過去を語る⑤
「あの……リリスさんとリアンさんの姉弟はその後どうなったのですか……?」
急に姉弟の話が終わってしまったので、私は不審に思って叔父を見上げると、彼は気まずそうに瞳を逸らした。
「あいつ等は、ある日突然書置きひとつ残して消えた」
「叔父さんに何も告げずに?」
「あぁ……」
叔父は頑なにこちらを見ようとしない。明らかにそれは不自然で、何かを隠しているのは一目瞭然なのだが、それを叔父は知られたくないと思っている様子はありありと見て取れる。
「何かあったのですか……?」
「それはこの話とは関係のない話だ」
やはり叔父はその先を語ろうとはしない、無理に強制しても彼はその先を語る事はしないだろう。私はそれ以上の追求を止めた。
「そうですか、けれどそうやって叔父さんはメリア人の現状を知り、どうされたのですか?」
「何も……いや、少しは周りに声をかけて回ったがほとんどの人間はまるで聞く耳を持たなかった。それが何故なのかはお前達も分かっている事だと思う。俺1人でできる事は限られていて、そんな折に舞い込んできたこの騎士団長という大任に俺はもうそれどころではなくなった。俺は未だ何もできぬまま立ち尽くしているばかりなのだよ」
叔父はまた盛大な溜息を零す。
「おじい様にその話しは?」
叔父は無言で首を横に振る。
「親父には何も言っていない。親父は兄貴の事もあって少しばかり他国贔屓の騎士団長としてあまりいい顔をしない連中もいる。それでも今まで上げてきた業績があるからよほどの事はありはしないが、兄貴の失踪の折にこの街でうちの家族が村八分の目にあった事を俺は覚えている。これは俺だけの問題で家族をそれに巻き込む事はできない」
「では、その話しは誰にも……?」
叔父は、今度は黙って首を縦に振った。
「貴方はそれを1人で抱えていらしたのですか? うちの父に相談すれば何かしらの手助けもできたかもしれないのに……」
「一体どの面下げて俺がそんな事を言えるというんだ? ただでさえ兄貴は遠い異国で何をして過しているのかも知りもしないというのに」
「父は現在ファルスで第一騎士団長をしていますよ」
「あぁ、それは聞いている。兄貴の出世は早かったからな、正直聞いて我が耳を疑った。何がどうしてそうなっているのか、俺には未だに分からん」
「おじい様から聞いていないですか?」
「その当時俺はこの家にほとんど帰ってこない外回り巡回の騎士団員だったと言ったはずだ、俺がその話を聞いたのはもうずいぶん後になってからの事だった。俺が兄貴に対して怒っている事は家族全員が知っていたし、騎士団長になった事は聞いたがそれ以外の話をわざわざ俺に語ってくるような者はいなかった。何か特別な理由でもあったのか?」
「ファルスの出世制度はランティスとは違います。武闘会という闘技大会で勝てば出世しますので年齢は関係ありません」
叔父がまた眉間に皺を刻み「何だそれは……」と不審顔を見せた。
「つくづく分からん国だと思っていたが、ファルスもメリアとは違った意味でよく分からん国だな……しかも兄貴はその闘技大会で勝ったのか? 兄貴にそれほど闘技の素質があったとは思えないのだが……」
「父はもうこの十年負け知らずですよ、付いたあだ名が『微笑みの鬼神』です」
またしても叔父は「何だそれは……」と絶句する。
「あぁ、でもお前達が我が家にやって来た、あの時の兄貴は本当に恐ろしかったな。お前もあれほど怒った兄貴を見た事がないと言っていたが、俺もあの時ほど兄貴を怖いと思った事はない」
父は家族が傷付けられる事をとても嫌う人だ。あの時は叔父に一方的に母を責められ父も逆上したのだろう。
「父が母へ向ける愛情はとても深いです、それは母だけではなく我が子に対しても同様で父は家族が傷付けられるのが嫌なのです。けれど、それは貴方に対しても同じですよ」
「俺は兄貴には嫌われているだろう?」
「そんな事はありません、父は私達家族を思うのと同じように叔父さんの身も案じています」
「けれど、兄貴は俺達家族を捨てたんだ」
父と叔父の確執は深い、あまり詳しく聞いてはいないのだが、叔父にはまだわだかまりがあるのだろう。
「父の中には明確な優先順位があります。一番の最上位は母、その下が私達家族です。父は母に何かがあれば私達子供でも捨てられるほどに母の事を愛していますが、何事もなければその愛情は平等で分け隔てはありません。父の貴方への優先順位が私達より下にあったとしても、それは父が貴方を愛していないという事ではないのです」
「はは、分かる気はするけどな……兄貴は俺達家族より、自分の選んだ伴侶が大事、それは当たり前の事だったのかもしれないな。生まれる場所は選べないが自分の居場所は自分で選べる、兄貴はお前の母親の隣を選んだとそういう事だな。全く兄貴らしい」
「貴方はそんな父をやはり許せませんか?」
「いや、許すも許さないも、アレは俺の八つ当たりみたいなものだったと今では分かっている。怖がらせて悪かった」
素直に謝罪の言葉を放った叔父に私は驚く。まさかここで謝られるとは思ってもいなかった。
「兄貴は自分に正直に生きているだけ、俺はそれが少し羨ましかったんだと思う」
「叔父さんは何か少し生き方に不自由をしているような、そんな感じがしますね」
「はは、そんな風に見えるか?」
「今日最初に会った時から、どこかお疲れ気味な様子ですので」
「確かに疲れてはいるな。今日だって本当は『たまの休みくらい休ませろ』と言いたい所だ」
庭の端で大人しく座っていてさえ、子供達に纏わりつかれては、確かに休みも休みにはならない気はする。
「けれど、そんな休日も貴方はいつも出掛けていますよね?」
私とカイトは何度もここデルクマン家を訪ねたのだ、けれど彼はいつもこの家にはいなかった。
「野暮用があるんだよ、これもお前達には関係ない」
「けれど、それはメリア人と関係している事なのでは……?」
叔父が驚いたように顔を上げた。
「お前、何で……」
「噂話を聞きました。若くして成り上がった現騎士団長の背後には何かの力が働いている、その背後には王家転覆を狙う組織があるのではないか……と」
それは、叔父を調べている過程で耳にした本当に根も葉もないような噂話だ。祖父は昔メリアとの関係を疑われ投獄された過去を持っている。それは王家転覆を狙った大臣の陰謀による投獄だったという話はもう広く知れ渡った話でもある。けれど、穿った見方をする人間はどこにでもいて、大臣は逆に罠に嵌められたのではないか? と逆の陰謀説を唱える人間は面白おかしくそんな話を語るのだ。
火のない所に立つ煙、けれどそれが全く火の気のない場所ではなかったとしたら……?
「そんな組織なんてものは存在しない。いや、存在しないと俺は信じている。俺がしているのは少しばかりメリア人に話を聞いて回っている事だけだ」
「話?」
「さっきからずっと話しているのと同じだ。メリア人を貶めようとしている人間、それは確実にここランティスにいるんだ。俺はそれを調べている。ここランティスではそんな調査に手を貸してくれる人間などいやしないからな、1人で地道にやっている。それこそ王子がメリア人差別に着手したのなら、手伝える事もあるかもしれないし、その悪さをしたランティスの商人? そいつを探し出す手伝いだっていくらでもこちらにはする準備がある。王命とあらば、下の奴等だとて動かない訳にはいかない、むしろこちらは動きやすくなるというのに……」
「それは、直接王子に進言したら如何ですか?」
「だから、王子が聞く耳を持たないのだと言っているだろう」
叔父は何度目かの溜息を零した。
「王子が俺のそんな悪評を全て真に受けているとは思わないが、メリア人の保護を厚くすれば自国から不満が出るのは当たり前、そこにメリア人の利権が働いているのだと思う人間も出るのだろうな。俺はそういう暗躍するメリア人と共謀している人間だと王子に思われている可能性は否定できない……俺はあくまで我が国を思ってやっていた事なんだが、全く上手くいかないものだ」
「同じ国でお互い味方同士のはずなのに、何故そうなってしまうのでしょう……」
「そんな事、俺に言われても分からんよ」
息を吐く叔父を見やって「あぁ! もう苛々するっ!」と叫んだのは傍らにいたカイトだった。
「何であんた達そんななんだ! この国の人間は本当に頭の堅い馬鹿ばっかなの!? もう、ホント聞いてて苛々する! うちの父さんがこの国を見限った理由が分かるよ、人の顔色窺って言いたい事も言えないようなこの国じゃ、うちの父さんみたいな人間は相当肩身が狭かっただろうからね!」
「カイルさんは、この国でも割と自由奔放だったぞ……」
「父さんはそういう人だよね! 知ってた! って、そういう話じゃないです! 目指す所が同じなら何で手を組む事ができないんですか! もっと積極的に前向きな行動をしましょうよ!」
「それができれば苦労はせん。だが今日お前達と話せたのは俺にとっては収穫だったな、俺は王子の行動の真意がいまひとつ理解できていなかったが、お前達の話を聞いて納得できる事がいくつもあった」
「それは良かったです、何度もこの家を訪ねて来たかいもあるというものです」
「だけどな、お前達、お前達はもうこの件に関しては首を突っ込まない方がいい。これは我が国ランティスの問題で他国人が口を出す問題ではない」
カイトが「また、そういう事言う!」とご立腹なのだが、そんなカイトを見やって叔父は苦笑する。
「王子は危険に首を突っ込むものではない。それにユリウス、お前にはそれでもやはり半分メリア人の血が流れている、いざという時矢面に立たされるのはお前だぞ」
「覚悟の上で私はここにいます」
「真面目だな、そんな所まで兄貴譲りか」
「私は大事な人達を守りたいだけなのです、私にとって大事な人の大事な人も皆等しく大事な人です。私の両親はそうやって私達を育てましたし、自分もそれをおかしな事だとは思っていません」
「はは、本当にお前は……」
大きな掌で顔を覆って、叔父は何故かとても泣きそうな顔をしていた。




