事件①
僕、カイト・リングスは怒っていた、ユリウス兄さんとやってきた兄さんのおじいさんの誕生日会、そこでようやく会う事ができたリク・デルクマンさんは疲弊した顔でランティスの現状を嘆いていた。
それは聞けば聞くほど僕には腹立たしい事ばかりで、なんでこの国はこんななのかと思わずにはいられない。
「僕、あの人に直談判に行ってもいいと思う」
「あの人……? もしかしてエリオット王子にですか?」
ユリウス兄さんが驚いたような表情で僕を見やった。
「だって、おじさんとあの人のやろうとしている事は一緒なんでしょう? そこで何で手が組めないの? そもそもそれっておかしくない?」
「国の内情は外側から見ている私達には分からない。そもそも、その内側にいるはずの叔父さんですらこの有様なのだよ?」
兄さんの言葉にリク騎士団長は「はは、全く耳が痛いな……」と苦笑った。
「だからさ、そこの橋渡しを僕がするって言ってるんだよ」
「お前が? お前はこの国に自分が来ている事を父親に知られたくないのではないですか?」
「そうだけど、なんかもうそういうの面倒くさい程度に苛々する! 僕が間に入ってどうにかなるなら、僕、あの人の所に行ってくるよ」
「簡単に言うんじゃない、カイト。一体どうやって王子に会おうって言うんです? 私達はファルスからのただの留学生で王子に謁見できるようなそんな権限は持ち合わせていないのですよ」
僕は何故かその言葉に憮然とする。あの人は僕の事を実子と認めて我が子だと公言しているにも関わらず、会えないってどういう事だよ……
「別に真正面から王子の子だって言って入って行けばよくない?」
「そんな事をすればカイト、お前はファルスにはもう二度と戻れなくなるぞ」
リク騎士団長が至極真っ当な事を言うので僕は言葉に詰まった。だってそれはとても困る。
「そもそもだ、自分は王子の子だと名乗って城に乗り込むのはいいが、そんな事を信じる人間がどこにいる? そんなモノをいちいち信じていたら、城は王子の隠し子で溢れかえるぞ」
「そこは直接あの人に証言してもらえば……」
「そこまで辿り着くのにどれだけ時間がかかるか分からないという話だよ、カイト。そしてそうなった場合、やはりお前はファルスに帰れなくなるだろう事は目に見えている、お前はそれでいいのか? 元々これはそんなに簡単な話ではないのだよ?」
僕は憮然と黙り込んだ。何かの役に立てればと思ってやってきたこの国で、現状できる事が何もないというのが僕は悔しくて仕方がない。
「……なんなら、城に忍び込むか……?」
「え……?」
「昔、アジェ王子が使った手だ、今思えば、両親に会おうと思ったらそんな手でも使うしかなかったというのも分からんでもないな」
「アジェ叔父さん、お城に忍び込んだ事があるんですか……?」
「あぁ、不審者侵入で大騒動になった上に俺も巻き込まれて散々な目にあったな……」
リク騎士団長が何故か遠い目をしている。
「俺がお前を城内に連れて行くのは簡単だろう、ただ王子が会ってくれるかは別問題だ、さっきから言っているが俺はどうやら王子には嫌われているようなのでな」
「それには私も同行させてもらえますか? 私はカイトの護衛です、彼を守るのは私の任務なので……」
リク騎士団長は「ふむ」と考え込んで「まぁ、大丈夫だろう」と頷いた。
「ところで、さっきから気になっているのだが、カイトが言っていたメリア人の番相手というのはもしかしてユリウスの事なのか……?」
リク騎士団長の言葉に僕は驚いて首をふる。
「違います、兄さんは兄さんでそんな相手じゃないですから!」
「なんだ、そうか。もし相手がユリウスならば、メリアとランティスの和合にも繋がるかと思ったんだがな……」
リク騎士団長に少し残念そうに言われてしまったが、そんな事を考えた事もなかった僕は逆に驚きを隠せないよ。
「あぁ、そういう意味でいうのなら、カイトの番相手はそれにもっとも相応しい相手ですよ」
「ん? そうなのか?」
「カイトの番相手はツキノ・スフラウト、現メリア国王のご子息です」
「メリア王家か……はは、これはまた……」
「ご存知かも知れませんが、メリア国王の奥方様は現ファルス国王の娘です、ツキノにはメリアとファルス両王家の血が流れています、そしてそのツキノとカイトが番になる事で、その子供にはこの大陸全ての血が継がれる事となるのです。そんな時代にはもう、このような争い事はなくなっていると私は信じています」
ユリウス兄さんの言葉に僕は更に驚いた。確かに兄さんの言っている事は全て真実だ、いずれ僕とツキノの間には子供が生まれるだろう、その子供はこの争いの多い三国全ての血を引いた子供、それはなんだかとても凄い事のように感じられる。僕は今までそんな事考えもしなかった、けれどナダールおじさんは言っていたのだ、僕達2人の結び付きには何か大きな運命の流れを感じる、と。
「ランティスとメリアの結婚か……いっそそうなってくれたら、長いこの諍いにも終止符が打たれそうな気がするな」
「そう簡単な話ではありませんけどね」
「僕、頑張ってツキノの赤ちゃん産むよ」
僕の言葉に何故かリク騎士団長が少し変な顔をした。
「……お前が産むのか? あぁ、そうか、お前オメガだったな……」
リク騎士団長が戸惑ったような表情を見せる。彼はナダールおじさんの弟だ、嗅覚の鋭いデルクマン家の人間ならば僕の性別は匂いですぐに分かっただろう。
「どう足掻いても結婚というのには上下関係が出てくる、ランティスとメリアの結婚でランティスが嫁の側となると『メリアに取り込まれるのは許せない』と嫌がる人間も出るかもしれないな……」
リク騎士団長の言葉に僕は耳を疑う。は? 何それ? 馬鹿じゃないの?
「それは2人の問題で、他人がどうこう言う問題ではないのでは……」
「我が国ランティスのお偉方は、お前達が思っている以上に頭が堅いぞ、今の我が国の現状を見れば分かるだろう?」
全くそんな話どうかしている。でも……
「だったら、ツキノも僕の子供を生んでくれたらいい。僕達は2人共どっちにでもなれるからね」
「……どういう意味だ? そのツキノというのは女なのか? そういえばメリア王家の子息は男女の双子と聞いた事があるが……?」
「ツキノはどちらも、なのですよ。男でもあり女でもある。王子であり、姫でもある存在、だから余計にややこしい」
「どちらも……?」
「両性具有というやつですね。あまり公の話ではないので、他言無用でお願いします」
「両性具有? それはまたけったいな……男性オメガと両性具有、それならどっちも嫁にも婿にもなれるわな、はは、これは驚いた。だが、アルファは子を成せないんじゃなかったか?」
「男性オメガ同様、女性アルファは男性アルファに比べて数が少ないので事例は少ないのですが、子を成す事が全くできない訳ではないそうですよ。アルファとして子供ができなくても、女性としては産める、という事らしいですね。その場合子供がバース性になる確率は下がるらしいのですが、そんな統計はどうでもいい話です」
リク騎士団長は「これは驚いたな」とまた苦笑った。
「だが、そうか……そう思うとお前達は本当に運命の子供達なのかもしれないな……」
運命の子供……僕とツキノが結ばれる事で、この世界が変わることもあるのだろうか? 僕達はただお互い惹かれあって結ばれただけなのに、それに対して大人達は何かしらの意味を見付けたがる、それが僕にはあまり嬉しくない。
「あの人にはいつ頃会えますか?」
「そう急くな、そんな性急に事は運ばない、機会を見繕ってまた連絡するから待っていてくれ」
リク騎士団長はそう言って、僕達にまた連絡をくれると約束してくれた。
寮に帰る道程で、ユリウス兄さんに「リク騎士団長、いい人そうで良かったね」と僕が笑うと、ユリウス兄さんは少しだけ困ったような表情を見せた。
「確かに叔父さんはいい人だと思いましたし、彼の語った話にも嘘はないと思います。けれど彼はまだ私達に幾つかの隠し事をしているのが私には分かります。それが何なのかはっきりするまでは、まだ彼を100%信用する訳にはいかない」
「兄さんはまだおじさんを疑ってるんだ?」
「貴方の父親が彼を敬遠している理由が、まだ私達には分かりませんからね。少し考えてごらん、メリア人を嫌っていた王子が今までメリア人保護を訴えていた叔父さんを敬遠していたのなら話しは分かる、けれど王子はそこから方向転換したにも関わらず保護を訴えていた叔父さんを敬遠するのはどうにもおかしい。叔父さんは、それを自分がメリア人の利権問題に取り込まれていると思われているからかもしれないと言っていたけれど、そんな話が出てくる程度には、この国にはそんな問題も存在するという事なんだよ」
僕は「むぅ……」と眉間に皺を寄せる。難しすぎてもう訳が分からないよ。
「その利権問題って何なのさ……」
「それを調べるのが父さんからの依頼だよ、カイト」
もう本当に頭が痛い。ツキノと晩御飯のメニューで言い争ってた頃が懐かしいよ。あぁ、ツキノに会いたい。
「ツキノに会いに行くの、延期になったりしないよね?」
「状況次第ですね、私もできればそれだけは避けたいのですけど。ノエル君の手料理が私は恋しい」
「本当に好きだね、兄さんのそれって恋なの? 食欲なの?」
「どちらもですよ」
ユリウス兄さんは綺麗に笑う。
「ノエルは男でベータなのに、本気なの?」
「言ったはずです、恋心の前では与えられた性別なんて些末な問題なのですよ」
「でももし、今目の前に兄さんの『運命のオメガ』が現れたら、兄さんはどうなるんだろうね?」
「仮定の話になど意味はありませんよ」
「でもさ、もしそれであっさり乗り換えられたら傷付くのは兄さんじゃなくてノエルだろ。ノエルはベータでバース性のそういう不思議な結びつきの事は分からないんだから可哀想だ。だったら兄さんは最初からオメガの相手を選ぶべきだと思う」
「例え私が相手にオメガを選んだとしても、目の前に『運命』が現れたら結果は同じ、それを恐れて躊躇っていたら恋はできないです。バース性の人間が『運命』に巡り合う確立は決して高い訳ではない、一生を『運命』を探す事に費やすくらいなら、好いた相手に好きだと素直に告げる方が建設的だと思いませんか?」
確かに兄さんの言うことには一理ある。僕とツキノは幼馴染で探すまでもなくいつでも僕の隣にいた。これはとても運がいい事なのだ。『運命』はどこで巡り合うか分からない、そして本来は巡り合えるかも分からない曖昧なものでもある。
「兄さんはそういう所、本当に強いよね。僕なんかツキノが『運命』だって思っていても、散々迷ってようやく番になったのに」
「うちの両親もそうだったと聞いているよ。母さん最初は『番には絶対ならない』って散々ごねたらしいからね」
「え? 嘘、初耳。今はあんなに仲良し夫婦なのに?」
「うちの両親の過去は意外と複雑でね、私も全部を知っている訳じゃない。けれど『それでもいい』と父さんが母さんに纏わり付いて、最終的に母さんを射止めたらしいから、強気でいくのは間違っていないと信じています」
あの二人ってそんな感じだったんだ、正直意外。そういえば、うちの両親はどうだったんだろう? 僕の父親と母はそれでも『運命の番』だったと聞いている。
それでも母は僕の父親から逃げ出したのだから『運命』という物が全て一律正しいのかと言われたら甚だ疑問だ。
いや、でもそれを疑問に思ったら僕とツキノの関係ですら疑わなければならなくなってしまう、それはいけない。考えてはいけない。
「どうかしましたか?」
「ん? ツキノが浮気してないか、急に不安になっただけ……」
「ツキノはそんな器用な事ができる子ではないよ、一度決めたらあとは真っ直ぐ、それはお前も分かっているだろう?」
それでも不安は隠せない。だって僕達は、もう一年も会っていないんだ。
「早くツキノに会いたいなぁ……」
僕は溜息を零す。
「日程、早めますか?」
「え?」
「サプライズ訪問です、きっと驚きますよ」
悪戯を思いついたような顔で兄さんは笑う。僕はその兄さんの提案に大きく首を縦に振った。




