纏わりつく不安③
華がない……何というか空気が重苦しい。
ミヅキさんが決定した部屋割りで割りふられたメンバーに文句はないけど元々俺はユリウスさんやイグサルさんとは知り合いでもないし、ムードメーカーのウィルと、まだそれでも話ができるツキノ、そして俺の心の癒しであるミヅキさんが全員別部屋で、俺は沈黙に耐え切れない。
お願い、どっちでもいいから何か喋って! いや、もうここは明日に向けて寝てしまうに限るのか?
「……はぁ」
窓の外を見詰め物憂げな溜息はユリウスさん、イグサルさんはベッドの上で険しい表情のまま、目を瞑り何事か考え込んでいる。まぁ、なんかこれから向かうメルクードでも色々問題はあるみたいだし、そんな顔になるのも分かるけど、せめてもう少し何とかならないかなこの空気……
「お腹が、空きました……」
は?
ぼそりと溜息と共にユリウスさんの口から零れ落ちた言葉、今のはもしかして俺の聞き間違い……? そう思う刹那、盛大な腹の音が部屋に響き渡る。ええぇぇえぇ……ユリウスさんが物憂げだったの、ただ単に腹が空いてたせいなのか!?
「お前は本当に相変わらずだな」
「だって、あの程度の晩御飯で足りるわけないじゃないですか、今朝はノエル君の手料理を心ゆくまで堪能したというのに、晩御飯のあのしょぼさ……完全なるノエル君ロスです……辛い」
そう言って彼は腹をさする。
俺達の晩御飯は馬車の中、休憩の合い間にその辺で買ったツマミのようなものだった訳だが、どうやら彼はそれではとても足りなくて、腹を空かせているらしい。
「あの、おやつ有りますよ? 食べますか?」
鞄の中からクッキーを取り出して手渡す。これだけじゃ腹の足しにはならなさそうだけど、彼は「ありがとうございます」と受け取った。
「ところでロディ君は本当にソファーでいいんですか? 狭くないですか?」
「俺が狭いという事はお2人だともっと狭いという事ですよ、大丈夫です」
ユリウスさん、イグサルさんは共に俺よりも体格がいいのだ。しかも、この3人の中で俺が一番年下な訳だし、ここはちゃんと譲らないとな。ソファーで寝るのは初めてだけど、ふむ、別に寝心地は悪くなさそうだ。そもそも屋根のある場所で寝られるだけマシだろう。
幼い頃、母から寝物語に聞いた冒険譚、主人公は野宿で食べる物も木の根っこだったり、その辺を走り回る小動物だったりしたその話を思い出す。それに比べたら馬車に揺られ、雨風しのげる場所で寝起きできるというのはそれだけでもう優雅な旅行だ。
そういえばあの物語も主人公がルーンからメルクードに向かって行く話だったな、どういう話だっけ? 覚えてないや。
途中山賊に襲われたり、道に迷ったり、不思議な物を見たり、ワクワクしながらその話を聞いていたはずなのに、もうすっかり忘れてしまった。
俺がそんな事を思い出して物思いに耽っていると、イグサルさんが「なぁ」と意を決したようにこちらに声をかけて寄越した。
「えぇと、俺ですか? はい、何でしょう?」
「お前は……女好きなのか?」
はい? 意味が分からず小首を傾げる。女好き? はて、それはどういう意味だ? 男ばかりのこの旅で、猥談でも始めようというのか? 確かに男が寄ってたかれば好みの女の話になる事が多いけど、そういう話なのかな?
「女性は普通に好きですよ?」
「さっきのああいうのは、よくやっているのか……?」
さっきの? あぁ、宿屋の受付嬢の?
「別にそんなにしょっちゅうやってる訳ではないですよ。あまり面倒事が好きではないので、穏便に事を運ぼうという時に使う事が多いですかね。割とベータ相手にも使えるんですよ」
「あぁ、そうだろうな、俺にも分かったくらいだ、きっとそうなんだろう」
「あれ? イグサルさんはベータですか?」
今回の旅の仲間は皆揃いも揃ってバース性ばかりだと思っていたので、正直意外だ。ウィルもアレに反応していたから彼は間違いなくアルファだろう。ユリウスさんもそうだ。ツキノもアルファでその番であるカイトはオメガ、ミヅキさんもオメガで、残るイグサルさんも必然的にアルファだと思い込んでいたのだが、違ったんだ? けれど、彼もノエルと同じでバース性の知識はあるみたいだな。
「この仲間の中で俺とミヅキはベータだよ」
「え? ミヅキさんオメガですよね?」
驚いた顔のイグサルさんと、ユリウスさん、あれ? おかしいな……?
「ミヅキはベータですよ?」
「え……でもミヅキさんからオメガの匂いしますよね……?」
「私は感じた事ありませんね」
「俺はそもそもそんな物は分からない」
えぇ? おかしいな、確かに昨日ミヅキさんから甘い薫りが薫ったのだ、それは間違いなくオメガの匂いだと思ったのに……俄かに少し不安になる、だって俺は元々このバース性のフェロモンに関してあまり鼻が利く方ではないのだ。
「今までヒートが来てるのも見た事ないですよ、ね? イグサル?」
「あぁ、そうだな」
「うちの母、ヒートは一日で終わる特異体質なんですけど、そういうのもあったりしません?」
「そう言われるとカイトの母親のカイル先生もヒートのない特異体質でしたね……」
へぇ、そういう人もいるんだ?
「ミヅキも特異体質? そんな事ってありますか? イグサル聞いてないんですか?」
「そんな話しは聞いたこともない、俺はミヅキをオメガだなんて思った事、一度もないし、そもそも女だともあまり思ってなくて……」
「何でですか? ミヅキさん、美人なのに!」
「美人……?」
いや、何でそこで疑問系? ミヅキさん、どう見ても美人だろ?!
「稀に運命の番相手にだけその匂いが分かる、という場合があると聞いた事もありますけど……」
え? マジか? 『運命の番』? もしかして俺とミヅキさんって運命の番なの? これはちょっと嬉しいぞ。
「そんな話しは聞いてない!」
完全に機嫌を損ねた風のイグサルさん、あれ? もしかしてこの人……?
「イグサルさんって、ミヅキさんの事、好きなんですか……?」
「なっ! そんな訳ないだろう!」
あれ? 完全否定? 意外だな、勘が外れたか。
「だったら、俺とミヅキさんが運命の番だったら、ちゃんと応援してくれますか?」
「な……」
彼はミヅキさんの幼馴染だと言うし、そんな人が手助けしてくれたならこの恋はいっそう楽に進みそうだ。運命の番か、いやぁ、なんか照れるなぁ。
魂で結ばれた運命の番、出会えば一目でその人だと分かるという、確かに出会ってすぐに惚れ込んだし、運命的ではあるよな、うん。
「もしそうだとしたら、私は応援しますけど……」
ユリウスさんはそう言うものの、ちらりとイグサルさんの顔色を伺う。やっぱりイグサルさんってミヅキさんの事好きなんじゃないの? もしかして完全無自覚? 変に自覚させるより、このままにしておいた方がいいのかな? 恋のライバルを増やすのも煩わしい。
「ありがとうございます、イグサルさんも宜しくお願いしますね」
にっこり笑って宣戦布告、彼は憮然とこちらを見やった。もしかして、馬車の中で機嫌が悪かったのも、俺がミヅキさんの横を陣取っていたからか? この部屋に入ってからも険しい顔なのは俺の事が気に入らないからなのかな? でも無自覚で独占欲丸出しとか、それはどうかと思うよね。
やるからには正々堂々、自覚してから出直して、という感じだ。
「それでは今日はもう夜も遅いので、お先に休ませてもらいますね」
俺はソファーに横になって、薄い毛布を被って身体を丸める。うん、意外と収まりいいな、このソファー。
「おやすみなさい」とユリウスさんは返してくれたが、イグサルさんからの返事はない。
『運命の番』、なんていい響きだ。本当に彼女が俺の運命の番だったらいいのだけどな。




