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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第一章:運命の子供達

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事件解決とその後の話②

「さて、こっちが片付いたなら、攫われた人達も助けなきゃ。どうやらこの屋敷には攫われたΩの人達がいるみたいなんだけど……」

「あぁ、そちらでしたらすでに救助済みですよ。先程外から合図があったでしょう? アレは救助完了の合図です」

「あら、そうだったの? 相変わらずどこまでも抜かりはないわね、おじさま」


 その時、回廊の奥から駆けて来る人影、回廊には明かりのひとつも無く薄暗がりで、誰が来たのか分からなかったのだが、その人影はそのまま自分達へと突っ込んできて、ツキノやカイトを巻き込みつつ、お嬢を抱き締めた。


「全員いたぁぁっ! もう! 心配させんなっっ!!」

「ちょっと……母さんどこから来たの!?」

「秘密通路からに決まってるだろっ! 人質の中にお前達いないからっ!」

「おばさん、苦しい……」

「離せ、クソばばぁ!」


 巻き込まれ事故のように抱き込まれている、ツキノとカイトが抗議の声を上げるのだが、その人はまるでお構い無しだ。


「奥さん、Ω狩りの被害者の方は全員無事ですか?」

「ちゃんと全員解放してきたよ、具合の悪そうな人もいたから、カイル先生達に任せてきた」


 彼女……いや彼はお嬢やユリウスの母親であるグノーさんだった。

 一番乗りで乗り込もうとしていた彼を、祖父が止めて人質救助の方に向かわせたのは数刻前、「Ωの人間を助け出せるのは同じΩしかいないのですよ」そう説得して祖父はそちらに彼を向かわせたのだ。

 まさか、ウィルと行ったあの高台にこの屋敷に通じる秘密通路の出入り口があるだなんて、想像もしていなかった。

「きっちり管理されていなくて良かったのか、悪かったのか」と祖父は苦笑した。


「ふむ、ではあらかた大掃除は終了ですね。まったく好き勝手してくれたものです、犯罪に使われたとあってはここの物件価値も下がってしまうというものですよ」

「コリー指揮参謀!」


 玄関エントランスの方から声がかかり、祖父が振り返る。


「それは止めて下さいと言いましたよ、アイン騎士団長殿」

「おっと、これは失敬。こちら鎮圧完了です、Ω狩りの被害者の方も無事保護完了しました」

「結構な事です。ご助力ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ、指揮参謀がいなければまだ事件は膠着状態のままでしたよ、早期解決、誠に結構」


 そう言って、笑っていたアインなのだが、ふと俺の傍らにいた自分の息子ウィルを見付け、表情を険しくさせた。


「ウィル、なんでお前はここにいる? 父ちゃん、ここには近付くなって言ったよな?」

「中に入れたのは偶然だよ、最初は遠くから見てただけ。だけど、そこに悪者がいたら倒さなきゃ駄目だろ?」

「子供のする事じゃない。地下通路を見つけた時点で引き返して父ちゃん達に報告するのが正解だった」

「でも、いつも父ちゃん悪者は絶対捕まえろって言うじゃんか!」

「時と場合だ。置き引きやら窃盗ならその場で取り押さえればいい、だが今度の事件はそんな簡単な物じゃなかった、悪者の人数だってお前達だけでどうにかなる人数じゃなかったし、そんな事件に子供は首を突っ込むものじゃない!」


 アインの怒りにウィルは憮然とした表情を見せ、納得していないのがありありと見て取れる。


「お前が巻き込まれて怪我でもしたらと思うと、父ちゃんも母ちゃんも心配なんだ。お前がその辺のチンピラ相手に遅れを取るような男じゃない事は分かってる、けどな無謀無策は命を縮める、こんな仕事をしていれば尚更にな。力を過信し過ぎるな、お前は少し考えが足りない」


 ぶぅと頬を膨らませながらも、ウィルは渋々頷いた。

 スタール団長のように問答無用の鉄拳制裁ではないだけ、ウィルの心には響いたようだ。

「お前が無事で良かったよ」そう言ってアイン団長はウィルの頭を撫でた。




 チンピラ達とクロウ・ロイヤーが騎士団員に連行されて行く。それに伴いウィルも父親に連れられ帰っていった。

 カイトも後から現われたカイル先生に連れられて帰って行き、最初はそれに付いて行こうとしていたツキノ君だったのだが、赤髪の麗人グノーさんが彼の耳を引っ張って何やら怒りながらお嬢とローズさんを連れて帰って行った。

 そういえばツキノ君はあまり両親? 養い親? と仲が良くないってヒナノさんが言ってたっけ。

 それらを見送った後、屋敷を振り返った祖父はひとつ溜息を零す。


「まったく、荒らし放題荒らしてくれたものですよ……」


 玄関エントランスには酒瓶が幾つか転がっている、そしてエントランスから真っ直ぐ奥の部屋は大きな大広間だったのだが、そこには食い散らかしたような食事の残骸が広がっていて目も当てられない。

 そこで雑魚寝でもしていたのか、隅には毛布のような物も散らかっている。

 床の絨毯も年代物だと思われるのだが、あちらこちらにシミが広がっていて、そのひとつひとつを確認しては祖父はまた溜息を零した。


「ここノエル君の家だったんだね。凄いお金持ちだったんだ」


 最後まで残っていたユリウスにぽつりと言われて俺は慌てて否定する。


「え?! 違いますよ、こんな屋敷初めて入ったし、今まで全然知らなかった!」

「そうなんだ? それにしても、こんなに食べ物無駄にして……私、こういうの一番許せないんですよ」


 まさに食い散らかしたという風情のその残骸を片付けながら、ユリウスは言う。

 そういえば、この人食べるの大好きっぽいもんな。

 その時彼の腹が鳴り「お腹空いたね」とユリウスは苦笑した。


「あっちにまだ食材ありそうなんで、何か作りましょうか?」


 厨房を指差してそう言うと、ユリウスは少し驚いたような顔をする。


「ノエル君、作れるの?」

「家が食堂ですからね、手伝いしてる内に簡単な物なら作れるようになりましたよ」


 母は厨房に立っている事も多かった、それを眺めて見よう見真似でいつの間にか料理は覚えてしまったのだ。

 厨房に立ってみれば、何かしら作れるだろうと思い、あちこちを漁る。

 チンピラ達は基本的には店で買ってきた物を食べていたのか、大した食材はなかったのだが、その中から食べられそうな物を選び出し、火を通す。

 うん、いけるいける。

 その適当料理を覗き込んでいたユリウスに、味見とばかりに口の中に料理を放り込んでやると「熱っ」と呟きながらも彼は目を輝かせた。


「えっ、美味っ、何コレ、凄い」

「別にちょっと炒めただけだし、味付け大丈夫ですか?」

「大丈夫、うわぁ……ヤバイ、美味しい……」

「褒めても何も出ませんよ」


 同じ調子で何品か作るのを、何故かユリウスはキラキラした瞳で見ていて、なんだか少し居心地が悪い。


「うちは母が物凄く料理上手でね、私はとても舌が肥えてるって言われるんだ。好き嫌いは全くないんだけど、やっぱり合う料理、合わない料理っていうのはあってね、食べはするけど駄目って時はあるんだよ。今までこうやって手料理振舞われてまともに食べられたのは君の料理が初めてだ!」

「またまた、大袈裟な」

「大袈裟じゃないよ、凄いよノエル君!」


 褒められるのは嬉しいけど、なんだか少し照れくさいな。

 大広間の片付けをしていた祖父にも声をかけて、ささやかな晩御飯。ユリウスは本当に美味しそうに食事をする、作る側としては気分がいい。


「あなたは、本当にお父さんそっくりですね」

「それはよく言われます、そんなに似ていますかね?」

「そっくりですよ、成長してますます似てきた。お父さんはお元気ですか?」

「最近少しだけ髪が薄くなったと嘆いている程度で、それ以外は別段代わり映えもなく元気ですよ」

「それは結構な事です。ところであなたは何故さりげなく、ここに混ざって食事をなさっているのです?」

「え……あ、いやぁ……」

「まぁ、なんとなく分かりますよ、ノエルの事でしょう? あなたは、そんなお人好しな所までお父さんにそっくりだ」

「え? 俺?」


 祖父はすでに何かを理解しているようなのに、俺は全く分からずに首を傾げた。


「ノエルが私に怒られるとでも思いましたか? 家出に関してはまたこれから説教ですが、事これに関してはいい社会勉強になったと思っていますよ」

「はは、お見通しですか。家族には内緒で出てきたと聞いていたのと、ノエル君は少し家族内でも寂しい思いをしているようだったので、あまり頭ごなしには怒らないで欲しくて……出すぎたマネで申し訳ないです」


 うわっ、この人俺の心配してくれてたんだ、めっちゃ優しい。


「うちの孫はやればできる子なので、こんな事もできてしまう。心配もありますが、頼もしくも思いますよ、なにせ男の子なので多少の無茶はして当たり前だとも思っていますので、まだこのくらいなら許容範囲内ですよ」


 この調子ならじいちゃんからの御咎めはそこまで酷くはなさそうだ。母さんは……あんまり考えないでおこう。


「ありがと、ユリウスさん。まだ、おかわりありますよ!」


「おかわり」の言葉に反応して、ユリウスが満面の笑みでこちらを見やった。本当に食べるのが好きなんだね。

「そんな所まで……」と祖父は苦笑していて、きっと彼の父親も食べる事が好きな人なのだと分かる。


「ノエル君の食事は最高ですよ! とても美味しい!」

「それは、あなたの口には合うでしょうよ。元々うちの娘はあなたのお母さんと一緒に食堂を経営していたのですよ、基本の味がほぼ同じなのですから、それは当たり前です。この味はこの子にとっても、あなたにとってもおふくろの味なのでしょうからね」

「あぁ、なるほど、そういう事なんですね。ここまで好みぴったりの味に巡り合ったのは初めてだったので驚いたのですが、言われてしまえばその通りです」


 ユリウスはにこにこと満面の笑みで食事を続け、その様子を祖父は少し呆れ顔で見ている。


「私が知っているあなたはまだ幼かったですが、存外あなたのマザコンは治っていないようですね。母親の味、母親と同じ赤髪、あなた少しばかりうちのノエルの事、気になっているでしょう?」


 言われた言葉にユリウスは驚いたような表情で食事の手を止め「え……いや……」と、しどろもどろに言葉を濁した。その顔が少しだけ紅潮してる気がするのは気のせいか?

 って言うか、気になるって? なにが……?


「あなたの所は母親が男性Ωですからね、そういう所の偏見も根本的に無いでしょうし、分からなくもないですけど、うちの孫は完全にβなんで止めてください。さすがに男の子を嫁に出す気はありませんからね」


 祖父の言葉に食べていた物を吹き出した。


「は……?!」

「いやいやいや、待ってください! さすがの私もまだそこまでは考えてなかったですよ! 凄くいい子だし、料理上手なの物凄く心惹かれますけど、そこまでは……」

「釘は早目に刺しておくに限ります。そんな考えは持たない方向でお願いしますね」


 なんだかじいちゃんの顔は笑っているのに、目が笑ってなくて怖い。ついでにユリウスさんも、少し笑顔が強張ってるね……図星なの? え? 俺、気に入られてた……? そういえば、この人、最初からやたらと俺に優しかったけどさ……


「ユリウスさんは男の人が好きな人なんですか?」

「それは誤解! 別に男の人が好きなんじゃなくて、好きになったら性別は気にしないだけで、そこの解釈似て異なるから誤解しないで!」

「あなたはそんな所まで父親譲りですか、本当にどこまで似ているのやら。ノエルが娘だったら、一考の余地もあったのですが……残念な事です」


 一考の余地あったんだ。

 祖父は偏屈な人で母はこの祖父に過去散々男性とのお付き合いの邪魔をされたと零していた事がある、結果母は嫁にもいけずにシングルマザーなのだから目も当てられない。

 そんな祖父に一考の余地が有ると言われるのだから、ユリウスさんは相手としては悪くないのだろうな、ただ性別だけはどうしようもないけど。

 なんだか少しだけおかしな空気になってしまい、居たたまれなかった俺は「おかわり、いります?」と声をかけるとユリウスさんはこくんと頷いた。うん、ぶれないね。


「それにしても、今回の件もそうですがどうにも昨今ファルス情勢はきな臭い事にでもなっているのでしょうか? ルーンにもある程度の情報は届いていますが、そこまでの情報は得ていないのですけれど……田舎にまで情報が届くのにはどうしてもタイムラグがあります、これは帰りまでに色々と情報を仕入れていかないといけませんかね」

「何か気になる事でも?」

「クロウの言葉の端々がどうにも……気のせいならば良いのですが。あの小悪党、間もなくファルスは滅びると豪語していましたし、このシナリオは止まらないとか、誇大妄想で叫んでいるだけの妄言だと思うのですが少し引っかかります」


 祖父の言葉にユリウスさんは気持ち表情を厳しくした。

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