表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第一章:運命の子供達

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/290

侵入者たち②

 檻の前を駆け抜けて、辿り着いた扉の前。その扉に鍵はかかっていなかった。

 捕まえられた人達は皆檻の中に入れられていたし、扉自体に鍵がなくても大丈夫なのは分かるが、それにしても少し無用心な気がする。


「あの浮浪者が利用していたみたいに、ここはあくまで通り道の一部で、本来ここはこんな風に使う場所じゃないのかもしれないな」

「檻は後から持ち込んだ?」

「そう。しかも通路の向こうにずっと道が続いてるのも気付いていないのかも」


 確かに人を閉じ込めている割にはオレ達が侵入した扉に鍵はなく、無造作に放置されていた。杜撰な管理にも程がある。


「まぁ、こちらとしては好都合、行くぞ」


 何故かいつの間にか先頭にツキ兄が立って先導していく。さっきまで嫌がってたの誰だっけ?

 扉の外には昇り階段、そしてそこをひたすら登っていくとそこにはまた扉があった。


「鍵は?」


 ツキ兄は「しっ!」と口の前に人差し指を立てた。


「どうやら鍵はかかっていないようだけど、外に人の気配がする」


 扉に耳を付け聞き耳を立てながら、小声で言ったツキ兄に倣うようにオレ達も扉にへばりつき外の様子を窺う。


「何人くらいかな?」

「人の話し声からするに2人……いや、3人かな。でも、声だけじゃ確証は持てないな、まだいるかも」


 扉の外では何か少しだけ人が言い争うような声が聞こえた。


「だから、この家は私の物だと言っているだろう! お前達は何の権利があってこの家に居座っている!?」

「あぁ? 何を言っているのか分からねぇな、この屋敷はロイヤー様のお屋敷で、あんたのような浮浪者の家なんかじゃねぇよ!」

「だったらやはり、私の家ではないか! 私はロイヤー家嫡男クレール様だぞ!」


 その男の言葉に何やら周りの男が笑い声を上げた。


「クレール? あの? 穀潰しの嫡男様? おかしな事だ、そいつは牢に入れられ死んだと聞いたぞ?」

「なっ! 失敬な! 私は死んでなどおらぬわ!」

「ふん、浮浪者風情が名を語るにしても、世情を知らんようでは人は欺けないぜ、おっさん」

「返す返すも失敬な! そもそもそのロイヤーを語っているのはどこの誰だ! 私が自ら成敗してくれるわ!」

「ちびたおっさんが威勢のいいこった、今ここを所有しているのは、あんたがもし本物のご嫡男様だと言うのなら、その弟であるクロウ様だよ、どちらにしてもあんたにこの家の権利を主張する権利はない」

「なに!? クロウの!? あやつめ、私の居ぬ間に勝手なことを……」

「へいへい、ご嫡男様、どこから侵入したのか知らねぇが、とっとと出て行ってもらおうか?」

「なんだと! クロウはどこだ! クロウに会わせろ!」


 どうやら浮浪者はここで中にいた誰かに遭遇して、捕まった様子だ。

 次第に声は遠のいて、その浮浪者を声の主達が引き摺っていった事が窺える。


「お、やった、今のうち!」


 人の気配が消えた事を確認して、そろりと扉を開けると、そこは大きなタペストリーの裏側だった。


「うわ、これ隠し通路ってやつじゃん? ちょっとかっけー」

「そんな呑気な事言ってる場合か、不本意ながらここ、敵陣だぞ、見付かったら最後どうなるか分からん場所だぞ!」

「見付かったら倒せばよくね?」


 オレの言葉にツキ兄はまた盛大に溜息を零した。溜息って吐きすぎると幸せ逃げてくって母ちゃん言ってたぞ?


「俺達は完全な丸腰で何の計画もなくここに乗り込んだって事、お前分かってるか?」

「ツキノ~ここにちょうどいい具合に剣が置いてあるよ~ちょっと拝借しちゃおうか」


 その部屋の暖炉の上には交差するように二振りの剣が飾られていて、それは完全に装飾用の剣だと思うのだが、カイトはそれをいそいそと取り外し、一振りをツキノに放って寄越した。


「え~オレの得物は?」

「ウィルの分は……他の部屋に行けばどっかにきっとあるよ☆」


 カイ兄はにこっと笑みを見せるのだが、その剣をこちらにくれる気はさらさらないらしい。


「ちぇ、いいよいいよ、自分で探しますぅ」

「お前達は本当に……」


 ツキ兄が呆れたように眉間を手で押さえる。だってここまで来たら、もうやるしかないだろう?

 その時どこかで微かに物音がして、どこからかストンと短刀が降ってきた。


「うぉっ、危ねぇ! 誰かいる!?」


 けれども部屋はしんと静まり返って、その後は何の物音もしない。


「え? 何? マジなんなの?」

「誰かがお前に得物くれたんじゃね?」

「マジで!? 神様?」


 カイ兄に言われてオレはその短刀を取り上げた。

 ツキ兄は天井の一角をしばらく睨んでいたのだが、その後「とりあえず、使える物は使っとけば?」とやはりまた溜息を零した。




 部屋の外には長い廊下が続いていて、その廊下に面して部屋が幾つも並んでいる。

 その部屋は隠し通路に通じる部屋というだけで、別段通常使いで使われている訳ではないようだ。先程のあの浮浪者を捕まえていった男達も捕まえた者達を牢に放り込んだ戻りだったのだと思われる。


「なんか扉いっぱいあるね、どっから行く? 片っ端から?」

「それもどうかと思うよなぁ……」

「侵入したはいいけど、何にも分からない状態だもんねぇ」


 それでもその通路は真っ直ぐに長く、そこに留まっていればすぐに侵入に気付かれてしまう、とりあえず移動しようか、と周りを窺いつつ移動していると、突然、がつん! とどこかの扉が蹴りつけられるような盛大な物音が聞こえて、3人はびくっと身を竦めた。


「なに!?」

「これはどっかに誰かがいるねぇ」

「そんな事言われなくても分かるっての!」


 その物音は遠慮もなく大音量で響いていて、これはこの音を聞きつけて誰かが駆けつけるのではないかと思うのだが、そんな事もなく音は響き続けた。


「なんか、扉壊そうとしてる?」

「誰か捕まってるのかな?」

「それにしてもこれ、こっそり逃げようとかそんな意識微塵も感じられないな」

『こんの! 無視してんじゃないわよっ! いい加減私をここから出せぇぇ!!!』


 思わず3人は顔を見合わせた。


「これってさ」

「間違いなく、だろうな」

「ルイ姉だぁ!」


 その時、通路の向こうから人の気配がして、慌ててオレ達は柱の影に身を隠した。


「うるせぇんだよ! このアマが! がたがた抜かしてっと、ひん剥いて全員で犯っちまうぞ!」

『できるもんならやってみろっての! そんな事したらあんたの玉、引き千切って野良犬の餌にでもしてやるから!』

「くそっ! 本当に口の減らない女だなっ! なんだってクロウ様はこんな女を……」


 男は一度どんっ! と扉を蹴って「とりあえず静かにしとけ! このアマがっ!」と吐き捨て、また行ってしまった。

 その扉からはまだがんがんと内側から蹴り付けられているような音がする。あの扉、相当頑丈なんだな……


「ルイ姉、相当暴れてるっぽい?」

「これ、少しくらい物音立てても気付かれないんじゃない?」

「とりあえず行ってみるか……」


 扉は尚も蹴りつけられ、扉はがたがた揺れているのだが、やはり相当頑丈な作りのようで壊れる気配は見えない。しばらくすると、ようやく諦めたのか音が止んだ。

 そして、驚いた事に扉が開いた。


「え?」

「ちょ……」

「は!?」

「今のうち、行くわよっ!」


 声を潜めるようにして、出てきた女性とぶつかってしまい、思わず声を上げそうになった女性の口を慌てて押さえ、3人は出てきた女性を押し込むようにして、部屋の中へと転がり込んだ。


「なっ、えぇ……なんであんた達ここにいんのよ……」

「それはこっちのセリフ、なんでルイ姉捕まってんのさ」

「なんでって、それはこっちが聞きたいわよ。ローズとお祭り見物しながらお茶してたら、急に意識が遠のいて、気が付いたらこの有様だったのよ。私だって何がなにやらさっぱりよ」


 部屋に押し戻されて尻餅をついたルイ姉は胡坐をかいて、不貞腐れた顔を見せる。

 髪は短く切り揃えられ、一見男性にも見えなくもないのだが、顔立ちは非常に整った綺麗な顔立ちをしている。だがその一方でその動作は少し荒っぽく、彼女は自身の真っ赤な髪を掻き上げて溜息を零した。

 そしてその後ろにはこれまた飛び抜けて綺麗な女性が場に不釣合いな程の笑顔でにこにこと3人を見やり「ルイちゃん、お友達?」と首を傾げた。

 栗色の髪は腰ほどまで長く、波打つように背中でふわふわ揺れている。


「もしかして、ローズ姉?」

「あら、私をご存知ですか? イリヤにはあまり知り合いもおりませんのに」

「オレ、ウィル! ウィル・レイトナー、姉ちゃんの従弟だよ!」

「あら? ウィル君? ずいぶん大きくなりましたねぇ、私が以前お会いした時にはこんなに小さかったのに」


 そう言ってローズと呼ばれた娘が掌でかざした高さは床から多少上がった程度の場所で、それって乳飲み子って言うんじゃ……と思いはしたのだが誰もとりあえず突っ込みは入れなかった。


「それにしても2人は何でここにいるんだろうね? 他の人はみんな檻に入れられてたのに」

「え? 私達の他にも誰か捕まってるの?」

「うん、地下通路みたいな場所で檻に入れられて捕まってるよ」

「それは大変ね、助けに行かなきゃ!」

「でも檻の鍵がないんだよ。誰が持ってるかも分からない」


 ルイはその言葉に「そんなのなくてもへっちゃらよ」と手に持った小さく細いピンのような鉄の棒をチラつかせた。


「お姉様にかかれば鍵なんてちょちょいのちょいなんだから」

「さすがルイちゃん、でもたぶん無理だよ。あそこに捕まってるのは皆Ωの人達で、不安感からかフェロモンの制御が利かなくなってる、αのルイちゃんにはキツイんじゃないかな」


 カイトの言葉にルイは「あら……」と少し険しい表情を見せた。


「それは厄介な事ね、私じゃ助けに行って、逆に襲っちゃうかもだわ」

「だよね、だから僕達檻の鍵を奪いに来たんだけど、まだこの屋敷の中の事、全然分からなくてさ、様子窺ってたらここでルイちゃん達を見付けたんだよ」

「あら、そうだったの。こっちは鍵の問題はなかったから逃げる時間稼ぎだけしようと思って、少しばかり暴れてたのよね。散々悪態吐いておいたから、しばらくあいつ等来ないんじゃないかしら」

「そうなんだ、なんか邪魔しちゃったみたいでごめんね」

「別にいいわよ。他にも捕まってる人がいるって言うなら、私達だけで逃げ出す訳にもいかないしね」


 ルイ姉はけろっと言葉を吐き、その後ろでやはりローズ姉はにこにこと笑っている。


「ローズ姉は怖くないの?」

「私ですか? こんな事は日常茶飯事ですもの、もうすっかり慣れてしまいましたわ。それに今回はルイちゃんがいるので、怖くはないですよ」

「日常茶飯事……?」

「はい、今回は救出が遅いなぁと思っていた所です。ですが、他にも捕まっていらっしゃる方がいるのでしたら、時間がかかっても仕方ありませんわね」

「ローズは呑気過ぎ! 何かあってからじゃ遅いんだから、もっと危機感を持って生活しなきゃ!」

「危機感はちゃんと持ってますわよ? ですが、持っていた所で攫われてしまうものは仕方がないじゃないですか」

「仕方がない、じゃなくてね……」

「こういう場合の対処法はちゃんと叩き込まれておりますよ、実際、私あのお茶は飲んでいないので、意識を失ったりはしていませんもの」

「え……」


 ルイ姉が驚いたようにローズ姉を見やる。


「ルイちゃんが倒れておろおろしていたら、親切な方がここへ連れてきてくださったのですが、閉じ込められてしまいましたのよ?」

「こんな変な屋敷に連れ込まれる前に、大声出すとかできたんじゃあ……」

「ルイちゃんが人質みたいなものでしたのでね。私も変だなぁと思いはしたのですけど、流れに身を任せてみましたのよ」


 うふ、とローズはまた笑みを零した。

 その笑顔は天使を思わせる極上の笑みだが、何か対処法を間違えている気がしなくもない。


「うん、まぁ、終わった事を今更言っても埒が明かないからもういいわ」

「うふふ、これからどういたしましょうねぇ」


 まるで困っている風でもなく、やはり彼女はにこにこと笑っている。


「とりあえず、逃げるのは中止。どうやら私達と他の人達は攫われた目的が違いそうだから、少し様子を見てみましょ。あんた達も無闇に動いて見付かるとヤバイし、しばらくここに隠れてたら?」

「えぇ~オレ等、犯人ぶっ飛ばしに来たんだよ。そういうの好きじゃない」

「まぁ、その気持ちも分からなくはないけど、犯人の目的も分からないのに無闇に動き回るのもねぇ……あぁ、でもそういえばカイトとツキノがここにいるのね、だったらあの人達もいるかしら?」


 腕を組んでルイ姉は宙を見上げ「居るんだったらノック3回」とどこへともなく声をかけた。

 すると、どこからともなくコンコンコンとどこか壁を叩くような音がした。


「あら、やっぱりいるんじゃない」

「そっちは何人いるの? 戦闘できる人がいるなら、その人数分」


 すると今度はコンコンと2回音がした。


「2人か、6人じゃちょっと厳しいかしらねぇ……」

「あら、ルイちゃん、人数は7人じゃなくって?」

「ローズは戦力外でしょ、数に入れる訳にいかないわよ」

「あらあら、うふふ。私、これでいて意外と戦闘力は高くってよ? 昔は一緒に遊んだ仲なのに忘れてしまった? あなたのお母様に戦い方を一緒に教わっていたのお忘れかしら?」

「あんなのほんの子供の頃の話じゃない、ママだって本気で教え込んでた訳じゃないわ、子供のお遊びよ」

「うふふ、でもね、私あれからお父様からも一通りの護身術を叩き込まれていますのよ、武器だって、ほら」


 そう言ってローズ姉は長いロングスカートをたくし上げ、その太ももに吊るされたレッグホルダーからナイフを取り出した。


「あらやだ、セクシー。年頃の男の子達もいるんだから目に毒よ、止めてちょうだい」

「うふふ」


 バタフライナイフを煌かせて美貌の麗人はまた笑みを見せ、後ろを向いてそのナイフをしまい込む。

 オレが思わず「姉ちゃん、かっけー」と拍手をおくると、ツキ兄とカイ兄は何故か真っ赤になってローズ姉から目を逸らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ