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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
運命に祝福を

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最後の審判⑥

 すっかり冷たくなったノエルの身体を抱いて、私が降り立ったのは我が子の保護されている教会の前だった。心は驚くほどに凪いでいて、霧散した逆巻く風が消えた後は、辺りはしんと静まり返り、鳥の囀る声が聞こえる程度だ。

 感情がまるで動かない、本来持つべきであろう感情がごっそり抜け落ちてしまったかのように何も考えられない。

 悲しいと思う、なのにそれをどう表していいのかが分からない、悔しいと思う、なのに自分に悔いる資格などあるのか? とも思うのだ。

 心が付いてこない、私の中の何もかもが「無」だ。

 腕の中に横抱きに抱かれた少年の服の腹には痛ましい程に赤い血が広がっている。渓谷の時は背中だった、彼は何故こんなに自分を痛めつけてまで何度も私の前に現れたのだろうか。

 そして何故、死の間際私に「いいよ」と言って笑ったのだろうか。

 見捨ててくれば良かったのだ、私は彼を裏切った、なのに何故……


『何故、連れ帰ったのだ?』


 教会の前に立つと聞き覚えのある声が頭に響いた。それは前回ここを訪れた時にはこちらを見詰めるばかりで何も言葉を発しなかった赤子の中にいる「ソレ」の声だとすぐに分かった。


「やはり見ていたのですか?」

『いや、見てはいない。何となく感じていただけだ、なにせお前のその力は元々我のモノであるからの』


 私は瞳を伏せて腕の中のノエルの顔をもう一度見やる。


「私は貴方にひとつ、聞きたい事があるのです」

『ん?』

「貴方は……本当に神なのですか?」


 しばしの沈黙、相手は否定も肯定もしない。そして、しばらくすると『主はどう思う?』と逆に問われた。


「少なくとも人ではない」

『その認識は正しい、我もそう思う』

「ではやはり神なのですか?」

『我は自分で自分を神だと名乗った事は一度もない。だが我は在る、それだけだ。人はそんな我を神と呼んだが、それは我が強制した言葉ではないからの』


 そういえば、こんな風に落ち着いてこの者と話したのは初めてかもしれない。今までは常に体の不調もあってこの者と話してみようなどと考える事もしなかった。


「自称他称はどうでもいい、もし仮に貴方が神だとしたら、彼を生き返らせることは可能ですか?」

『は、また主は突拍子もない事を言い出したな……』

「神とは奇跡を起こすものでしょう? だったら――」

『応えは、否じゃ』


 一縷の望みをかけてここまでやって来た。神と呼ばれる存在であるこの者が、もし彼を救ってくれるのであればこんな馬鹿げた茶番劇を終わらせられるとそう思ったのだ。

 心の中に広がっていく闇、私の腕の中に彼はもう戻ってこないという絶望を感じながらも、それでも私の感情は凪いでいた。

 思い出した記憶と失った記憶、まだ全てを思い出した訳ではないけれど、それでも私は今まで自分が間違った事をしていた自覚がある。


「ならば、貴方を殺して私も死のう」

『は、ははは、主は面白い事を言うのぉ』

「何が面白いものか……私はこの力で多くの人を傷付け殺めた、その償いには私の命ひとつでは全く足りない」


 頭を振って、腕の中の冷たい屍を抱き締める。そう、足りないのだ。私の命ではとても足りない。彼の輝かしい未来を永劫に奪った私の罪は、己の命ひとつで償えるものではない。


『命が尽きる者、生き永らえる者それは全て天命よ、それは主が決める事ではないし、気にかける事でもない。その腕の中のその者も、死ぬべくして死んだ、それだけじゃ』


 自分の番相手である化け物は声に笑いを含ませて事も無げに言ってくる。ああ、確かにこいつは人ではない化け物なのだと改めてそう思う、人の感傷や感情などというモノがこいつには一切存在しない。

 何故こんな化け物が私の『運命』であるのか、私はそれが悔やまれて仕方がない。

 この化け物と私の間には感情ではどうにもできない繋がりがある。その証拠にどれだけ私の感情が揺れ動こうとも、今の私の心の内は凪いでいる。

 暴風雨になっても不思議ではないこの感情を前にしても、何も感じる事ができないのは、私の心がこの人の心を持たない化け物と同調しているからに他ならない。


『それに主は死なぬよ、少なくとも今は死ねぬ』

「……は?」

『我の力を受けたお前は現在不死の身体になっておる、例え首を刎ねられ心臓をえぐり取られてもなお、主は死ぬ事はできぬ』

「な……」

『主が死ぬるのは我にその力が全て戻った時、その時主はようやく人へと戻れる』


 衝撃的な話に身体が震える。自分は罪を悔いて死ぬ事すら許されないのかと絶望した。腕の中のノエルは息絶えているというのに、それでは彼の元へ謝罪にいく事も出来やしない。


「何故、私だったのだ……」

『それは我も分からぬ』

「私はこんな力を望んでなどいなかった!」

『そうであろうの。しかも人の業に振り回されて、自我を失っていたのだから尚更であろうの』


 まるで他人事のようなその言い様に腹が立つ。そもそもこの化け物がこの世に存在しなければこんな事にはならなかったのだ、当の本人はまるで我関せずと言ったその風情なのがますますもって腹立たしい。


「何故……何故神でもない化け物が神を騙った!」

『我は己を神とは思っておらぬが、神というモノの存在とは近しい関係にあると言っていい。神というのは所詮人の創り出した枠組みで、その神という存在も化け物という存在も人が決める、人が我を神と呼べば我は神になるし、化け物と呼べば化け物にもなる、所詮呼称などその程度の物。我はあの村で神と呼ばれた、だからあそこで我は神であった。そして今、主が我を化け物と呼ぶのであれば我は化け物になるのであろう』

「な……」

『ついでにひとつ良い事を教えてやろう』


 ふわりと生温い風が私の頬を撫でた。


『我はその子供を生き返らせることは出来ない、だがな、もしかしたら主ならばそれが出来るやもしれぬぞ?』

「なんっ……! それはどういう事だっ!!」

『我の力は現在主の中にある。その力は現在主の中で主の持つ人としての生命力と結びついておる、その生命力を削りその子にくれてやれば、生き返らぬこともないかもしれぬ』

「!?」

『ただそれには代償もあるがの』

「そんなものっ、何を代償にしても構わない! 彼が生き返るのなら、どんな代償でも私は払う!」


 笑い声と共に生温い風が私の身体に纏わりついた。そして『ほんに人とは面白いものぞ』と、その化け物は私の耳元で囁いた。



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