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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第一章:運命の子供達

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恋とお祭り②

 ロイヤー家、それは元々大した事もない末端貴族の家柄だった。貴族とは名ばかりの、それは小さな家だったのだが、家族ばかりは多くてそんな家の末っ子として生れ落ちたのが祖父なのだと言う。


「私は生れ落ちてすぐに養子に出されました。言ってしまえば口減らしですね、そして養子に出された先がカーティス家、この屋敷です。カーティス家も大きな貴族の家系ではありませんでしたが、ちょっとした商売が当たり財産があった、けれどカーティスの家には跡継ぎがいなかった、だから何らかの伝手で両親は私を引き取ったのです。義父母はとても優しい方でまるで私を我が子のように育ててくれました。実際私も義父母を実の両親として疑いもしていなかった。そして私が引き取られて数年後に生まれたのが、家内、お前のおばあちゃんだった。私達は長い事自分達は兄妹だと思って暮らしていたのです」


 事態が変わったのは祖父が10代に差しかかった頃の事、カーティス家の当主が病に倒れ亡くなった所から始まる。

 ある日親戚だと名乗る男が押しかけて来て祖父一家の事を親身になって世話をしてくれたのだそうだ。そして、教えられたのが、自分がこの家の実子ではなく養子であったという事実。


「そんな話しは寝耳に水の話でしたからね、驚きましたよ。しかもそんなタイミングで母も心労から倒れ、幼い私達兄妹はそいつの口車に乗せられてしまった。気付いた時には家財産すべて奪われ、我が物顔でこの家に居座った……それがロイヤー家の人間です。そいつは間違いようもなく私と血肉を分けた兄だったのですが、中身は私欲の為にしか動かない強欲な獣でした。病死、過労と思われていた義両親の死因がこいつ等の手によるものだったと分かった時にはもう何もかも手遅れだった」


 祖父と祖母は義母の死と共に家の中での居場所を失い、まるで召使のように遣われる事に嫌気のさした祖父は家を飛び出した。


「失敗だったのは、その時私は妹をこの家に置いて出てしまった事です。それでも彼女はこの家の正当な跡取りであり、彼等も無碍にはしないと思った……けれど、奴等はそんな甘い考えの人間ではありませんでした。私はまだ若く、思慮も足りなかった……」


 祖父は過去を思い出したのか悔しそうに瞳を伏せた。


「私は知っていたのです、その当時彼女が私を好いていた事を。兄妹として暮らしてきて、私も彼女に情はありましたが、彼女をそんな境遇に追いやってしまった自分に後悔の念もあって、私は彼女には応えられなかった。それにつけ込むようにしてあいつは彼女に近付き……」


 その後の事を語りたくもなかったのか、手で顔を覆うようにして祖父は言葉を吐く。


「けれど、結局はあいつにとってそれは遊びの一環で、彼女は間もなく捨てられました。それもそうでしょう、その当時あいつにはもうすでに余所に妻子がいたのですからね。私がそれを知ったのは、もう彼女がぼろぼろに傷付いた後だった。私は家も守れず、大事な家族ですら守る事ができなかった。私はもう嫌だったのですよ、何ひとつ守れない自分自身に嫌気が差していた、それでも、そんな時に傍に居てくれたのがぼろぼろに傷付いているはずの彼女だった」


『お兄さま、私はお兄さまが傍に居てくだされば他には何もいりません。どうか傍に置いてください』


「まるで傷口を舐め合うように私達は結婚しました。それはもう、そういう運命だったのだと理解したのです。子宝にも恵まれて、そこそこの幸せを享受して、あいつ等は悪びれもせず私達に親戚面で接してきましたが、極力関係は断って暮らしてきました」

「だったら、何で今になって……?」

「何もしなければ、何も変わらないと気付いたからです。知りたくない事に蓋をして、我慢をし続ける事が美徳ではない、自分の手で掴み取らなければ自分の幸せは奪い返せないと気付いたからですよ。それに気付いてからは本当に早かった、あいつ等の化けの皮は本当に薄皮一枚の物で、そんな化けの皮も見抜けなかった幼い自分に呆れるほどに簡単に奴等を失脚させる事ができましたよ」


 祖父は微かに口角を上げて笑みを見せる。けれどその笑みはどこか仄暗い。


「気付かせてくれたのはユリウス君の父親、ナダール・デルクマン氏です、彼もまた私の運命を大きく変えた一人です。だからノエル、お前が彼に惹かれる気持ちは分からなくもないのです、あの一家は何か不思議な力でもってこの世界を正そうとしている。一般的に優秀だと言われるαですが、それにもピンからキリまでの人間がいます、その中でも特別な人間そういう人達です。私達には計り知れない、そういう人間は存在するのです。そしてそういう人間にはそれに相応しい相手が用意されている、私達凡人には考えも及びつかない、それが『運命』なのですよ」

「運命……」


 なんと曖昧で心許ない言葉だろう。すべての事象はまるで目に見えない何か大きな流れに支配されているかのような祖父の話しぶりに俺は納得がいかない。

 運命ってなんだよ! さっきじいちゃん自身が言ったんだ、自分で動かなければ何も変わらない、だったらそんな運命だって自身の力で変える事だって可能なんじゃないのか!


「俺、じいちゃんの言う事まだよく分からないよ、だけど、そんな運命なんて言葉ひとつで人の気持ちは動かない!」

「ノエル……」

「まだこれは恋愛感情じゃない、だけど好きだ。人を好きになるのに、他人の口出しなんて必要ないよ。心配してくれるのありがたいけど、そういうの大きなお世話って言うんだよ」


 祖父は困惑したような表情で、そんな祖父の顔を初めて見た俺は笑ってしまった。


「じいちゃんは小さい頃から大変な思いをしてきて、大変だったかもしれないけど、俺は今まで普通に平凡に暮らしてきたよ。全部じいちゃん達のお陰だ、大事に守ってくれてありがとう。だけど、この先は俺の人生だよ、じいちゃんの思う通りには生きられない、だから自分の事は自分で決める、この思いは譲れない。間違った道だと思ったら軌道修正はかけてくれたらいい、だけど結論だけは譲らない。だってこれは俺の人生だもん」


 俺の言葉に祖父は驚いたような困ったような、それでいて少し嬉しそうな複雑な笑みを浮かべた。


「いつまでも子供子供と思っているのはこちらだけという事ですね。お前が生まれた時に、そんな事は理解したつもりだったのに、私はまた忘れていたようです。忘れっぽいのは歳を取った証拠でしょうか、ふふ、私も負った子に教えられる年齢になったのでしょうかねぇ」


 先程の仄暗い笑みではない、それはどこか清々しい笑みだった。


「分かりました、お前はお前の好きなようにお生きなさい。けれど、お前の帰る事ができる場所は常にある事を忘れずに覚えておくのだよ」


 祖父の言葉に大きく頷く、自分はそうは言ってもまだ子供で、これからをどう生きるかを考える事もしてはいなかった、けれどその祖父の言葉は祖父の庇護下の子供に対するものではなく、一人前の人間として認めてくれたようなそんな気がして、俺は嬉しくて仕方がなかった。

 何もできない子供じゃない、これからはもっと自由に自分の意思で行動する、それが俺の自立への第一歩だとそう思ったのだ。


 どこかで爆竹が弾けるような音が聞こえる。

 今日もお祭りが始まったのだろう。俺は「早く行こうよ」と祖父を急き立て、祖父はそれに微かに苦笑していた。






 今日からの祭りの会場は街全体であるらしい。街中に観客と騎士団員がひしめいている。


「相変わらず凄い人……」

「二回戦はいつでもこんなものですよ、気を付けないと巻き込まれます、周りには注意を払って……」


 祖父に言われている最中、人にぶつかり「すみません」と謝ろうと思ってそちらを向いたら、どうやら自分はぶつかった訳ではなく体当たりをかまされていたのだと気が付いた。


「おはよ、ウィル」

「はよぉ」


 にっこり笑顔のウィルはいつでも言葉より先に体が来る、ちゃんと知り合いならいいけれど、人違いだったりしたら大変だと思うんだけどな……


「ノエルには、これあげる!」


 唐突にウィルが持っていた袋から取り出したのは鈴に赤いリボンが付いた飾り紐だった。


「え?何これ?」

「いいから、いいから、腕出して」


 言われるがままに腕を差し出したら、その飾り紐を手首に巻かれて、それは賑やかな音を鳴らす。

 一体これは何なのだろう?


「オレもお揃い」


 ウィルの手首にも同じような飾り紐が結ばれていて、リボンの色だけが違っている。ウィルの色は緑色だ。

 見れば袋の中にはまだ色々な色のリボンの付いた同じような飾り紐が入っていて、全くもって意味不明。


「ねぇ、本当にこれ何なの?」

「昼になったら分かるから! オレ、昼までにこれ全部配っちゃわないとだから、またね!」


 唐突にやって来て、ウィルは勢いよく去って行こうとして「あ……」と振り返り「今日はそれ絶対外さないでね」と付け加えるように言い置いて、駆けて行ってしまった。本当に一体なんなんだ……


「じいちゃん、これ何だと思う? これもお祭りに関係してる物?」

「さて、聞いた事はないですが、私もこの10年ほどの祭りの様子は知らないので、なんとも……」


 意味も分からないのだが、俺は「まぁ、いいか」とその飾り紐は付けたまま、じいちゃんの後を付いて行く。向かった先は第五騎士団詰所だ。


「お邪魔しますよ」


 祖父がそこに顔を出すと驚いたような顔をする者、誰だか分からないのだろう、首を傾げる者半々で、祖父はそこに何食わぬ顔でひとつお辞儀をして「騎士団長はいますか?」と声をかけた。


「スタール騎士団長なら現在祭りの警備で城の方に詰めています。お久しぶりです、コリー副団長」


 祖父の前に現れたのは昨日も見かけた人だ、確か第五騎士団の副団長のハリーさん。

 そういえばこの人もじいちゃんの知り合いだって言ってたっけ……?


「君はハリー君ですか? ずいぶん立派に成長しましたねぇ」

「はは、皆さんの指導の賜物です。昨日お孫さんはお見掛けしましたけど、副団長もいらしていたのですね」

「私は孫とは別件でね、まさかこんな所で孫に遭遇するとは思いませんでしたよ。聞いていると思いますが、あのΩ狩りの一件です、うちの屋敷が悪さに使われてほとほと参っている所です」

「あぁ、ロイヤーの……昨夜の内に事件は解決したと聞きましたが?」

「そうですね、屋敷は奪い返し、Ωの方々も解放されて事件は解決……それで済んでいればの話ですがね」


 ハリーは少し怪訝な表情を浮かべ「何か気になる事でも……?」と首を傾げた。


「孫から聞きました、ここにはあのジミー・コーエンも捕まっているとか、少し彼と話をさせては貰えませんか?」

「あぁ、あの人はもうここにはいませんよ。今朝第一騎士団の人間が話を聞かせてもらいたいと、連れて行きましたからね」

「第一……? 今回のこの一件に第一騎士団は関わっていませんよね?」

「そもそも、今回のΩ狩りとお孫さんがジミーに襲われた事件は全くの別件ですからね、ジミーが牢から出てきたという事でナダール騎士団長が手を回したようでしたよ」

「あの人はまだ赴任先から戻っていませんよ、まだ今回の事件も知らないのでは?」

「え……あぁ、そうなのですか? すみません、他の騎士団の事にまで気が回らないので、詳しい所までは分からないのですが……」


 少し困惑した様子のハリーは顔を少々青褪めさせて「おかしいな……」と考え込んだ。


「今朝ジミーを迎えに来た騎士団員は確かに騎士団長の命令でと言っていたので、疑いもなく引き渡したのですが……」

「ふむ……第一は歴も長い、誰かが気を利かせて連れて行ったとも考えられなくもないですが、少しばかり気になりますね。分かりました、私、第一の方に行ってみます」

「申し訳ありません、もしこちらに不手際があるようでしたらお知らせください、全力で対応にあたらせていただきます」


 慌てたようにそう言ったハリーの言葉に祖父は腕を組んで「ふむ」とまたひとつ頷いて、彼の肩をぽんと叩いた。


「あなたは少し気負いすぎている感じがしますけれど、大丈夫ですか? 無理はしていませんか? 第五は昔から人の入れ替わりも激しい騎士団です、若くして副団長という立場では気負うなという方が難しいかもしれませんが、もう少し肩の力を抜いてもいいと思いますよ」

「え……あぁ……」


 うな垂れるように彼は俯き「副団長にはお見通しですね……」と肩を落とした。

「少しお話しいいですか?」と促され、俺達は詰所の奥、応接間のような場所に通される。

 ハリーさんは部屋に入ると、昨日カイル先生や騎士団長に見せていた毅然とした態度とは一変した落ち込んだ様子を見せた。


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