深まる謎③
そこから俺は人を連れて取って返し、そのまま彼を集会所に連れて行くよう指示を飛ばして、今度は町に医者を呼びに駆け出した。医者を連れて集会所に戻ると、ダニエルさんの背中は一応の応急処置を施されていたのだが、彼の意識は既になく、話を聞く事もできない。
「ロディ君、君も診察を受けなさい」
「え……?」
医者を連れて落ち着いた頃に、傍らに立ったミヅキさんは血塗れのままそう言った。
「その頬、たぶんそれにも毒が塗られていたはずだ」
言われて見ると、その頬は熱を持ったように熱くなっている。無我夢中で駆けずり回っていて気が付かなかった。
「私も少し身体が重い……多少身体に入ってしまったようね……」
そう言って彼女は俺の傍らに座り込んだ。
「え、ちょっと大丈夫なんですか?!」
「問題ない、毒には慣らされている。この程度ならば明日には元通り。それよりも、君の方だ、こういうのには慣れていないだろう? 走り回っていたせいか、ずいぶん血の巡りも良かっただろう。たぶん毒も血で洗い流されているだろうけど、念の為診てもらっておきなさい」
そう言って彼女は微かに笑みを零して俺の頬を優しく撫でた。
うっわ、なにこの人、めっちゃ格好いい! いや、女の人に格好いいとか失礼だけど、やばい、これ惚れる……
前を向いてしまった彼女の横顔を呆けたように見詰めていたら、彼女は難しい顔で「それにしても、さっきの襲撃は何だったのか……」と首を傾げた。
「ロディ君、何か襲われるような心当たりは?」
「え、ないですよ。ある訳ないじゃないですか」
「ふむ、私にも心当たりはない、とすると先程のダニエルとかいう男を狙ったものだったのか……?」
「何でダニエルさんが? ツキノが襲われるならともかく……」
彼女は「ふむ」と考え込んで「もしかして間違われたかな?」と小首を傾げた。
「間違われた? 誰に?」
「私がツキノに、よ。言ってはなんだが私もこんな姿だから、男女だとよく言われている、襲った相手がツキノの容姿をきっちり把握していない人間だったとしたら、そんな仮定もなくはない。ツキノの容姿を伝聞で聞くのならば、たぶん伝えられるのは『女の子のような少年』だろうからね。はは、もしかしたら君もカイトに間違われた可能性があるな。私と君、それにツキノの護衛のあの男、3人揃っていたから私をツキノと間違えた可能性は高い」
確かに自分はツキノにも『お前はカイトに似ている』と言われていた。実際、背格好も似ているし、髪の色までそっくり同じなのだ。
「だとすると、ツキノを狙っている人間がまだこの町にはいる、という可能性もある訳か、全く休みが休みにならないな」
苦笑するように彼女は笑った。
「女性の貴女が男達に混じってこんな仕事をしているのは辛くはないですか?」
「私は他に居場所もないからな。我が家は言っては何だが少しばかり上流階級で、そんな家の末っ子に生まれた私はとにかくどこにも居場所がない。居心地のいい場所を探して回っていたら、行き着いた場所がここで、まぁ、後悔はないよ」
「なんでそんなに居場所がないのです? ローズさんの親戚ならミヅキさんも貴族の一員という事ですよね?」
「私はいわゆる妾腹というやつでね、父親は責任を取って私を引き取りはしたけれど、立場的にはとても弱い。自立して家を出なければそのうち適当な家に嫁に出されてしまうだろう、私はその前にあの家を出ようと思っている。それにはこの仕事はうってつけ、給料もそこそこ良いし、ファルスの騎士団は実力主義、誰も私を家柄でなんて見やしない。それでも影で色々言われる事もあるから、あまり姓は名乗らない事にしているのだけど」
両手の指を絡めるようにして膝の上で組み、彼女は目を瞑る。
「いけない毒が回って少し弱気にでもなっているのか、お喋りが過ぎてしまった。今の話しは聞かなかった事にしておいてちょうだい」
「別に弱音くらい聞きますよ。なんのしがらみもない俺にならそんな話もしやすいですよね?」
「ふふふ、君は優しいな」
彼女がちらりとこちらを向いて、とても綺麗な笑顔を見せた。なんだよ、この人普通に美人じゃないか。全く化粧気もないし第一印象が少年のようだから気付きにくいけど、きっと髪を伸ばして女性らしい姿をすれば誰もが振り返るような美女になる。
「ミヅキさん、良かったら俺と付き合いませんか?」
「……は?」
伏せていた顔を驚いたように上げて、彼女はまじまじとこちらを見やった。
「冗談かな? 全く笑えない」
「冗談なんかじゃないですよ、俺は自分に素直なので、いいなと思ったらそう言います」
「本気なのか? そんな事を男に言われたのは初めてだ」
「女の子にはあるんですか?」
「このなりだからな、無くはない」
確かに中性的なその容姿は女受けしそうではあるけど、よくよく見れば綺麗な女性だというのはすぐに分かるのに勿体ない。
でも逆に考えれば彼女は原石、磨けば輝く宝石だ。
「俺、本気ですよ」
にっこり笑顔でそう言ったら、彼女はますます戸惑い顔で、そのうちに真っ赤になって俯いた。
「少し……考えさせて欲しい」
「色好い返事、待ってます」
ツキノにふられ続け、精神的ダメージを喰らい続けた俺にはきっと新しい恋が必要なのだ、そこに現れた彼女はまさに俺の女神、きっと彼女が俺の『運命』に違いない。
彼女はやはり困惑顔でこちらを窺うようにちらりと見やる、それに笑みを見せたら、また慌てたように視線を逸らすその姿は非常に初々しい。
綺麗なお姉さんは好きですか? 俺はもちろん大好きです! という事で優しく頼れる所を見せておこうと思っていた矢先、二人きりになった所で突如現れた仮面の男に俺は攫われ連れ去られた。
というか、なんで俺だ? 普通ここは悪い男が彼女を攫って、それを俺が格好良く助けるというのが、筋ってものだろう!? なのに彼女の目の前で俺が攫われるってホントどうなんだ! 今更格好もつきやしないだろ! こんちくしょうめ!!
「ロディ様、大丈夫ですか?」
腹を抱えて転がったままの俺にノエルが駆け寄ってくる。
「ミヅキさんは……?」
「少し脳震盪を起したみたいですけど、大丈夫だったそうですよ」
「そうか」と頷き、起き上がろうとするのだが、体のあちこちが痛い。抱えられ、放り投げられ暴行を受ける、こんな屈辱は初めてだ。
「怪我をしている、無理はいけませんよ」
そう言ってユリウスさんにふわりと抱き上げられた。って、待て! 俺はまたこれなのか?!
「降ろしてくれ、自分で歩ける!」
「顔色も悪いですよ?」
「大丈夫だから!」
「そうですか?」と地面におろされ、自力で立とうとしたら、何故か足に力が入らずまた腰からがくりと崩れ落ちた。
「大丈夫じゃないじゃないですか」
「いや、これは……」
「意識ははっきりしているようなので大した事はないと思いますが、一度きっちり診察してもらった方が良さそうですね」
再びユリウスさんに体を持ち上げられる。お前等軽々俺を持ち上げやがって! 俺のプライドはずたぼろだぞ!
「ロディ様、どこか痛いですか?」
心配そうにノエルに顔を覗き込まれた。俺の表情が険しいのは怪我のせいだけじゃないからな、そこの所、お前は絶対分かってない!
「落ちますよ、ちゃんと捕まっていてください」
そう言って男はすたすたと歩き始めた。後ろからノエルが追いかけてくるのだが『ちょっと羨ましいな』みたいな顔するな! 色々駄々漏れ過ぎだぞ、お前。
「そういえばロディ君、先程の男に心当たりはありますか?」
「そんなの、ある訳ないだろ!」
「そうですか」と頷いてユリウスはまた黙々と歩き出す。その場には自警団の人間も何人か集まってきていて、ユリウスさんは彼等に簡単な事の顛末と、次にするべき事の指示を次々に出していく。自警団も彼の言う事に従って動いていくので、一体こいつは何なんだ……と改めて思ってしまう。
「集会所の方が近いですけど、領主様の屋敷に帰りたいですか?」
「あ? 別にどっちでも……いや、このまま家まで連れて行かれるのは嫌だな、こんな姿で町中を歩くなんて、いい晒し者だ」
「では集会所の方に向かいましょう、まだこの事件に関しては分からない事だらけですからね」
本当にそうだ、俺には全く分からない事ばかり、あの仮面の男が言っていた『隠された王子』という言葉も俺には全く分からない。俺が王子? 一体どこの王子だって言うんだ? というか、隠された王子の息子って言われたか? という事は王子ってのは親父の事?
いやいや、それはないだろう? うちにはお爺様もお婆様も健在で生きている、だったら母さんの方か? 母さんは天涯孤独の身だと聞いているけど……?
埒もなく悶々と考え込んでいると、間もなく集会所に着き、俺はすぐに医師の診断を受けたのだが、歩けないのは何の事はない、少しばかり腰が抜けた状態だった事が分かった。
全くもって格好悪い。
しばらくすると、連絡を受けたのだろう両親が血相を変えて部屋に飛び込んできて、母さんは俺を苦しいくらいに抱き締めてくれた。
「無事で良かった」と母さんはぼろぼろと泣き崩れる。そんなに大泣きされると、こっちまで泣きそうになるだろ。本当は少し怖かったんだ……
「領主様、奥方様、少しお聞きしたい事があるのですが、宜しいですか?」
「あぁ、うちのを助けてくれたそうだな、ありがとう」
「いえ、それは当然の事をしただけなので。それよりも彼を襲った犯人が少し気になる事を言っていたので、もしかしてお2人は犯人に心当たりがあるのではないかと、そう思ったのですが……」
「犯人に心当たりなどないぞ。何故そう思う?」
「男は『王家の人間は根絶やしにしなければならない』とそう言ったのです。私は彼がカイトと間違われて攫われたのかと思ったので、彼は無関係なこの町の領主の息子だと告げたのですが、それに対して男は彼の事を『隠された王子の息子』と、そう言ったのです」
瞬間、母さんの顔色が蒼白になり血の色を失った。
「隠された王子、と犯人はそう言ったのですか?」
「はい、確かに。奥方様はランティス王国、エリオット王子の双子の弟ですよね、隠された王子というのならば、もしかしたらそういう事なのかと……」
は? 待て待て待て、聞いてない、聞いてないぞ! 誰が誰の弟だって? 母さんがランティス王家の王子? 嘘だろ、全然聞いてない!!
「ただひとつ不思議だったのは、その犯人の男、黒髪黒目だったのですよ。黒髪と言えばムソンの民、だとするとブラック国王陛下関連の人間だとも考えられる」
「まさか黒の騎士団の人間だと……?」
「いえ、そうは思わないのですが、身のこなしがあまりにも彼等に類似していたので、どうにも引っかかるのです」
ユリウスさんの言葉に親父は腕を組んで考え込んだ。
「隠れているつもりは全くないが、隠された王子……まさか俺の事を言っていたりする可能性もあるのか……?」
「そういう事もあると思いますか?」
「俺は親父の実子じゃないが、俺を親父の子供だと思っている人間はまだ大勢いるだろうからな」
んん? 親父の親父って一体誰だ? お爺様の事じゃないのか? そういえば親父には養い親がいるってのは聞いているけど……
「親父、俺、話が全く見えないんだけど……」
「ん? 何がだ? 俺がファルス国王の息子だと思われている可能性がある、ってそれだけの話だぞ」
「いや、待って。だからなんで親父がファルス国王の息子だと思われてるの?」
「昔育てられていたからな、それこそ最近お前達が通い詰めている黒の騎士団のアジト、あそこが俺達の家だった」
「ん~? そんな話おかしいだろ、なんで王様がそんな家に暮してたんだ? 別荘? いや、それにしては質素過ぎる……」
親父が不思議そうな顔でこちらを見やる。
「お前、何も聞いてないのか?」
「あ? 何をだよ?」
「あの家の由来をだよ、もうとっくにツキノか母さん、もしくは黒の騎士団の奴等が話したもんだと思っていたんだが、聞いてないのか?」
「俺は何も知らないよ。あの家、ツキノの爺さんが昔住んでたって聞いただけで、管理は我が家でしてるってそういう話じゃなかったのか?」
「その爺さんがファルス国王だぞ?」
「…………」
しれっと何でもない事のように親父は言うのだが、一体どういう事だってばよ?
「お前が小さい頃、よく黒髪の柄の悪い親父が手土産持って遊びに来てたの覚えてないか?」
言われて、記憶を反芻する。確かにそんな人いた。豪快に笑うちょっと怖い雰囲気の男で、その人が来ると何故か親父は苦虫を噛み潰したような顔をしているのだが、母さんやお爺様達はいつも笑顔で出迎えていた人だ。
「それが現在のファルス国王陛下」
「…………嘘だぁ」
そんな突拍子もない話、一体誰が信じるものか。だってアレが王様? どうみてもその辺によくいるただのおじさんだったじゃないか!
「嘘に聞こえるかもしれないが本当の話だ。アレが国王」




