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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
運命に祝福を

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愛しい人①

 朝、いつもと変わらない朝、だけどいつもとは変わってしまった朝、ベッドから起き上がったはいいけれど、俺はそこから抜け出す事ができずに悶々としている。

 宿屋の朝は早い。何故なら宿泊のお客様が起きだす前に色々な準備を整えておかなければいけないからだ。俺も宿屋の息子として育てられ、お手伝いとしてかり出される事はままあって早寝早起きは習慣となっている。

 けれど昨晩、俺は早々に布団の中には入ったのだが、あまり寝られないまま日が昇ってしまったので頭の中はぼんやりしたままなのだ。

 だけどそれでも、日が昇ったのなら起き出さないわけにはいかないわけで、それにちゃんと顔を見ておかないと今日を最後にまたしばらく皆に会えなくなってしまうかもしれなくて、だけどだけど、皆の顔を見るのが恥ずかしい……


「もう、俺なんであんな事言っちゃったかなぁ……」


 ベッドの上で膝を抱えて俺は布団の中にぼふんと顔を埋める。

 昨夜、母に自分もユリ兄やウィル達と一緒にメルクードに行きたいと言ってみたのだ、予想はしていたけど母さんの返事はきっぱり「NO」で「あんたが付いて行って一体何の役に立つの?」とばっさり斬り捨てられた。

 そんな事は分かっているんだよ、役に立たない事なんて分かってる、だけどツキノも一緒に行くって言うし、あまつさえロディ様も一緒に行くって言い出して、だったら俺もって思ったっていいじゃないか。

 だって、俺はユリ兄の傍にいたいんだ。

 自分が彼を好きだと自覚したのはいつからだったか、最初は爺ちゃんが変な事を言い出して、妙に意識し始めてしまったとこから。

 それから事件を経て仲良くなってユリ兄も俺を好きだと言ってくれたから、あれ? これはもしかして……? と気付いた時にはもう好きになってた。

 ユリ兄の妹のヒナちゃんも俺を好きだと言ってくれるし可愛くて好きだけど、なんだかちょっと違うんだ。

 イリヤでの一連の思い出を振り返っても気が付けば思い出すのはユリ兄の事ばかり。大食漢で真面目で優しい、そんな彼と交流を続けて俺の心は気付けば爺ちゃんの危惧する通りの場所へと落ちていた。

 でもさ、別に良くない? 誰が誰を好きになるかなんて本人の自由だよ。だから俺がユリ兄を好きになるのだって自由なはずだ、ただ両想いになれるかどうかは別問題だけどさ。

 昨晩はそんな俺の心の声がうっかり漏れて、ユリ兄に盛大に告白をしてしまった。

 戸惑ったような顔のユリ兄、好きだとは言われていたのでそんな風に戸惑われるとは思ってなかった。その時、俺はすっかり勘違いしていたのだと、そう思った。

 俺は好きだとは何度も言われていたけどその「好き」がどういう「好き」なのかまではまだそれまで確かめた事はなかったのだ。

 俺の作る料理が「好き」、頑張っている俺が「好き」、ユリ兄は思い返せば俺自身を「好き」だと言っていた訳ではない。

 ヒナちゃんと取り合うようにして俺の事を気にかけてくれていたから、その「好き」を恋愛感情だと頭から思い込んでいた俺は慌てた。

 そんな俺にユリ兄が改めて「好きだ」と言ってくれた時には本当にホッとしたけど、俺は嬉しくて浮かれすぎて、周りに人がいる事なんてホントに綺麗さっぱり頭から吹っ飛んでいたんだよ……


「皆に顔、合わせ辛い……」


 ユリ兄に抱き締められて、真っ赤になって蕩けたような顔をしていた所をたぶんウィルを筆頭にイグサルさんにもミヅキさんにも見られてしまった、恥ずかしい……両想い、たぶん両想いだけど、それを全員に知られるのが早すぎた。

 まだ、朝日は昇ったばかり、皆が起き出して来る前にせめて顔だけは洗っておこう、と俺は意を決してベッドから抜け出した。

 我が家には温泉がある。これはうちの店の売りのひとつでもあるのだが、自宅に温泉があるというのはとても贅沢なのだと思う。庭にも湧き出している温泉で顔をがしがし洗っていたら「おはよう、早いな」と声をかけられた。


「ミヅキさん……おはようございます。ミヅキさんの方こそ早くないですか?」


 俺は拭いたタオルで顔を隠すようにして声をかけてきた彼女を見やる。たぶんなんとも思われてはいないと思うし、気にしているのは自分ばかりで自意識過剰だと思っても、やっぱり昨日の告白を見られていた事が恥ずかしい。


「女の身支度は早いものよ、男どもに囲まれていたら尚更に。変に気を使われるのも面倒だからね」

「女性一人だけですもんね」

「誰も気にしてないでしょうけどね」


 ミヅキさんはさばさばとそんな事を言う。


「逆にミヅキさんの方は気にならないんですか?」

「? 何が?」

「男の人にばかり囲まれて、その、変に意識されたりとか、したりとか……」


 彼女は少し考え込むように小首を傾げて「ないわね」と頷いた。


「私は姿形もこんなだし、周りも私を女扱いしないし、させないようにもしているから、今までそういう事は一度もなかったわ」

「それ、ツキノに聞かせてやりたい台詞ですね、ツキノは『自分は男だ!』って言っていてもいつも女の子扱いされて怒ってるから」

「ツキノは擬態が甘いのよ、あんないかにもな格好をしていて男だなんて言っても、男の目が変わる訳ないじゃない。あんなのちょっとガサツな女の子って認識されて当然よ」

「え……そうなんですか?」


 俺が驚くと彼女は俺が驚いた事に驚いたようで「だってあの子、男の子に見える?」と首を傾げた。


「確かに最近はあんまり見えない、かも……」

「ノエル君はツキノのどこに女の子らしさを感じる?」

「一番は……身体付き、あと声とか、生理の時に機嫌が悪くなるのも母さんと同じ過ぎて時々あぁ……ってなるかな」


 俺は最近声変わりをした、カイトも気が付けば声変わりしていた、けれどツキノだけは変わらない。


「そうだな、あんなあからさまに隠しもせずに胸を曝け出しておいて男だもなにもないものだ。しかもノエル君の言うように、声音も少しも気にしていない」


 そういえばミヅキさんの声ってハスキーボイスだよな、男の声にも女の声にも聞こえる。


「ミヅキさんはそういうの、変えてるんですか?」

「気を付けて低くしている、潰す所までやる気はないが、地声は意外と高いんだぞ」


 そういえば昨日、自警団の集会所で聞こえた悲鳴、あれは完全に女性の物だった。その声を聞いてイグサルさんはすぐにミヅキさんの声だと気付いたけれど、俺達はそんなにすぐには気付けなかった。


「俺、そんな隠れた努力に気付いてなかったです」

「悟らせたらそこでアウトだ。分かった時点で一線を引かれる、それは困るからこうして隠れた努力をしている訳だ」

「大変ですね。それに、それを俺に言っちゃって大丈夫なんですか?」

「君はそれを他の人間には言わない子だろう? それにユリウスのお手付きだからな、私を異性として見る事もないだろう?」


 お手付き……顔がぼっと赤くなる。お手付きって、なんか言い方ちょっとアレだよね。俺達まだ言っちゃ何だけど、どんな関係にもなってないのに。

 あぁ、でも昨日の告白、ミヅキさんはきっちりはっきり受け入れ済みって事だよ、あぁぁあぁ、もう恥ずかしい!


「それよりも、私は君に少し聞きたい事がある」

「聞きたいこと? 何ですか?」


 真っ赤に染まる頬をタオルで押さえるようにして、俺はミヅキさんを見やるのだが、彼女は少しだけ困ったような表情で「いや、そんなに重要な話ではないんだがな……」と、言いよどむ。


「何かありましたか?」


 何か宿泊施設としての我が家に不備でもあったかと、顔を上げたら「いや、あの……領主の息子は一体どういう男なんだ?」と今度はミヅキさんが微かに頬を染めて言うものだから、不思議に思って俺は首を傾げた。


「領主様の? ロディ様のことですか?」


 ミヅキさんは瞳を逸らすようにして頷いた。なんでここでロディ様の話が出るのだろうか? よく分からないな。


「ロディ様、いい人ですよ? 優しいし頼りがいあるし。俺は尊敬してます。ツキノはどうも苦手みたいですけどね」

「そうなのか?」

「ロディ様はツキノを女扱いするから駄目みたいです」

「彼はもしかして、そういうのがタイプなのだろうか?」

「そういうの……?」


 彼女が何を聞きたいのか、やっぱり俺には分からない。


「うむ……あまり女らしくない女?」

「ロディ様の女性の好みは知らないですけど、ツキノには迫っていたみたいな事をツキノから聞いてます」

「彼はツキノが好きなのか?」

「そうかもしれないですけど、ツキノにはカイトがいますからね」


 俺の言葉にミヅキさんが少し難しい表情で黙り込んでしまった。本当に何なんだろう? あぁ、そういえばロディ様も一緒にメルクードに行くことになったみたいだし、それで下調べとかなのかな?


「そうか、うん、ありがとう。参考になった」


 参考? 一体何の参考になったんだろうか? まぁ、役に立てたんならいいけど。


「ところでそこの大きいの、さっきから隠れているつもりかもしれないが、全く隠れられていないぞ。こっちの用事は済んだから、遠慮せずにこっちに来い」


 ミヅキさんが俺の背後に声をかける。え? 誰かいたの? と思い振り返ったら、そこにいたのはバツの悪そうな顔をしたユリ兄だった。俺の心拍は一気に跳ね上がる。


「何をこそこそしていた? 普通に話しに加わってきてもよかったものを」

「いえ、何となく話しかけづらかった、というか、珍しい取り合わせだなと思って……」

「気になって聞き耳を立てていたのか? 安心しろ、お前のノエルに手出しなんかしない」

「いや、まだ私のという訳では……」

「昨晩人目も憚らず派手に告白していたくせに、それはないだろ? 私はウィルのように空気を読まない人間ではないからな、早々に退散させてもらうよ」


 ミヅキさんはひらりと片手を振って、店の中に戻っていく。いや、ちょっと待って、俺、まだ心の準備が……!!


「えっと……あの、おはよう、ノエル君」


 ユリ兄がはにかむように微笑んだ。あぁぁぁあぁ、好き。やばい、心臓ヤバイ、止まりそう。


「お……おはよぅ、ユリ兄」


 俺はまた無駄にタオルで顔を覆う、だって、もう顔見られない。恥ずかしい。


「ノエル君は早起きですね」

「ユリ兄こそ……」

「私は早起きと言うよりはあまり寝られなかった、という感じです」


 ユリ兄も俺と同じだ、そうだよね、昨日俺、変に中途半端に逃げ出しちゃったし……ここはちゃんと、俺の方からも返事しておかないと駄目だよね、うん、そうだよね。


「あ……」

「昨晩はあまりよく寝付けなかったのです、色々と事件の事など考えなければならない事が多くて……」


 だよね、だ~よ~ね~! ユリ兄それどころじゃないよねっ、危ない、また1人で先走る所だった。いかん、いかん、ユリ兄は今、色々大変なんだから、俺にかかずらってる場合じゃないんだよ。

 そうだよ、なんか昨日も俺が無理矢理「好き」って言わせたみたいな所あったし、今はそういう無駄な話ふって煩わせちゃ駄目だ。


「今日、もう発つの?」

「恐らくそうなるでしょうね」


 あぁ、やっぱりもう行っちゃうんだ……少し寂しくて瞳を伏せたら、ふわりと背中にユリ兄の腕が回って抱き込まれた。

 思わず「ふぁ!?」と変な声が出る。彼はそのまま俺の髪に顔を埋めるようにして俺の頭に口付け「ノエル君は言ってはくれないのですか?」とすぐ耳元で囁かれた。


「え!? な……なに!?」

「私は昨晩ちゃんと君に好きだと告げましたよ、ノエル君は私に返事をくれないのですか?」


 返事? あ……や、でも、なんか、だってユリ兄それどころじゃないってさっき……いや、俺が勝手にそう思っただけだけど!

 心臓ヤバイって、動悸激しすぎて本当にそのうち止まりそう。


「ぁ……あぅ、待って」

「待てません」


 光の加減で紅にも蒼にも見える不思議な紫色の瞳が俺の顔を覗き込んでくる。


「これでもずいぶん我慢していたのですよ、ずっと傍にいられる訳ではない、ノエル君はまだ歳若いし、手を出しては駄目だと自制をしてきたのです。けれど、昨晩の表情は本当に反則です、理性なんて吹き飛びました」


 昨晩の表情って何? 俺、そんな変な顔してたかな? いや、確かに告白されて嬉しくて弛みきってた可能性はあるけど……


「本当は事件の事なんて二の次で、君の事ばかり考えていて寝られなかった、と言ったら軽蔑しますか?」


 俺は思わず彼の胸に顔を埋めて首を振り「俺も同じだ」と呟いた。大変な事件が起こっているのは分かってる、だけど、そんな事より何より俺の頭の中はユリ兄でいっぱいで、だけど、そんなのは身勝手が過ぎるとそう思ったんだ。


「ノエル君、だったら私に返事をください。私はもうそれだけで、何も考えずに頑張れる」


 甘い声が耳に響く、こんな素敵な人が自分を好きだと言ってくれるのは本当に奇跡みたいだ。俺は更に彼の胸に顔を埋める。だって恥ずかしくて顔が見られない。


「すき……ユリ兄が……大好きです」


 声が小さくて、ちゃんと聞こえたか不安になったけれど、瞬間ユリ兄の俺を抱く腕の力が強くなったから、たぶんきっと聞こえたのだと思う。


「嬉しいです、ノエル君。けれど、できれば顔を上げてはもらえませんか?」

「うぅ……無理ぃ……恥ずかしい」


 完全に胸に顔を埋めた状態で首を振ると、ふいに優しい掌が伸びてきて俺の頬を撫でた。


「君の顔が見たいのですよ。次に会えるのがいつになるか分からないのです、あなたの顔をこの瞳に焼き付けておかないと」


 頬を撫でる掌は掬うように俺の顔を上向ける。優しい手、見上げれば満面の笑顔。その顔が近付いてきて、気が付いたら口付けられていた。


「!?」


 軽く触れるだけのバードキス、それでも俺にとってはファーストキスだ。思わず自分の手で口元を覆う。顔はもう完全に熱を持っていて、見なくてもたぶん自分の顔は真っ赤に染まっているだろう事はなんとなく分かる。


「少し強引でしたか?」


 少しだけ不安そうな瞳がこちらを覗き込んだ。


「あ……ぅ、ちょっと……驚いた」

「嫌でしたか?」


 俺は顔を伏せてぶんぶんと首を横に振ると、またふわりと肩を抱かれた。ヤバイ、この人本気で俺を殺しにかかってるとしか思えない。心臓痛いし、顔熱い。


「本気で君を攫って行きたい」


 だから耳元で囁くの止めて、ぞくぞくするっ。

 そんな時に、空気も読まずぐぅーと鳴る腹の音。しばしの沈黙、ユリ兄が少し気まずげに頬を掻いた。


「聞こえましたか?」


 うん、確かに聞こえたよ。


「くくっ、お腹空いた?」

「朝ですからねぇ……」


 健康体のユリ兄は三食きっちりお腹が空くんだね、なんか可笑しいの。俺は思わず笑い出す。色気のある空気が吹っ飛んだ。


「そんなに笑わないでくださいよ」

「あんまりにもユリ兄らしくて……ふふ」

「ウィル坊に空気を読めとか言えない事態ですねぇ……」

「俺、朝御飯作るから、一緒に食べよ」


 ユリ兄は「ノエル君のご飯!」と満面の笑みで、なんだかそれも可笑しくて、俺は笑い転げてしまう。そんな俺をユリ兄は見やり「ふふ、ノエル君の作る食事は最高ですが、近いうちに是非ノエル君自身も食べさせていただきたい所ですね」とさらりと言ってのけた。

 ん? 俺自身……? 意味を理解するのに数秒を要し、意味を理解してぼっと顔を朱に染めた。


「もう! そういう事さらっと言わないでよ!」

「晴れて恋人同士です、これくらいの睦言は当然でしょう?」


 恋人、睦言……単語がいちいち胸に響く。俺は真っ赤になって「朝御飯作ってくる!」と、家の中に逃げ込んだ。

 ユリ兄、自制してたんじゃなかったの?! 俺の年齢忘れちゃった!? そういうのまだちょっと刺激が強すぎてどう反応していいか分からないよ!!



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