纏わりつく不安①
がたがたと揺れる馬車、心地良い揺れにふと気が付くと俺は傍らに座るカイトにもたれかかるようにして寝入ってしまっていたようだ。乗車中の馬車はルーンから国境まで、そこで別の馬車に乗り換えてランティスの首都メルクードまで、道程は概ね3日程だ。
「ツキノ、目が覚めた?」
声をかけられ顔を上げると、カイトが俺の顔を覗き込んでいる。ああ、カイトだ。夢じゃない。
一年離れ離れで生活してきて、目を覚ました瞬間にいつも見ていたはずの金色が傍にいない事にいつもぽっかり心の中に穴が開いたような気持ちがしていた。
だけど今日は違う、カイトはここにいる。
「ここ何処?」
「もうじき国境だって。今日はそこで一泊、乗り換えがあるから忘れ物がないようにそろそろ準備しておかないとね」
カイトの穏やかな声に俺は瞳をこする。もう間もなくランティスに入るらしい。俺は自分の荷物を確認して鞄を肩にかける。
「忘れ物ない? 大丈夫?」
「そもそも荷物がほとんどないからな……ん、大丈夫」
間もなく乗り合い馬車が国境の町に着く。今日はここで一泊、明日の朝一からランティス、メルクード行きの馬車に乗り換える。
「あぁ、身体凝ってる。俺、ホントじっとしてるの嫌いだなぁ」
「オレも~動かないと逆に疲れるよね」
俺が伸びをすると傍らでウィルも一緒になって腕を回している。間もなく国境に到着という事で馬車の乗客達も降車の準備を始めていて、静かだった馬車内が少しだけざわついている。
俺が首を回してふと視線をカイトに向けると、カイトは俺を見ていたのだろう、ニコッと笑って俺に寄ってきた。
「なに?」
「ツキノがいるなぁって、嬉しくて」
そう言ってカイトはぎゅっと俺を抱き締める。
まぁ、それは別にいいんだけど、カイトの傍にいられるのは俺だってもちろん嬉しいからいいんだけど! 抱き締められた事で更に実感するこの体格差……お前、どんだけ身長伸びてんだよ! こちとら1㎝も伸びてないって言うのにズル過ぎんだろ!
「もう! お前、引っ付きすぎ! ちょっとウザイぞ」
腹立ちまぎれにそう言えば「だってツキノがここに居るんだよ、無理、離れられない」と更にぎゅうぎゅうと抱き締められて俺は完全に抱き潰される。
お前、実は力も強くなってないか? 抱きつかれるのは嬉しいけど、これは本当に嬉しくない。
俺はいつまでも俺を離そうとしないカイトを無理やり引き剥がす。
「まだ足りないよ!」
「いつまでもこんな事してたら置いてかれるだろうが! ほら!」
俺が掌を差し出すとカイトは瞬間キョトンとした表情を浮かべ、掌の意味を察したのか、またにこりと笑みを浮かべた。まぁ、手を繋いで歩くくらいなら別にいいだろ。
今晩の宿はカイト達がルーンに向かう時にも泊まった宿と同じ宿だと言うので、俺達は迷いもなく連れ立って宿へと向かう。その宿はそこまで豪華ではないけど、寂れてもいない普通の宿だと聞いた。
カイトと手を繋いだまま歩いていたら、向かいから歩いてきた細身の男にぶつかった。どうやら男は酔っているようで、呼気がどうにも酒臭い。
ふらつきながらぶつかってきたのは男の方なのに「ガキが商売女なんかとちゃらちゃら歩いてんじゃねぇよ、クソがっ」と悪態をつかれて瞬間意味を図りかねる。
ガキ? 女って俺の事か? しかも言うに事欠いて商売女? は?
「ぶつかって来たのそっちだろ! それに俺は商売女なんかじゃねぇよ!」
脊髄反射的に返答し酔っ払いを睨み付けると、まさか俺にそんな返しをされると思わなかったのだろうその酔っ払いはぎらりとこちらを睨む。
「あぁ? 山の民が生意気な口聞いてんじゃねぇ」
「はぁ!?」
「そんな黒髪を晒して、よくものうのうとこの町を歩けたもんだな、この悪党が」
「なんだと!」
俺が売られた喧嘩は買うつもりで身構えたら「悪いね、うちの子が迷惑かけた、これで勘弁してくれ」と、どこからともなく現れた黒髪の男が俺と酔っ払いの間に割って入って、そいつに何かを握らせた。
そいつはそれをちらりと確認して、ちっ、と盛大に舌打ちを打つと、踵を返し、そのまま行ってしまう。
「ちょ……! なんだよソレ! 俺、何も悪いことしてないのに!」
「最初から絡み目的だ、無駄に関われば疲弊するのはこちらだ。ああいう輩には関わるな」
「でも……!」
「最初から分かっていただろう、ランティスに来ればお前がどういう扱いを受けるか俺達は何度もお前に説明したはずだ。それでも来たいと言ったのはお前だし、片端から喧嘩を買っていくのは勝手だが、その場合同じ黒髪である俺達にまで風評被害が広がる事をお前は理解していない。俺達は自分達の居場所を快適な物にする為に努力をしている、それを邪魔する権利はお前にはない」
淡々とした言葉だ、俺はむすりと黙り込む。
確かに彼の言っている事は正しいのかもしれない、けれどそれはされた理不尽な行いをただ黙って耐えていろというそういう事で、俺はとても納得がいかない。
「お前は皆に守られ育てられ、幸せな環境で育っている。黒髪差別を知らずに育ったお前にはランティスは事の他居心地が悪いはずだ、それでも行くと言ったからには、覚悟を持て。お前の行動ひとつひとつが俺達のこれからを左右するという事を理解しろ。元々黒髪の山の民は荒くれ者と言われている、そのイメージを払拭する為に俺達がやってきた努力を無に返すような行動は看過できない」
「ごめんなさい、僕も気をつけるから、もうその辺にしてあげて」
カイトが俺と男の間に入るようにして俺を庇った。
くそっ、確かにその通りだよ、俺は何もかも理解した上でカイトに付いてきた、だからこういう事も当然あって当たり前だったんだ。だけど、俺が考えているよりずっと差別というのは根深いらしい。
こんな事でいちいちキレていたらこの先やっていけないのか、と改めて実感した俺は大きくひとつ深呼吸をして「ごめん、分かった」と頭を下げた。
先を歩いていたユリ達が、何かあったか? と戻ってきた。
「何でもない」
言葉少なに返事を返して俺は改めてカイトの手を握る。旅はまだ始まったばかりなのだ、こんな事でいちいち疲弊などしていられない。
それにしてもそんなに好きではなかった自身の黒髪。カイトが好きだと言ってくれたから、嫌いにはならずにきたけれど、その黒髪がここまで世間に疎まれているのだという事をここにきて俺は初めて知った。
そしてそんな黒髪差別は更に続く。今度は宿の受付で、俺達はまた足止めを喰らってしまった。
「先程まだ部屋は空いていると仰っていたはずですが、どういう事ですか?」
ユリが受付に食って掛かっている。受付嬢はちらりとこちらを見やって「ご予約のお客さまを忘れていたのです、部屋はもう満室です」と淡々と俺達に告げた。
これは受付が俺の顔を見た瞬間に掌返しをしたのを俺は見ていた、たぶん原因は間違いなく俺だ。俺は一歩前へと進み出る。
「俺がいなけりゃ、こいつ等は泊めてくれるのか?」
受付嬢は困ったように首を横に振った。
「あんたは俺が気に入らないだけだろう? こいつ等は関係ない」
「上の取り決めなので申し訳ないですが、お断りさせていただいております」
「何でだよ?」
「あなた方がお仲間だと分かっているからです」
「仲間だからなんだと言うのです? 私達は何もしやしない。そもそも数日前にもこの宿を利用させてもらいましたが、そんな事は一言も言わなかった。私達は何かをしましたか? 何もしていないでしょう! 普通に一夜の宿をとっただけです」
ユリの言葉にも受付嬢は頑なに首を振る。
「私は上の命令に従っているだけです」
「だったら上の人を出してください」
「上司はもう帰宅しており、ここにはおりません」
「そんな……」
ユリが言葉を失うように、黙り込むと、今度はロディが一歩前に進み出た。
「ねぇ、お姉さん、お姉さんも困っているのは分かるんだ。だから、もし良かったら俺達でも泊まれそうな宿があったら教えて欲しいんだけど、この町には他にも宿があったりする?」
ふわりと薫るフェロモンの匂い、アルファのフェロモン『魅了』と『威圧』だ。思い出したくもないが、領主の屋敷でキスをされた晩にこいつが俺にやったのと全く同じ。受付嬢の頬が微かに赤く染まった。
「あの、えっと……町の外れに小さな宿があって、たぶんそこなら……」
「ありがとう、場所も教えてくれる?」
ロディがにっこり微笑むと、受付嬢は慌てたようにメモに地図を描いて手渡してくれた。
「行きましょう、ここでいつまでも騒いでいても仕方がない」
地図を受け取り、ロディはさっさと宿を出るので、俺達もその後を追う。
「ロディ君、今のは……」
「彼女も困っているようだったので、少しだけ穏便に事を運ぼうと思っただけですよ」
そう言ってロディはユリに地図を手渡し「ユリウスさんもできますよね?」と小首を傾げた。
「私は、あまりそういう人を操るような事は得意ではありませんし、やりたいとも思いません」
「使える力は有効に、ですよ。悪用している訳じゃないんですから、いいでしょう? それにしてもユリウスさんのフェロモン量ならほとんどの人が言う事聞くでしょう? 使った事ないんですか?」
「ありません、両親にも無闇にフェロモンは垂れ流すものではないとキツク言われています」
デルクマンの3兄妹は揃いも揃ってフェロモン過多なのだ、特に末っ子のヒナノはオメガのフェロモンで誰も彼も魅了してしまう、それは危険と隣り合わせで両親はそのあたりとても厳しく子供達を指導していた。
「そんなに硬く考えなくてもいいと思うのですけど、うちはそんな事、一度も言われた事ないですよ」
「教育方針の違い、ですかね……」
ユリは少し苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。




