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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
運命に祝福を

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最後の審判③

「もし空から襲撃できたら楽なんだけれどな」


 それを言ったのはセイだった。ランティスで行われる婚礼の儀式、その盛大に行われる式典は当たり前だが警備の数が多い。仲間を捕らえられ減らされ続けている私達は多勢に無勢で分が悪い。

 アギトは最初のうちこそ仲間など幾らでも増やせると豪語していたが、王家に反目する仲間などそう一朝一夕に増やす事など出来なかった。

 そもそも仲間を増やす為に使われていた薬物の量が既に心許ない状態で、正常な思考の持ち主ならばアギトのしようとしている事は自分達の安寧をも脅かす所業だという事を理解できてしまう。

 どんなに頭の悪い連中でも、そんな実入りの少ない泥船に乗り込みたがる人間はいない、当然仲間など集まる訳もなく仲間の数は減っていくばかりだった。

 そんな中で正攻法での正面突破は難しいとなった時、セイが発したのがその言葉だった。


「空ってことは、上空か?」

「ああ」

「人間は空など飛べない何を絵空事を……」


 数少ない仲間がそう言った時「それ、いいんじゃないですか」と私は頷いた。


「セイさんが言ってるのは飛翼を使うって事ですよね?」

「あぁ、ファルスの国王が秘密裏に活用している秘密兵器だ、使えればこれ以上に使える兵器はない。ただアレは渓谷を吹き抜ける風があってこその乗り物だから……」


 そこまで言ってセイがはっとこちらを向いた。私はそれに「風なら吹きますよ」と静かに頷く。


「できるのか?」

「今の私なら恐らく可能です」


 ミーアの死を知り、我が子に会って以降、私の思考は驚くほどにクリアで心は凪いでいる。今の私には恐れるものなど何もなく、例えどんな無理難題を言われても出来てしまうのではないかという自信があった。


「仲間全員の飛翼を操る事になるが……」

「やります、いえ、やれます」


 私に宿ったこの力、自在に操る事が出来れば飛翼を飛ばす事のできる気流を作る事も可能である。そして今の私にはそれを確実にこなせる自信があった。


「兵器に転用できるからこそ、国王はあれを世に出すことをしなかった。だから逆にそんな物がある事を知っている者はとても少ない。奇襲を仕掛けるなら、これ以上の策はないな」

「ただ、飛翼の調達はどのように? アレの管理は黒の騎士団できっちりとされているのでしょう?」

「図面がありさえすれば量産は可能だ。俺は設計図の保管されている場所を知っている」


 そう言ってセイはムソンの長老の自宅に保管されていた設計図をいとも容易く手に入れてきた。


「悪用されれば危険な物だと分かっていながら、管理はずさんそのものなのはあの男らしいと俺は思うよ。この設計図にしても俺達の扱いにしても、な」


 そうして量産された飛翼に乗って、私達はメルクードへとやって来た。

 教会の屋根の上に降り立った私達は眼下を見下ろし、右往左往する警備の者達に向かって爆弾を投げつけた。

 まさか空からやって来るとは思わなかったのであろう、面白いように奴らは混乱して笑いが止まらない。


「まるで蟻の子を散らすようだな」


 アギトはそう言って嗤い、逃げ惑う人々に追い打ちをかけるように幾つもの爆弾を投げつけた。そうやって手も足も出ない眼下の人間を嘲笑っていると、屋根裏部屋の天窓がばん! と開け放たれた。


「お、意外と早かったな……」


 窓は開いたが、そこから即座に顔を出すほど相手は馬鹿ではないのだろう、向こうがこちらを窺っているのが分かる。それを見たアギトはジェスチャーで爆弾を投げ込めと、指示を出した。

 投げ込まれる爆弾、すぐに室内から爆音が響き窓は吹っ飛び、一部壁も崩れた為、私達はそこから屋根裏へと飛び込んだ。

 室内には、爆撃にやられたのだろう人物が床に伏していた。


「ん? メリア人か?」


 その伏した人物の髪は真っ赤な赤髪。ここランティスでは忌避されているメリア人がこんな場所にいるのは不自然だなと思ったのだが、なにせ今日はランティスの王子とメリアの姫の婚礼だ、メリア人がいたとしても不思議ではない。ぴくりとも動かないそいつは死んだのだろうと判断し仲間も次々に室内へと入ってくる。

 ふいに辺り一面に甘い匂いが広がった。それは身構えるよりも早く鼻腔に届き、しまったと思った時には仲間の何人かが寝返るように私達の前にふらりと出て来た。


「おい、これはどういう事だ!?」


 少しだけ戸惑ったようなアギトの声、だが私はそれ所ではない。私はこの匂いを知っている、それはひどく懐かしい母の……


「こんの、不良息子がっ! 他人様に迷惑かけてんじゃねぇぞっ! 俺はお前をそんな風に育てた覚えはねぇっ!!」


 飛び起きた赤髪のメリア人、女性と見まごう美貌のその人の額からは血が流れ頬を伝い流れ落ちた。


「母さん……」

「ユリ、お前は自分が何をやらかしているのか分かっているのか!? ザガでどれだけの人間が命を落としたと思っている!? 昨年のメルクードでの襲撃事件もそうだ、俺はこれまでお前には人を助ける術を叩き込んできたつもりだ、なのに……お前はっ!!」


 まるで走馬灯のように記憶が流れ込んでくる。これは何だ? 今まで朧気にしか思い出せなかった記憶の断片が次々と浮かび上がってきて、私は戸惑った。


「母さん、これは……」

「なんだ!? 言いたい事があるならはっきり言え!」


 私は何の言い訳をするつもりだ? まるで幼子に戻って母に叱られているような錯覚に陥って頭を振った。私は新しい世界を作り出さなければならないのだ。それは私の使命と言ってもいい。

 大事な者を護る為に戦う事を教えてくれたのは両親だ、これは私にとって妻であったミーアの弔い合戦。そしてこれからは愛する我が子を自由に歩ませるための聖戦でもある。

 先に仕掛けてきたのはそちらであって、私は間違った事などしていない!


「私達の邪魔をするのは止めてください」

「んだとっ! 子供が間違った事をしているのを正すのは親の役目だ!」

「私は間違った事などしていない!」

「これのどこが間違った事じゃねぇって言うんだよ!? お前達が攻撃を仕掛けているのは誰だ! お前たちが本当に倒したいのは何だ!? はっきりと俺に説明してみろ!」


 母の怒りは収まらない。元々自分は恐らくこんな風に母を怒らせた事はほとんどなかったのではないかと思うのだ。私は子供の時分とても大人しい『良い子』だった。それは私の生き方を縛り、私の世界を狭めていた。

 理想論だけでは世界を変える事はできない、それは母も分かっているはずで、私は母の言葉にもやっとした憤りを感じて母を睨みつけた。


「いつまでも子離れできない親に子供は辟易するものだ、私はあなたのお利口な人形ではない」


 瞬間母がぐっ、と言葉に詰まり逡巡するように口を動かす。


「お……俺はお前たちを俺達の人形だなんて思っていない」

「それでも、私のする事に口を挟むとあなたは言う」

「そ、れは……親として間違っている事を正すのには、親離れ子離れ関係ねぇだろう!」

「あなたの価値観で私を計るのはやめてください、私はあなた方の教えを違えてはいない、私は私の大事な者を守る為に私のやるべき事を成しているだけ。正される事など何もない!」


 自分はこんな風に母に反論した事が今まで一度でもあっただろうか? 何故か少しだけ胸がすいた。


「私だとて親殺しはしたくない、そのフェロモンをしまってください、私には成さねばならない事がある」

「是が非でも行くって言うのか」

「勿論です、私の正義はそこにある」


 私は己のフェロモンを開放する、使いようによっては他者をも操る事ができると教えてくれたのはこの母だ。


「ぐっ……」


 並外れたフェロモン量を誇る母はオメガでありながら他人を魅了してきたが、元来アルファは他者を支配する為に生まれてきた存在だ、オメガである母に引けを取るなどあり得ない。


「ユリウス、行くなっ」


 見えない縄で縛られたように身動きできなくなった母を見下ろして、私は哀れだなとそう思った。

 母は傍若無人な俺様で何人ものアルファに囲まれ生きている、まるで女王様のように彼らを支配しているようでいて、それでもやはり王者であるアルファには逆らえないのだ。

 母が母で居続けたのは、周りのアルファ、特に私の父親が母に譲歩し守り慈しんでいたからで、実際の彼は息子のフェロモンに屈する程度なのかとそう思った。目の前に立ちはだかる両親という大きな壁はここまで脆弱な物だったのかと笑いが込み上げた。


「さよなら、母さん」

「ユリウスっ!」


 母を置き去りに促すように階下へと向かう、だが下から警備兵が上がって来るのは予想通り。私達は事前に入手していた図面の通りに教会内部を走り抜ける。この教会には巨大なステンドグラスの天窓がいくつもあるのだ、その手入れの為の足場が屋根の上や、教会内部にいくつも組まれていて、私達はその細い足場を駆け抜ける。

 高さに臆する者など誰もいない、誰もが死など恐れていないのだ。

 天窓のステンドグラスのひとつ、そのステンドグラスを叩き割り、爆弾を放り込んだ。そこは教会の挙式を行っている場所の真上。眼下からの爆音と悲鳴、私達は彼らの前に姿を現し、奴らをぐるりと見回した。

 私は躊躇いなくその天窓から眼下へと飛び降りる。常人では恐らく怪我ではすまない高さだが、今の私は常人などではありはしない。私の中には神の力が宿り、私の身体をふわりと持ち上げる。


「お前は一体……」


 黒髪の男が私に対峙する。これは一体誰だったか? しばし考えふと思う、あぁ、これは父が大事に護っているファルス国王その人だ。


「私の名前はユリウス・デルクマン、神の力の宿りし者」

「神の力、だと?」

「えぇ、神は私に特別な力を分け与えた。私には成すべき事があるのです、それにはあなた方は邪魔なのですよ」

「ユリウス、お前は何を言っている!?」


 目の前に飛び出してきた大きな男「父さん、久しぶり」と笑みを零すと、厳しい表情で父がこちらを睨みつけた。



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