ルーンにて②
「それで、ユリ兄達は何でこんなに来るの早かったの? 確か予定では来るの来週だったよね?」
「ふふふ、ノエル君に早く会いたくて、来てしまいましたよ」
俺の問いかけに、彼は甘ったるい笑顔で答えを返して寄越す。もう、そういう事言わなくていいよ、ちょっと恥ずかしいだろっ。
血の上った頬を隠すように、掌で顔を押さえた俺を見やる彼ユリウス・デルクマンは、やはりにこにこと満面の笑みだ。
「本当にそれだけ? それにしてはタイミング良すぎない?」
「タイミング的には本当にただの偶然ですよ。早く来たのには、まぁ、理由がなくはないのですけれど……」
なんだ、理由あったんじゃん、照れて損した。
現在彼は俺の暮らす家、というか店舗にいる。我が家は母が「騎士の宿」という食堂兼宿屋のような店を経営していて、彼は今日からここのお客様になる。
因みに我が家に泊まりに来たのは彼だけではない、現在我が家には他に3人のお客様がいる、1人は俺がイリヤを訪れた際に仲良くなったウィル・レイトナー。次にユリ兄の友達のイグサル・トールマンさん。そして最後はイグサルさんの幼馴染のミヅキさんだ。
そういえば俺、ミヅキさんのフルネーム知らないな、なんて姓なんだろう?
現在俺達は食堂の店舗部分で一緒に朝食を食べている。昨夜の帰宅時間が遅かったので少し遅い朝食だ。
「実は少しランティスでやらなければいけない事ができまして、ここで君達に会っておかないと当分会えなくなる可能性が出てきたので予定を前倒しにしてみました」
「やらなきゃいけない事? 何?」
「まぁ、それは色々ですよ。けれど、本当にタイミングが良かったです、来訪を早めたのは正解でしたね」
にっこり笑顔で彼はその色々を誤魔化した。何か言えないような事情があるのだろうか、その理由を教えて欲しいって言ったらユリ兄は困るかな?
「どれぐらい、いられるの?」
「何もなければ1週間くらいと思っていたのですけど、今後の事を考えると2・3日で戻らなければいけないかもしれませんね」
2・3日って、もう今日2日目だよ、全然時間ないじゃん。皆が来たら、あちこち遊びに行こうと思っていたのに、こんな事件が起こってしまって、その少ない時間であと一体何ができると言うのだろう……
「えぇ~せっかくここまで来たのに、そんなにすぐ戻るの?」
声を上げたのは俺達の傍らで話を聞いていたウィルだ。
「用があるのは私とカイトだけなので、もしもう少し遊んでいきたいと言うのでしたら、ウィル坊は残ってもらって構いませんよ」
「むぅ、ユリ兄とカイ兄、やっぱり俺等に隠して何かやってるだろ?」
「ウィルにはあまり関係のない話ですから」
「オレ、父ちゃんに言われてるんだ、ユリ兄の言う事聞いて、ちゃんと役に立ってこいってさ。意味はよく分からなかったけど、絶対何かあるんだろ!」
「アイン騎士団長がそんな事を……?」
ウィルは不貞腐れたような表情ながらも「そうだよ」と大きく頷いた。
「今回の留学、オレはやっぱりどうしても年齢制限で引っかかったんだけど、父ちゃんがお前だけは何があろうとあいつ等の味方でいろって言って、オレの事入れてくれたんだ。だからオレは兄ちゃん達の傍にいるのが仕事なんだよ!」
「ウィル……」
「だから、何かやってるならオレも混ぜろ! オレ、邪魔しないから」
ユリ兄は少し困ったような表情でウィルを見やった。
「これは簡単な任務ではないのですよ、かなりの危険を伴うもので、それに巻き込むわけには……」
「オレじゃ役に立たない?」
ウィルはしょんぼりと眉を下げる。
「ウィル、ユリ兄困らせたら駄目だよ。でも、俺も何か困っている事があるなら、それで役に立てる事が少しでもあるなら、お手伝いしたいです」
俺の言葉にユリ兄はますます困り顔だ。困らせたかった訳じゃなかったんだけどな。
「2人の言葉はとても嬉しいです、けれど現時点ではまだお2人を頼れるような事は何もありません。今はただ見守っていてください、その時がきたら手助けをお願いする事もあるかもしれないのでね」
「ユリ兄、絶対だよ!」
「俺も、頼れる時には頼って欲しいです」
ユリ兄は綺麗な笑みを見せて「頼もしいですね」と頷いてくれた。
「そういえば、イグサルさんの姿が見えませんけど、どこか出掛けてるんですか?」
「え? あぁ、イグサルは……」
「イグ兄はたぶんツキ兄の所だよ、カイ兄に抜け駆けされたって怒ってたから、たぶん間違いない」
「? 抜け駆け……? なんの話?」
「聞いてない? イグ兄がツキ兄の女装姿に一目惚れの話」
あぁ! と俺は思い至る。ツキノが物凄く渋い顔でカイトからの手紙とイグサルさんからの恋文を読ませてくれたのを思い出す。あれって本気で本気だったんだ?
「それにしても、相手あのツキ兄だよ? ありえなくない? 趣味悪いよね、イグ兄」
「それはどうかな……? ウィルは今のツキノをまだ知らないから」
「? なに? しばらく会わない間にツキ兄何か変わったの?」
「ツキノは傍から見れば綺麗な人だろ」
「でも、性格でお釣りがくるじゃん? カイ兄とツキ兄が番になったって聞いた時も驚いたけど、ある意味あの2人だからなんとかなってるんであって、他の人達が入り込む余地なんてないと思うんだよな、オレ」
ウィルが考え込むように腕を組んで首を傾げた。確かにツキノは性格がきついし、カイトは何を考えてるのか分からない所がある。それでも上手くやれているあの2人は、あれでいて相性ばっちりなのだろう。
「ただ見た目だけで好きになったんなら、イグ兄にツキ兄は無理だよ」
ウィルの言う事は概ね正しい。うちの町にもツキノの見てくれに騙されている男性が幾らもいるので、俺はそれに頷くしかない。そもそもツキノは自分の容姿が好きではないのだ、そんな物をいくら褒められても靡く事は絶対にありえない。
「じゃあ、そのうち玉砕して帰ってくるかな? 姿が見えないけど、もしかしてミヅキさんも付いて行ったんですか?」
「え? あぁ……ミヅキはまた別件で親戚の家を訪ねています」
「親戚? ミヅキさんルーンに親戚いるんですか?」
「はい、ノエル君も知っているかと思っていたのですが、聞いてなかったんですね」
「え? 何を……?」
俺が首を傾げるとユリ兄はユリ兄で「マイラーさんの家のローズさん、お知り合いですよね?」と首を傾げる。
「え? ローズさんの親戚って言ったらウィルでしょう?」
「ウィルは母方の親戚でミヅキは父方ですよ」
え……そんなの初耳。でも、ちょっと待って……
「だとしたらミヅキさんって、もしかして?」
「はい、マイラー家の人間です。本家の一番末っ子だそうです」
待って、待って、待って、俺、全然知らなかったんだけど!
実はマイラー家ってこの国でも1・2を争う大貴族らしいって去年初めて知ったんだ。それだけでもビックリだったのに、まさかこんな身近に本家の人までいるなんて予想外!
「本当に聞いていなかったのですね」
「だって、俺、そこまでローズさんと話すわけじゃないから、全然知らなかったですよ」
「一応本家の人間として挨拶にと言ってマイラー家に赴いているのですよ。ウィルも一緒に行くかと思ったのですけど……」
「だってオレ、結局武闘会の時、ちらっとローズって姉ちゃんに会っただけで、マイラー家とは全然交流ないんだもん。行ってもなんて挨拶していいか分かんないよ。そもそも上流階級の付き合いとかさっぱりだからね、オレ」
「……と、こういう訳です」
あぁ、何というか格差社会? そう思うとローズさんのご両親はずいぶん身分差のある結婚だったのだな。こんな田舎に暮しているのも、もしかして駆け落ちかなんかだったのかな?
「昨晩の事件もまだ全部片付いている訳ではないし、なんだか少し落ち着かない滞在になりそうで申し訳ないです」
少し困り顔でユリ兄は言う。もうそこはタイミングの問題なので仕方がないけど、楽しみにしていただけにちょっと残念。
「そういえば昨日って結局何があったんだ? 乗合馬車の都合で町に到着したのは深夜だし、着いた途端にあちこち人は走り回ってるし、ユリ兄とカイ兄はオレ達置いて走って行っちゃうし、オレ達置いてきぼりで、ホント困ったんだからな」
「それは本当に申し訳なかったと思っています」
ユリ兄はやはり苦笑の表情でウィルに頭を下げる。確かに俺が家を飛び出した時、まだ彼等はこの町に着くか着かないかという頃合いだったのだ、本当にタイミングが良かったとしか言いようがない。
あの時ユリ兄とカイトが現れなかったら俺とロディ様の2人ではあの人を捕まえて、ツキノを助ける事ができたかどうか。もしあの時ユリ兄が来なかったらと思うとぞっとする。
「それにしても、本当にユリ兄は凄い。いるだけで悪党退けちゃうんだから」
「あまり使いたくない力なのですけどねぇ……お腹も減りますし」
「それ、人伝に聞いた事はあるけど、オレ一度も見た事ない! オレにも一回やって見せてよ!」
「無闇に使うものではないですし、何もない時にはやろうと思ってもできないので無理ですよ」
ウィルは「ちえっ」と少し拗ねたような表情を見せたのだが、すぐに気を取り直したように顔を上げた。
「でも悪い奴は全員捕まえたんだよね! だったら、今日はもう自由だよな!」
「まぁ、そうなのですが、気になる事もあるのですよねぇ……」
「気になる事?」
「昨晩、ノエル君も言っていましたよね、彼等がメリア人だというのは何かおかしい、と。私もそれに関して腑に落ちない事があるので、もう少し領主様にお話を聞いておきたいのです。あぁ、君達は自由にしていてもらって構わないよ、これは私が勝手に気になっているだけの事なので」
ウィルはそんなユリ兄の言葉に「何言ってるの?」と少し怒ったような表情を見せた。
「オレのさっきの話、ユリ兄ちゃんと聞いてた!? オレが今ここにいるのはユリ兄の役に立つ為なの! 遊びに来ただけじゃないんだからな!」
「けれど……」
「オレはユリ兄に付いてくからな!」
「あ、だったら俺も……」
ユリ兄は「2人とも……」とやはり少し困ったような表情を見せたのだが「ありがとう」と俺達の頭を撫でてくれた。




