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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第一章:運命の子供達

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侵入者たち①

 少し時は遡り、ウィル・レイトナーは苛立っていた。

 両親から叩き込まれた剣技と体術は大人と互角か、最近ではその大人相手でも白星をあげる事もあるというのに、それで悪い奴を捕まえたら、何故か拳骨付きで怒られた。納得いかない。


『お前はまだ子供、こういうのは大人の仕事でお前達は守られるのが仕事だっ!』


 その子供がいなかったら、犯人を取り逃がす寸前だったのに、これってとっても理不尽だ! ちゃんと取り押さえて、自分は怪我もしてないし、なんで怒られなきゃいけないのかが分からない!

 あんまり頭にきたので、そのまま飛び出して来ちゃったけど、知らない! スタール団長の馬~鹿! 強くて格好いいから、ちょっと憧れてたのに! もう嫌いだ、あんな人!

 あぁ! もうむしゃくしゃするっ! この気持ちをどこに持ってけばいいのか分からない、ムカつく! ムカつく!! あぁ、ムカつく!!

 苛々と足早にどこへともなく歩き続けた、祭りの喧騒さえもなんだか今は煩わしい。

 ずんずんと歩き続けていると前方に見知った顔が見えた。ツキ兄とカイ兄だ、昨日あれだけ大喧嘩してたくせに、やっぱり今日も一緒にいるんだ、変なの。


「おぉ~い、ツキ兄、カイ兄! どっこ行くのぉ~?」


 ツキノの表情が少しだけ険しくなった、まぁ、ツキ兄はいつでも不機嫌だけどね!


「やぁ、ウィル坊、今日も元気だね」


 カイ兄は相変わらずにこやかだ、昨日はあんなに怒ってたのに、その怒らせた元凶引き連れてご機嫌なんだからオレにはよく分からないよ。


「元気だけど腹は立ってる、カイ兄、なんか楽しい事ない?」

「何かあったの?」


 オレはさっき第5騎士団の詰所であった事を2人に話すと、ツキ兄はますます表情を険しくさせ、その一方でカイ兄はオレに同調して「それは酷いね」と頷いてくれた。


「だろぉ? オレ、ちゃんと悪い奴捕まえたんだぞ、それなのにそれって酷くねぇ?! なんかホント腹立つ!」

「分かる分かる、腹立つよねぇ。そんな君に朗報だ、今から僕達ちょっと悪い奴捕まえに行こうって話しをしてたんだけど、ウィル坊も一緒にどう?」

「おい、カイト!」


 慌てたようにツキ兄がカイ兄の腕を掴むのだが、カイ兄はまるで意に介さない。


「悪い奴? 誰?」

「それはね、今巷を騒がせてるΩ狩りの犯人さ」

「マ・ジ・で!? 行く!」

「おい、ウィルも乗ってくるな。こういうのは本職に任せとけばいいんだ。俺達が下手に手を出さない方がいい」

「そんな事言って、ツキノはただ面倒くさいだけだろ? いいよ、だったら僕はウィルと一緒に行ってくる。行こ、ウィル坊」

「いいね、いいね、こういうの大好きだよ!」


 オレとカイ兄がノリノリで行こうとする傍ら、ツキ兄は盛大に溜息を吐いて付いて来た。

 別に一緒に行こうなんて言わないし、嫌なら付いてこなくてもいいのに。


「で? で? どうすんの?」

「まずはその辺でΩのフェロモンばら撒いて、犯人をおびき寄せようかなって思ってるんだけど」

「おい! それは駄目だって言ってるだろ!」

「もう、ツキノはうるさい! 邪魔するなら先に帰ってていいよ」

「別に犯人おびき寄せなくても、アジトに直接乗り込めばよくない?」


 オレの言葉に2人が「ん?」とこちらを向く。


「なに、ウィル坊は犯人のアジトを知ってるの?」

「うん、父ちゃんに聞いた。本当はオレ、今日はそれを見に行ったんだよ」

「へぇ、そうなんだ。じゃあその場所教えてよ」

「いいよ、こっち!」

「こら! カイト! ウィル!」


 もう! ツキ兄いちいちうるさい! 自分は好き勝手やってるくせに、他人のやってる事にいちいち口出してくるの、どうかと思うぞ。

 オレとカイ兄が和気藹々と歩く後ろを、ツキ兄はやはり不機嫌顔で付いて来て、本当に意味が分からない。

 オレ達は連れ立って、先ほどノエルと一緒に赴いた高台へと向かった。

 そういえばオレ、ノエルを騎士団詰所に置いてきちゃったな。戻るの癪だし、ノエルはオレより年上だし、別に大丈夫だよな、うん。

 でもまぁ、後で様子は見に行こう。


「へぇ、あそこ?」

「そう、もう場所も分かってるんだし突入すればいいのに、なかなか動かないんだよ」

「周りに騎士団員の人もたくさんいるね、話聞けないかな……」

「第5の人達はスタール団長と同じで頭堅いし、父ちゃんも一応近付くなって言ってたから、聞けないと思うよ」


 アジトであるその屋敷の周りは傍目からは何もないように見えるが、よく見ると完全に騎士団員によって包囲されている。近付けば「子供の遊び場じゃない」と放り出されるのは目に見えていた。


「ふふ、これだけ完全包囲されてる中、忍び込んで悪人退治したら僕達、ちょっと格好いいんじゃない? 大人達を出し抜いて事件解決とかぞくぞくするね」

「カイト、無謀な試みは止めろ。事件に下手に首を突っ込めば、現場を混乱させるだけだ。拳骨だけじゃ済まなくなるぞ」

「だ・か・ら、嫌ならツキノは来なくていいって言ってるじゃん。僕の事は放っておいてよ、どうせ僕なんて友達でもなんでもないんだろ」


 あ……カイ兄まだ地味に怒ってた。ツキノは不機嫌顔を更に険悪化させる。


「あぁ、分かったよ好きにしろ! 俺は帰るからな!」


 踵を返し、立ち去ろうとしたツキノだったのだが、前方に不審に蠢く何かを見付けて眉を顰めた。


「なんだ、アレ……」


 よくよく目を凝らしてみれば、それは襤褸ぼろを纏った小太りの小さな男で、ツキノは更に眉を顰める。


「どうしたの? ツキ兄?」


 なかなか立ち去ろうとしないツキノに声をかけると、彼は「何か変なのがいる」と呟いた。


「変なの?」


 オレがツキ兄の視線の先を覗き込むと、そっぽを向いていたカイ兄も興味を惹かれたのか、ちらりと視線をそちらにやった。


「なんだろ、浮浪者かな?」

「まぁ、身なり的にはそうだろうな」


 その浮浪者はよろりよろりと進んでいき、ある場所で周りをきょろきょろと見回すと、蹲り何かごそごそやっていたかと思うと、ふいに姿を消した。


「え? あれ? 消えた?」

「消えたというか、あそこ何かあるんじゃないか……?」


 オレとツキ兄でそんな会話をしていれば、好奇心旺盛なカイ兄が黙っていられるはずもなく「行ってみよう」と怒っていた事も忘れて駆け出した。


「おい! こら、カイト!」

「探求はね、躊躇ってたら駄目なんだ。気になるんだったら、すぐに確認しないとだよね、あはは」


 カイ兄のこういう所、ホント突き抜けて潔いよね。そういう所、大好きだ。オレはカイ兄につられるように駆け出して、更にツキ兄もそれに付いてくる。

 ツキ兄って、いつも「嫌だ、面倒だ」って言ってる割に付き合いいいよね。


 浮浪者の消えた辺りを一足先に着いたカイ兄がごそごそと漁っている、そこは草が伸び放題の荒地で、人はほとんど寄り付かない場所だった。


「カイ兄、何かある?」

「ん~? ん? あ……扉発見!」


 そこは完全に草に覆われていたのだが、斜面に面するように小さな扉が隠されるようにあって、カイトはそれを覗き込む。


「なんだろ? 洞窟でもあるのかな? 鍵は?」

「鍵は付いてないっぽい、あんまり使われてる感じじゃないね、扉も半分くらい腐ってる。これ、放っておいたら危ないんじゃないかな」


 カイ兄がそっとその扉を動かすと、軋みながらも扉は開いた。その中は洞窟のようになっているのかと思いきや、見えたのは長い階段とその先はどうやら通路になっている様子で、オレ達は首を傾げた。


「これ、どこかに繋がってるって事?」

「まぁ、そうなんだろうね」


 道の先は真っ暗で何も見えない。その先に何があるのかも予想できないのだが、カイ兄はその中へ躊躇もなく足を踏み入れた。


「な! カイト行く気かっ!?」

「え? だって、こんなの行くしかないじゃん。わくわくするよねぇ、こういうの」


 鼻歌でも歌い出しそうに楽しげなカイ兄と、またしても盛大に溜息を零すツキ兄。

 オレもそこに頭を突っ込んで「ツキ兄はどうするの?」と聞くと、険しい顔で瞬間考え込みはしたのだが「……行くよ」とツキ兄も付いて来た。

 やっぱりツキ兄付き合いいいよね。


 階段も通路も細く狭い。もし万が一さっきの浮浪者のような人が戻ってきたら逃げる場所も隠れる場所もないし、勿論すれ違う事すらできはしない。

 道は真っ暗で、何か明かりになるような物でも持っていれば良かったのだが、そんな物の準備もなく、オレ達は一歩一歩を探るように進んで行った。


 もしかしたらどこかであの浮浪者の人に見付かるかも、とも思ったのだが、その人は道を戻ってくる事もなく、オレ達は押し合いへしあい進んで行く。


「カイ兄、なんか見える?」

「今の所は何も……あ、ちょっと広くなった」


 少し屈みこむような姿勢で進んでいたオレ達だったのだが、確かに途中から道は多少広くなり格段に歩きやすくなる。入り口付近はあまり人の出入りもないようで荒れ放題だったのだが、そこは少しだけ人の手が入っているようにも感じられた。


「なんか先の方に少しだけ灯りが見える。見付かるときっとヤバイよねぇ……」

「もしか、これが人の家の所有物だったら不法侵入だもんねぇ」

「ってか、これ明らかに不法侵入だろ……」


 そろりそろりと壁に沿うように歩いて行くと、どこからか甘い匂いが漂ってきた。


「あれ、これって……」

「あ、やべ……今日俺薬持ってねぇ」


 戸惑ったように言ったツキ兄に、オレは首から提げた小瓶から薬を取り出し、自分も口に含みつつツキ兄に差し出す。


「ツキ兄は駄目だなぁ、昨日ユリ兄に怒られたばっかりじゃん?」

「普通、こんな状況想定しないだろうが……」


 薬を噛み砕きながらツキ兄はぼやいた。

 進むに連れて立ち込める甘い薫り、これは明らかにΩのフェロモンの薫りだと思う。オレはあまり番のいないΩの人に会った事もなく、その誘うような薫りを嗅いだ事もないのだが、たぶん間違いない。少し頭がくらくらする。


「αの君達にはキツイかもねぇ、僕ちょっと行って様子見てくるよ」

「単独行動は危険だ、止めろ!」

「そうは言っても、これじゃあ君達、進むのもちょっと厄介なんじゃないの?」


 同じΩであるカイトは動じた様子もなくずんずん進んでいく。

 カイ兄って意外と怖い物知らず。


 通路の先、少し開けた場所を覗き込んで、カイトは「あ……」と声を上げて、駆けていく。


「こらっ、カイト!」


 声を潜めながらもツキノは制止しようと手を伸ばすのだが、届かない。

 そして甘い薫りは更に強くなる。


 ウィルがその道の先を恐る恐る覗き込むと、そこは地下牢のような場所だった。

 幾つかの檻の中に蹲るようにして何人かの女の人が泣いていた。そのひとつに駆け寄ってカイトはその中の女性の一人に声をかける。


「大丈夫? これどうしたの? どうなってるの?」


 突然の珍客に、泣いていた女性は顔を上げて「助けて!」と檻の中からカイトの方へと駆け寄り、手を伸ばした。


「うん、助けたい。だから、落ち着いて。ここは何処? この檻の鍵は?」

「場所は分からないわ、どこかの屋敷の地下みたいだったけど、目隠しをされていたから分からないの。鍵も私達をここに放り込んだ人達が持っていってしまって、どこにあるか分からない」


 泣きながら彼女は首をふる。そのたびごとに甘い薫りは零れ出て、オレとツキ兄はその場から動けなかった。近付いたら自分達の理性が飛びそうだったからだ。

 彼女達はΩだ、きっと彼女達はΩ狩りに遭った被害者に違いない。


「その人達はどこ?」

「私達は向こうから来たわ。あなたはどこから来たの?」

「僕は向こう、あっちに外に出られる通路があるよ。まさかこんな所に繋がってるとは思わなかった。変な浮浪者みたいな人を追いかけて来たんだけど、見なかった?」

「そういえば、さっき変な人が向こうに歩いて行ったわ、まるで私達の事は見えてないみたいに何かぶつぶつ呟きながら歩いて行ったから、私怖くて声もかけなかった」


 その女性の指差す先は、やはり鍵を持っているという人間のいる方向と同じで、カイ兄はひとつ頷いた。


「うん、分かった。僕達行ってくるよ、必ず助け出すから待っててね」

「あなたの他にも人がいるの?」

「向こうに友達がいるけど、αだからここに近付けないんだよ。ここには何人くらいいるの? なんだか凄くΩのフェロモンがたちこめてる」

「私には分からないわ、だけど凄く小さな子もいるの。感情に左右されたり、他人に触発されたりして自分達でフェロモンの制御ができなくなってるのよ」


 脅えたように他の檻に入れられた女性達も窺うようにこちらを見ているのが分かる。


「そうなんだね、不安なのは分かるけど、これはあんまり良くないなぁ。でも不安な物は仕方がないよね。あともう少しだけ辛抱してて」


 そう女性に告げてカイ兄はオレ達の元へと戻ってきた。


「この人達フェロモン制御はできなさそうなんだけど、2人共向こう行ける? 敵は向こうにいるみたいだよ、あの変な浮浪者もね。もし駄目そうなら僕一人で行ってくるけど……」

「簡単に言うな! ここどう見てもあの屋敷の地下じゃねぇか! 外にいるのはΩ狩りの犯人だろ! しかもさっきの浮浪者も仲間だって事だろうが!」

「まぁ、ここまでの情報を纏めればそうなるだろうねぇ」

「オレは平気だよ、ちゃんと薬飲んだし、息止めてけば行ける行ける」

「ウィル坊は外見は大人でも本当に中身はお子様だな……」


 ツキ兄の言い草に「だったらツキ兄だけ残ればいいじゃん」とオレが言うと、ツキ兄も渋々「俺も行く」と頭をふった。


「でも、その前に……」


 言ってツキ兄はカイ兄の肩口に顔を寄せ思い切り息を吸い込んだ。これは一体何の儀式だ?

「行くぞ」と呟いてツキノは駆け出す、それにつられるようにしてカイトも駆け出し、オレもそれに続くようにして2人の後を追った。


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