう意味?」
「お前は私のモノだ、他の誰にも渡さない」
「はは、自分で人違いだって言ったくせに、おかしいの」
彼のその矛盾した言葉に俺は思わず笑ってしまう。
「そこで引き下がらなかったお前が悪い、会うつもりはなかった、こんな風に……会いたくはなかった……」
「俺は、会いたかったよ。ずっとずっと会いたかった」
俺は彼の肩口に顔を埋める。
「ユリ兄……」
「その名で呼ぶな」
「じゃあ他になんて呼べばいいの?」
俺は無言で床に引き倒され、両腕の中に閉じ込められるように押し倒された。
「痛った……なに……?」
「お前は何も分かっていない。その男はもう死んだ」
真っ直ぐに覗き込んでくるその瞳はどこまでも深い紫紺色で、何も変わっている所なんてないように見えるのに、彼はもう俺の愛した彼ではないのだろう。
「だったら、俺はどうすればいい? この気持ちをどうしたら良かったんだろう? 俺はずっと忘れられなかったよ、会いたくて会いたくて仕方がなかった。俺はこの街でずっと貴方を探していた」
「嘘を吐くな、あれから何年経ったと思っている? 私はお前を裏切った、それは分かっていたはずだ」
「そうだね、それは分かってる。だけど俺は自分の耳で、貴方の口からそれを聞くまで信じないって決めてたんだ。俺達はまだ何ひとつその事に関しては話し合いをしていない、だから俺の中では俺はまだあなたの恋人のままなんだ」
腕を伸ばして、彼の頬を撫でる。髭で覆われたその顔は当時の面影もだいぶ薄れているけれど、その瞳だけはまるで変わらない。
「言わなくてもあの子供を見れば分かるだろう、アレは私と私の番相手との間に出来た子供だ」
「うん、そうだね」
「私はお前を裏切った。私はその時、後悔の念すら抱きはしなかった」
「そう……」
「だからお前は、もう私を忘れればそれでいい」
「…………」
落ちる沈黙、俺を押し倒したまま微動だにしない彼。俺は、今度は両腕を伸ばして彼の髪を掻き上げる。
「ねぇ、ユリ兄。ユリ兄が本当にそう思っているのなら、なんで今、俺は押し倒されているのかな……?」
「お前が抵抗しないからだ」
「あはは、する訳ないよね、俺はユリ兄とこうなる事を望んでいたんだから」
瞬間男の瞳が翳り「そんな訳ないだろう、お前はそんな人間じゃなかった」と吐き捨てた。
「だったらユリ兄は俺の事をどんな人間だと思っていたんだろう? 確かにあの頃、俺はまだ子供で、こんな風に好きな相手を求める行動がどんなモノか分かっていなかった。だけど、俺ももう子供じゃない。今の俺は出会った頃のユリ兄よりも年上だよ」
彼はこの数年を一体どうやって生きてきたのだろう。誰よりも家族を愛する優しい兄だった彼が、家族を裏切り、親兄弟を敵に回して戦ったのだ、それがどんな心の葛藤を生んでいたのかなんて俺にはまるで分からないのだ。
「あの頃は、自分もまだ子供だった。何も世界を知らない子供だった……」
「でも、お互いもう子供じゃない……」
苛立ちの籠った瞳が光り、噛み付くように口付けられた。それは、キスだなんて生易しくもなく、まるでそのまま丸呑みにでもされるのではないかと思うほどに獰猛な口付けだ。
「んっ……ふ」
「お前が悪い……お前が、私の前に現れるから……」
そんな事を言いながら、彼は俺の服を剥ぎとっていく。それはもう脱がせるという感じではなく、まさに剥ぎ取るという言葉そのまま乱暴に、ボタンは飛んだし、力任せに引っ張られた布地も裂けて、そんな服と同じように俺自身をも彼は乱暴に割り開いていった。
それは愛の営みなどではなく、果てしない暴力だ。
「っく…んっ……」
優しくない性交に身体は痛みを訴える。けれど、俺は零れ落ちそうな悲鳴を全部飲み込んだ。無理矢理捩じ込まれた彼の雄は思っていたより大きくて、そんなに簡単に受け入れられるようなモノではなかった。だが、その痛みに恐らくそこは裂けて血を流していると分かっていても、俺はその苦痛を表には出さないように全てを飲み込み笑みを見せた。
俺の痛みはきっと彼の心の痛み、俺の流した血は、きっと彼の心が流している血なのだと、何故だかそんな気持ちで、俺は彼の全てを受け入れたのだ。
彼は恐らく俺に抵抗されると思っていたのだろう、それくらいに行為は乱暴なものだった。けれど俺は彼の行った行為にひとつの反抗も示さずに彼を受け入れた。
全て事を終えて、身を離された時には本気で身動ぎひとつ出来なくなっていたのだが、そんな俺を見て、彼は一言「馬鹿な奴だな」と、そう言った。
彼は掌で顔を覆う、その言葉は俺に向けての言葉だとそう思ったのだが、もしかしたら自分へも向けた言葉だったのではないかと、今となってはそう思う。
翌朝、痛む体を引き摺って、それでも俺が彼に笑みを見せると、彼は何故だか少し泣きそうな顔をしていた。




