闇②
領主様との話を切り上げて、早々に部屋を出て行くと心配そうな表情のノエル君がウィルと共に私の方へと小走りに駆けてきた。
「ユリ兄、領主様はなんて?」
「まだ、色々と詳しい状況は分かっていません。けれど、もしかしたら私はもうこの足でこの地を発たなければいけないかもしれません」
「え……なんで?」
「確かめたい事があるのです。私には知らなければならない事があるのです」
戸惑った表情のノエル君、ウィルもきょとんとした表情をしている。そこへイグサルもひょこりと顔を出し「おい、ユリウス、何があった?」と首を傾げた。
「イグサル、ちょうど良かった。場合によっては私、このままメルクードに戻りますので、カイトの事よろしくお願いいたします」
「は? ちょっと待てユリウス、話が全く分からない!」
「調べなければならない事があるのです。事によっては大事件にも繋がりかねない……」
「分かった、何かがあった事は分かったから少し落ち着け!」
私は落ち着いている。いや、傍目にはそう見えない程度に落ち着きをなくしているのか?
「まずは、メルクードで何があった? それは今回の事件と何か関係があるのか?」
イグサルも昨晩の事件の概要を聞いたのだろう。昨夜の事件と叔父の奴隷売買、私には関係があるのかないのかまでは分からない、けれどそこには国を巻き込む何か大きな陰謀があるように私には感じられるのだ。
うんともすんとも言わない私に、イグサルは「質問を変えよう」と首を振る。
「その大事はお前がそんな大急ぎで1人でメルクードに戻る事で解決するような事なのか?」
「それは……」
「お前が何かを抱え込んでいる事は分かっている、だてにお前の親友をやってきた訳じゃないからな。だけど、1人で抱えて全てを解決できると思ってるなら思い上がりもいい所だ。しかも、それが国家の一大事って言うなら尚更にな。ガタイばっかりでかくても、俺達はまだまだ若輩者だって事を理解しないと、から回るばかりで何もできない」
「イグサル……」
「まずは落ち着け、そんでもってこの際だから、隠してる事も吐いちまえ」
イグサルの言葉に私は驚いて目を見張る。
「え……あの……」
「なんだよ、お前本気で隠してるつもりだったのか? お前みたいな単純な男が何かに悩んでる事くらい、傍から見てればばればれだっての。それでもその内相談してくるかと思って待っててやったんだから、ありがたいと思え」
そんなに自分は外に色々と駄々漏れているのだろうか? これでも一応、父を真似て笑顔で日々を過しているつもりだったのに……
「お前1人で解決できる事なら幾らでも1人で悩め、だけどこれは違うんじゃないのか?」
確かに、叔父の疑いを晴らす事は簡単なようでそこまで簡単な事ではないようだ。それでも自分はそれを皆に話してしまっていいのか分からない。
父は全てを抱えて耐えている、自分にだってできない事はないはずだ。
「今はまだ、お話はできません」
「強情だな」
「けれど、イグサルの言葉は正しい。これはきっと私1人で解決できる問題ではない」
「だったら……」
「何も聞かずに手伝ってくれと言ったら、手伝ってくれますか?」
今度はイグサルが驚いたように目を見開いた。
「お前、ずるい奴だな……」
「ユリ兄、オレは手伝うよ! どうせオレ、難しい話されたって分かんねぇし」
にしし、とウィルが笑みを見せた。その横ではノエル君が小さく頷くのが見て取れる。
イグサルは困ったように頭を掻いて「ったく、参ったな……」と呟きながら「分かったよ」と頷いた。
「ありがとうございます。まずは昨日の強盗犯、どこで取り調べされていますか?」
「えっと……町のはずれに自警団の集会場があって、たぶんそこだと思う」
「自警団の集会場?」
幼い頃、自分はこの町に暮していた。けれど、その頃にはそんな物はなかったはずだ。もうこの町を離れて十年以上、自分が知らない建物があったとしてもなんら不思議はないのだけれど、場所がよく分からない。
「案内してもらえますか?」
「うん、こっちだよ」
ノエル君が先を歩いて道案内をしてくれる。町の中は幼い頃の記憶のままの場所もあれば、全く変わってしまった場所もいくらもあった。
「あれ……こっちって……」
「何ですか?」
そこは確かに町の外れだ、町は自分達家族が暮していた頃より遥かに広く大きくなっていた。
「もしかして、自警団の集会場って、昔、騎士団員の人達が使っていた寄宿舎ですか?」
「え? どうなんだろう? 俺は知らないけど……」
それもそうだろう、恐らくノエル君が生まれた時には、その建物は寄宿舎としての役割をすでに終えていたはずだ。父が騎士団長になってすぐ、派遣された先がここルーンで、父はそれこそここで身を粉にして働いていたのだ。
自分にとってそこは、たくさんのお兄さん達に遊んでもらっていた、懐かしい場所でもある。
「まだ残っていたのですね……我が家だって残っているのですから不思議ではないのですけど、ふふ、懐かしい」
「ユリ兄、来た事あるんだ?」
「幼い頃、よくその辺で姉さんやローズさんと一緒に遊んでいましたよ。あの頃はとても大きな建物だと思っていたのですけど、今見るとそこまででもなかったのですねぇ……」
建物の中もきっちり把握している、よくこの建物の中でかくれんぼや鬼ごっこをしていたのだ。今考えれば、寄宿舎の住人達は怒りもせずによく遊ばせてくれていたものだなと思う。
建物を入ってすぐが大広間だ。奥には食堂、左右に寄宿部屋が等間隔に並んでいたはずだ。
その当時はこの建物以外にも幾つか同じような作りの寄宿舎が並んでいた、けれどさすがにその全部が残っているという事はなく、時の流れを感じさせられる。
建物の扉を叩くと、顔を覗かせたのは一人の男。怪訝な顔をこちらに向けたあと、傍らにいたノエル君を見付けて「じいさんに何か用か?」と首を傾げた。
「昨日の強盗、ここにいる?」
「なんだ、じいさんに用事じゃないのか? 今日は立て込んでいるから用がないなら帰ってくれ。何せ捕まえた人数が多すぎて、尋問するだけで一苦労だ」
「あの……間違えていたらすみません、もしかしてダンさん、ですか?」
「ん? お前は?」
「ユリウスです、ユリウス・デルクマン」
男は驚いたような表情でこちらを見やり、上から下まで私を眺め回した後に「でかくなったなぁ、坊」と私の肩を叩いて笑みを見せた。
彼は昔父の部下だった男だ。名前はダン、とても気の優しい男で、母がやっていた食堂の給仕の女性と恋に落ちて結婚した。そういえばいつの間にか姿を見なくなったと思っていたのだが、ルーンに残って家庭を築いていたのか。
「なんだ、どうした? 何か用か? というか、何で坊がこんな所に?」
「知りたい事も、調べたい事も色々とありまして、お邪魔してもいいですか?」
「あぁ、構わないが、さっきも言ったが今日は立て込んでいる、お前達の相手はしていられないぞ?」
「結構です、遊びに来たわけではありませんから」
「はは、坊の口からそんな言葉を聞く日が来るとはな。いつでもその辺を走り回って遊んでいたちびっ子が一丁前の口をきく。俺も歳をとるわけだ」
男は笑って建物の中へと通してくれた。当時とは内装も何もかもが変わっている、それでも懐かしさに周りを見回していると、部屋の奥にいた男が顔をあげた。
「ん? ノエル?」
「じいちゃん、何か分かった?」
「分かっていたら、こんな所で座り込んでいないで、既に報告に走っている。それより何ですか? ここは子供の遊び場ではありませんよ」
ノエル君が声をかけたその人は彼の祖父コリー・カーティスだ。コリーさんは幾つかの書類を机に広げてそれを睨んでいた。
「コリーさん、それは何ですか?」
「ユリウス君にそちらは確か……アイン騎士団長のご子息? なんで、こんな所へ?」
「少し知りたい事があって参りました。それは何ですか?」
「商人達が持っていた身分証明証と行商登録票ですよ」
言って、コリーさんはそれらを指し示しどういった物か説明してくれる。
「こちらが身分証、メリア人であるという証明証ですね、そしてメリアとファルス間を行商人として行き来する為に必要な許可証がこちらです。これがないと行商人はファルスには入れません、持っていて当然なのですが、実はこれ2枚あるのです」
「2枚?」
「そう、もう片方はランティスとファルスを行き来する行商登録票、確かに各地を巡っているのであれば持っていても不思議ではないのですが、少しおかしいと考え込んでいた所ですよ」
「どういう事ですか?」
「これはランティス王国がランティスの行商人に対して発効している登録票です、それを彼等が持っているのは明らかにおかしいでしょう? 彼等がメリア人だとしてもランティスで行商人としてこの登録票を手に入れる術はなくはないです。例えばランティスにメリアの戸籍を持ったまま移住してランティス国民として生活の基盤がある場合です、その場合はランティスから登録票が発効される可能性があります。けれど知っての通りランティスは排他的な国なのです、そんな物をメリア人が一朝一夕に手に入れられるとは私には思えない」
コリーさんは腕を組む。
「更に付け加えて不自然なのはここに3枚目の行商登録票がない事です」
「3枚目?」
「そう、メリアとランティスを行き来する為の物ですよ。考えてもみてください、メリアからファルスへと入り、ランティスまで行商を続けて、さぁ帰ろうという時に、わざわざ来た道を戻りますか? メリアは地続きで目の前なのにわざわざファルスを通って? 大回りして帰る必要性が一体どこにありますか?」
「それは確かに……」
「それに私は彼等の素性も本当に身分証通りなのか怪しいと思っています。彼等は自分達をメリア人だと言いますが、その割にはどこかメリア人を馬鹿にしたような言動も目立ちます。ランティスに基盤があるメリア人、だからランティス人のようにメリア本国の人間を下に見るのか? それも私にはどうにも腑に落ちないのですよ」
眉間に皺を刻んで、コリーさんはまた再びそれらの書類を睨み付ける。




