明かされる真相②
俺達は第一騎士団の詰所へと戻り、俺がヒナノに傷の手当をして貰っている間、ユリウスはここ第一騎士団の副団長キースへ事の次第を説明していた。
「こんなに白昼から襲ってくるなんて向こうは全く見境がない、警備の強化をした方がいいと思います」
「そうだな、第3・第5共同で事件解決に当たっているようだったから、すぐに解決するかと思ったんだがな……ふむ」
キース副団長はひとつ頷き「やはりうちも手を貸すように手配するか」と何事か部下へと指示を飛ばした。
「そういえば第5騎士団の詰所で、変な人に絡まれたんですよ。第5騎士団の騎士団長もそれで怪我して、騎士団長はどうもその変な人も、この人攫いの件もどっちも曰くあり気な事言ってましたけど……」
「どういう事だろう?」
「なんか元々その人牢屋にでも入ってたんですかね? 騎士団長が『出てきてたのか?』って、険しい顔してたんですよね。その変な人の名前、えっとなんだっけ……ジミー? えっと、そう、ジミー・コーエン」
瞬間キースも驚いたようにこちらを向き「うわっ、マジか……」と呟いた。
「副団長さんも知ってるんですか?」
「あの当時ルーンにいた人間だったら大体皆知ってるよ。そうか、出てきてたんだあの人……それでその人どうなったの?」
「ウィルが捕まえて騎士団長さんが牢屋に放り込んでました」
「はは、ウィル坊やるなぁ」
「騎士団長さんは怒ってましたよ、子供が危ない真似するな! って騎士団長さんが怒るから、ウィルは拗ねてどこか行っちゃったんです」
その話を聞いたキースはどこか少し困ったような表情を見せる。
「スタール団長らしいけど、ウィル坊はなんせ規格外だからなぁ……そこまで目くじら立てて怒る事ないのに」
「そうやって甘やかすからウィルは怖い物知らずで、何かあってからじゃ遅いって騎士団長言ってましたよ」
「あの人は相変わらず堅物だなぁ、だからこそ人も付いてくるんだけど、もう少し柔軟に考えてもいいと思うんだけど」
キースは苦笑するように笑みを零す。
「キース副団長大変です! 例の事件、アジトに子供が複数人乗り込んだという情報が入ってきました!」
「……子供?」
「聞いた情報を総合するに、思い当たるのはカイト、ツキノ、ウィルの三人です」
キースは言葉を失って片手で顔を覆った。
ってか、乗り込んだ? あのアジトに? 3人で? え? 本気で?!
「その情報、信憑性は?」
「黒の騎士団からですよ、ほぼ間違いないです」
「前言撤回だ、スタール団長が全面的に正しい。子供は子供らしく事件に首を突っ込むもんじゃない」
それ、今更言っても遅いんじゃないかな……?
「私、行ってきます!」
慌てたようにユリウスが踵を返す。
「準備はしておくから、人手がいるようだったらすぐに連絡をくれ!」というキースの言葉に「分かりました」と言葉だけ返してユリウスは駆けて行ってしまう。
キースも部下に指示を飛ばしながらどこかへ行ってしまうし、どうしていいか分からない。
また置いてかれたな……俺、どうすればいいんだろう。
「あら、ユリ君が行ってしまったです。ヒナはどうすればいいのでしょう……」
途方に暮れている人がもう一人、俺の傍らで溜息を零した。
「お母さんは? 宿の場所は聞いてないの?」
「聞いてはいますが、私一人では入れてもらえないと思うのですよ」
「入れてもらえない?」
「はい、母は顔パスかもしれませんが、私はイリヤには来た事がないですからね」
「そうなんだ」と俺は頷いて、俺達はユリウスの消えた方角を見やる。
「とりあえず、待ってるしかなさそうだね」
「そのようなのです」
第一騎士団の詰所は慌しく、なんとなく居心地の悪かった俺達は詰所の外で壁に寄りかかった。
「ノエル君は今日のご予定はないのですか?」
「予定らしい物は何もないよ、ここでユリウスさんを待ってるはずだったんだけど、また行っちゃったし」
「ユリ君をですか? そういえばノエル君はお父さんを探しているのでしたね。ユリ君はノエル君のお父さんを知っているですか?」
「う~ん、たぶん……分からないけど。あ、そういえば唯一はっきり知ってるって言ってた人がいたよ」
「誰ですか?」
「えっと、カイルさんっていうお医者さん」
「あぁ、カイト君の……」
「知ってるんだ?」
俺の問いにヒナノは少し複雑な表情で頷く。第五騎士団でも常にこんな顔をされてたんだけど、あの人よっぽど問題のある人なんだな。
「何度か会った事があるのですが、私はどうも苦手です。両親も近付くなと言うので、あまり関わりあいたくはないですね。ですけど、ヒナはカイト君とは仲良しですよ」
「同じΩ同士だから?」
「そういうのもあるかもしれませんね。Ωの人は人数が少ないですから。ですけど、元々兄妹のように育てられていたので、そういう感じでもありますですよ。カイト君はツキ君より優しいですから」
「あはは、ツキノ君は性格キツそうだもんね」
「昔はそうでもなかったのですよ、でもある時から急に、反抗期という物なのですかね。私はまだなった事がないので分からないです」
少し困ったような表情でヒナノは言った。
「家族はみんな仲良くがいいのですけどね」
「ツキノ君は家族が嫌いなの?」
「どうなのでしょう? でも最近父や母には怒ってばかりです。言い争いを聞くのは辛いです、ツキ君が我が家を出た時には少しほっとしたのはここだけの秘密です」
常に不機嫌顔だったツキノ、カイトを連れに来た時には優しい人かとも思ったけれど、家族にここまで心配をかけるのはどうかと思う。
「君は家族が好きなんだね」
「はい、それは勿論大好きですよ。私の将来の夢は両親のような幸せな家庭を築く事なのです」
ヒナノは屈託もなくにっこりと笑った。
『幸せな家庭』その裏で父親が浮気をしていたとしても? 薄暗い感情が瞬間頭の隅を掠めた。
ユリウスさんも彼女もとてもいい人だ、確かに幸せな家庭で育ったという余裕すら感じられる。けれどその裏で俺みたいな人間もいるし、カイトのように黙って幸せな家庭を眺めている人間もいる。
その『幸せな家庭』は実は非常に脆い地盤の上に立っているのではないのだろうか? 少しつつけばすぐに崩壊するほどに……
「ノエル君、どうかしたですか?」
「え? ううん、何でもない」
顔を覗き込まれて俺は首を振った。
俺がしようとしていること、自分の父親探しはひとつの幸せな家庭を壊す事に繋がるのかもしれない。だけど、それでも、俺は自分が誰の子供なのかはっきりさせたいと思っている、これは罪な事なのだろうか?
「ノエル君のお家はどんなお家なのですか?」
「うち? うちは別に普通だよ、嫌いじゃないけど仲が良いかって言われたらどうなんだろう? って感じ。母さんは仕事ばっかりだし、じいさんはうるさいし、ばあちゃんだけは好きだなぁ」
「うふふ、そうなのですね。でもきっと素敵なご家族なのでしょうね」
「そんな事ないよ、全然だよ」
俺は何故彼女がそんな風に思うのかがさっぱり分からない。
「ノエル君はさっきヒナを庇ってくれたですよ。自分の事を顧みずにそういう事ができる人はとても素晴らしい人なのです。そんな素晴らしい人のご家族の方はきっと素晴らしい方々だと私は思うのですよ」
「買いかぶりだよ……」
俺は瞳を伏せた。本当に彼女にそんな風に言ってもらえるような家族では全然ない、言いたい事も言えない居心地の悪い家なのだ。
「俺、家出してきたんだ。でもきっとまだ誰も気付いてない。そのくらい我が家で俺の存在は希薄で薄いんだよ……」
「お前は何を言っているんだ、ノエル」
急に声をかけられて驚いて顔を上げた。
「え……? 嘘、じいちゃん? 何で?」
「それはこっちの台詞だ、お前が何でこんな所にいる? 私は聞いていないよ?」
そこに立っていたのは祖父のコリーで、いつもと変わらぬ気難しい顔で何故かこちらを怒ったように見つめていた。
「しかもなんだその怪我は? 誰にやられた?」
「え……いや、これは……」
「ノエル君は私を暴漢から庇って怪我をしたのです、怒らないでくださいです」
「君は?」
祖父が瞳を細め、値踏みするようにヒナノを上から下まで眺めるのがなんだか腹立たしくて俺は彼女を庇うように一歩前へ進み出た。
「彼女は関係ない。俺が弱いからやられただけだ」
「ほう、子供が一丁前の事を言う」
「じいちゃんこそなんだよ、なんでこんな所にいるんだ?」
「私は厄介事を片付けに来ただけだよ、まさかこんな所でお前に会うとはな、メリッサは知っているのか?」
ぷいとそっぽを向くと、祖父が微かに溜息を零すのが聞こえる。
「お前は一体誰に似たのやら……こんな所で立ち話もなんだ、中へ入りましょう。お前も付いてきなさい、お嬢さんも一緒にどうぞ、若い娘さんがそんな風に地べたに座っているのはあまり感心しませんからね」
祖父はまるで我が物顔で第一騎士団の詰所へと入って行く。ここって本来一般人が気軽に出入りする場所じゃないと思うんだけど?
しかし、祖父が中に入って行くと、見知った顔が何人もいたのだろう、慌てたように皆祖父の前へと集まってくる。
じいちゃん、マジで偉かったんだ……意外。
「コリー副団長!」と慌てたように駆け寄って来た中の一人にキース副団長もいて「今はあなたが副団長なのでしょう? しっかりしなさい」と何故か叱られていた。
「突然どうされたのです? もしかしてお孫さんをお迎えに?」
「いや、孫がいたのは予想外でしたよ、なんでうちの孫はここにいるのです? いえ、まずそれは二の次です、私は少し伺いたいことがあってここへ来たのですよ」
「何ですか? わざわざルーンから出向くような大事な用件ですか?」
「まぁ、そうであり、そうでもなしという所です。何、ロイヤー家の馬鹿息子が牢から出てきたという話を聞いたのと、うちが売りに出していた物件をそのロイヤーが買取ったという噂を小耳に挟んだものですからね。何かあってからでは遅いと報告も兼ねて参った次第です」
『ロイヤー家』第五騎士団で聞いたうちの本家とかいうアレか。
「勘がいいですね、何かは既に起こっているのかもしれないですよ」
「何か問題でも?」
「現在祭りに乗じた人攫いが起きています。そのアジトと思われる場所がロイヤー家の次男クロウが買取った屋敷だという事だったのですが、もしかして……?」
「あそこは元々カーティスの土地だったのですよ、そこをロイヤーに乗っ取られ、奪い返して貸し出していたのですが、最近買取りたいという人間が現われたというので仲介業者に任せていたのです。それがまさかロイヤーの家の者だとは思わず、慌てて馳せ参じたのですが、どうやらすでに遅かったようですね」
祖父は眉間に皺を寄せて、ただでさえ渋い顔を更に厳しい表情へと変える。
「事件の詳細は?」
「祭りに乗じて数人の若いΩが攫われている事が確認されています。攫われた人数は不明、敵の数もまだはっきりとはしていません」
「Ω……? あぁ、もしかしてそれで……?」
祖父がちらりとこちらを見やった。
「現在第3・第5騎士団が陣頭指揮を取っている為、こちらではそこまで詳しい事は分かっていないのですが、人質の中にはナダール騎士団長の娘さんも含まれているようです」
「お嬢さんが? 一番上の? 彼女はそんな簡単に捕まるような娘ではないでしょう? それに彼女はαですよね?」
「その辺がこちらでもはっきりしなくてですね……」
言葉を濁すキース副団長に「分かりました」と祖父は頷く。
「それでは私もそちらに参るとしましょう。直接確認した方が速そうです」
祖父はくるりと踵を返し、改めて俺の前に立つ。
「もしやお前のその怪我は娘さんが攫われるのを未然に防いだ結果だったのかな?」
「どうせ、格好良くなんて助けられなかったよ」
祖父は「ふむ」とひとつ頷き、頭にぽんと手を置いて、一言「よくやった」と褒めてくれた。
「ですが、そんな怪我をするようではまだまだですね、手本を見せてあげましょう。一緒にいらっしゃい」
「え? いいの?」
「その怪我がロイヤーの仕業なのだったら、一矢報いるのがカーティスの役割ですよ。やられたら、やられた分だけやり返しておやりなさい」
じいちゃん意外と過激だな……いや、でもそういえばうちは元々そういう教育方針だったわ。
「ノエル君、行くのですか?」
不安そうにヒナノが俺を見上げてくる。
「おや、その瞳。もしやお嬢さんはナダール騎士団長の娘さんですか?」
「はい、私、ヒナノ・デルクマンと申します」
「あぁ、そうでしたか。大事がなくて何よりでした。もしあなたに何かあったらあなたのご両親に顔向けができなくなる所でしたよ」
「こちらこそ、ノエル君はこんなに怪我をしたのに私は無傷でなんだか申し訳ないです」
「うちの孫はそこまで柔に育てておりませんので、大丈夫です」
じいちゃん、孫には厳しいくせになんだよソレ。
「さぁ、行きますよ」とじいちゃんが歩き出すのを追いかけるように俺もヒナノをその場に残して歩き出した。




