深まる謎②
体が痛い。蹴り上げられた腹が痛い。本当にこれは何なんだ、全く理不尽で仕方がない。今日は本当に酷い一日だ。思えば今日は朝から散々だった。
数時間前、俺は1人ぼんやり座り込んで庭を眺めていた。なんだか昨日から色々な事があり過ぎて、頭の中の整理が追い付かない。
昨晩突然我が家にやって来た男は、今朝も我が家にやって来て我が家の居候であるツキノや、そのツキノとつるんでいたノエルと共に何処かへ行ってしまった。一緒に来ていた少年も俺を振り回すだけ振り回して、やはり一緒に何処かへと行ってしまった。
気付いたら俺は1人ぼっちでぽつんと庭に残されていた。
「あの……すみません、この家の方ですか?」
声をかけられ顔を上げると、そこに立っていたのは1人の女性だった。
……いや、本当に女性か? 声は確かに女っぽい気もするが髪はずいぶん短髪で身体もすらりと少年体形、ツキノの例もある、もしかしたら男の可能性も否定できない。
「どちら様で?」
「私、ミヅキと申します。私の友人がこちらにいると言われて来てみたのですが、こちらに来てはいないでしょうか?」
「友人……誰の事だろう? 今日は人がたくさん訪ねて来たけど、名前は?」
「ユリウス・デルクマン、もしくはイグサル・トールマン。あともう1人少年も一緒だったと思いますが……」
もしかしてと思ったが、やはりあいつ等の友人か。だとすると、この人も男性の可能性は高い。もしかして母さんと同じ男性オメガか?
「来ましたけど、もういませんよ」
少し自分より年上であろうミヅキさんからふわりと微かに甘い薫りが匂う。あぁ、この人やっぱりオメガかも。
「どこに行ったか分かりますか?」
「聞いてないですね」
ミヅキさんは「困ったな……」と髪を掻き上げた。するとやはりまた、ふわりと甘い薫りが鼻を擽る。
「あの……もし、良かったら、一緒に探すの手伝いましょうか?」
「え……いいんですか?」
「この町の領主の息子として困っている人は放っておけないですからね」
「君は領主様の?」
「はい、ロディ・R・カルネと申します。ロディと呼んでください」
俺の言葉にミヅキさんは「ありがとう、ロディ君」と笑みを見せた。俺はその笑顔に少しどきっとしてしまう。
「ミヅキさんは行き先に心当たりは?」
「それが、昨晩この町に着いたばかりで、私はこの町がよく分からない。ここにいるか、宿にいるか、もしくはノエル君と一緒に出掛けてしまったのか……」
「ミヅキさんもノエルとはお知り合いなんですか?」
「少しだけ。あまり話した事はないけど、うちのユリウスがご執心だから」
うちのユリウス……? この人達一体どういう関係なのだろう? よく考えたらあの面子に女性一人というのも変な感じだ、もしかして恋人だったりするのだろうか? いや、もしそうならノエルにご執心などとは言わないか……
「どうかしましたか?」
「いえ、宿はノエルの家ですよね? そちらにはもう行かれましたか?」
「はい、そちらでこちらに来ているのではないかと言われて来てみたのです」
「だったら広場の方か、それともツキノの書斎の方かな?」
「それは何処か教えていただいても?」
「そこまで広い町ではないですからね、観光に出るにしても行く場所は限られている、ついでに町もご案内しますよ」
完璧な営業スマイルで俺は領主のできた息子を演じきる。猫を被るのは得意なのだ。
道すがら話しを聞きつつ歩いて行くと、どうやらミヅキさんはれっきとした女性のようで、ついでにツキノに付き纏うように朝からやって来ていた男の幼馴染なのだという。
「そういえば昨晩は大変でしたね、ご家族の方にお怪我などはありませんでしたか?」
「え? あぁ、大丈夫ですよ。使用人が軽い怪我をしたくらいで、強盗は自警団が全員捕まえましたしね。うちの自警団は優秀なんですよ」
「大事がなかったのなら幸いでした。従姉妹も心配していたので、それを聞いて安心しました」
「従姉妹? ミヅキさんはこの町に親戚がいらっしゃるんですか?」
彼女はしまったという表情を見せたあと「えぇ、まぁ……」と言葉を濁す。
「あまり交流はないのですが、父が気にかけているので挨拶に寄っただけですけどね。けれど父が一番気にかけている叔父には結局会えませんでした」
「叔父さん、お名前は?」
俺のその問いに彼女はまた少し言い澱むのだが、しばらくすると小さく首を振って「クロード・マイラー、それこそ先ほど言っていた自警団をやっていると聞いています」と小さく答えた。
「え? ミヅキさんってクロードおじさんの姪なんですか!?」
「えぇ、まぁ……」
「おじさんにはいつもお世話になってます」
俺がぺこりと頭を下げると、彼女は「私に言われても困ります」と苦笑した。
けれど、これで納得した。マイラー家はバース性の家系だ、ローズを筆頭に子供達も軒並みバース性なのだ、先ほど彼女からは微かに甘い匂いが薫っていた、彼女もきっとオメガなのだろう。
その匂いは確かにローズの匂いによく似ている。けれど、ローズとは違い彼女からはそこまで強烈な匂いはしなかった。
「そうですか、では叔父さんにも会いに行かれますか?」
「でも、今お仕事中なのでは?」
「仕事には休憩も必要ですよ、自分も昨晩の強盗達の様子が気になるので行きましょう」
行き先は自警団の集会所、現在そこには昨晩捕らえた強盗も、自称ツキノの護衛達も纏めて留め置かれている。ルーンの町には罪人の留置所はないので、取調べが終わったら彼等は大きな街の留置所へと送られる事になるだろう。
「ん? あれ? ダニエルさん……?」
自警団の集会所は町の外れにある、そんな町の外れに大きな巨体がうろついていた。その赤髪は紛れもなくツキノの護衛のダニエルさんだ。彼の髪は乱れ、服もどこか少し乱れている。態度もどこかそわそわしたもので、見るからに少し不審者っぽい。
気になって、彼に近付き声をかけると、彼の身体はびくりと跳ね上がった。
「ダニエルさん、釈放されたんですか?」
「え? あ……いや」
「まさか脱走して来たなんて事、ないですよね……?」
ダニエルさんはツキノの護衛の中でも一番王家に対する忠義が厚いと感じていた、まさかそんな事は……と思ったのだが、彼は困ったように言葉を濁した。
「本当に脱走して来たんですか?! だったら、早く戻ってください、それともやはり貴方も……」
「誤解です! 私どもは! ……いや、少なくとも私は王子に危害を加えるものでは決してございませんぞ!」
「口でだけなら何とでも言えます、それは全ての疑惑を払ってから言う事です」
「しかし、私は王子の護衛、こんな時に王子に何かあったらと思うと……」
ダニエルさんはもごもごと言い訳を並べ立てるが、そんな言葉は脱走の言い訳にはならない。
「ツキノには今、たくさん護衛が付いているから大丈夫です」
「それはルーク殿の事を言っているのか? 彼等は、戦闘は専門外だと言っていましたぞ」
「いえ、彼等だけではなくてですね……」
ふいにひゅん! と何かが頬を掠めて飛んだ。虫かと思って頬を撫でたら、手にぬるりと血が付いた。
「……え?」
それに気付いたダニエルさんが俺達を庇うように覆いかぶさってくる、俺も、俺とダニエルさんに挟まれるようにして抱え込まれてしまったミヅキさんも何が起こったのか分からず、ただ抱きこまれるままに地面に伏せた。
隙間から背後を見やれば地面に刺さる矢尻が見えて、先程自分の頬を掠めた物が弓矢であった事に気が付いた。
「なに……」
「動いてはなりません! っぐ……」
矢継ぎ早に飛んでくる矢、それは幾つか地面に刺さるのが見えるのだが、それ以外には何も見えない。しばらくすると攻撃は止んだのだが、ダニエルさんは動こうとしない。
「ダニエルさん……?」
「おっ、重い……」
ミヅキさんにはダニエルさんの体重が直接かかっている上に、俺とダニエルさんの2人に挟まれ苦しそうだ。2人分の体重がかかっている俺も勿論重いのだけど、そこはなんとか耐える。それにしてもダニエルさんの身体はぐったりしていていっそう重い、どうにかこうにかミヅキさんと共に彼の下から這い出したら、ダニエルさんの背中には何本かの弓矢が突き刺さっていた。
蒼白になるミヅキさん、けれど悲鳴は上げなかった彼女は気丈だと思う。
「これ、なんで……」
「お二人ともお怪我は……?」
「俺達の事より、自分の事だろ! 大丈夫?! いや、全然大丈夫じゃないですよねっ!」
どうしよう! どうすればいい? 落ち着け、慌てるな……
ダニエルさんは荒い息で起き上がり、腕に刺さった弓矢を一本抜きさり放り投げた。
「ちょ……駄目ですよ、抜いたら血が出る!」
「これは毒矢ですぞ、抜いて毒を抜かなければ、余計に……」
目でも霞むのか、ダニエルさんはひとつ頭を振る。
「ロディ君、人を呼んできて!」
ミヅキさんは、言うと即座にダニエルさんの背後へ回って弓矢を抜きさり、上着を剥ぐ。そして、その背中に口付けるとその血をぺっと吐き捨てた。
「ロディ君! 早くっ!!」
彼女の口の周りはまるで紅を刺したように赤く染まり、瞬間呆けたようにそれを眺めていたのだが、続いた叱責に俺は慌てて駆け出した。集会所はすぐそこだ、俺は集会所の扉をノックもなしに開け放ち「誰か来てくれ!」と大声を上げた。




