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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第一章:運命の子供達

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事件解決とその後の話①

 今、俺の目の前では何故か大乱闘が繰り広げられている。

 俺はこの街イリヤに父親を探しに来たはずなのだけど、一体何がどうしてこうなった?

 そして、その乱闘戦に俺ノエル・カーティスも「無関係です」と知らん顔をできる状況ではなく、俺は襲い掛かってきた、柄の悪い男にこのどこにぶつけていいのか分からないもやもやをぶつける事に決めた。


 数分前、俺と祖父はある大きな屋敷を訪ねて行った。

 そこは元々祖父コリー・カーティスの生家で、現在はそこを売りに出しているらしい。自分の祖父の生まれた家がまさかこんなに大きな屋敷だったとは思わず、俺は驚きを隠せない。

 祖父に渡された一振りの剣「お前に手を出させるような事はしないつもりだが、いざという時は自分の身は自分で守りなさい」じいちゃんはそう言って、俺にそれを手渡した。


「手加減は必要ありませんよ、殺すつもりでおやりなさい。責任はすべて私が負います」


 そんな事をさらりと言われても「はい、そうですか」とは簡単に頷けない。

 これでも俺、まだ12歳の子供だって分かってる? 一体どんな修羅場に連れて行こうとしてんのさ。

 祖父は淀みもなく歩を進め、屋敷の扉を叩いた。

 程なくして出てきたのはその屋敷には似つかわしくないチンピラ風情の男で、祖父の眉は少し不機嫌そうに寄せられた。


「じじい、何の用だ? 宗教の勧誘ならお断りだぞ」

「私がそのような聖職者に見えますか? 私は現在この屋敷を根城にしているロイヤーの人間を訪ねて来たのですよ。あなた方に用はありません、怪我をする前にさっさと主人を呼んでいらっしゃい。カーティスの人間が訪ねて来たと言っていただければ、すぐに分かるはずです」

「あ? やぶから棒に何様だ? クロウ様ならお食事中だ、お前みたいなじじいに用はねぇよ」

「躾のなっていない番犬ですね、せめて主人に用件を伝えるくらいの仕事もできないようでは、そのうち解雇されますよ」

「あん? じじい、過ぎた口は命を縮めるぞ? 老い先短い命を無駄にする事もねぇだろう、俺が黙っているうちにさっさと帰んな」


 そのチンピラ男は祖父の用件を家主に伝えるつもりもないようで、犬の子でも追い払うように手を振って凄んで見せた。


「本当にまったく役にも立たない……そちらがその気なら、こちらも遠慮なくいかせてもらいますよ」


 祖父はそんなチンピラの態度が気に入らないのだろう、長年近くで共に生活してきた俺にはその静かな怒りが分かりすぎる程分かるのだが、この人にそれが分かる訳もない。


「じじいとガキが一体何をするって……」


 言いかけた言葉を最後まで聞かずに、祖父はその男の腕を掴み上げ、押さえ込み玄関扉にだんっ! と押し付けた。


「実力行使も辞さないと、こちらは言っているのですよ」


 祖父の言葉は静かだ。怒鳴り上げたりは決してしない、ただ淡々と怒りを相手にぶつけていく、祖父のその怒り方は本気で怒っている時のやり方だ。


「ぐっ、放せっ!」

「今すぐ主人を呼びに行くと言うのなら、すぐにでも放して差し上げますよ」

「分かった、分かったから……」


 祖父の手が弛んだ所で、男が身を翻し祖父に向かって襲い掛かった「本当に躾のなっていない……」祖父はそう一言呟いて、その男を軽く投げ飛ばした。

 投げ飛ばされた男は何が起こったのかも分からなかったのだろう、目を白黒させている。

 玄関先で繰り広げられていたその諍いの音に、中にいたチンピラの仲間と思われる者達が次々と飛び出してきた。


「おい、こいつ何なんだ?」

「分からねぇ、クロウ様に会いたいらしい」

「私の名はコリー・カーティス! 誰でもいい、さっさとクロウを連れていらっしゃい。そうでなければ、こちらから無理矢理押しかける事になりますよ」

「あ!? じじいが偉そうに!」


 男達が次から次に祖父に襲いかかり始めたのだが、祖父はそれに動じる様子もなく1人、また1人と叩き潰していく。

 じいちゃん、強いとは思ってたけど、それでも俺相手の時には手加減してたんだな……

 あと、やっぱり俺も狙われるよね、だよね。黙って見てるだけなんてそりゃ無理だよね。


「このガキがっ!」


 襲い掛かってきたチンピラの1人を剣で思い切り殴打した。うん、手加減するなって言われたし、なんかそんな余裕なさそうだから、怪我する前に終わってくれないかな。

 いつの間にか周りは死屍累々、いや、全員死んではないと思うよ? 呻いてるしね。


「ノエル、行きますよ」


 祖父はやはりつかつかと、何の躊躇いも見せずにその屋敷の扉を開け、声を上げた。


「さぁ、出ていらっしゃい、クロウ・ロイヤー! お話を伺いに参りましたよ」


 声に呼応するようにエントランス前方の部屋の扉が開き、現われたのは少し陰気な顔をしたひょろりとした男。


「これはこれは分家殿、ずいぶん久しくお会いしていなかったのだが、元気にしておられましたか?」

「お陰様で、毎日呑気な楽隠居でございますよ。そちらはずいぶん羽振りよく生活をなさっておられるようですが、そんな財産をどこに隠し持っておられたのやら」

「ふん、隠し持ってなどいるものか、全てを奪った男がぬけぬけと。私はどん底から這い上がって全てを手に入れたのだ、お前のような前時代の遺物のようなじじいにとやかく言われる筋はない」

「とやかく言われるのがお嫌なのでしたら、まともな稼ぎ方をすればいい。あなたの評判、田舎にまで届いておりますよ。多少の荒っぽさなら目を瞑ろうと思っていたのですが、それが犯罪となったら話しは別です、この平和な国で人身売買とはずいぶんやってくれますね」

「は? 何のことやら? 何か思い違いをしているのではないか? 私の商売は真っ当な物ばかり、多少の荒稼ぎをしているのでやっかみを込めて悪評を立てられているだけですよ。犯罪などとんでもない」

「ほぅ? では、この屋敷、中を検めさせていただいてもよろしいか?」

「それはまた突然の来訪で不躾な。私はこの屋敷を正規のルートで手に入れたのであり、この屋敷の所有権は私の物ですよ。勝手をされるのは困ります」


 静かなやり取りなのだが、何か見えない力でも働いているかのように周りは2人を固唾を飲んで見守っている。それは自分も同じで口も挟めず見守るしかない。


「何もやましい所がなければ、別段何の問題もありはしないはずですが?」

「まだ何分引っ越してきたばかりで、客人をお招きできるほど片付けも済んではおりません、お引取りを……」


 男が何か合図をするように手を上げると、チンピラのような柄の悪い男達がまた俺とじいちゃんを取り囲んだ。いつの間にかチンピラの数も増えている。見張りだけでなく、奥の部屋にいた者達もいたのだろうその数はぱっと見で30人を超えている。


「ふむ、そちらがその気でしたら実力行使と参りましょうか」

「じじいと若造2人で一体何ができると言うのか……」

「みくびって貰っては困りますね、これでもかつては騎士団の副団長も務めさせていただいた身ですよ」

「あの当時の事は覚えている。あんたの副団長就任はあの男、ナダール・デルクマンのやらかした不正ギリギリの策略の副産物に過ぎぬ。それほどの実力もなかったあんたが成り上がれたのはあの男が居たからだ。その後はあの姑息な男の犬として仕えていただけの能無しのクセに、口ばかり達者な老害は身を滅ぼしますよ」


「おやおや、酷い言われようだ……」祖父は言って苦笑する。


「でしたら、その能無し倒してみますか?」

「私が出るまでもない、お前達やれ!」


 一斉に男達が俺とじいちゃんに襲い掛かってくる。

 いやいやいや、さすがにこれは多勢に無勢過ぎるだろ……と思いはするのだが、祖父は落ち着き払いその男達を一払いで退けた。

 その時、どこか屋敷の外で何かが弾けるような音が響き、祖父はにぃっと口角を上げる。


「私が全くの無策でここへ乗り込んで来たと思うのなら、大きな間違いですよ。さぁ、時間稼ぎはもうお終いです、どうぞお好きなようにおやりなさい!」


 合図と共に雪崩れ込んできた男達は勿論騎士団の屈強な男達だ。


「くっ! 貴様、謀ったな!」

「謀る? こんなもの謀略のうちにも入りませんよ、あなたは隙だらけで笑いを堪える方が大変なくらいでね、あなたの兄も知恵の回らない男でしたが、所詮は兄弟ですね。悪知恵ばかり働くのはさすがロイヤーの血統とも思いますが、これが本家の者達かと思うと情けなく思うばかりです」

「私をあの頭の悪い男と一緒にするな! 不愉快だ」

「やっている事は兄弟揃ってさして変わりばえはしませんよ。兄に続いて弟までもが牢屋行きとは全くロイヤー家も落ちたものだ」


 男はぎりりとこちらを睨み付けたのだが、しばらくすると不利を悟ったのだろう、踵を返し、向かったのは屋敷から向かって左側の回廊。


「じいちゃん、あいつ逃げるよ!」

「分かっています、どこへ向かっているのかもね」


 その場を騎士団員に任せて、俺と祖父がクロウを追おうとすると、そのクロウの前に立ちはだかる数人の人影。


「どこに行く気?」


 その通路の影から姿を現したのは真紅の髪の美形とそしてもう1人……


「ウィル!?」

「やっほ~ノエル!」


 場にそぐわない能天気さでウィルはこちらに手を振った。


「やっほ~じゃないよっ! そんな所で何やってるのさ!」

「それってお互い様って言わないかな?」


 俺とじいちゃん、そして進行方向には謎の美女と能天気なウィルがいて、それに挟まれたクロウは二の足を踏む。


「全く神出鬼没なお嬢さんですねぇ、なんでそんな所にいらっしゃるのです?」

「おじさんこそ、ここルーンじゃないわよ? でも、おじさんが追いかけてるって事はこの人が一番の親玉ね?」


 美女と祖父は顔見知りだったようで、やはりそこでも呑気な会話が繰り広げられている。

 っていうか美女の顔、物凄く見覚えあるんだけど、先ほど顔を合わせたユリウスの母親(?)にそっくりだ。これ絶対噂の「お嬢」だろ。

 でもこの人捕まってるんじゃなかったっけ? なんでウィルと一緒にいるの?


「だったら手加減の必要はないわね」


 美女は手の内で短刀のような物をくるりと回し、言うが早いかクロウをだんっ! と壁へと押し付け、その首筋に短刀をあてがった。

 うわぁ、早業過ぎて見えなかったぞ……凄い。


「どういうつもりか知らないけど、私を誘拐したのは失敗だったわね。悪人は悪人らしく大人しく縛に付きなさい」

「ふっ、気の強い女を自分好みに変えるのもまた一興と思っていたが、こういう時には少々厄介な事だな」

「はぁ? 何言ってるんだか、分からないんだけど?」


 不愉快そうに美女は眉を寄せる。


「お前は私の妻になる女、だが今は口説いている場合ではなさそうだ」

「あなた頭大丈夫? 私がどう転んであなたの妻になるなんて思うのよ? 冗談にしても笑えないわ」

「ふふふ、今はまだいい、いずれそのうち……」

「あなたにいずれなどやってきませんよ。全く図々しいにも程がある、犯罪者が騎士団長の娘に懸想だなんて、前代未聞ですよ。お嬢さんもいい迷惑だ」

「全くだわ、ただでさえジャック王子1人でも鬱陶しいのに……」


 美女は更にクロウを壁にきつく押し付けているのだろう、男はくぐもった呻き声を漏らした。

 そういえば、さっき外で『お嬢は王子の許婚』とかいう言葉を聞いた気もするし、更に『それは違う』という否定の言葉も聞いた気がする。モテるんだな、この人。確かに物凄く美人だもんね。


「そんな事を言っていられるのも今の内だ。この国はもうじき滅びる、もう……間もなくだ……」

「ふざけた事を言わないで! ファルスが滅びる訳ないでしょう!」


 美女の怒声に高笑いを返し、男はその腕を振り解いた。


「誰が何を言おうと、このシナリオはもう止まらない!」


 そして、クロウは回廊を進もうとしたのだが、その先に居たのは近所の綺麗なお姉さん、ローズ・マイラー、そしてカイトとツキノ君だった。

 ローズを見やったクロウはこれ幸いとばかりに彼女の腕を掴んだ。


「女の命が惜しければ、そこを開けろ、ガキ共」

「その彼女がどこの誰だか分かっていての狼藉ですか?」

「あ? そんなの知った事か!」

「驚いた、本当に知らないのですか……」


 祖父は呆れたように息を吐く。そう言えば彼女は大貴族のマイラー家の人だって言ってたよな。この人は知らないんだ……


「あらあら、うふふ。逆はあってもこんな事は初めてですわね、ルイちゃん」

「ローズ、笑ってる場合じゃないわよ。ツキノ・カイトそいつは絶対逃がしちゃ駄目だからね!」

「当ったり前、逃がさないよ」


 カイトは剣を構える。それを斜を構えたように見ているツキノはまだ何も動かない。


「女の命がどうなっても構わないのか?」


 クロウは腕でローズの首を締め上げるのだが、ローズは顔色を変えないし、誰も動揺を見せないので、なんだか妙な雰囲気になっている。

 実を言えば、俺も知ってるんだよね、ローズさんがあのはんなりした容姿で暴漢の一人や二人くらいなら軽く撃退できる人だって事。

 ルーンでは鄙には稀な美人だから物凄くモテるんだけど、男性陣は寄り付かない。にこにこ満面の笑みで割とえげつない撃退の仕方をする事でも有名なもんだから、怖くて近寄れないのだ。


 ルーンは観光地なので、観光客が一目惚れなんて事もあるけれど、基本ははんなりかわすのに、手を出されそうになったら容赦ない、過剰防衛なんじゃあ……? くらいの時もあったのだけど、事件になった事は一度もない。

 大貴族の一員だと知ってしまえば、もしかしてお金の力でもみ消した……? と少しばかり疑ってしまうくらいだ。


「あなた、武器も持たずに私をどうなさるおつもり? 私の細首でしたら簡単に絞められるとでも思っておいでなのかしら?」


 クロウは冷静な彼女の言葉に不審顔を見せる。


「人質風情が偉そうな口を……」

「それを言うのでしたら、あなたは犯罪者風情でしょう? 私、犯罪者の方と親しくお付き合いする趣味はございませんのよ」


 そう言うと、ローズはするりとしゃがみ込むようにして彼の腕から抜け落ち、返し反転、彼の股間に遠慮のない肘鉄を打ち込んだ。

 うわ……見てるこっちが痛くなる。

 クロウは言葉を発する事もできずに崩れ落ちるのだが、それに加えて彼女はその背中をヒールの靴で踏み付けて、天使の笑みで微笑んだ。


「存外、他愛のないことですわね」

「ローズ……はしたないからこちらへいらっしゃい。ツキノ、カイト、そいつを拘束して」

「拘束って言ったって何も持ってないよ」

「そいつのベルトで充分よ」


『お嬢』はどうやら今はこの5人の纏め役らしい、なんか格好いいな。

 ローズさんは、変わらぬ笑みでとことこと彼女の傍らに歩み寄り、その横にちょこんと収まった。

 ツキノ君とカイトはお嬢の指示に従ってクロウをベルトで締め上げる。

 気が付けば、背後で争っていたチンピラ達と騎士団員の争いも収束を見せ始めていた。

 そしていつの間にか、そこにはウィルの父親の姿も見えた。

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