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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
運命に祝福を

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そして……③

 イリヤは我が国ファルス王国の首都だ、人口はもちろんとても多くて市場はいつでもとても賑わっている。この街に初めてやって来た時にはあまりの人の数に俺はその波に飲み込まれて、前に進む事も出来なかったのだが、今ではもうすっかり慣れたもので、そんな人波も平気ですいすいと渡っていけるようになっている。

 観光や出稼ぎでやって来た人間は最初の頃の俺のようにこの人波にまごついているので、とても分かりやすい。俺はそんな人達を見付けては、恩返しをするように助けて回っている。初めて俺がこの街に来た時に、そんな風に俺を助けてくれたのが彼だったから。

 その日も城門前を何とはなしに見回っていると、人波にまごつく小さな子供を見付けた。子供は恐らく前を歩く男の子供なのだろう、必死に付いて行こうとしているのが分かるのだが、子供の父親は1人でずんずん進んで行ってしまい子供を気にかける様子もない。

 あの調子ではあの親子はぐれてしまうぞと思った俺は人波を掻き分けて親子の傍に寄っていく。子供は一生懸命男のあとを追いかけていたのだが、ついに横から流れて来た人波に流され、俺はそれを掬い上げた。


「坊や、大丈夫かい?」

「あ……」


 子供は小さく口籠る。あまり言葉が出てこない子供なのか、父親を呼びもしないし、泣く事もしない。子供の瞳は黒く、フードから覗いた髪の毛も漆黒の黒で、この親子は山の民か……と、そう思った。

 あの事件以降黒髪の人間が悪さを働くなどという話は随分減っていて、「山の民」という言葉自体が今となっては差別用語だ、恐らく言われる方も気分を害す。気を付けなければと思いつつ、俺は腕の中の子供に笑みを向けた。


「大丈夫? あの人の後を追うんだよね?」


 彼の父親は体格のいいとても大きな人だった、人波に流されてもその後姿はまだ見えていて、俺が子供にそう尋ねると、彼は小さく頷いた。


「ここは人が多いからね、掴まっておいで」


 俺はその子を抱き抱え父親と思われる男の後を追う。男は子供が人波に流された事にもまるで気付いていない様子で、どんどん道を進んで行ってしまいなかなか追い付けない。

 子供をこんな場所に連れ出したのなら少しは気にかけてやれよ、と俺は少しばかり腹立たしい。都会には悪い人間だってごまんといる、可愛い我が子が攫われてもいいのか!? と俺は憤りを隠せない。


「ちょっと! ちょっとそこの人!!」


 俺が男の旅装束を掴み引っ張ると男の羽織ったフードが外れて綺麗な金髪が零れ落ちた。俺はそれに激しく動揺する。

 金髪の人間なんてここイリヤでは最近そう珍しくもない、なのに俺はその色に動揺してしまう。だって子供の瞳も髪も黒いのに、彼の髪は驚くほどに綺麗な金色だったのだ。


「…………」


 男の顔は髭で覆われ人相がよく分からない、けれど振り向いたその瞳は俺の探し人に似てとても綺麗な紫色をしていた。思えば俺はここイリヤではいつでも人を探している気がする。


「お子さん、はぐれちゃいますよ」

「あぁ……」


 男は興味もなさそうに子供を見やり「さっさと来い」とでも言いたげに顎をしゃくり、すぐに踵を返した。俺の腕の中の子供はその仕草に反応するようにして俺の腕から飛び出し、父親の後を追い駆けて行く。


「ちょっと!」


 俺は男を追いかけもう一度服の端を掴み言うのだが、男は、今度はこちらを見もしないで、小さく舌打ちを打った。


「せめて子供の手を引くくらいしたらどうですか!? 迷子になったら探すの大変だよ!」

「…………」


 男は無言で何も答えない。子供が気遣うように俺を見上げる。まだ幼い子供だ、本当だったら抱いて歩いてもいいくらいだ。


「ねぇ!」

「ノーア」


 男の声に子供の身体がびくりと跳ねて、父親を見上げた。その顔はどう見ても怯えた表情で、俺は思わず男と子供の間に割り入った。


「この子、本当に貴方の子ですか? もしかして誘拐ですか? だったら俺は貴方を捕縛しなければならない」


 男は目深にフードを被り直し、もう一度「ノーア」と子供の名前を呼ぶ。

 子供は俺の腕を掴んで無言で小さく首を横に振った。もうこれは誘拐で間違いないと俺が子供を抱き上げると、子供は驚いた表情で「お父さん!」と、そう声を上げた。


「この人は本当に君の父親なの?」


 子供は無言で今度は首を縦に振る。先程首を振ったのは誘拐されているという意思表示ではなく、この人は自分の父親で間違いないから止めてくれという意思表示だったようだ。

 ノーアと呼ばれた少年はまたしても俺の腕から飛び出して、今度は父親の羽織の裾を掴んだのだが、男はその掴んだ手を、まるで犬を追い払うような手付きで払い除けた。


「お前……!」

「自分の子をどう扱おうが親の勝手だろう……」


 俺は男の言葉に身を震わせる。その内容にではない、声が……似ている。あの人だったら絶対そんな事は言わない、そんな事は分かっているのに金色の髪、紫色の瞳、そして声まで男は俺のかつての恋人ユリウスにそっくりだった。

 まさか、とは思う、そんな訳はないと頭は否定するのだが俺がまじまじと男を見詰めると、男はふいと瞳をそらした。


「ノーア、行くぞ」


 子供は無言で男に続く、追ってはいけないのだとそう思った。だけど俺は心の中のその警告に従う事ができなかった。


「待って! ユリ兄!」


 男は何も言わずに無言で歩いて行く、子供ははらはらと俺と父親を交互に見やって心配そうな表情を見せている。


「ねぇ! ユリ兄! ユリ兄なんだろう!?」


 三度俺が男の羽織を掴むと「その男は……もう死んだ」と、男は瞳も合わせずそう言った。

 見付けた! ようやく見付けた!! 間違いない、ユリ兄だ。風貌も言動もまるであの頃の面影もないけれど、間違いない、俺が間違える訳がない。


「離せ」

「離さない!」


 俺の放った言葉に男の動揺が伝わってくる。


「あの時、メルクードに一緒に付いて行かなかった事を俺はずっと後悔していた、ずっと探してた……ようやく、見付けた……」

「……人違いだ」

「それでもいい、貴方はあまりいい暮らしをしていなさそうだ。俺の家に来てよ、ご馳走するよ。俺、料理は得意なんだ」


 途端に鳴きだす腹の虫、それは傍らの子供ノーアの腹が鳴ったようで、少年は慌てたように自身の腹を押さえた。


「子供も腹を空かせてる、お願いだから一緒に来て」


 男は子供を睨みつける、こんな表情を見せる人ではなかった。誰にでも優しい人だった、でも彼は間違いなく俺の愛した彼で間違いないと確信していた。

 俺が子供を抱き上げると、男は諦めたように不承不承頷いた。


「名前は? ノーア?」


 幼い子供は戸惑ったように父親を見やり、父親が何も言わないので小さく小さく頷いた。


「俺の名前はノエル、よろしくな」


 ノーアはまた小さく頷く。

 ノーアは大人しい子供だった、ほとんど言葉を発しない。喋れない訳ではないようだが、言葉がほとんど出てこない。言っている意味は理解しているようなので分からない訳ではなさそうなのだが、彼の口からはほとんど意味のある言葉は出てこなかった。

 俺は1人で喋り続ける、男も何も語らない。


「大して広い家じゃないけど……」


 イリヤにやって来て借りた部屋、二部屋と小さなダイニングキッチンしかないその部屋はそれでも俺の城だった。

 すくすく成長してしまった俺にとってもあまり広い家ではないのだが、俺より体格のいい男が部屋に入ってくると部屋は更に狭く見えて、俺は思わず笑ってしまう。


「何を笑う?」

「何でもない、適当に座っていて」

「こんな見ず知らずの得体の知れない男を連れ込んで、お前は怖くはないのか?」

「? 知らない人だとしても別に怖くないかな……今の俺なら悪人でもねじ伏せられる自信があるから」

「はっ、凄い自信だな。身の程知らずも甚だしい」


 「そうかもね」と、俺が苦笑で返すと、男はどかりとソファーに腰をかけた。ノーアはどうしていいのか分からないようで、玄関先で立ち竦んでいる。


「ノーア、良かったら、こっちにおいで」


 台所に立ってそう声をかけるとノーアは驚いたような表情でこちらを見やった。


「お客さんだから、本当は手伝わせるのどうかと思うんだけど、もし良かったら、おいで」


 身の置き所がなさそうな彼に声をかけると、彼はやはりおずおずと頷いて俺の方へとやって来たので、手を洗わせて料理の手伝いをして貰った。幼いわりにやる事は理解していそうなノーアはもしかしたら家事は慣れているのかもしれない。普段からやっているのか、やらされているのか、俺にはまだ分からない。

 家にある食材の全部を使って料理を作った、だって俺はユリウスが大食漢である事を知っている。そして、思っていた通り彼等はそれをぺろりと食い尽くした。

 最初は不機嫌そうな態度をとっていた男だったが一口二口食べ進めてからは、止まらなくなってしまったのか、一気に料理を食べていく。身なりは浮浪者のそれなのに、いくら食べても食べ方はとても綺麗で、俺はますます彼がユリウスで間違いないと確信を深めた。

 驚いた事に小柄で細身のノーアもよく食べる。最初はおずおずしていた彼だったのだが、俺が食べてもいいと頷くと、目を輝かせて食事を掻き込んだ。

 それはまるで食い溜めをしているかのようで「慌てなくていいから」と俺が彼の頭を撫でると、何故か男に睨まれた。



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