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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第一章:運命の子供達

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恋とお祭り③

「お忙しいとは思うのですが、本当に申し訳ないです。一昨日から事件続きで、こちらもいっぱいいっぱいで、第一騎士団の人間ならとよく確認もせずに奴を引き渡してしまった、これは私の不手際です。うちの団員はよくやっている、駄目なのは私なのです……」


 そう言ってハリー副団長は大きく溜息を零した。


「おやおや、先程はずいぶん立派に育ったと思ったのですが、意外と歳相応でしたね。そんなに落ち込まないでください、まだ不手際と決まった訳ではない」

「ですが、もしあの男がこんな時に野放しになっていたら……」

「確かにその通りですがそれはあなた1人の責任ではありません、ふむ……どんなものかという思いもあってここへやって来ましたが、なかなかに苦労している様子ですね。第五騎士団は大変ですか?」

「そうですね、やはり第一ほどの纏まりはありませんよ。第五は基本的にどこにも所属できなかった人間の集まりみたいな場所ですからね」


 ハリーは零すように言葉を吐く。


「試練の第五騎士団ですからね、それでもあなたは選んでここへやって来たのではないのですか? そうでなければ、あなたなら第一に配属されていたはずですよ」

「第一には元々の副団長もいましたし、キースがスタール団長の後釜に座って私の入る場所なんてありませんでしたよ……」

「ねぇ、じいちゃん『試練の第五騎士団』って何?」


 口を挟んでいいものかも分からなかったのだが、俺は疑問を口にする。

 祖父曰く、この国の騎士団、第一から第五騎士団にはそれぞれ特色があるらしい。その特色はトップに立つ騎士団長の個性によって変わっていくのだそうだ。

 一番分かりやすいのが第3騎士団で昔から第3騎士団は武闘派揃いの騎士団として名を馳せていると祖父は言った。

 確かにウィルも自分の家は代々武闘派だと豪語していた。その両親が騎士団長と副騎士団長なのだから、それも頷けるというものだ。


「うちの騎士団はこの武闘会で全ての地位が決まる、とは言っても騎士団長はそうそう代わるものではありません。実際、第一から第三までは順位こそ入れ替わっていますが、ここ20年近く代わっていません。その中で入れ替わりが一番激しいのが第五騎士団です。それは何故かと言えば、第五騎士団騎士団長と全騎士団の副団長の実力レベルが僅差である所にあります。騎士団長の末席である第五騎士団長は常にその地位を脅かされており、いつでも蹴落とされる立場にいます、なので第五騎士団長は軽んじられる事も多く、試練も多いのですよ」

「第五ってそんな感じなんだ……」


 昨日会ったスタール騎士団長がそんな立場にいるなんて思わなかった、堂々としていて配下にも目配りのできるできた騎士団長だと思ったのに……


「それに加えて、長く代わらない騎士団長の配下からあぶれた人間が集まるのも第五騎士団です、どこの騎士団も受け入れ難い人物、もしくは新人なども多く配され、一番纏めるのが大変なのも第五騎士団の特色なのですよ。だからこそ第五騎士団から順当に出世できた騎士団長は長続きするとも言われています。現在の第二第四騎士団長はそこを通過してきていますので、やはり不動の人気を誇っています」

「他の人は……?」

「現在の第一第三騎士団長は最初から上位席でしたからね、別格ですよ」


 ウィルのお父さんもユリウスさんのお父さんも凄い人達なんだ、なんか俺そんな人達の息子に囲まれてていいのかな?


「改めてそう言われると、第五騎士団の現状を痛感させられますね。スタール団長が第五騎士団長に就任して3年、ずいぶん纏まりは良くなってきたのですが、私達は長く第一騎士団のぬるま湯に浸かっていたので、まだまだどうして上手くいっていないのが実情です。それでもスタール団長は人望もあってこの纏まりの悪い騎士団をよく纏めていると思います。足を引っ張っているのは私です……」


 そう言ってハリー副団長は溜息を吐いた。


「あなたは何故そこまで自分を卑下されるのですか? 見た感じあなたもそこまでこの騎士団に馴染んでいないようには見えませんが?」

「私がここでなんとかやっていけているのはスタール団長のおかげです。スタール団長は私を重宝に使ってくれるので、それならばと下も付いてきてくれてはいますが、私自身に配下が付いてきている訳ではありません。私はスタール団長に恩返しがしたいのですが、それもなかなか上手くいっていなくて……」


 落ち込んだ様子のハリー副団長はますます落ち込んでいき、なんだか見てて可哀相になってきた。大人の世界も色々大変なんだな。


「あなたの悩みも聞いて差し上げたいのですが、今はそんな時間はありません。とりあえず私達はジミーの行方を追います、あなたはこの祭りが滞りなく終わる事だけを考えて尽力なさい。余分な事は考えなくていい、今は与えられた仕事だけをこなしなさい。また、後ほどお話伺いに参ります、いいですか、くれぐれも余計な事は考えない、分かりましたね」


 何度も念を押すようにそう言って副団長の肩を叩き、そして第五騎士団詰所を出た祖父は少しだけ厳しい顔をしていた。


「ねぇ、じいちゃん、なんでそんな怖い顔してんの?」

「もしかしたら、少し所ではない厄介な事件が起ころうとしている可能性があるからですよ」

「厄介な事件……?」

「あのジミーが本当に第一騎士団に移送されているのならそれでいいのですが、もしそれが偽りでその騎士団長の名を語った騎士団員が彼を連れ出したのだとしたら、この祭り中に何か事件が起こる可能性が高い」

「え? なんで? なんでそんな事が分かるの?」

「あいつはこの祭りを憎んでいる、そしてこの国自体も憎んでいる可能性がある。この祭りで今イリヤは浮き足立っています、観光客も多く多少毛色の変わった人間がいたとしても何も不思議には思わない、不審者がそこに紛れ込んでも気付かれない……」


 足早に祖父は前を向いて進んでいく。


「不審者って……」

「クロウのような人間、この国を滅ぼそうと画策するような人間、そういう輩ですよ」


 国を滅ぼす……それはあの人の誇大妄想だってじいちゃん言ってたじゃんか……

 人波を掻き分け祖父は進んでいく、俺もそれについて行く。一体何が起ころうとしているのか俺には分からないし、じいちゃんの頭の中で今どんな疑念が湧いているのかも分からない、けれどそんな真剣な表情の祖父の横顔を見て、少しだけ不安になった。


 次に祖父が向かったのは第一騎士団詰所、祖父が顔を出すと、昨日同様何人かの団員がいそいそと祖父の前に寄って来た。そしてその中にはまた副団長のキースがおり、こちらへにっこり笑みを見せた。


「ナダール騎士団長はもうこちらへ来ておられますか?」

「いえ、一応こちらに着くのは早くて明日の昼頃と聞いていますが、何か……?」

「やはりまだ戻ってはおられませんでしたか、ちなみに今朝方第五騎士団から第一騎士団へチンピラが1人移送されて来ているはずなのですが、お心当たりのある方は?」

「チンピラ? 第五で確保していた昨日の容疑者ですか?」


 まぁ、そのような者です、と祖父は頷く。


「聞いていませんね。今回の事件、結局第一は蚊帳の外で第三と第五で解決してしまったので、こちらは何も……」

「では第五からは誰もこちらへ来ていない?」


 顔を見合わせるようにして彼等は頷いた。祖父は厳しい表情で考え込むように腕を組み、瞳を閉じる。


「どうかしたのかい?」


 祖父の様子に戸惑ったキース副団長に俺はこそりと耳打ちをされるのだが「俺にもよく分からないです」と答える事しかできない。


「キース君、ちょっといいですか? お話があります」


 祖父は瞳を開けるとキースを見やり、彼を奥へと誘った。じいちゃん我が物顔だけど、いいのかな? 慌てたようにキース副団長はじいちゃんの後を付いて行く。俺はどうすればいいんだろう……なんかあんまりぺらぺら喋っていい事じゃないみたいだし、困ったな。


「何かあったのかい?」

「自分にもよく分からないです……」


 困ったように髪を掻き上げたら、俺の手首で鈴がちりんと鳴った。それを見やった騎士団員の1人が首を傾げる。


「あれ、君こんな所に居ていいの?」

「え? 何でですか?」

「その鈴、目印だろ。今日の試合で要人役になってるんじゃないの? 君が居ないと失格になる奴が出てくるから、こんな所にいたら困ると思うんだけど?」

「え!? 聞いてないですよ!」

「あれ? 今回はそういう感じなの? 要人探す所から? こりゃまたえらい難しい試合になってきたな……だから今回小分けじゃなくて午前と午後で纏めてやってるのか……本当に完全に運試しみたいになってきたな」


 困ったように騎士団員達は苦笑する。


「俺、お祭り行った方がいいですか?」

「そういう趣旨なら探させるのもいいと思うけど、可哀相だから行ってあげて欲しい所ではあるかな。君の騎士が誰だか分からないけどね」


 鈴やリボンに名前が書いてある訳ではない、けれど自分を探して困っている人がいるのなら行かない訳にはいかないとも思う。

 っていうかウィル! それならそうと言っておいてくれよ!


「俺、行ってくるんで、じいちゃんに伝えておいてください」


 言って俺は駆け出した、まだ午後の試合は始まったばかりだろう、俺は大通りに向けて駆けて行く。

 大通りには多数の騎士団員達が右往左往していて、それを観客達は笑って見ていた。

 何人か俺と同じような鈴を付けた子供達が楽しそうに逃げて行く、それを追いかける騎士団員も必死だ。

 あれ? これって逃げるべきなの? 出てくべきなの? どっち?!

 逡巡していると、突然背後から抱き上げられた。


「うわっ! なに!?」

「捕まえた、私の王子様」


 なんだか声に聞き覚えがある。


「ユリウスさん!?」

「はは、まさか君も要人役だと思わなかったよ。しかも私と同じ赤色だ」


 彼の肩に翻るマントは真紅色、よく見れば広場で子供を追い掛け回している人の中にも何人かいる。マントの色はそれぞれ違っていて、よくよく見ればその色と同じ色のリボンの付いた子供を追い掛け回しているのが分かる。


「あの……俺も逃げた方が良かったんでしょうか?」

「素直な子はもう素直に騎士に連れられて先を行ってるよ、ノエル君は私が護衛では嫌ですか?」

「そんな事はないですけど、これ、ちょっと恥ずかしいです……」


 抱きかかえられたままの俺は顔を覆う。さっきから観客の人達に注目されてるし、笑われてるし、居たたまれない。


「ユリウス~見付けたのか!」

「はい、無事に見付けましたよ。これで行けます」


 彼は俺を抱えたまま声をかけてきた人物の方へと駆け出した。俺はやはり訳も分からないまま、その首にしがみついていた。

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