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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
運命に祝福を

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深まる謎①

 少年を抱え、走り続ける仮面の男。その奇妙な仮面は顔を覆うだけではなく、装飾的に付けられているのだろう毛皮のせいでまるで人ではない獣のようにも見える。

 一体彼の目的は何なのだろうか? ミヅキはもしかしたら自分がツキノに間違われたのかもしれないと言っていたが、同時に一緒にいた領主の息子はカイトに間違われた可能性も高いと考えている風だった。もしかして襲撃の目的はツキノではなくカイトの方だったのか……?

 いや、今はそんな事を考えている場合ではない、仮面の男と領主の息子ロディを見失う訳にはいかない。

 それにしても、仮面の男は足が速い。ロディは体格のいい少年だ。そんな彼を担ぎ上げていて尚、自分が追い付けないというのは驚異的だ。一体奴は何者だ?

 ロディが連れ去られた集会所は町の外れにあって、そこはもう町の外だ。少し向こうで馬の嘶くような声が聞こえた。

 いけない、もしかしたら逃げる為の馬がすでに用意されているのかもしれない、もしそうだとしたら自分達はもう彼に追い付けない。

 ふいに仮面の男のスピードが弛んだ。彼に担ぎ上げられているロディが目を覚ましたのだろう、その男から逃れようと暴れ始めたのだ。


「お前、何なんだよっ! 放せっ!!」


 そんな声が聞こえてくると共に、仮面の男は抱えた少年を持て余すように何度か抱え直している。このスピードなら追い付ける!


「その子を放しなさい! あなたは何者ですか!!」


 けれど、仮面の男はこちらを一瞥するだけで何も言葉を発することはない。自身の中から溢れ出るアルファのフェロモン、解放すれば制御が利かない、他人を守る時にしか使えない特別な力、それに気付いたのか仮面の男が動揺を見せる。


「お前の、それは一体なんだ?」


 大概の人間は怖気づいて身動きが取れなくなるこの力、けれど仮面の男は、動揺は見せても怖気づくような事はなく真っ直ぐこちらを見やった。

 なんだと言われても自分自身よく分からない。フェロモン過多の両親から生まれた自分の、これはただの体質としか言いようがないからだ。


「その子を放してください、何故彼を連れて行こうとするのです!」

「お前には関係のない事だ」


 言葉少なく仮面の男はそう言った。


「あなたに無くても私にはある! これはその少年がここカルネ領主の一人息子と知っての狼藉ですか!」


 彼の攫われた意味が私にはまだ分からない。彼が彼自身としてこの男に連れ去られたのか、それともランティスの王子、カイトと間違われているのか。もし、カイトと間違われているのなら、彼が全く関係ない人間だと分かれば穏便に解放される可能性も万が一無くはない。


「王家の人間はすべて、根絶やしにしなければならない……」

「はぁ!? 俺は王家になんて関係ないぞ! なんの話だっ、ふざけんなっっ!!」


 抱えられたロディは大暴れだ。

 やはり彼はカイトと間違えられている、狙われていたのは恐らくエリオット王子の一人息子のカイトの方だ。


「だったら、その子は無関係です! 放してください」

「無関係な訳がない、こいつは隠された王子、そしてその息子だ」


 仮面の男の言っている意味が分からない。隠された王子? どういう意味だ?


「部外者が口を挟めば命を縮めるぞ」

「部外者はむしろ俺だろっ! 何だか分からんが、お前達の事情に巻き込まれて殺されるなんて真っ平ごめんだ!」

「お前は何も知らんのか?」


 仮面の男はロディを拘束するのを諦めたのか、その胸倉を掴みナイフを振り上げる、もういっそここで殺してしまおうという事か、しかしそんな事はさせられない。

 咄嗟にその腕に縋りつき、その手を止めようとしたのだが、振り払われた。


「王家の人間には何も知らずともこうやって命を守ろうとする者が現れる、なんとも羨ましい事だな」


 何かがおかしい、彼はカイトと間違われて攫われたものと思っていたのに、どうやらロディはロディとしてこの仮面の男に連れ去られたのだと理解する。

 隠された王子……領主の妻はエリオット王子の双子の弟……そういう事なのか?

 そうこうするうちに、私の後を追いかけて来ていたのだろうノエル君が追い付いてきた。そしてその後をツキノ、更にその後からカイトまで。


「あなた達は下がっていてください」

「よくもまぁ色々な色が揃ったものだな、赤、黒、黄色、皆で仲良く友達ごっこか? この世の中は理不尽で満ちているというのに、ここにはずいぶん頭のめでたい人間が揃っているようだ」

「どんな色でも差別などない、それが理想の世界でしょう。あなたがどこの人間なのかは知りませんが、そういう差別が、むしろ自分達の生き方を縛っているのだと何故分からないのですか!」


 仮面の男は嘲るような笑い声をあげた。


「綺麗事だな、それはそういう環境に置かれた事がない人間だから言える事だ。この世界は弱肉強食、強い者が上にいく、弱者は強者に逆らわず媚びへつらって生きる世界、それがこの世界の現実だ。お前もそうだ、お前のその力、お前は生まれもっての強者なのだろう、そんな人間が幾ら綺麗事を並べても、地べたを這いずって生活をしてきた俺達のような人間に響きはしない。ただ傲慢だと感じるだけだ」

「私の考えが傲慢だと言うのですか!」

「あぁ、そうだ。軽い気持ちで引き上げて、興味が失せればすぐに捨てる、代えはいくらでもいるからな。そうやって使役され、捨て駒にされ続けた人間の気持ちなど、お前達に分かりはしない」


 王家を憎む男、王家とはほぼ関わりのない生活を送っているアジェさんやその息子にまで向けられる憎悪。それはまさしくその血を根絶やしにしたいという気持ちの表れか。

 殺されてなるものかと抵抗を続けるロディの手が男の仮面にあたり、その仮面が転がり落ちると、そこに現れたのは壮年の黒髪の男。それに自分は驚きを禁じえない。

 自分の知っている黒髪の人間といえば黒の騎士団、もしくは幼い頃に暮していたムソンの民達だ、そしてそれを纏めるブラック国王陛下やその子供達。


「あなたは……」


 男はひとつ舌打ちをし、ロディを殴り飛ばして、その腹に蹴りを入れる。


「大人しく殺されていればいいものを……」

「っつ……ざけんなっ!!」


 蹴られた腹を抱えるようにして、それでもロディは男を睨み上げた。


「何も知らずに親に守られぬくぬくと暮らす小僧が生意気な目をするものだ。本当に気に入らない。連れ帰って生爪を一枚一枚剥いで、ありとあらゆる拷問を加えた上で嬲り殺してやろうと思ったが、その気も失せた」


 男は腰に差さった剣を抜きさり振り上げる。させるか! とその剣を剣で受けて男と対峙した私に男はにやりと口角を上げて笑みを見せた。


「お前もそのうちに分かるだろう、この世界の業の深さがな。そして、己の守ろうとしている物の儚さを知る時がくる」

「何を言っているのか分かりません!」


 男はちらりと私の背後を見やる。


「どうやら、人数が増えてきたようだな」


 この町の自警団も駆けつけてきたのだろう、男が無表情に指笛を鳴らすと、またどこからか馬の嘶きが聞こえた。男は私の剣を振り払い、踵を返し駆け出した。そのスピードは重荷となっていたロディがいなくなった事で更に加速し、追い付けない。

 そこへ並走するように現れた恐らく彼の馬なのだろう、漆黒の馬に彼はひらりと飛び乗った。身が軽い、身体能力も黒の騎士団となんら変わらない彼は一体何者なのか……馬を駆る彼の姿はみるみる遠ざかり、すぐに視界から消え失せた。


「ユリウス!」

「イグサル……ミヅキは大丈夫でしたか?」

「あぁ、軽い脳震盪だそうだ、それにしてもあいつは……?」

「分かりません、けれどこの事件は私達が思っているよりもよほど根が深いのかもしれない……」


 転がっていた男の被っていた仮面を拾い上げる。これは何かの手がかりになるだろうか? 期待は薄いが、あの男の正体を暴く手がかりがほとんど残されていない現状、こんな物でも貴重な手がかりだ。

 もう一度私は男の消えた方角を見やり、息を零した。



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