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運命に祝福を  作者: 矢車 兎月(矢の字)
第一章:運命の子供達

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動き続ける事件の闇③

 どうにか一番の難関だった最初の大通りを抜け、俺達は歩き続けた。

 ユリウスと歩いていた時にはわりとすぐに人波が途切れた気がしていたのだが、進んでも進んでもなかなか人波は途切れない。

 一本脇道に逸れればいいのかもしれないが、大きな通りを行かないと迷ってしまいそうで、俺はそれを言い出せなかったのだ。

 それと同時にヒナノと名乗った彼女もどんどん真っ直ぐ前を向いて進んでいくので、進行を止める事もできなかった。


「ちょっと待って、ねぇ? 場所ちゃんと分かってる?」

「よくは分からないですが、母は城を目指せと言っていたので、真っ直ぐお城を目指しているです」


 何というか、やはりどこか真っ直ぐな行動に笑ってしまう。


「あのね、一本脇道に入ったら格段に歩きやすくなると思うんだけど、どうかな?」

「脇道に……それは盲点でした!」


 ようやく大通りの人混みを抜けて息を吐く。やはり真っ直ぐ抜けるだけなら格段に歩き易い。お祭りの店を見て回るのなら大通りをふらふら進んでいくのもやぶさかではないのだが、急ぐのならこちらの方が断然楽だ。


「はわぁ、一本入っただけでずいぶん歩きやすくなったですよ」

「こっちはお店が少ないからね。観光の人達も通らないだろうし」

「そう言われたらその通りですね」


 俺達はようやく人心地ついて話しながら歩く事ができるようになった。


「ヒナノさん達は何をしにここへ?」

「それはもちろんお祭り見物ですよ。今回は父と兄が参加予定なのです」

「お兄さんもいるんだ」

「はいです、兄も騎士団員なのですよ。お兄さんは? 観光ですか?」

「俺は父親探しをしに来たらちょうどお祭りにぶち当たっただけで、お祭り目当ての観光客じゃないよ。それにお兄さんって呼ばれるほど年上でもないと思う」

「そうなのですか?」

「俺、12歳」

「あら? ヒナの方が少しだけお姉さんでした。私はこのお祭りの間に13歳になるのですよ」


 やはり年相応だった。ここイリヤにきてから年齢不詳の人間ばかりに遭遇していたので、よもやうんと年上だったらどうしようかと一瞬思ったのだが、普通だった。


「ノエル君はお父さんを探しているですか? イリヤにいるですか?」

「どうやらそうみたいなんだけど、まだはっきりしてないです」


 あ……語尾の「です」が移った。なんだか特徴的な話し方で、ついクセになる。


「お父さん見付かるといいですね」


 彼女はにっこり人の良い笑みを見せる。なんだかこんな笑顔を自分は知っている。

 というか彼女、最初に見た時から思っていたのだが、誰かによく似ている。

 先程出会った母親に似ているのは勿論なのだが、そうではなく、最近出会った誰か……誰だ?

 なんだか非常にもやっとする、感覚的に似ているのにイメージと違うのだ、笑顔はユリウスにも似て人懐こいのだが、顔立ちが違う、誰だ……?


「どうかしたですか?」

「いや……君の顔を見てると誰かを思い出しそうなのに、誰だか思い出せなくて……」

「私に似ている人がいるですか? 姉の事でしょうか? 兄の事でしょうか? それとも……」

「お姉さんとお兄さん両方いるんだ?」

「はい。ですが、一番似ていると言われるのは従兄なのですけどね。実の姉兄よりその従兄の方がよく似ていると言われますです。名前も似ているですしね」


 ヒナノ……ヒナ、ノ……あぁぁ!


「ツキノ君!」

「はい、正解です。ノエル君はツキ君のお知り合いですか?」


 ぽんと両手を合わせて、彼女は小首を傾げた。なんだよ、そのあざとい感じ可愛いなっ。

 でも、よく分からない違和感に納得した。似ているのはあの仏頂面の黒髪のツキノだ。

 表情が違いすぎてまるで分からなかった。


「昨日、少しだけお話しました」

「そうでしたか。ではもしかしたら他の兄弟のこともご存知ですか?」


 ですよね、そうですよね! ツキノを兄と呼ぶからには妹ですよね、あぁ、そうかぁ……


「ユリウスさんには昨日から色々とお世話になっています」

「あら、そうでしたかぁ。ユリ君とツキ君のお知り合いでしたら、もう警戒の必要はないですね」


 あ……まだ警戒されてたんだ。まぁ、そうだよね。知らない人、ましてや男に声を掛けられて警戒しない女の子はいないよね。

 その割にはぐいぐい引っ張ってこられた気もするけど、まだ信用はされてなかったんだね。

 それにしても、さっきの女性が噂の騎士団長の妻じゃないか! 滅茶苦茶美人な嫁じゃないか! あれを嫁に娶って浮気ってどうなのさ! ってか、イリヤに来るのもう少し先って聞いてたのに……


「どうかしたですか?」


 もしかしたら半年年上の腹違いの姉……滅茶苦茶可愛いのに恋愛対象外かと思うとほんのり切ない。


「いや、何でもないです」

「でしたら、張り切って行きますですよ!」

「あ、待って……」


 ヒナノを追いかけようとして、向こうから歩いてきた人にぶつかった。

「すみません」と頭を下げて先を歩く彼女を追いかけようとしたら、何故か進行方向を塞がれいらっとする。


「あの……」


 顔を上げて抗議をしようとした刹那、思い切り腹を殴られた。


「な……」

「ちょっと何をするですか!」


 ヒナノの方にも幾人かの男が集ってきていて、何が起こったのかと混乱する。

 それにしても腹が痛い。今日は無闇に暴力をふるわれる最低な日だ。

 それでも、腹を押さえて倒れ込むのを我慢したら、更にもう一回、今度は蹴りが入った。


「お前に用はない」


 男はにやにやとこちらを見ていて、がっと一気に怒りが湧いた。


「ふざけんなっ!」


 理不尽に暴力をふるわれて、用はない、はいそうですか、と引き下がれるかっ!

 こちらをにやけた顔で見ていた男に体当たりをかまして、その勢いのまま蹴り倒した。

 男の急所に当たったのは、まぁ、わざとだけど、仕方ないよな? 俺を怒らせたのはそっちだし?

 目の前の男は急所を押さえ悶絶し、まさか反撃を食らうと思っていなかったのであろう、他の男達にも動揺が走る。

 その隙を見計らったかのようにヒナノも掴まれかけていた腕を振り払い、俺の方へと駆けてきた。


「大丈夫です?!」

「なんとか……」


 腹を押さえて相手を睨む、こいつ等一体何なんだ?

 壁際に追い詰められるように男達はこちらににじり寄ってくる。俺に用は無いらしいから、狙われているのは彼女の方だ。


「こいつら、知り合い?」

「ヒナにはこんな野蛮な知り合いはいないのですよ!」


 だとしたら、人攫い……もしかしてΩ狩りとかいうやつか!?

 脇道に入ったのは失敗だった、まさかこんな輩が潜んでいるとは夢にも思っていなかった。

 男達は皆フードで顔を覆い隠していて人相もよく分からない。

 逃げようにも壁際に追い込まれて、右も左も抜けられない。しかも後ろ手にはヒナノを庇って大の大人相手には分が悪すぎる。

 せめてここにウィルがいたらと思いはするが、思っているだけでは埒が明かない。

 せめてヒナノだけでも逃がせれば……

 じりじりと男達はにじり寄って来て、俺はヒナノを抱き締めた。

 先程ウィルが自分の頭を守るように抱えてくれたように、今の自分にできるのはこのくらいの事しかないのが悔しくて仕方がない。

 少なくとも狙われているのはヒナノで、俺が彼女を離さなければ、彼女が攫われる事はないはずだ。


「ちょっと、ノエル君!?」

「君だけはちゃんと守るから!」


 男達に背を向けるようにして、俺はヒナノを抱え込む。男達はヒナノと自分を引き剥がそうと俺に遠慮なく拳や蹴りを入れてくるが、絶対離すものかと俺は更に彼女の小さな身体を抱き締めた。


「ノエル君、離すです!」

「駄目、絶対っ」

「ノエル君っっ!!」


 ふいに辺りに甘い薫りが広がった。

 その薫りがどこからきているのか分からなかったのだが、その甘さはどこか人を惹きつける甘さで、つい身体の力が弛む。


「ノエル君、離すですよっ!」


 それでも、俺は彼女の身体を離しはしなかったのだが、いつの間にか男達からの攻撃は止んでいて、背後から何故かくぐもったような呻き声が聞こえた。


「っ! なんだお前! 裏切るのかっ!」


 そんな声と共に更に何かを切り裂くような音、打撃音、背後で何かが起こっているのは分かるのだが、痛めつけられた身体はなかなか自由には動いてくれない。


「ノエル君、今のうちに逃げるです!」


 俺の弛んだ腕から抜け出してヒナノは逆に俺の手を掴んだ。

 俺は訳が分からなかったのだが後ろも振り向かず、手を引かれるままにヒナノと一緒に駆け出していた。


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