深まる謎④
俄かに信じられずに母さんを見やると、母さんも無言で頷いた。え? 嘘だろ? 俺、あのおじさんには結構遊んでもらった記憶があるぞ?
「俺は赤子の頃に一度獣に攫われてな、それを助けて育てたのが国王陛下だ。だから俺はあの人の家でずっと長男として暮していた。実はあの人が王家の人間だったと聞いたのは俺が今のお前の歳よりもう少しくらい上になってからだったな、俺もお前と全く同じ反応をした事だけは覚えてる」
田舎領主の息子だと思っていた自分は実は王家のサラブレットだった? え? マジで? 俺、王子だったの?
「とはいえ、アジェは存在自体が公に認められていないし、俺にしても親父には育てられたというだけで王家には一切関わりはない、もしそんな事で王家の人間認定をされているのなら、こちらはいい迷惑だ」
え? え? 本気で言ってる? だって王子って立場凄くない? プリンスだよ、プリンス! お城で周りの人間に傅かれて贅沢三昧なイメージしか湧かないんだけど、俺のイメージ貧困ですか?
いや、ツキノの話聞いてるから楽しいばっかりじゃないの分かってるけど、メリアと違ってファルスは平和だし? なんだかお気楽王侯生活とかちょっと憧れる。田舎領主の息子より格好良くない?
「これは国王陛下にも一応の確認を取っておいた方がいいかもしれませんね……」
国王陛下に確認取れるんだ? 国王ってそんなに気軽に会える人だっけ? いや、幼い時に遊んでもらったあのおじさんが国王陛下だって言うなら、まぁそんな事もあり得るか? 王様って意外と庶民的?
「ロディ、ぼんやりして大丈夫? どこか痛い? 調子悪い?」
母さんが俺の顔を覗き込んでくる。母さんがランティス王家の人間……天涯孤独の身の上のはずの母さんに甥がいたのはそういう事か、確かカイトは俺の従兄弟って言っていたような? ……ん? だとしたら……
「ツキノがメリアの王子で、カイトはランティスの王子?」
「何今更そんな事言ってるの? 本当に大丈夫? 頭打ったのかな?」
心配そうに、母さんが俺の頭を撫でるのだが、いや、待って、俺の頭の心配されるの凄く心外なんだけど! 俺は聞いてないぞ、そんな話!!
「お前本当に何も聞いてないのか? 俺はアジェがとっくに話しているものだと思っていたんだが……」
「え? 僕? そういえば何も話してなかったっけ? でもツキノ君辺りから事情は聞いてるかと思ってたんだけど、知らなかった?」
知らない! 全く! ひとつも! 聞いてない!!
そもそもツキノと普通に会話できるようになったのまだ最近だから! 俺ずっと避けられてたから!
親父は「ふむ」とひとつ頷き「まぁ、そういう事なんだ」と締めくくる。説明端折るな! 適当過ぎんだろ!
「要するに、俺はファルスかランティスか、どちらかの王家の人間認定されていて、攫われて殺されそうになったって事か?」
「話を総括するとそんな感じだな」
「でも、なんで俺……?」
話を聞いていけば王家の人間がここにはごろごろしているのに、なんでピンポイントで俺なんだよ……納得いかない。
「ランティス側だとしたらカイト君はまだ顔を知られていないだろうしね、どこにいるかも王家は把握していないだろうから、それに付随する人達もカイト君の存在には気付いてない可能性がある。とすると、ファルス側の可能性は高いのかな……今までこんな事一度もなかったのに……」
母さんは表情を曇らせ言った。
「だとしたら親父に徹底抗議だな、実の孫であるツキノだけならともかく血の繋がりのないうちのまで狙われたとなると、相手は親父の事情に詳しい人間で、尚且つ親父を相当憎んでいる人間だという事だ。メリアだけではなく、そちら側からも狙われる可能性があるというのは本当に厄介なんだが、どうなってるんだ……一体この国で何が起こっているっていうんだ?」
険しい顔付きの親父と、やはり考え込むような表情の母さん。
「そういえば一年前の武闘会での事件も首謀者ははっきりしていないのですよ。ファルス至上主義の思想の人間、その集まり、そういった輩の犯した事件だったというのが分かっているだけで、その根底がどこにあるのかまだ分かってはいないのです。メリアとランティス、2国間の争いの延長線で起こった事件かと思っていたのですが、もしかするとそんなに簡単な問題ではないのかもしれませんね」
ついに俺の知らない事件まで出てきた、話が全然分からん! 誰か詳しく説明しろ!! と言いたい所だが、そんな事を言い出せる雰囲気ではなく、俺はむっつり黙り込む。皆難しい顔で考え込んでいるし、本当にどうなっているんだ……
「一年前の事件、それに関して僕、少しだけ小耳に挟んだ話があるんだけど……」
「何ですか?」
「あの事件、結局首謀者分かってないだろ? だけど、ファルス至上主義を謳う人達を先導していた人がいて、それを調べていったら山の民に行き着いたって話なんだけど、聞いてる?」
「山の民? 聞いてないです。そもそも山の民って……?」
「そのままの意味だよ、山で暮らす人。今はこの言葉もあまり使われなくなったけど、昔は『山の民』って言えば山賊の代名詞だったんだよ」
山の民、山賊。何とも物騒な話になってきた。
「山の民か……そういえばあいつ等も黒髪の人間が多いと聞くな」
「そうなのですか?」
「あぁ、ムソンの人間と関わりがあるのか無いのかよく分からないんだが、俺達が若い頃は山の民は相当に嫌われていた。だから黒髪の人間は本当に差別されていたし、警戒されていたものだ。今も多少の黒髪差別はあるが、昔ほどではないのは親父が黒髪だからだろう」
確かに自国の国王陛下が黒髪なのだったら、黒髪差別なんてしている場合ではないだろうな。
「山の民……ロディ君を襲った男も黒髪でした、もしかするとそういう可能性もあるのでしょうか……?」
「どうだろう……だが、可能性として無くはない。親父は山の民とも懇意にしていたと聞いている、もしかして、そいつ等の恨みを買うような事を親父はしたのかもしれないな」
国王陛下が山賊の代名詞と呼ばれていた山の民と懇意だった……? そもそも、こんな田舎町に国王が暮していた事自体がおかしな話だし、うちの国の国王って変な人だったんだな。
「俺、もう行っていい? 話全然分からないし、ミヅキさん心配だし、なんかもう疲れた」
「ロディ、お前は今日自分が襲われたという自覚はあるのか? もしかしたら今後こんな事が増える可能性もあるんだぞ」
「今日はちょっと油断しただけ、来るって分かってたら油断なんかしないし、そうそうやられてたまるかよ」
「心配だなぁ、そういう自信満々な所、若い頃のお父さんそっくりだけど、ロディは意外と打たれ弱いから……」
ちょっと母さん、それどういう意味!?
「そうだな、少し甘やかせ過ぎたせいか詰めも甘いし考えも甘い、心配だな」
はぁ!?
「ざけんなっ、俺だってもう立派に一人前だ! そんな心配いらない!」
「そういうのは、1人で町を出られるようになってから言おうね、ロディ」
「出られるようになってから、って……出る機会がなかっただけで、1人で出られない訳じゃない!」
「本当に? 1人で乗合馬車に乗れる? 1人でご飯ちゃんと食べられる?」
「俺は幼児か! そのくらいできるに決まってるだろっ!」
母さんは俺をなんだと思ってるんだ!? まだ5つ6つの幼い子供だとでも思っているのか!?
「そう……だったら、ロディ。ちょっとメルクードまでお使いに行ってきてもらってもいいかな?」
「……へ?」
何を言われたのか分からなくて、つい間抜けな声が出た。
「おい、アジェ、事情が変わっただろ。もし本当にロディ自身が狙われているんだったら、今ロディを外に出すのは危険だ」
「でも今日ロディを襲った人がまた襲って来るなら、場所を知られているルーンにいるより、逆にメルクードの方が安全な可能性もあるよね?」
「だが、もし今日の男がランティス王家絡みだったとしたら、メルクードに行くのは狼の眼前に餌を置くようなものだぞ。俺は反対だ」
なに? 何? 何の話? 俺の知らない所で何の話が進行してるんだ? 俺がメルクードに行く? メルクードってどこだっけ? ええと、確かランティスの首都だったか……?
「いい? ロディ、よく聞いて。メルクードには母さんの友達が暮しています、その人に母さんからの手紙を届けて欲しいんだ。これは本当に大事な手紙、誰にも見られちゃ駄目な物、だからお前に頼んでる。ロディ、お使い頼めるかな?」
「別にそれくらい構わないけど……」
「おい、アジェ!」
「エディ、きっとね、全部の事件はどこかで繋がっているんだよ、僕達は今、僕達ができる精一杯の事をやらなければいけない、僕達は傍観者ではいられないんだ。ユリウス君、叔父さんの話は聞いたよ、僕にはそれに関して少しだけ情報がある、それが今ロディに伝えた手紙の話だよ。その手紙の届け主が、きっと何かを知っている、だから、その手紙をロディと一緒に相手の人に渡して欲しい。そうすればきっと君も叔父さんに関する何かしらの情報を得られるはずだ」
ユリウスさんの叔父って誰だ? その叔父というのに何かあるのか? そんでもって、俺は一体誰に手紙を渡しに行くんだ?
「ロディ、お使いできそう?」
「それは、まぁ……」
「アジェ、お前は本当にこうと決めたら人の話を聞きやしない……息子を危険な場所に送り込もうとする親がどこにいる……」
「メルクードは別に危険な場所じゃない、カイト君と同じでロディにとっても逆に安全な場所な可能性もある。ここに居ても襲われた、だったらどこに居ても同じだよ」
「ルーンに居れば俺達が守ってやる事もできる」
両親が俄かに夫婦喧嘩の様相だ、普段は仲が良くて喧嘩などしない2人だが、一度拗れると仲直りするまでに時間がかかる事を経験上知っている俺は、どうしたものかと2人を見やった。
「領主様、心配はごもっともですが、そこに理由があるのなら、私がロディ君の護衛、しかと承ります」
「ただでさえお前はカイトの護衛で手一杯なんじゃないのか? 大丈夫なのか?」
「私は一人ではありません、私には私を裏切る事のない大勢の仲間がいます」
「しかしなぁ……」
「……親父はそんなに俺の事が信用ならないのか?」
いつまでもいい顔をしない親父に俺は不貞腐れる。別にお使いに行きたい訳ではないが、何より誰より俺を子供扱いしているのはこの親父で、それくらいの事もできない子扱いをされているのが、なんだかとても腹立たしい。
「信用していない訳じゃない、心配しているんだろうが」
「僕だってロディの歳には同じような状況でメルクードまで行けたんだ、大丈夫だよ」
「状況が違うだろ! しかもお前のは家出だったじゃないか! 俺があの時どれだけ心配したか、お前は全然分かってない!!」
「分かってないのはエディも同じ、子供はいつまでも子供のままじゃないんだよ」
親父は口で母さんに勝つ事はできない。言い負かされた様子の親父は仏頂面で黙り込み、しばらくすると大きな溜息と共に「本当に大丈夫なのか……?」と、ぼそりと呟いた。
「ロディは僕達の子供だよ、できるに決まってる。可愛い子には旅をさせろって言うだろ? ロディはきっとちゃんとやってくれるよ」
どういう状態を「ちゃんと」と言うのかよく分からないけど、どうやら俺のメルクード行きは決まったみたいだ。ルーンを1人で出る、ましてや遠出なんて初めてで、ちょっとワクワクするぞ。
しかも、もしかしてユリウスさんが一緒という事はミヅキさんも一緒なんじゃね? これって俺にとっては願ったり叶ったりの状況なんじゃね?
母さんは「大急ぎで手紙を書くから」と集会所を後にする、親父もそんな母さんの後を追いかけるようにして行ってしまった。
部屋に残されたユリウスさんは相変わらず難しい表情のままなのだが、降って湧いたようなこの展開に、俺は何故かワクワクしていた。その時の俺はまだ何も知らない子供だったから、単純に状況を楽しんでいたのだ。
その後、俺に降りかかる数々の事件の事なんて、俺はその時はまだ何も分かっていなかった。




