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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
運命に祝福を

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そして……①

 俺が目を覚ましたのは、自分が一度として訪れた事もない見知らぬ土地にある教会のベッドの上だった。そこは一応ランティス国内であるらしかったのだが、俺はいまいち自分の状況が理解できない。

 目を覚ましたと同時に見知らぬ子供達に囲まれて「何処から来たの?」と尋ねられたのだが、それにも応えられずにまごついた。

 子供達に呼ばれて俺の前に現れたシスターは、俺が教会の前で倒れていたのだと教えてくれた。教会を訪問した客が俺を見付けて教会の中に運んでくれたらしいという事は理解したのだが、それ以上の情報が一切なくて俺も訳が分からない。

 だって俺は気を失う前までランティス王国の首都メルクードにいたはずなのだ、けれど目覚めたらメルクードから遥か離れた土地に一人で倒れていたらしく、シスターたちに事の仔細を尋ねられるも自分自身が答えられる答えを持っていないのだから本当にもうどうしようもない。

 俺は意識を失う前にユリウスに襲い掛かる男の剣を受け腹を刺されたはずだった、それは後に目撃した人達の証言からも間違えようのない事実のはずなのだが、俺が目覚めた時にはその腹の傷は完全に塞がっていた。

 仮に俺が数か月の間昏睡していたというのならまだ話は分かりやすいのだが、俺が目覚めたのは事件の起こった翌日だった。けれど腹に傷跡は残っているもののそれ以外に俺が大怪我を負っていた証拠は残されておらず、俺達は首を傾げるばかりだ。

 そして不思議なのは腹の傷だけではない、渓谷で刺された背中の傷もその時まだ完治はしていなかったはずなのに、その傷も目覚めた時には治っていて、俺の身体は健康そのもの、すっかり元に戻っていたのだ。

 俺は自分が怪我を負ったのはもしかして夢だったのか? と狐につままれたような心持なのだが、腹と背中を見れば確かにその傷跡だけは残っていて、ますます首を傾げるばかりだった。

 そして、そんな事件から世界は平穏を取り戻し数年が経った頃、俺はファルスの首都イリヤで騎士団員として働いていた。

 騎士団に入団できる年齢に達してすぐ、俺はイリヤにやって来た。

 俺は結局のところユリウスに起こった出来事のほとんどを知る事ができなかった。

 カイトの護衛任務の為にランティスに行き、そこで彼は『運命』と出会い、そして彼はそこから反王政派の過激なテロ集団の仲間になってしまった。

 何故そうなってしまったのか、どうしてそんな事になってしまったのか、俺には全く分からないまま、そのテロ集団はファルス・ランティス・メリアの3国を敵に回して戦ったのだが、恐らく薬をばら撒き人々を先導していたと思われるスランという集落の長アギトが死に、結局最後にはその組織自体が瓦解していった。

 元々薬物で繋がっているだけの脆い仲間意識だった上にボスであるアギトが雷に打たれて無残な死を迎える姿を目の当たりにしてしまえば、それまで彼を支持、崇拝していた者達もやれ「罰が当たった」だの「やはりこんな事は許される事ではなかった」と簡単に掌を返し、その後彼等の仲間が奮起する事もなく、大人しく捕縛されて事件は静かに終息していった。

 あの事件の折、首謀者と思われるアギトは死に、死んだかと思われたブラック国王陛下やナダール騎士団長は一命を取り留めた。それは落雷が直接彼らの上に落ちた訳ではなかった事と、式典の為にある程度着飾っていた装飾品に電撃は放電されて、致命的な内蔵の損傷には至らなかったからだと聞いている。

 けれどアギトが命を落としたあの落雷の折、一番近くにいたブラック国王陛下は全身に酷い火傷を負い、そのまま国王を引退した。

 あれから数年、俺の愛した男は俺の前に戻ってくる事はなかった。

 あの事件の折、彼は刺された俺を事件現場から攫って逃げたのだと皆口々にそう言ったのだが、結局俺は一人で目覚め、一人で周りに事情を説明し、自力でメルクードに戻って事の顛末を報告する事になったのでユリウスの事など何も分からないままだ。

 ユリウスに連れられていた間の記憶が一切ない俺はメルクードに戻っても結局何をどうする事もできなくて、そしてそこからユリウスの痕跡が完全に消え失せてしまった事もあり、俺は大人しくファルスに帰国した。

 事件は俺と彼が心を通わせ合い、告白を経て付き合いだしてすぐの出来事だった。あの頃彼は「これで晴れて恋人同士だ」と瞳を細めて嬉しそうに笑ってくれていた。俺はそんな彼を未だ忘れる事ができずにいる。

 彼は俺が騎士団員になる事を心待ちにしてくれていた、ずっと一緒にいられると笑ってくれていた、けれど、俺がイリヤにやって来ても彼の姿はどこにもない。

 彼の両親も、姉妹も彼の消息に関しては悲しげな瞳で首を振るばかりで、その消息も生死さえも分からない。それでもここに暮していれば、いつか彼の消息を掴めるかもしれない手がかりを得られるかもしれないと思い、俺は自分のできる事をして働き、今も彼を探している。


「ノエル君、これ」


 目の前に差し出された籠を受け取り「ありがとう」と礼を述べる。俺に籠を手渡したのはルーンからイリヤへと戻ってきたユリウスの妹ヒナノだ。

 あれから数年、彼女もすっかり魅力的な大人の女性に成長した、けれど俺と彼女の関係はあの頃からまったく変わってはいない。


「いつも、ありがとう」


 彼女は首を横に振り「私が好きでやっている事ですから」とそう言った。

 彼女はこうやって週に何度か籠に料理を詰めて俺の元へとやって来る。俺自身初めての一人暮らしで、料理をする事自体は苦ではないのだが、慣れない仕事との兼ね合いで食事を疎かにする事も度々あったので彼女の差し入れにはいつも感謝している。


「あの……ノエル君……」

「そういえば、この間ロディ様に会ったよ」


 何か話しかけてこようとする彼女の声を遮るようにして、俺は先日久しぶりに会ったルーンに暮らすカルネ領主の息子ロディの話をふった。

 ロディ様は度々ここイリヤに用事があってやって来る。俺とロディ様は毎回ではないがその時々で時間が合えば故郷の話をしつつ食事をする。手紙のやり取りはしているものの、故郷に暮らす家族とはずいぶん疎遠になっていて、そんな中でロディの語る故郷の話は俺に郷愁を思い起こさせた。

 ここイリヤに暮らして、ルーンは本当に田舎なのだなと改めて思い知る。ルーンの暮らしは平和で穏やかで、事件らしい事件もほぼ起こらない呑気な生活だったが、イリヤに暮らし、国の事件に携わる仕事をしていると、時々あの平穏な生活が恋しくなって仕方がない。


「っ……、ヒナの事、何か言っていましたか?」


 俯くように言ったヒナノの言葉に俺は「別に何も」と首を横に振った。ロディ様は俺に何も言わない、そして彼女も何も言わない。

 沈黙が続く。

 俺は彼女に酷い事をしている自覚がある。彼女はずっと何年も変わらず俺に好意を抱き続け、折々に「好き」だと告げてくれる。けれど俺はそんな彼女の好意をもう何年も袖にし続けている。

 彼女もロディ様も俺には何も言わないが、ロディ様が頻繁にここイリヤに顔を出す理由がヒナノにあるという事に俺は薄々気付いていた。


「ロディ様にルーン産の果物をたくさん貰ったよ、ヒナちゃんも食べる?」


 素知らぬふりでそう言うと、ヒナノは小さく首を横に振った。

 彼女の好意はとても嬉しい、けれどロディ様が真剣に彼女の事を想っている事が分かってしまえば、俺はもうそれ以上彼女との関係を縮める気にはなれなくなった。

 彼女はオメガ、そして俺はベータ、彼女に相応しいのは俺じゃない。

 ロディ様は少しお調子者のきらいはあるが、根は優しくて頼りになるしっかりした人だ。それに何より彼はアルファだ、当然俺より彼女には相応しい相手で、俺はそれに文句のつけようがない。

 ヒナノの事はどちらかと言えば好きだと思う、けれどアルファのロディ様を差し置いてまで付き合いたいかと言われたら、俺はそこまでではないと言わざるを得ないのだ。

 俺の心の中には未だに彼が住みついている。ヒナノはそんな俺を待つと言ってくれたが、正直その気持ちは俺には少し重くて困っている。


「ロディ様、良い人だよね……」

「それは……はい」


 ヒナノの歯切れがとても悪い。けれど俺は彼女の想いには応えられない。


「今日は今から仕事だから、ごめんね、これ、ありがとう」


 そう言って俺は籠を持ち、ヒナノに手を振り別れを告げた。ヒナノはきゅっとスカートの裾を握って黙ったまま何も言わなかった。



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