深まる謎⑤
ノエル君の暮らす町、自分が幼い頃に暮していた町でもある田舎町ルーンにやって来て早々立て続く事件に自分は戸惑いを隠せない。
昨晩この町に着いて最初に起こっていたのは領主様の屋敷の強盗事件だった。それに便乗するように続いたのがメリアの王子であるツキノの殺害未遂事件。
翌日にはそれらの事件も解決しないまま、領主様の息子が襲われる事件まで起こり、ついでのようにその際、ツキノを襲った犯人は殺害されてしまった。 どこまでが繋がりのある事件なのか、それともそのひとつひとつの事件に関連性はないのか、私にはまださっぱり分からない。
ただひとつだけ分かっている事は、そのどれもに絡んでくるのが各国の王族関係者。
『お前もそのうちに分かるだろう、この世界の業の深さがな。そして、己の守ろうとしている物の儚さを知る時がくる』
仮面の男が言い放った言葉。その言葉が心の中に燻ぶっている。この世界の業の深さとは一体何なのだろう? あの仮面の男はこの世界の一体何を知っているというのか?
今日という日はもうまもなく終わろうとしている、ばたばたと過していたら一日の過ぎるのはあっという間だった。
明朝には黒の騎士団員のセイが叔父に関する何らかの情報を教えてくれるだろう、領主様の奥方様も何かを知っている風に息子のロディをメルクードへと送り出す話を進めていた。一体彼は誰に手紙を出そうというのか? 私にはそれすらも分からない。
自分はまだ何も知らない、知らない事が多すぎる……
「ユリ兄、大丈夫?」
自分達が宿泊しているのはノエル君の自宅の店舗部分だ。そこは幼い頃を家族と過した私の家でもある。店の中は基本的には何も変わっていない、そんな店の中でぼんやりしていたら、心配そうにノエル君に声をかけられた。
飲食店としての店自体はもう閉店の時間だ、店の中に客はもうほとんどおらず、残っているのは宿泊者である自分達だけ。
「大丈夫ですよ、何故ですか?」
「うん、なんか難しそうな顔してたから……」
作り笑顔でにこりと笑うが、彼に笑みは戻らない。平和な田舎町でこんな物騒な事件が立て続けば不安になるのも頷ける。
「事件なんてそんなに何度も起こる事ではないです、さすがにもう何も起こる事はないと思いますから、そんな不安そうな顔はしないでください」
今度はこちらから覗き込むようにしてノエル君の顔を見やると、彼は「そうじゃない」と首を横に振った。
「事件の心配をしてるんじゃない、俺はユリ兄の心配をしてるんだ」
「私の、ですか? 私は大丈夫ですよ? 怪我のひとつもしていませんし、心配されるような事は何も……」
「ユリ兄は無意識かもしれないけど、なんで何でもかんでも1人で抱え込もうとするの? 心配くらいさせてよ、そんな作ったような笑い顔、余計に心配になるだけだ」
あぁ、彼にはすっかりばれているのか……自分も修行が足りないな。
「俺、ユリ兄達について行きたいって言ったんだ、でも駄目だって母さんが……」
「それは当然ですよ、君には何の関係もない事件ばかりです。わざわざ事件に首を突っ込むものじゃない。メリッサさんが心配するのは当たり前です」
「でも、ツキノもロディ様も行くんだろ? 関係ないって言えばウィルだってそうなのに、俺だけ何もできないの悔しい。俺はきっと今ここにいる誰よりもユリ兄の傍にいたいと思ってるのに、それができないのは凄く悔しい」
「ふふ、まるで熱烈な愛の告白みたいですね」
ノエル君の言葉に嬉しくなってそんな事を言ったら、彼はほんのり頬を赤く染めて「みたいじゃなくて、そうなんだよ」と瞳を逸らした。
ん? 今の言葉は聞き間違いか?
「ユリ兄だって、俺の事好きだって言ってくれたじゃん、あれはヒナちゃんに対抗してるだけだった? こんな気持ち、俺の独りよがりなのかな……?」
「えっと、ノエル君?」
戸惑ったように返事を返したら、途端に彼の顔が先程より更に真っ赤に染まる。
「ごめん、変な事言った、忘れていいよ」
そう言ってノエル君は踵を返し、顔を腕で隠すようにして逃げて行こうとするのだが、そうは問屋が卸さない。私はそんな彼の腕をがしっと掴んで彼を引き止めた。
「ノエル君!」
「うぅ……なに?」
頑なにこちらを見ようとしない彼の顔を覗き込む。彼の視線は宙を彷徨い、私を捕らえようとしない。身体も頑なに逃げ出そうとしていて、思わず顔を両手で掴み瞳を覗き込もうとしたら、彼はぎゅっと瞳を瞑った。
「ノエル君、ちゃんとこちらを見てください」
「無理、恥ずかし過ぎる。俺、ちょっと調子に乗ってた、ユリ兄とヒナちゃんとで、俺のこと取り合ってくれたりして、自分はユリ兄にすごく好かれてると勝手に思ってた。ごめん、もう言わないから、友達でだけはいてほし……」
「それだけで足りる訳ないでしょう!」
少し食い気味に言ったら、ノエル君の身体がびくりと震える。思わずその身体を抱き締めたら、更に戸惑ったように抵抗された。
「気を持たせるような事ばっかりしないでよ、また勘違いするだろっ」
「だから、勘違いではないと言っています。私はちゃんとノエル君を恋愛感情で好きだとそう言っているのです! ノエル君は違うのですか!?」
彼の抵抗が弛む、腕の中の彼がおずおずと上目遣いにこちらを見やった。その瞳は今にも泣き出しそうに潤んでいる。
「……ホント?」
「本当に、ですよ」
安堵からなのか、彼の身体から力が抜けた。見た目はともかく彼はまだ未成年、保護者にもキツく釘を刺されている事もあって彼に手を出さないようにと自重してきたのに、これはちょっとぐっとくる。
「ノエル君の口からも聞きたいですね、そんな遠まわしにではなく、率直に」
「恥ずかしいよ」
彼はまた瞳を伏せた。その顔は耳まで真っ赤に染まっている。
「すっげ、オレ、カップル誕生の瞬間、生で見たの初めてだ」
ふいに聞こえた声に、ノエル君の肩が震えた。あぁ、そういえばいたんでしたねぇ……もう少し空気を読んでくれてもいいと思うのですけれども……
「馬鹿っ、ここでそういう事、言う奴があるか!」
そういう貴方もですよ……イグサル。
「全く、羨ましい事ね、私も本気で彼氏を作る事を考える時期がきているのかもしれないわね……」
何故かミヅキが頬杖をついて、ぼそりと零した。
「ごめ……俺、寝るね、おやすみっ!!」
私の腕から抜け出して、ノエル君は自宅へ向かって駆けて行ってしまう。あぁ……あともう少しだったのに……
「ウィル坊はもう少し『場の空気を読む』という事を学ぶ必要があると私は思います」
「何それ? 空気は吸って吐くもので読むものじゃないだろ、俺だってそれくらいの事知ってるぞ!」
正論だけれど、そうじゃない!
「もういいです、子供は寝る時間ですよ」
「なんか今、ユリ兄に滅茶苦茶馬鹿にされた気がする!」
「なんでそれは分かるのに、気は利かせてくれないのでしょうかねぇ……」
溜息と共に私はウィルを部屋へと導く。立て続く緊張感の中で少しだけ心は温まったのだが、そんな事で浮かれている場合ではないのだ。
けれど、それでも胸は高鳴る、この腕に抱き込んだ彼の身体を思い出すと、どうにも顔がにやけてしまう。
「ユリ兄って本当に本気でノエルの事好きだったんだな、オレ、てっきり冗談なのかと思ってた」
「何故冗談でそんな事言わなければいけないんですか?」
「だってノエルはベータだし、付き合う事はできても結婚はできないよ」
「どうしてそう思うのです?」
「どうしてって……常識だろ?」
常識? そんな常識がこの世の中にはあっただろうか? 好きな人と共に生きる事ができないなんてそんな馬鹿な話はない。
「ベータじゃ番にする事もできないんだぞ?」
さも当たり前のようにウィルは言うが、それが一体なんだと言うのか。
「アルファとオメガは項を噛んで血の契りを結びますが、ベータにはそんな誓いは存在しません。ノエル君がベータな以上私はそちらのルールに則って彼と結ばれるので問題ないです」
「ユリ兄って、意外と頑固だね。そもそもベータは同性同士での結婚はできないんだぞ?」
「ベータはベータ同士で結婚している人がほとんどだというのに、どうにも理屈に適いませんね。それを言うのであれば同性が駄目だという固定観念自体が是正されるべきです」
ウィルがきょとんとこちらを見上げた。
「ユリ兄の常識がよく分からない……」
「私も一般的な『常識』という型がいまひとつよく分かりません」
そもそも皆が言うから常識だという、そんな考え方がおかしいのだ。これは差別問題にも似て、そういう固定観念自体が間違っているのだと私は思う。
「とりあえず、ユリ兄がノエルの事を大好きなのはよく分かった」
「分かってもらえたのなら幸いです。できれば次は邪魔しないでくださいね」
「邪魔なんかしてない」と不貞腐れるウィル。けれど釘はさしておかないとまたどんなタイミングで好機を逃すか分かったものではない。
明日にはもう自分達はこの町を発たねばならなくなると思う。できれば明日もう一度だけ、ちゃんとノエル君の気持ちを確認しておきたいなと、彼の真っ赤に染まった顔を反芻しながら私はそう思った。




