最後の審判⑤
「嫌です」
ノエルの前に立ち塞がるように立った私に、セイは驚いたように目を見開く。
「お前、俺達を裏切る気か!」
「そんな事はしません」
「だったら何故、お前はそいつを護ろうとする!」
「護っているんじゃない、獲物の横取りを防いでいるだけ。それよりも何故あなたはそれ程までに彼に固執するのです?」
「それはお前も同じだろう、ユリウス!」
同じ……だろうか? 確かに私は彼を気にかけている。思い出せない彼との記憶が胸に引っかかり続けているのは間違いない。けれどセイのように、是が非でも彼を殺そうとするのはどうかと思うのだ。何故なら彼は私達と敵対していたとしても、少なくとも殺すべき王族ではない。
邪魔をするのなら排除する、それは正しい行動だ。けれどそれにしてもセイはノエルに対してあからさまな敵愾心を見せるのが不思議で仕方がないのだ。
ノエルはこちらの話も聞かずに私達を一方的に排除しようとはしていないし、話し合いをしようとまで言っているのに、それをセイは「聞くな」と言い話も聞かずに「殺せ」と言う。
それでは彼の言う通り、私達は一方的に殺戮を繰り返すただの悪者ではないか。
今まで私は自分の行いに何の疑問も持たずに来た。むしろ自分の行いは善であると信じてきた。「お前は何も考えなくていい」と言われてきたし、アギトもセイも自分達の言う事をただ黙って聞いていろというスタンスだったからそれがすべて正しいのだと思っていた。私自身もそれがとても楽で、それでいいと思っていた、が、ほんの少しの我を通しただけで即座に裏切りだと決めつけられるのに私はとても納得がいかない。
「私は裏切ってなどいない、けれど彼は私の獲物です」
もう一度はっきりとそう告げると、セイの顔が歪む。
「お前はそいつを捨てて俺達を選んだんだろうが!」
何故だ、何故分かってくれない? 私は裏切ってなどいない、ただノエルを攻撃するのは止めてくれと言ってるだけ、それだけなのに……
「ユリ兄、危ないっっ!」
完全にセイに気がいっていて周りの警戒が疎かになっていた私の身体に衝撃が走る。思い切り体当たりされたようなその力によろめき、状況を理解しようと背後を見やると、そこには剣に腹を刺されたノエルと、それを無表情に見やるアギトの姿があって愕然とした。
「は……?」
瞬間何が起こったのか理解が出来なかった、ノエルの腹から抜かれていく剣先、その剣を携えたアギトがこちらを睨みつける。その剣に纏わりつく真っ赤な鮮血に目を見開いた。降りしきる雨水に赤い色が広がっていく。それは渓谷で見たあの時の光景とダブって心が千々に乱れる。
ノエルは私を庇ってアギトの剣に貫かれたのか? でも何故? 何故アギトが私を……?
「な、にを……」
「お前は裏切り者だ」
「!?」
「お前は俺を裏切った。その力、返してもらうぞ。お前はその力にふさわしくない」
まるで意味が分からない。いつ私が彼等を裏切った? ノエルを庇った事がそれ程までに重大な裏切り行為になるとでも言うのか? いや、私はそもそもノエルを庇った訳ではない、ただ「獲物を横取りするな」とそう言っただけだ!
「お前は俺に隠していた」
「何を……」
「お前が王族の血を引いているという事を、だ。その力は神から我らに与えられたモノで王族の人間に与えられるべきものではない、返してもらうぞ、ユリウス」
血に濡れた剣先を向けられ混乱は増すばかりだ。
一体何を言っているのだこの人は……それにこれは私が神から預かった力で、私が死んだ所でアギトに返る物でもない。これは私が直接神に与えられた力であって、アギトからもらい受けたモノですらない。
目の前に倒れ伏すノエルの腕が弱々しくこちらへと伸ばされて私の名を呼んだ。
何なのだ、どうなっている?! 一体誰が私の敵で、誰が私の味方なのかが分からない。
ただでさえ激しい豪雨に変わっていた雨が、私の感情に呼応するように荒れ狂う。
「お前、ずいぶんこの小僧に執着があるようだったな」
こちらへ向いていた剣先が、またしてもノエルへと向けられて血の気が引いた。アギトは倒れ蹲るノエルの髪を掴み引き上げて、その剣先をノエルの喉元へと持っていく。
「目の前で大切な者を失くす気持ちを、お前は知っているか?」
「その子は私の獲物だと……!」
「獲物ならば俺に譲れ、お前の主人は誰だ? 俺だろう? 下僕は主人の言う事に従うものだ」
髪を掴まれたノエルの顔色は血の気が引いて蒼白だ。刺された腹からは血が滲み苦悶で顔を歪めたノエルの表情を見た瞬間、身体中の毛が総毛だった。
「やめろ! 止めてくれ!!」
私の叫びにアギトは瞳を細め、楽しそうに「嫌だね」と返して寄こす。
「お前はさっさとお前のすべきことをすれば良い、まずはそこにいる生意気な口をきく王族のガキどもを殺せ」
目の端でツキノとカイトがじっとこちらを凝視しているのが分かる。
「ユリ……兄、ダメだ、よ」
荒い息を吐きながらもノエルは私の名を呼び、真っ白な顔で涙を零す。一体どうすればいい、訳も分からず叫び出しそうな気持ちを叱咤して、アギトの瞳をじっと見返すと「やはり言う事がきけないのか?」と、アギトが更にノエルを上へと持ち上げた。くぐもったような呻き声と共にノエルの口は血を吐き出し、それを見た私の鼓動は跳ね上がる。
「やめろ、死んでしまう……」
「別にガキの一人や二人死んだ所で大義の前では些事でしかない」
本当にそうなのか? 彼を殺す事の一体何処に大義があるのかが分からない。私が彼の命と引き換えに王族の子供達を殺す事が大義なのか? だが、その大義の為に何故彼がこのような扱いを受けなければならない?
今までアギトの言葉は何事も全て受け入れてきた、けれどそれはミーアの望みで、けれどそんな彼女も今はもうこの世にはいない。
何処で狂った? 何がいけなかった? 全ての思考を他人に委ね、楽をしてきたツケが今になって回ってきたのか?
「ぐぅぅ……アギト、お前、いい加減にしろっ!」
雷に撃たれ倒れたファルスの国王が、満身創痍で倒れ込みながらも叫んだ。
「殺すなら、俺を殺せ。お前の目的は俺達王族だろう! その子はファルスの一国民で護るべき民だ、お前達にとっても敵ではないはずだ!」
「死にぞこないが、やかましいな」
所々焼け焦げた衣装をはぎ取るようにして、国王は何度も起き上がろうとするのだが、身体が痺れて思うように動かないのだろう何度もがくりと濡れた床へと身を沈める。それでも何度もそんな事繰り返しつつも国王は「護るべきものを持たないお前など、所詮何者にもなれやしないっ!!」と吠える。
するとアギトはノエルを放り出し、つかつかとブラック国王陛下の元へ歩み寄り、その頭を思い切り蹴り上げた。
「その俺の護るべき者を殺したのは誰だ?」
「ぐっ!」
「俺の故郷を、家族を、友人を、恋人を奪ったのは誰だ!? ああ!」
何の躊躇いも見せず国王へと暴行を繰り返すアギト、だが私はそんな事よりも放り出されたノエルの方へと駆け寄り、その身体を抱き上げた。
「ああ、ユリ兄……だ」
こんな殺伐とした空気の中で、彼は嬉しそうに笑って私の頬へと腕を伸ばす。
「こんなに、雨が降ってるのに……ユリ兄は、やっぱり濡れないんだね、不思議だ、ねぇ……これも、神様の……力、なの?」
「喋らないで! 傷に障る!!」
「……いいよ」
ふわりと笑った彼の笑みに雷のような衝撃が走る。私は知っている、覚えている。どうして忘れていられたのかが分からない、何故私はこれほどまでに彼を傷付けた!
走馬灯のように思い出される彼との愛しい記憶が、浮かんでは消え、浮かんでは消え、そのひとつひとつを反芻する間もなく彼の瞳の色が消えていく。
頬に添えられた彼の腕が落ちる。
何故だ、どうして……
「駄目だ! お願いだから目を開けてっ!!」
息ができない、身体が震える。腕の中のノエルの身体はどんどん熱を失って、その冷たさに心が凍えた。
雨に濡れているから余計に冷えるのだと、彼の身体を乾かしても、彼の瞳は開かないし、温もりが戻ってこないことに絶望する。
「なんで……嘘だ……こんな……」
私は一体今まで何をしていた? 大事な人を傷付けて、こんな場所で殺す事を自分は望んでいたとでも? 嘘だ、違う、私はそんな事、望んでなどいなかった!!
雨は私だけを避けて降り注ぐ。
「許さない」
低く響いた呻きにも似た声にアギトがようやくこちらを向いた。私は静かに片手を上げる。
「あ? なんだよ、俺に文句でもあんのかよ?」
「……先に手を出したのはそちらですからね、悔やむのなら己の短慮を恨むがいい」
私が腕を降り降ろしたと同時に、どん! と、アギトの身体に直撃する雷。辺りに肉の焼け焦げる匂いが充満した。先程の雷は水を伝った感電だったが、今度のこれは直撃だ、恐らく彼はもう生きてはいまい。
「お前、なんて事を……」
落雷の余波を受け、動けなくなっているであろうセイが呆然とこちらを見やる。ボスを失くした我々は目的を失った烏合の衆か? だが、今となってはその何もかもがどうでもいい。
「化け物だ!」という叫び声が聞こえる。あぁ、きっとそうなのだろう、私は既に化け物だ。この力は神に与えられたモノだとアギトは言ったが、本当にこれは神に与えられたモノなのか? こんな誰も救えない力が? この力は奪うばかりで何も救えない。だが、もしこの力が本当に神に与えられたモノであるのならば……
身体の周りに風の渦が巻く。私はその腕に弛緩したノエルの身体を抱きかかえふわりと浮き上がった。




