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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第一章:運命の子供達

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侵入者たち③

「これで分かってもらえたかしら? 私も数に入れていただいても大丈夫ですわよ」


 またくるりと前を向いたローズ姉はやはり天使の笑みで、なんの邪気もなくにっこり微笑む。


「はいはい、分かったわよ。じゃあ戦闘員は7人ね、まぁ、これだけいればいけるんじゃないかしらね、守らなきゃいけない足手纏いもいないって言うなら、無双状態じゃない」

「だけどルイ姉だけ、得物がないね」

「どうやら私の剣は持ってかれたようね。あんまり短刀は得意じゃないんだけどなぁ」


 そう言って、ルイ姉が靴の踵をコンコンと2回打ち鳴らすと、そこからしゅっ! とナイフが飛び出し、またしてもオレは「おぉ」と感嘆の声を上げてしまう。


「なに、その仕掛け! めっちゃかっけー」

「あぁ、ママが護身用にって仕込んでくれたのよ。うちのママ、手先器用だからね」


 なんという事もない、という顔でルイ姉は屈んでそのナイフを手に持ち、ぽんぽんと握りを確認するように幾度か握り直す。


「こんなの使う機会なんてないと思ってたけど、まさか役に立つ日が来るとはねぇ……」


 ルイ姉はこんな風に攫われてきたのが不本意で仕方がないようで自嘲の笑みを零す。


「とりあえず、作戦的にはローズを囲んで前進かしらね、奴等はローズも戦う気だなんて思っていないでしょうから必ずローズを人質に取ろうとするはずよ、ローズはできれば私達が戦いやすい位置取りをして、うっかり先方が近付いたらあとは好きにやってくれて構わないから」

「うふふ、囮作戦ですね。そういうの得意ですわ」

「上のあんた達は後方支援、ヤバイと思ったら加勢して」


 やはりどこからかコンと返事のような音が響く。


「あとはタイミングね。今から行くのもいいけど、やっぱり定石は夜陰に紛れてだと思うけど、どう?」

「えぇ、別に良くね? さっさとやろうよ」

「俺はルイ姉に賛成だ。ただでさえ状況が分からないのに、無茶はするもんじゃない」


 ここまであまり発言をしなかったツキ兄がぼそりとそう言った。


「えぇ、このメンツだよ? 大丈夫だって、行こ行こ」


 カイ兄はオレに同調するよう声を上げ、これで2対2だ。最後ににっこり笑顔の女神を皆で見やれば「私はルイちゃんの言う通りに動くのが一番だと思いますわ」と周りを見回した。


「3対2でしばらく待機、今日中に片は付くでしょうから、大人しくしててちょうだい」


 この場ではすでにルイ姉がリーダーだ。不本意だけどここはルイ姉に従うしかあるまい。カイ兄は「多数決なら仕方がないね」と頷いて、オレも「へぇい」と返事を返した。


「それにしても広いお屋敷よね、ここってどこの家の屋敷なのかしら?」


 窓には鉄格子が嵌められ外に出る事はできないのだが、その庭の広さから屋敷の大きさを推し量ってルイ姉が呟いた。


「あぁ、なんかロイヤー家がどうのこうの言ってたよ。この屋敷の持ち主は次男の人だとか言ってたかな? 名前なんだっけ?」

「えっと、確かクロウ・ロイヤー?」

「あら、聞いた事がありますわね。あまりいい噂は聞きませんけど」


 カイ兄の言った名前に反応して、ローズ姉が少しだけ眉を顰めた。


「どういう人?」

「元はそこそこ大きな貴族の家柄だったそうなのですが、直系のご子息が何かをやらかしてお取り潰しになったとか。確か国王様の怒りに触れたとか、そんな話を聞きましたわね。お取り潰しになったあとは一家離散になったようなのですが、そのクロウ・ロイヤーさんには商才があったようで、その後商売人として成功されたのだとかお聞きしました。ただ、その商売というのがあまり人に誇れるものではないようでして、社交界の評判はすこぶる悪いですわね」

「それはどんな商売だったのかしら?」

「私も詳しい内容まではお聞きしていませんので分からないのですが、裏の荷物のお取り引きが多いようですわね」

「裏?」

「武器ですとか、毒物ですとかそういう物騒な物だと思いますわ」

「そんでもって人身売買もし始めたって所?」


 口を開いたツキ兄のその一言に「どうやらそのようですわね」とローズ姉は頷いた。


「買う人がいるから売る人がいる、そこに商売が成立すれば商売人なのでしょうね」

「そういうのは商売とは言わないのよ。こんなのただの犯罪じゃない!」


 苛立ったようにルイ姉が、思い切りよく壁を蹴り上げた。


「まぁ、そんな方でしたら遠慮する必要もないですので、思う存分暴れられたらよろしいかと」


 ローズ姉は「私にも出番があるといいのですけど」と呟きながら、またしても「うふふ」と笑みを零した。




 陽の光がもうすっかり傾いた頃、オレ達は部屋を抜け出した。


「なんだかいやに静かね、どこかへ出払っているのかしら?」

「こんなに大きなお屋敷だよ、全部の部屋を使ってるわけじゃないだろうし、そのうちどっかから出てくるよ」


 前方にはルイ姉とオレ、その後ろにローズ姉を挟んで後方にはツキ兄とカイ兄を配してオレ達は進んで行く。

 その廊下は薄暗いのだが、廊下の先が仄かに明るい。


「あの辺に、誰かいそうね」


 そこからは会話もなくハンドサインで、そろりそろりと進んで行くと前方には吹き抜けと大きな螺旋階段が見えた。どうやらそこが屋敷のエントランスなのだと思われる。

 オレ達が進んでいるのは玄関から入ってエントランスの左側奥、明かりが灯っているのはどうやら出入り口で、その辺りには数人、ガラの悪い男達が思い思いに寛いでいた。

 男達は恐らく玄関の見張り番であるのだろうが酒を飲んで談笑しており、まるで警戒の様子も見えない。


「なんか物凄くチンピラっぽい。しかもなんでこんな所で酒盛り?」


 ルイ姉が訝しげに眉を寄せる。


「思うんだけどこの屋敷、ここしか明かりがないんじゃないかな? ここまで廊下を進んできたけど、廊下のランタンは埃被っててあんまり使ってる雰囲気じゃなかったよ。地下通路も地下牢として使ってたけど、僕達が忍び込んできた通路は気付かれてないみたいに何の手入れもされてなかった。今、この屋敷にいる人達って、まだこの屋敷に住んでるって感じじゃないのかもね。どちらかといえば忍び込んで勝手に使ってる感じ?」


 その時、家の扉のノックががんがんと響き渡り、オレ達は身を隠すように暗がりに身を潜ませた。

 酒盛りをしていた男達は胡散臭げな様子でその扉を見やり、一人の男が立ち上がって薄く扉を開けると「何の用だ?!」と声を荒げた。

 玄関外にいる客の声は小さく誰が来たのか分からないのだが、どうやら男達の仲間ではないのだろう、酒盛りをしていた別の男達もゆらりと立ち上がって扉へと近付いていった。


「どうしたんだろ?」

「さぁ……?」


 しばらくの間、対応にあたっていた男の怒声が響くのだが、外の客人は帰ろうとしないようで、表情を険しくした男達が荒々しく外へと向かって行った。

 そして、更にしばらくするとがんっ! と何かが扉にぶつかるような音と共に、酒盛りをしていた男が一人、転げるようにエントランスに戻り、真正面の部屋へと駆けて行く。


「どうやら何か、あったみたいね」

「もしかしたら騎士団員の人達がいよいよもって乗り込んできたのかも?」

「えぇ、せっかく暴れられると思ったのに……」


 ルイ姉がエントランスへ身を乗り出し、オレもその脇からひょいと顔を覗かせる。

 外からはまだ男達の怒声が聞こえてきて、時々激しい打撃音も聞こえてくる。


「これは加勢に行くべきかしら?」


 ルイ姉がそう呟いた所で、玄関先にすっと姿を現したのは先ほどまでのチンピラとは違う雰囲気の、きりっとしたおじさんだった。

 そして、その後に続くように入って来たのは赤髪の青年。

 その姿を見た瞬間オレは驚いて声を上げる。


「どうしたウィル?」

「あれ、ノエルだ」

「ノエル? 誰?」

「ユリ兄の弟候補……って、なんでルイ姉が知らないのさ」

「知らないわよ! 聞いてないわよ、そんな話!」

「もう、どういう事さ……それに一緒にいる人、オレ知らない人だ」


 ルイ姉は瞳を細めてその二人を見やり声を上げる。


「あの人、昔パパの下で働いてた人よ! えっと、名前なんだっけ……えぇっと……そう! コリー副団長!!」

「なんでノエルと一緒にいるの? しかも何でここに来たの?」

「私が知る訳ないじゃないっ」


 オレとルイ姉が最前列で小声で言い合いをしていると、後方で何が起こっているのかまるで見えていないのだろう3人がしびれを切らしたように覗き込んでくる。その時だ、朗々とした声が辺りに響いた。


「さぁ、出ていらっしゃい、クロウ・ロイヤー! お話を伺いに参りましたよ」


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