闇③
「ねぇ、じいちゃん、この身分証明書って本当に本物なの?」
「どちらも本物ですね、ここにそれぞれの王国の捺印と用紙に型押しも入っているのが分かるでしょう?」
コリーさんは用紙を透かすようにして、その型を私達に見せてくれた。
「でもさ、こんなの偽造しようと思えばできない事ないんじゃない?」
「確かにその通りです、だから余計に彼等の正体が掴めなくて困っているのですよ」
「もしこれのどちらかが偽物だとしたら、そこから立てられる推測も変わってきますしね。あぁ、因みに行商人と王子の護衛との間には特にこれといった繋がりがなかった事は分かっています。王子を襲ったあの男はたまたま彼等の本業がこういった強盗家業だという事を知って、話を持ちかけたのだと言っています。これは全員の供述が一致しているので間違いはないのではないかと思われます」
「たまたまって……そんな偶然ある?」
ノエル君が納得いかないという表情でそう言うのだが「全員が何の口裏合わせもなく供述が一貫する事なんてあり得ませんよ」とコリーさんはその疑惑を切り捨てた。
「でもさ、もしかしたら、あの護衛の人、行商人達が元々悪い奴等だって知ってたって可能性は?」
「それはどういう意味ですか?」
「何か目印になる物があるとか、そんな事ないのかな?」
「目印……?」
「だって、やっぱり変じゃない? たまたま悪い奴等だって知って声をかける、って絶対変だよ!」
「そう言われても……」
「他に彼等の持ち物などは?」
「向こうに固めて置いてありますよ、ほとんどが商売道具と商品ですがね」
コリーさんに言われて部屋の隅に積まれた荷物を見やる。行商人なだけに荷物は多い。そのひとつひとつを見やって、ふいに目に留まったのは行商人が店を開くのに使っていた敷物だ。別に何の変哲もないただの敷物、けれどその端に施されている刺繍が揃いも揃って全部同じなのだ。
同じ店で買った物、そういう意匠が流行っている、そう言われてしまえばそれまでなのだが、私はそれが少し気にかかる。
「ユリ兄、どうかした?」
「いえ……このデザイン、どこかで見たような気もするのですが……」
「何か気になる事でも?」
コリーさんが後ろからひょいとそれを覗き込み、その刺繍を確認すると俄かに眉間に皺を刻んだ。
「なんでそれがそこにあるのでしょうかねぇ……」
「何か心当たりでも?」
「あるも何も、それ、我が家の紋章ですよ」
驚いて、もう一度私はその刺繍をまじまじと見やる。鳥のデザインにクロスされた剣、回りは蔦で囲われたその意匠は、よくあると言われてしまえばそれまでなのだが、まさかそれがカーティス家の紋章だとは思わなかった。
「うちの紋章なの、これ?」
「今となっては必要もないので使っていませんけどね」
「これ全部の敷物に縫い付けられていますが、心当たりは?」
「ある訳がないでしょう、全くどういう事ですかねぇ……」
商人の持ち物に縫い付けられたカーティス家の紋章、カーティス家と言えば気になるのは昨年の事件で暗躍していたクロウ・ロイヤー、カーティス家とは切っても切れない悪縁で結ばれたロイヤー家の人間。ランティスの商人と手を結びファルスを混乱に落としいれようとしてクロウは現在投獄中だ。
彼等はカーティス家の屋敷や地位を奪い取り、結局はコリーさんに奪い返された訳だが、もしやそんなロイヤー家がこの事件に関わっているとしたら……
「君が何を考えているか、分かる気はするけれど、ロイヤー家にはもうそれ程の力は残されていないはずですよ」
「ですが、この紋章の意味を考えると……」
「そういえば、あの時浮浪者みたいなおじさん居たよね? 自分はロイヤー家の嫡男だって叫んでた人、あの人どうなったの?」
ウィルの言葉に皆が首を傾げる。
「あれ? そういえばあの時いたの、ツキ兄とカイ兄だっけか? んん? ノエルいなかったっけ?」
「俺は屋敷に乗り込んだ時はじいちゃんと一緒だったから、ウィルと会ったのは事件解決した後だよ。その時にはそんな浮浪者みたいな人いなかったけど……? あれ? でもなんか、そんな人見たような気も……?」
何故かノエル君とウィルが揃って首を傾げる。
「ウィル君、その人は本当に自分はロイヤー家の嫡男だと言っていたのですか?」
「うん、言ってた。全然相手にされてなかったけど」
「コリーさん、なにか心当たりでもあるんですか?」
「確かにあの男、釈放されたという話しは聞いています、けれどあの事件の時、私は彼の姿を見ていない。屋敷に居た人間を捕まえた時にもあいつはその場にいなかったのですよ」
「あいつって、誰?」
「クレール・ロイヤー、ロイヤー家の長男です」
クレール・ロイヤー、名前だけは聞いている。両親にその名前を聞くと、何故か2人共困ったような顔で苦笑していたのが印象的な人なのだが、一体どういう人なのだろう?
「その人は確か、国王陛下に逆らって投獄されていたと聞きましたが、何をした人なのですか?」
「国王陛下に逆らったというよりは、貴方の父親に喧嘩を売ったというのが正しいかもしれませんね」
「父に喧嘩を?」
「貴方の父親が騎士団長になった武闘会、貴方はまだ幼かったので覚えていないかもしれませんが、クレールは試合で貴方の父親と争ったのですよ。貴方の父親は妙な奇策で、クレールの方は完全なズルで勝ち上がり、貴方の父親は評価されたのですが、クレールの方は国王からの怒りをかった。まぁ、それはそうでしょうね、ズルはどこまでいってもズルですから」
「そんな事が……?」
「貴方の父親が取った方法も自分が行ったズルもクレールにとっては似たり寄ったりだったのに、ナダール騎士団長1人だけが評価された事が彼は気に入らなかったのでしょうね、今度は直接貴方の父親に喧嘩を売ったのです。それは貴方の母親が体調を崩して貴方方の事を忘れてしまっていた時の出来事なのですが、それも聞いてはいませんか?」
「その時の事は覚えていますが、その間に何があったのかまでは全く聞いてはいませんね。私達がルーンに引き取られた時には母はもう元に戻っていましたし、それ以上に何かを尋ねる事もありませんでしたから」
コリーさんは微かに笑みを浮かべて「そうですか」と頷いた。
母は私が幼い頃にもツキノの時のように記憶をなくし一時静養していた時がある。その数か月の間、姉と私は黒の騎士団の隠れ里に預けられ両親とは離れて暮らしていたので幼い頃の事でもあり、その頃両親の身の上にどんな事件が起こっていたのかまでは聞いていない。
「あの人は本当に過ぎた事は振り返らない人ですね、ある意味羨ましい。私は若い頃に受けた屈辱を未だに引き摺っているというのに、全く潔い事です。けれど、人なんて所詮ほとんどが私のような人間ばかり、誰もが彼のようには生きられない。きっとそれはクレールも変わりはしないのですよ……」
「この件にその人が関わっている可能性というのはありますか……?」
「ない、と否定はできません」
コリーさんはそう言って、もう一度睨むようにその紋章を見やる。
「あぁ、そういえばあいつが最初に陛下の不興をかったのは文書の偽造をやらかしたからでしたね……」
「文書偽造?」
「そうですよ、武闘会での試合、それがあの男が行った違反行為、ズルだったのです。嫌な具合にピースが嵌っていくものだ……商人達がこれをどこで手に入れたのか、改めて厳しく尋問をしなければならないようですね」
老人の柔和な笑みは、口角を上げるだけの鋭い笑みに、瞳はまるで笑っていないその笑みは、武闘会の事件の折に彼が見せていた表情でもある。
彼はロイヤー家の事となると人が変わったように冷酷な笑みを見せた。彼のその過去に一体何があったのか尋ねる事はしないが、人の憎悪というものはどれだけ年月を重ねても消える事はないのだと改めて思い知らされるような笑みにぞっと背筋が凍った。
コリーさんが商人たちに改めてきつい尋問を始める前に、私は廊下で指笛を鳴らす。しばらくすると、廊下の天井からこんとひとつ音が聞こえた。
「仕事中にすみません、少し尋ねたい事が……」
「あぁ! これって、あの時の人だっ! オレに武器くれた人!?」
ウィルの突然の大声に、そういえばウィルは知らないのだなと思い至る。
「ウィル、彼等は隠密です。大きな声は出さないで」
『黒の騎士団』彼等は自分が幼い頃から父の下で働いていたし、その家族は子供含め家族ぐるみの付き合いでもあったので、私にとってはある意味居て当たり前の存在でもあるのだが、ウィルには違う。というか、そもそもこの黒の騎士団という存在自体を知る者はとても少ないのだ。
国王陛下の直属の諜報隠密部隊『黒の騎士団』その名前はまことしやかに噂されるが、そこに誰が所属をしていて、どういった仕事をしているのかまでは、一部の人間しか知らないはずだ。
ウィルは騎士団長の息子という事もあって、その存在自体は知っているが、彼等の活動内容まではあまり把握していないのだろう。
「え? 駄目なの?」
「隠れて仕事をしている人が見付かったら仕事にならないでしょう!」
「それもそうだねぇ」とウィルは悪びれもせずに笑みを零した。この何の悪意もなく素直な所はウィルの長所でもあるが、危うい所でもある。図体は大きくても中身はまだまだ子供で、物事の良し悪しの判断が曖昧だ。そこはきちんと注意していかなければ仲間としては危うすぎる。
「ユリウス、大丈夫だ。今、そっちに行くから待ってろ」
そう言って天井の気配は消え、しばらくすると廊下の窓がこんと叩かれ、外からぬっと顔を覗かせたのは、どこにでもいそうな普通の男だ。姿も物腰も本当に普通、ただ黒の騎士団の名前の由来通りその髪と瞳は黒かった。
「お兄さん、あの時オレに武器くれた人?」
「あの時……?」
「これ!」
そう言ってウィルは持っていた小さな鞄を漁って小振りな短刀を取り出した。
「あぁ、武闘会の時の……」
「あんまり使わなかったけど、何も持ってなかったから助かりました。ありがとうございます。いつ返せるか分からなかったから持ち歩いてたんだけど、ようやく返せるよ」
ウィルはぺこりと頭を下げて、にっこり笑みを見せた。
「そんな物は消耗品だ、別に良かったのに」
「駄目だよ! 借りた物はちゃんと返さないと父ちゃんと母ちゃんに怒られる!」
「律儀だな」
苦笑するようにしてその男、幼馴染のセイはウィルから短刀を受け取った。彼は上からセイ・サキ・シキという名の三兄弟の長男だ、幼い頃に暮していた彼等の村ムソンで、私と彼等は家が隣同士という事もあってよく遊んでいた。なので、私は黒の騎士団の中でも彼等三兄弟と組む事が多いのだ。
「それでユリウス、聞きたい事ってなんだ? 急用か?」
「単刀直入に聞きます、私の叔父がメリア人の奴隷を買っているというのは本当の話ですか?」
私の言葉に彼は言葉に窮したように「なんでそれを……」と口籠った。




